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帰れない

 また会議。

 いったい、いつまで続くんだろ?

 で、今日の会議は随分と開くのが遅れた。主要メンバーが遅れたり欠席したせい。

 大鏡には昨日の魔王(いまだに翻訳上のミスとしか思えないけど)は来ていない。仕事が忙しいらしい。

 そしてトゥーンさんも来ていない。やっぱり昨日、魔力を吸われすぎて怒ったままだと、彼と一緒にいた銀髪眼鏡のエルフ女性が本を指さして教えてくれた。


 でも、僕らの心はここにあらず、としか言いようがない。

 大型加速器暴走という、地球の科学を原因とする僕らの遭難。

 その可能性に気付いた僕らは、言いしれぬ不安をぬぐえずにいた。


 もちろん今までだって帰れない不安はあった。

 でも、その原因が魔界(これも誤訳としか思えない)の魔法に原因があるなら、この人達の力で返すことも可能と期待してた。

 けど、もし原因が地球側にのみあるんだったら、彼らには全くどうしようもない、かもしれない。

 さっきから姉ちゃんはブツブツと独り言を呟いてる。


「まさか、まさか……そんなハズないわよ……。

 絶対こいつらの仕業だわ、こいつらなら何とか出来るはずなのよ。

 必ず元の所に戻させてやる……でないと、でないと、もうハンバーガーもパフェも食べれないじゃないの!

 あたしのキャンパスライフはどうなんのよ、まだ彼氏も作ってないし、肌もカサカサになっちゃって。

 フランスでまとめ買いするつもりだったから、リップグロスもマスカラも切れそうだってのに!」


 いかにも、この姉らしいセリフ。

 僕としては「ンなもん知るか!」と叫びたい。

 が、この姉に口答えすると、どんな仕返しと嫌がらせが跳ね返ってくるか、わかったもんなじゃい。

 なのでPC画面で視界を塞ぎ現実逃避寸前の姉を無視し、ようやくテントに入ってきたルヴァンさんに駆け寄る。

 手短に挨拶をしてから、こちらの話を切り出す。


「ぽ、ぽっそ、ぷれぜんたーるみ?(Posso presentarmi:自己紹介していいですか)」


 会話帳とアンクを指さしながら、自分の話をしたいと申し出る。

 昨日はこの魔界と魔王……何度口にしても違和感バリバリだ……を教えてもらった。

 なら今日は僕らのことを話すべきだろう。

 幸いアンクの翻訳機能もある。複雑過ぎる話だけど時間さえかければ、どうにか説明自体は可能だと思う。

 どこまで理解してもらえるか、が問題ではあるけど。


 小さく頷いたルヴァンさんは、部下に指示してテントの外へと走らせた。

 しばらくして連れてこられたのは、非常にイヤそうな顔をしたフェティダさんとオグルさん……今日はこの二人のどちらかが吸われ役ね。

 魔力を吸われるのがイヤだったから押しつけあったりして、会議が始まらなかったわけだ。

 で、トゥーンさんを除いた三人で再び押し付け合い……あ、肩をすくめて一言何かを吐き捨てたのは、フェティダさんだ。

 プリプリと怒って肩で風を切りながら、彼女の部下達に自分の体を椅子にくくりつけヘルメットを被らせた。

 彼女の連れてる人ってドワーフが多い気がする。何か理由があるのかな?



 とにもかくにも、今日の会議だか取り調べだかが始まった。

 ガイドブックの情報取り込みはほとんど昨日のウチに終えてて、今日はPCとスマートフォンの画像からの情報取り込みがメイン。地図ソフトや国語辞書アプリを手作業で開いて、表示された画面の情報を入力していく。

