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 コッコッコッコ……と、リズミカルに石を削る音が響く。

 魔王城の離宮、小トリアノン宮殿跡地では、裕太が金槌とノミで四角い石を彫っている。

 離宮の土台の一つであったろう大きな四角い石。その一つを平らな地面に置いて、表面を彫り続けていた。

 その後ろには京子とシルヴァーナ、そしてフェティダが立っている。

 ずっと石を彫る彼の後ろに立っているが、何も話しかけない。

 ただ黙って彼の背中を見つめ続けていた。

 時折手を休め、肩をもみほぐし、出来を色んな角度から確かめて、また彫り始める。

 ルテティアから吹き飛んできて積み上がった瓦礫と土と倒木を片付けた荒れ地の中、コッコッコッコ……と音が続く。

 もう日暮れも近いが、まだ作業は終わりそうにない。


「……二人とも、ホントにこれでいいの?」


 話しかける裕太。

 こんなのでいいの、と尋ねているが、それは彫刻についてではない。

 尋ねられた二人というのも姉は含んでいないと、その場にいる者達は承知していた。

 その二人、シルヴァーナとフェティダは顔を見合わせた。


「あたしは嬉しいです」


 即答したのはフェティダ。

 頬を桜色に染め、まさに女神のごとき微笑みを浮かべている。

 胸に右手を当てて、少し俯く。


「私のような器量の悪い行き遅れでよろしければ、末永くよろしくお願いしますわ」


 しおらしい第一王女の姿。

 それを横で見上げるシルヴァーナは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしたものの、諦めたように肩をすくめた。


「ま、しょうがないわ。

 元々、愛人で我慢するつもりだったんだから。

 ユータを独り占めといかなかったのは残念だけど、ね」


 女性達の返答にも、裕太は振り返らない。

 ただ手を止めて、再び石の表面を穴が開くほど見つめて出来を確かめる。

 姉は弟のすぐ後ろに歩み寄り、同じく出来を確かめた。


「うん、良く彫れたと思うわ」

「……字がヘタ過ぎるよ……」

「それで良いのよ。

 こういうのは綺麗に彫るのは重要じゃないの。

 あんたが自分の心を込めて彫るのが大事」

「うーん、まぁ、そうだね」


 ようやく納得したか、鎚とノミをベルトに差し込んだ。

 表面の石片をパパッと払って、一歩下がり、最後にもう一度確かめる。

 腰に手を当てて体を反り返らせれば、夕暮れに赤く染まり始めた雲が目に入る。

 空へ舞い上がった粉塵はかなり地上へ落下したか風で飛ばされたらしく、澄み渡る青さを取り戻しつつある。


「ふ~、こんなに時間がかかっちゃったか」

「彫るのも魔力でやればよかったかも」

「あー、それダメ。

 陛下と同じで、パワーがありすぎて細かいことがニガテなんだ。

 ただでさえヘタな字が、もう読めなくなるよ」

「そうなの?

