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クラウディア

「何をしとるか! 通信を切れ!」

「だ、ダメです! 全てのマルアハの鏡は自動受信です! 各教会で司祭達が注入した魔力が尽きるまで、中央からの放送を!」

「だから、中央からの放送を止めろ!」

「それが出来ないんです!」

「出来ないって……まさか、ピエトロの丘で何かあったのか!?」

「そ、その通りです!

 祭儀内容が、いつの間にか書き換えられていたのです!

 本日は生放送ではなかったので、既に全内容は送信済みですので、全ての鏡は時間通りに再生しているだけです!」


 カゼルタ宮殿礼拝堂内は、怒号と怒声で満ちあふれている。

 鏡が映し出すリナルドの醜態に悲鳴を上げるクラウディア。

 教会が管轄するマルアハの鏡を乗っ取られるという信じがたい事態に仰天する枢機卿達。

 罵声に等しい命令を受けて走り回る部下の司教や士官。

 そんな中、皇帝だけは黙って立っている。

 鏡を見上げ続けている。

 周囲の貴族将軍枢機卿達の叫びを聞き流しながら。


「だ、だったら各地に連絡して鏡を止めさせろ!」

「それが出来ないんです!

 鏡への通信内容が書き換えられたんですよ! もう一度、不用意に送信したら、何が送信されるか分かりません!

 今、大急ぎで通信機器を調べていますが、大聖堂からでは間に合いません!」

「ええい、軍の回線を使え!

 兵共に教会へ踏み込ませろ!」

「そ、そんな無茶な!

 軍が教会に踏み込んだら、軍と教会の不干渉という大原則を冒すことに!」

「そんなことを言ってる場合かぁっ!?

 鏡を破壊しても構わん!」

「待て」


 落ち着いた声が、教会へ兵を突入させようとしていた将軍を呼び止める。

 怒りで歪んだ顔で振り向いた将軍は、慌てて表情を素に戻した。

 皇帝へ頭を下げる。


「鏡は破壊するな。

 裏口から入り、穏便に放送を止めさせろ。そして公式発表を続けるのだ。

 だが急げよ」

「は……はっ!

 了解であります!」


 礼拝堂を駆け出す士官を横目で確認しながら、皇帝は枢機卿達へ声をかける。

 居並ぶ枢機卿達が即座に皇帝前に並んだ。


「臣民へは機材の故障という説明でいけるか?」


 相談を受けた枢機卿達は顔を見合わせる。

 うち何人かが鏡を見上げた。

 そこには、縛り上げられ銃口を突き付けられたリナルドと、その周囲にいる多くの魔族達も映し出されている。

 エルフ、ワーキャット、ワーウルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、鳥人、リザードマン、そして人間。その他、名も知らぬような少数部族の魔族達。

 全ての種族が結婚式を祝福している。

 その人間にしても、軍服姿の者が多い。

 まず画面上で目立つのは、子供達。多くの小さな子供が歓声を上げて新郎新婦の周りを走り回り祝福する。

 次に目立つのは、恐らくは皇国艦隊の女性士官達。魔族達に剣と銃口を突き付けられたまま、怯えた顔を引きつらせて結婚式を見せつけられている。


「あ……あれは、チェチーリアじゃ!」

「本当だわ! コッリ家のチェチーリアが、生きておったのか!?」

「あっちには、ダッラルジーネ家のロレッラも……空母カヴールに乗っていた娘達じゃぞ!」

「まさか……捕らえられたのか!?」

「な、なんたることか! 穢れた魔族に捕らわれ、穢れたままに生き恥をさらすとは、あさましい……!」


 皇国艦隊には貴族豪商出身者が搭乗している。

 非常に複雑怪奇な飛行戦艦の運用には、専門の技術者が必要となる。そのため、幼い頃から高い教育を受けた者でないと運用出来ない。特に艦橋での操作は。

 また、跡目を戦争に取られたくないが武勇は挙げて家名を上げたい、家を継げない次男三男は名声と勲章を得て出世したい、司令官たるリナルド皇太子や大将達の目につく所に娘を置いて目をかけてもらおう……と企む者達も。

 なおかつ、無骨で粗野な平民出身の薄汚い陸軍連中などと一緒にされたくない。

 というわけで、各艦には貴族や富裕層からの出身者が少なくなかった。

 特に艦橋は安全だろうと女性士官が。

 ゆえに、空母カヴールで捕らえられた捕虜も女性が多かった。


 もはや、故障などという説明では収まらない。

 リナルド皇太子以下、貴族の娘達がことごとく捕らえられてしまった。

 祭儀を利用して皇国内に等しく流布されてしまった。

 これら全てを隠し通すなど、不可能。

 押し黙る枢機卿の中、うち一人が肩をすくめつつ前に出る。


「もはや……不可能です。

 皇国艦隊壊滅の噂は、既に広まっているのです。艦隊には皇国の貴族が多く搭乗していたことも」

「少なくとも、捕らえられたことは隠し通せぬ、か。

 しかも生き恥を晒していると……」


 拳を握りしめ、肩を震わせる皇帝。

 他の枢機卿達が囁き合う。


「そもそも、どうしてアンクの送信内容が書き換えられたのだ?」

「わかりません。

 これまで、そんなことが起きたことはなかったのです」

「それにアンクのことは軍の導師達でないと……われらは、あくまで使い方を知っているのみですぞ」

「なら、軍の連中は何をしているのだ!?」


 枢機卿達が横を見れば、将軍達がこめかみに血管を浮かべて怒鳴り、部下達が慌てて走り回っている。

 その軍人の一人を彼らは呼び止めた。


「工廠長!