 幸い、エルフの人達は非常に飲み込みが早くて頭がいい。スマートフォンくらいなら即座に使用出来るようになってくれた。

 なので、スマートフォンの操作はエルフさん達に任せ、僕はいまだに不完全な翻訳機能と格闘しながらの状況説明に集中した。


 別世界、別宇宙の存在。

 地球という星の科学文明。

 日本という国から来た旅行者。

 スイスからフランスに行く途中で寄ったジュネーブから、いきなりインターラーケン領のジュネブラに迷い込んだこと。

 僕らを飲み込んだ、黒い穴……。


 これらの説明を聞く人々の目は、翻訳内容が表示されるアンクと僕を往復する。

 当然ながら、キョトンとしたり首を捻ったり腕組みして考え込んだりバカにする様な冷たい視線だったり。

 ルヴァンさんはアンクの操作に集中しているようで、何の質問もしてこない。黒メガネの下の視線はどこに向いているのか分からない。

 オグルさんは話の途中、何度か僕の方をじっと見ていた。目をカッと見開き淡い光を放ってくる。なんの魔法かは分からないけど、僕には何の変化も感じないので、害はないと思う。

 フェティダさんは、椅子で魔力を吸われっぱなし……い、色っぽく悶える姿が、艶っぽい喘ぎ声が、ううう、視線が意識がぁ~。

 いや、今は邪念に惑わされる時じゃない。


 んで、姉ちゃんはというと、PCに顔を向けたまま。

 一応はアンクの横で次々と情報を表示させてはいるけど、口からはブツブツと独り言が漏れ続けてる。目もすわってる。

 何を呟いてるのかと耳を寄せてみる。


「……んぶ父さんのせいなのよ、あのクソオヤジめ、だからサッサとフランスに行きたいって言ってたのよ……凱旋門がエッフェル塔があたしを待ってたのに! 屁こき虫のハゲが威張り散らしやがって、すかしっ屁ばかりしといて、何が高尚な趣味よ宇宙への理解よ、んなもん何の役に立つのよ、そんな下らないモノのせいであたしの勝ち組人生をパーに……」


 父さんに全ての責任をなすりつけて、悪口と呪いを唱え続けてた。

 まぁ、確かにフランスへすぐに移動してれば、こんな目にあわなかったのは本当。

 しかもジュネーブのLHCに寄ったのは、父さんのワガママのせいだし。

 それが原因でこんな災難に巻き込まれたなら、確かに父さんのせいだ。


 はぁ~……責任転嫁したら解決する帰れるってんなら、いくらでもするけどね。

 今はこの人達に事情を話すのが先だ。

 僕らが自力で帰るのは不可能。なら、この人達に期待するしかない。

 彼らの魔法技術がどれほどのものか分からないけど、それしか方法はない。

 けど、それは極めて困難だと分かってる。


『黒い穴 なんですか?

 別の宇宙、なんですか?』


 アンクに表示されるのは、僕の話が理解出来ないという回答の翻訳ばかり。

 当然だ。こんなの日本人同士ですら簡単に説明出来るものじゃない。それを昨日出来たばかりのバグだらけな翻訳ソフトを介して説明しろなんて、無茶にもほどがある。

 でも、やるしかない。


「姉ちゃん、LHCとかの、父さんのデータだしてよ」

「……わーってるわよ、あーうざいうざい、何よ偉そうに……」

「あのさ、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」

「分かってるわよ! ただの愚痴よ! 突っ込んでンじゃないわ!」


 理不尽に当たり散らしながらも、父さんが趣味で集めたデータを表示していく。

 水晶玉からの光はPCのモニターを照らし、その表示内容を取り込んでいく。

 アンクは淡々と情報を蓄積させていくが、それを分析し理解出来ているかというと、絶対出来てないと一目で分かる。

 何故なら、魔界の言葉で表示されているはずの翻訳内容が、あちこち日本語や英語のままで表示されてるから。

 翻訳能力の限界を超えてしまい、原文そのままで表示してしまったらしい。

 学術論文とか専門書だかのレベルじゃないけど、それでも難しいものは難しいんだ。


 話を聞いている人達も、ほとんどがアンクの翻訳内容を読むことを諦めてしまった。

 エルフの人達は理解しようと頑張ってくれてるが、既に能力の限界を超えてるのは疑いない。

 いや、ただ一人、むしろ今まで以上にアンクの表示するデータに興味を示してる人がいる。

 ルヴァンさんだ。

 相変わらず両手の指はピアニストの様に絶え間なくタッチパネルを操作し続けてるけど、顔はパネルじゃなくてアンクの方を向いてる。

 黒メガネの下の目は、間違いなくアンクが表示する僕の話を見続けてる。

 期待は、出来るか……?