 修行が足りないわねー」

「そりゃそうだよ、まだ新神しんじんの破壊神だもん」

「だから、自称神とか痛いっての」


 クスクスと笑う姉。

 弟も、ほんの少しだけど頬を緩ませる。

 ちょっとだけ和らいだ弟の表情に、姉は安堵からさらに笑ってしまう。

 そんな二人の後ろに王女と皇女も寄ってきた。

 シルヴァーナは大きな四角い石を見上げてウンウンと頷く。


「うん! よく出来たじゃねーか。

 これなら絶対問題なしだぜ!」


 フェティダも石に彫り込まれた文字を見つめる。


「これならきっと喜んでもらえますわ。

 貴方の気持ちは通じますよ」

「……だといいけど……」


 自信なさげな裕太は、また表情を曇らせてしまう。

 ようやく二人へ振り返った。


「それじゃ、最後にもうイチド聞くよ。

 ホントに、これでいいんだね?」

「にーちゃん、くどいぞ」「異存なんて、あるはずがありませんわ」


 迷い無き返答。

 これに更に問いを重ねる裕太にこそ迷いがあると言うべきだろう。

 あえて分かり切ったことを重ねて問いかける。


「僕が愛してるのはリィンだけだ。

 シルヴァーナとフェティダを愛していない。

 これは復讐のための、あくまで政略戦略にスぎない」

「百も承知です。

 王侯貴族の婚儀とは政務の一環に過ぎないのです」

「皇国じゃ公妾ってのがいるそうだぜ。

 仕事として世継ぎや跡取り作ったら、あとは自由恋愛でお楽しみってわけさ。

 だから堅苦しく考えなくてもいいって」

「……分かったよ」


 ようやく諦めた彼は、肩を落として天を仰ぐ。

 それから姉へ向き直った。


「姉ちゃんも、カマわないね?」

「当然じゃないの!」


 満面の笑みを浮かべる姉。

 悪意の欠片すらなさそうな笑顔に、弟の顔が引きつる。


「……ウレしそうだね」

「そりゃそうよ。

 つべこべ言ってないで、二人を幸せにしなさいよ」

「……」


 何か反論や嫌味や皮肉を返そうとしたが、どうにも思いつかなくて止めた。

 姉は、心から今回の政略結婚を祝福している。

 シルヴァーナもフェティダも素敵な女性で、弟を心から愛し支えてくれると確信しているから。

 自ら戦地に飛び込み死を求める弟を救ってくれる、と。

 恐らく、単純馬鹿な弟は二人を大事に想って戦死も自害も止めてくれる、と期待しているのだろう。

 何より、今回の政略結婚が今後の戦乱に及ぼす影響は計り知れない。それも、一滴の血も流さずに済む。

 そうと分かっているから弟も言い返せない。ここまで姉が素直に弟の幸せを願うことなど、滅多にないから。

 姉は、涙を頬に伝わせながら笑っていたのだから。

 即物的で現実的な姉のこと。既に死んだ友人のリィンより、まだ生きている血の繋がった弟を案じるのは当然だろう。

 なので、彼が口にしたのは別のことだった。


「それじゃ……フェティダ、シルヴァーナ」

「はい」「おうよ!」

「ボクと結婚してください」

「はい、嬉しいです」「もっちろんだぜ!」


 非常に複雑な表情の弟と、笑顔の上に涙を流す王女と、無邪気な笑顔で応える皇女。

 そんな三角形の横で姉は高らかに宣言した。


「それでは簡易人前式ながら、ここに三名の結婚が行われましたことを宣言します。

 証人は私、金三原京子。

 及びリィンことSieglindeジークリンデ

 序列はフェティダ姫が第一妃、シルヴァーナが第二妃となります。

 この三者は魔界と皇国の架け橋となり、世界に平和と繁栄をもたらすことでしょう。

 なお、魔界主催の正式な結婚式典と披露宴につきましては、後日インターラーケン領ジュネヴラにて執り行われ、この式典では……」


 京子の宣言は、時々嗚咽でつまったりしながらも、夕日が沈むまで続いた。





 政略結婚。

 それも神聖フォルノーヴォ皇国皇女シルヴァーナ、そして魔界第一王女フェティダが、同じ夫と婚儀を結ぶ。

 新魔王として皇国艦隊を壊滅させた裕太に、魔界の姫と皇国の姫が揃って嫁入りするのだ。

 魔王家と皇家を、裕太を仲立ちとして強引に親戚関係としてしまう。

 加えて皇国の皇女たるシルヴァーナを第二妃とすることで、魔王の権威が皇帝を上回ると暗に示す。

 この事実を皇国に流布する。

 もちろんシルヴァーナとの婚儀に政治的意味を持たすため、彼女の出生の秘密も併せて。

 ついでに挙げるなら、皇国では国教会による指導の下、一夫一婦制を敷いている。公妾や側室というのは表だって認められていない。あくまで黙認されているだけ。

 この事実に、皇国と皇家はどう反応するだろうか?