 いったい、これはどういうことですかな!?

 なぜにアンクの送信内容が書き換えられたのですか!」

「そ、そんなもんは知らん!

 お前達は黙って……」


 その言葉に皇帝の視線が動く。

 老皇帝の鋭い視線に貫かれ、工廠長は慌てて説明を叫ぶ。


「お、恐らくはアンクだ。

 インターラーケンで奪われたアンク、それを使われたのだ!」


 部下の一人に水をもってこさせた一気に飲み干す。

 そして説明という名の弁解と責任転嫁を続けた。


「陸軍の馬鹿共が失敗したインターラーケン浄化作戦、そのときに最新型の第二位戦略級アンクが奪われている。

 アンクは操作呪文さえ知っていれば、全てピエトロの丘との連結が可能だ。

 無論、最上位の『始まりのアンク』へ直接干渉することは出来ないが、あれは第三位以下のアンクには優位な存在なのだ」

「だ、第二位ですって!?」

「放送は第三位の教会用……そのせいか!」

「そんな話は聞いていませんぞ!」

「当然だ!

 これは最高軍事機密なのだからな。教会には関係ない!」


 アンクを奪われたのは馬鹿な陸軍のせい、教会が知らないのは軍事機密だから。

 そう主張する工廠長だが、それだけで納得するほど枢機卿達は素直ではない。

 こと詭弁に関しては、教会で教義という名の嘘を語る枢機卿の方が上だ。


「いや、関係ない事はないだろう。

 上位アンクが奪われれば下位アンクが危険に晒されるのだぞ。

 軍は教会を見捨てたとでも言うのか?」

「そもそも、どうして奪われたアンクがまだ皇国内で使えるんですか!?

 繋がらないようにすればいいのに!」


 その言葉に工廠長は一瞬言葉に詰まる。

 後ろを走り去ろうとしていた兵を一人捕まえ、何事かを囁く。

 その兵はすぐに礼拝堂を飛び出し、即座に軍高官の一人を連れてきた。

 相当に慌てて来たらしい高官は、息を切らしながら敬礼する。


「ど、どうも。

 参謀本部、ボナンノ副参謀長です」

「知ってますよ!

 自己紹介はいいから、状況を説明して下さい!」

「は、はい!

 実は、まさかこんなことが起きるとは……信じられません。

 アンクは極めて高度で複雑な操作をもって動かすのです。まさか野蛮な魔族が使用出来るようになるとは、思わなかったのです!」

「出来ない、はずって……現に出来てるじゃないか!」


 そう、出来ていた。

 インターラーケンのジュネヴラに存在するアンクは稼働していた。

 驚異的頭脳を誇る第二王子ルヴァン、彼の手足の如く高度な演算をこなしている。

 いまだ昔ながらの中世暗黒時代にある魔界の魔族に、古代の優れた文明を手にした皇国の技が理解出来るはずはない、という油断があったのだ。

 参謀本部は魔族の文明レベルを見誤った。

 何より、ルヴァンという異能の持ち主を見誤った。


 だが副参謀長の弁明は続く。

 こんな事態が起きるはずがない、と思いこんだ理由を語る。


「それに、万一使用出来るとしても、丘との通信にはそのための呪文が必要です。

 それは浄化作戦を率いたペーサロ将軍と、参加した導師達とが戦死したため、闇に葬られたはずなのですよ。

 いえそれ以前に、アンクが存在しなかった魔界で、アンクを利用したこんな高度な作戦を考えつくなんて!

 我ら参謀本部ですら考えたことのない戦術を、どうしてアンクを開発もしていない魔界に出来るんですか!?