 結局、僕らがどこから来たか、そこはどんな世界か、なぜ僕らはここに来たのかについての仮説まで説明するのに、夕暮れまでかかった。

 間に何度も休憩を挟み、食事もとり、必死で説明し続けた。

 どこまで理解してもらえたかは分からない。

 そもそもどれだけの人が最後まで僕の話を聞き続けてたかも疑問。彼らは宇宙に関してどれくらい興味と知識があるんだかわかりゃしない。

 それでも僅かな可能性に賭けて、とにかく説明し続けた。


 話を終えて、テントの中を見まわしてみる。

 日は沈み、ライトに照らされた人々の顔を見渡す。

 魔法を吸い上げるのをやめ、アンクは光を失う。フェティダさんもハァハァと肩で息をしながら椅子から解放された。


 どうやら、賭には負けたらしい。


 明らかにうさんくさそうな視線、ちょっと頭が悲しいことになった人を見る目、既に大イビキをかいて寝てる人もいる。

 どうやら、急ごしらえの翻訳ソフトの能力が低かったという以上に、彼らの言語に宇宙とか物理とかに関する単語は少なかったらしい。何故なら、アンクに表示される翻訳後の文章は、ほとんどが日本語の原文そのままになってたから。


「ちょっと、ちょっとユータ、なにをボーッとしてんのよ。

 いったいどうなってんの? アンクっての、翻訳してないけど、故障?」


 ようやく父さんを罵るのを止めてPCから顔を上げた姉ちゃんが、僕の魂が抜けた顔を見上げてる。

 途中を説明するのもめんどくさい、結論だけ口にする。


「……あの人達には、僕らを、地球に戻すことは、出来ないよ」

「な、何よそれ!?

 どういうことよ、何を無責任なことを適当に言ってンの!

 ちゃんと説明すれば分かることでしょ!?」

「無理だ……。

 天動説を信じてる人に、ビッグバンを説明するようなもんだよ。

 理解の範囲を超えてる……」


 つまり、彼らの宇宙とか物理に関する知識は、21世紀の地球よりずっと低い。

 彼らには僕らがどこから来たのか、理解出来ない。

 この人達は宇宙をどう思ってるのか知らない。天動説を信じてるレベルか、それとも地上は真っ平らな円盤で像の背中に乗ってるとか言い伝えてるのか。

 いずれにせよ、確かなことは、一つ。


「こ、超えてても何でもいいのよ!

 元に戻す方法だけ考えてくれればいいんだから」

「だから、それが無理なんだ。

 彼らには『元の場所』がどこなのか、それ自体が分からないんだから」

「分からなくたっていいわよ、あの黒い穴だけ作ってくれればいいの!」

「……それを、僕が言わなかったと思う?」


 姉が言葉に詰まる。

 僕の表情から、その返答については予想が出来たのだろう。

 それでも唾を飲み込み、恐る恐る聞いてきた。


「……答えは、何だったの?」

「黒い穴とはなんですか、だった。

 僕が何を言ってるのかすら分からない様子だよ」


 姉ちゃんの怯えた視線が僕と彼らの間を往復する。

 体が、目も小刻みに震えてる。

 見る見るうちに顔色が青ざめる。


 事態は、最悪。

 彼らには僕らがインターラーケンへ転移したことについて、思い当たる節がない。

 加速器とか、ブラックホールとか、パラレルワールドとか、全然理解出来ない。

 もちろん僕だってそれらを理解しているわけじゃない。趣味でせいぜいWikiをちょっとのぞいた程度、それもよくわかってない。

 僕らの知識が不十分で説明が出来ない、彼らには理解の範囲を超えていて想像もつかない。

 どっちにしても、地球とインターラーケンを繋ぐ時空の穴なんて、この世界の誰にも作れない。

 帰れない。


 もう、どうしようもないのか。

 この世界で生きなきゃいけないのか。

 ガスも水道も電気もない、日本の学歴や受験勉強なんか通用しない、言葉自体が通じない異世界で。

 彼らのような魔法も使えない。

 生きて、いけるのか……?