 これは皇帝への挑発。

 今まで魔界からの接触を完全に遮断し無視してきた皇国といえど、これは無視しきれるか。

 無視するなら別に構わない、今まで通り。魔界に新婚家庭が一つ増えるだけだ。

 無視し得ないなら、どう反応するか。

 軍事的反応なら、それは婚儀が無くても艦隊の再建が成され次第、即座に侵攻してきたろうから、結果は同じなので問題ない。

 むしろ、焦った皇国が陣容も整わぬまま進軍してくる可能性があり、魔王軍の付け入る隙が生まれる。

 もし政治的反応なら願ったり叶ったりだ。皇国との和平を結ぶには、まず皇国との外交が始まらねばならないのだから。

 万一にも皇帝が、「結婚おめでとう」と言うなら、魔王は「両家両国のさらなる繁栄を願って、乾杯!」と答えるだろう。それはないだろうけど。


 いずれにせよ、皇国が内紛で分裂してくれれば最高だ。

 宮廷内ではさすがに『嘆きの矢』を使うことが出来ない。世界は守られる。

 飛び交うのは魔法や銃弾ではなく、流言飛語と毒の杯。魔界と皇国の正面衝突より遙かに死者は少ない。しかも魔族の死者は出ない。

 皇帝と教会の支配が緩めば魔界からの接触に応じる人間の出現も期待出来る。


 皇国の内紛と自壊。

 それは裕太が望む最高の復讐。


 自らの手で皇帝を切り刻むのも良いが、それには彼一人では難しい。

 魔王軍全軍の協力があればなし得るが、皇帝を殺した後に崩壊した世界が残ることになる。

 ルテティアで魔王に転生した直後だったら、それも良し、と言えたろう。だがリィン以外の生存者を前にした今は、そうはいかない。

 彼が皇国に切り込む前に、どうしても皇国の国力を削ぐ必要がある。

 そのための政治的揺さぶり、政略結婚だ。


 なおかつ、皇国のお歴々が罵り合い、足を引っ張り合い、疑心暗鬼に陥り、政争の果てに自滅する……考えただけで裕太の口角が釣り上がってしまう。

 これで革命や内戦になどなろうものなら、腹の底から大笑い出来るだろう。

 皇帝を自分の手で殺すのもいいが、全てを失い守るべき臣民臣下に背かれて謀殺される、というのも悪くない。

 いやむしろ、全てを奪い去ってから自分の手で殺す、というのに勝るものはない。極上の復讐。

 ならまずは皇帝を玉座から引きずり降ろさねばならない。


 これらから、裕太は今回の政略結婚に同意した。

 成功すれば、皇国は国是を完全否定され、皇家の権威を地獄の底まで失墜させ、国家を分断させる一撃となる。





 そういうわけで、地球式人前式は京子を立会人兼証人として滞りなく進む。

 正式な、政治的結婚式は後日インターラーケンで行われる。が、その前に当人達だけで結婚の意思を確認することになった。

 長い宣言はようやく終わり、京子は三者の傍に立つ。


 フェティダの左手とシルヴァーナの右手を取り、手を繋がせる。

 裕太の左手と王女の右手を取り、繋がせる。

 同じく皇女の左手と弟の右手を取って繋がさせる。

 そして、三者に京子は命じた。


「それでは、誓いの接吻を」


 王女と皇女はちょっと視線を交わし、クスリと微笑みあう。

 少しかがんだ王女は夫の左頬に。

 背伸びした皇女は夫の右頬に。

 誓いの接吻は行われ、姉は大きく頷いた。


「以上をもちまして、金三原家の裕太、魔王家のフェティダ、フォルノーヴォ家のシルヴァーナの人前式を終了致します」


 式が終わると共に、遠くから嵐のような拍手と遠吠えと歓声が上がる。

 それは、当事者だけの人前式を邪魔しないよう遙か遠くから眺めていた魔族人間族達の祝福。

 魔王城にいる者達は、彼らの結婚式を温かい目で見つめていたのだ。


 ただ、式へ乱入しないよう縛り上げられていたリナルドだけは、「許さぬぞぉ~、認めぬぞぉ~」と呪詛を叫び続けていた。遠くて聞こえなかったが。

 アレッシアを始めとした艦隊の捕虜達も銃口を突き付けられたまま見物していた。



 新妻となった王女皇女は、そろって手を振りながら魔王城の皆へ駆けていく。

 姉も後を追って駆け出そうとしたが、ふと足を止めて振り向く。

 そこには、巨大で四角い石に額を付ける弟がいた。


「……行きましょう」


 その言葉に、弟は名残惜しそうに石を撫でる。

 愛しげに石へ話しかけていた。


「ごめん、リィン。

 でもボクは帰ってくるよ。必ず会いにイく、約束する。

 そう時間はかけないから、マっててね」


 そう言うと、瞬時に彼の姿が魔力の衣に覆われる。

 目に止まらぬ速さで触手が飛び回り、石の表面を削る。

 そうして石には、下手だが丁寧に彫られた魔界語と、荒削りで読みにくい日本語が刻み込まれた。



  我が妻ジークリンデ 名もなき我が子  金三原裕太

  ここに眠る



 金三原裕太の名は、漢字で刻まれた。


 触手は地面も少し掘る。

 出来上がった穴に、自分の髪を一束切って入れる。

 素早く埋め戻す。


 妻と子と自分の墓標にしばしの別れを告げてから、彼は魔界の仲間達へと駆け出した。


心ならずも婚儀に臨んだ裕太。


妻達の想いも他所に、彼の心は暗く沈む。


だがそれでも時は流れ世界は回る、ちっぽけな人間の苦悩など気にもとめず。



次回、第二十八章『Fornovoフォルノーヴォ』、第一話


『カゼルタ宮殿』


2012年5月23日00:00投稿予定

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