 それも、浄化作戦失敗から二年も経たないうちに!」

「だから、それを聞いてるのじゃ!」

「わ、分かりません!」


 分かるはずがない。

 魔界に地球人が去年転移してきたなど、知っているはずがない。

 裕太達からハッカー戦を教えられ、地球製情報機器に仕込まれた膨大かつ強固な情報セキュリティに触れたからこそなしうる情報戦だ、などと。

 地球では防壁無しでネットに接続すれば、その瞬間に山のようなウィルスが流れこんでくる。

 情報戦の概念すらろく無い状況で開発された皇国のアンクなど、裸同然。

 ましてや皇太子も参謀長も局長も捕らえられ、容赦なく尋問が加えられた。様々な上位呪文が垂れ流された。

 もはや造作もないこと。


 これらの話を聞いていた皇帝は、大きく息を吸い込む。

 そして、一気に吐き出した。

 気合いに満ちた発気に、騒然とし続けた礼拝堂は一瞬で足を止める。


「皆の者、静粛に」


 威厳に満ちた言葉。

 足だけでなく喧噪も止まり、礼拝堂に相応しい静寂が戻る。


「今は責任をなすりあう時ではない。

 魔族の攻撃を防ぐ時だ」


 将軍達のこめかみに浮かべた血管は消えないが、ともかく敬礼する。

 枢機卿達は胸の前で手を組み、神を前にしたかのように頭を下げる。


「まずは魔界からの通信を断て。

 同じ攻撃を受けることは許さぬ」


 工廠長は深く礼をして、礼拝堂を飛び出していく。

 次に皇帝は枢機卿達へ目を向ける。


「もはやリナルド捕縛の失態を隠すことは不可能だ。

 いかにして皇国と皇家の権威を保つか、策を練らねばならぬ。

 急ぎ教皇を、シモン八世を呼びだせ」


 祈るように礼をした枢機卿達も早足で出て行く。

 他の貴族や軍人達も後に続き、礼拝堂から波が引くように消えていく。

 後に残ったのは皇帝と、皇帝に傅く侍女侍従達。そしてボナンノ副参謀長。

 そして放心してへたり込んでいるクラウディア。

 その虚ろな目は鏡を見上げ続けていた。未だに幸せそうな新郎新婦達と参列者達の姿を映す鏡を。


 パリースィオールムの三人娘の歌はようやく終わり、カメラは式場全体を映し出す。

 演奏しているのは三人娘だけではなく、他のメンバーも揃って太鼓を叩いたり笛を吹いたりバックコーラスをしている。

 どうやら、最初の映像は故意に人間族だけを映していたようだ。

 まるで本当に単なる人間族の結婚式かと思わせて、各教会で見ている人間達の興味を惹くために。

 いきなり魔族の姿を映して、パニックを起こしたり逃げ出したり鏡を破壊されたりしないように。

 その企みは成功していた。

 シルヴァーナを魔力炉に放り込んだと名指しされたクラウディアは、呆然と鏡を見上げ続けている。

 多くの魔族に囲まれ祝福される妾の娘から、鏡から逃げることも目を背けることも出来ない。 

 そして、つかつかと歩み寄ってくる皇帝にも気付かない。

 周囲を確認し、口の堅い腹心達だけしか残っていないことを確かめてから、皇太子妃の名を呼んだ。

 あまりにも不自然に感情のこもらない声で。


「クラウディア」


 あくまで冷静な言葉。

 だが呼ばれた方は冷静ではいられなかった。

 たるんだ体を醜く揺らしながら飛び上がる。


「ひっ! ひいいぃぃいぃっ! わ、わらわは何も知らぬ、知らぬのです!

 あんな、穢れた小娘など、妾は知らぬぅ!」

「リナルドの落胤、余の孫娘だ」

「あ、あぎぃいああっ! あの娘、シルヴァーナめえ! なんてしぶといのよおっ! 娼館を襲わせても、孤児院を焼き討ちしても、魔力炉に放り込んでも生き残るなんて! おまけに魔王の嫁ですってええっ!」

「全ておまえの仕業か」


 あくまでも冷徹な言葉。

 同時に凍り付くような視線が射かけられる。

 射抜かれたクラウディアは、狂乱豚という蔑称に相応しい狂乱を見せつけた。


「し、知りませぬ、陛下、妾はなにも知らぬぅ、全ては、あ、ああ、全ては、妾のあずかり知らぬ、そう、誰か他の者が!

 そ、そう、全てこやつの仕業なのです! この侍女頭が、勝手にやったのです! わわわ、妾は何も、何もしておりませ、ませぬっ!」

「キャアッ! く、クラウディア様! お、おやめ下さい!」


 ぶるぶると腹を揺らし、豪奢なドレスを振り乱し、自分の侍女頭の髪を掴んで引きずり倒す。

 いきなり責任を押しつけられた侍女頭は、必死に主へ許しを請うが、主たる狂乱豚は聞く耳を持っていない。

 そして皇帝も聞く耳を持っていない。

 皇帝は天井を見上げ、思い出を懐かしむように呟く。


「シルヴァーナ……リナルドから聞いた。

 あいつめ、娼館通いだけは改まらなかったが、娘が可愛くて仕方がないと折に触れては語っていた。

 いつかは城に迎え余に紹介せよ、と語っていたのだがな……。

 こやつの生んだ出来損ないよりは先があったろうに」

「そ、そんな、妾の愛しい皇子を、出来損ないなどと!」

「出来損ないが不服なら、酒に溺れて正気も無くした愚か者、と言い換えよう。

 この……狂乱豚が!

 己が失態を他者になすりつけようとは何事か!」


 皇帝の、初めての怒声が飛ぶ。

 侍女頭を引きずり倒していたクラウディアの頭が、靴の裏で蹴り飛ばされた。


次回、第二十八章第三話


はかりごとみつなるをもって良しとす?』


2012年5月25日00:00投稿予定

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