 ずるり、と音がする。

 横を見れば、姉ちゃんが椅子から崩れ落ちてる。

 顔面は蒼白、いつもの強気な姿は影もない。僕への理不尽な悪口や責任逃れ押しつけも出てこない。

 僕も、言葉が見つからない。

 力が抜けていく。



 すぅ、と目の前に背の高い人影。

 意識が遠のきそうだけど、暗くなる視界を動かして、その人物を見る。

 ルヴァンさんだ。

 倒れそうな僕と、地面に崩れ落ちて気絶しそうな姉ちゃんが見上げる。

 黒メガネをクイッと直し、僕らを冷然と見下ろしてる。


「……シィツレイ、シーマスゥ」


 日本語。

 ルヴァンさんの口から出たのは、日本語だ。

 僕らの目は驚きで見開かれてたろう。でも、そんなことはどうでもいい。ビックリしながら背の高い第二王子を見上げるしかない。


 イントネーションはメチャクチャで、非常に変。

 でも、確かに日本語だ。驚いた、たった数日で日本語を話すようになるなんて。

 アンクの操作、とくに翻訳ソフトを作り上げたのはルヴァンさん。なら、日本語を自分で話せるようになっても不思議はないかも。

 でも、やっぱりとんでもない頭脳だ。


「キミノ、ハーナシ、キミタチハ、キョウミヲ……アリマァネン」


 王子の言葉が続く。

 僕達に、僕らの話に興味があるという。

 僕ら姉弟は、死んだ魚のような目を向けあう。

 何かの希望があるのか、ワラにもすがる思いで力を振り絞る。

 ゆっくり、ハッキリと、聞き取りやすい簡単な言葉を使う。


「興味、何に、ですか?」


 こめかみに手を当て、頭を振り、考え込む。

 一言一言を慎重に選んでいるようだ。

 時間をかけて選んだ言葉は、たった一言。


「ジッケン」


 ジッケン……実験。

 彼が言ってるのは多分、加速器の実験。

 大型ハドロン衝突型加速器が作り出した陽子ビームの衝突による高エネルギーでの素粒子反応。

 と、言ってる自分でも陽子ビームなんてよく分からない。父さんが集めたデータに書かれているのを読み上げてただけだから。

 学校の授業では陽子とか電子とか、周期表とかある。もちろん受験とか試験で勉強したけど、得意なワケでもない、つか苦手。

 SF物は沢山見た。けど、自分で調べても結局それが何なのかなんて理解出来ない。何だか魔法みたいに不思議なシロモノという程度だ。

 それは姉ちゃんも同じだろう。姉ちゃんは僕以上に理系が苦手。入学したのは文系の法学部だ。


「ワタァシタチ、モァ、AnkhトRadar、Magiceノ……ジッケーン、シティマースィタ」


 姉の目に光が蘇る。

 僕の目も同じだったろう。

 彼らも実験をしていたという。アンクと、レーダーと聞こえた何かと、マジックとかいうものの。ここで言うマジックは手品じゃなくて、本物の魔法のことだろう。


 もしかして、これは、僅かでも希望があるってことなのか?


LHC暴走という地球の科学による時空転移。


同時にジュネヴラでも行われていたという魔法実験。


彼らはゆっくりと、だが着実に真実へと歩み寄る……のはいいけど、でもそれより前にすることがあるのです。



次回、第四章『ジュネヴラ』、第一話


『新生活』


2011年3月25日01:00投稿予定

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