東部戦線
「ゴブリン族の方は、魔力供給役を他にも揃えるって条件付きで異存ねえぜ。
お前の働きは全ての商会と銀行が認めてる。
魔力供給役をお前以外にも揃えれるってんなら、あとは金で済む話だ」
「ありがとうございます!
タスかります!
必ず他にも探します!」
「なあに、気にすんな。
こっちでも魔力の高い死に損ない共をみつくろってやる。
魔力を吸い上げる程度の役には立つだろ」
「そこまでしてくれるんですか!?
ホントにありがとうございます!」
「新しい兄弟のためだからな……だろお?
ユータお兄様よぉ」
思わず呼吸も心臓も止まるかと思った裕太、いや事実止まっていたかも知れない。
ニヤニヤと陰湿な笑みを浮かべて見上げるオグル。
瞬時にして紅潮した新魔王の顔をこころゆくまで堪能している。
「んだよ、顔が赤いぞ。
風邪か?」
「な、なんで知って……」
「昨日、あんだけ姉貴をヒィヒィ言わせておいて、ばれないつもりか?
地下神殿まで聞こえてたぜ」
「ん、んな、バカな」
「冗談だ」
地下神殿大金庫。
ゴブリン族の資金力も必要なため、オグル頭取にも頼みに来た裕太。
資金提供に問題はなかったが、代わりに玩具にされてしまった。
「ほ、他の、誰も、ナンにも言ってこなかったのに」
「気をつかったに決まってんだろうが
次からは、もっと静かにやれ」
ぐぅの音も出ない。
魔力を回復仕切れておらず、肉体的にも元々が動きが鈍いので、戦う力はほとんど無いオグル王子。
だが新魔王と呼ばれる裕太を容赦なくからかってくる。
勇敢なのか、裕太の人柄を信じているのか、自分の身の安全に興味がないのか。
もともとゴブリン族は他の者もそういう口調なので、種族全体が口が悪く正直に過ぎる性格をもっているのだろう。
いずれにせよ、話が終わったと判断したオグルは、さっさと職務に戻っていく。
裕太も居心地が悪いので、手早く礼を言って立ち去ることにした。
そんな感じでミュウ、ネフェルティ、トゥーンにも鏡越しで実験への協力を依頼。
このお三方も実験に協力してくれることになった。
ミュウ王女は京子の希望を知っていたし、ネフェルティ王女とトゥーン王子は何かをしなくてはいけないわけではないしで、大きな不満や反対を主張したりはしなかった。
問題は東部戦線司令部、ラーグン第一王子とハルピュイ第六王女。
裕太はこのお二方に直接の面識が無いこともあって、なかなか頼みづらいと感じていたから。
それでもとにかく回線を開けば、天幕の中の風景が映った。
映像の中にはルヴァン王子と、背中に白い翼を持つ少女の姿があった。
ピンク色の長い髪をポニーテールにまとめ、白い翼には青黒い模様が蠢いている。魔力ラインは翼に広がっているようだ。
王子と王女は机を挟んで椅子に座っている。
両者とも緊張に包まれる東部戦線にあって、忙しい時間を割いて裕太の通信に応えてくれた。
が、それは厚意や好意からではなかった。
《……論外、と言わざるをえないね》
開口一番、機械的な作り笑いが特徴的なラーグンが答える。
話にならない、と。
《ルヴァンとの元々の約束は、終戦後に実験を行う、というものだったはずだよ。
それを、なぜこの重要な戦局を目前にして、膨大な魔力と資源を浪費しなければいけないのかな?》
ごくごく基本的問題点を改めて提示する第一王子。
作り笑いはそのままに、視線は冷たく鋭い。
鱗のように顔に散らばる魔力ラインも怒りを表すかのようにうごめいている。
《むしろ、君には今すぐにでも東部戦線へ来てほしいんだよ。
いまだ実戦での運用実績がないミーティアでは心許ないんだ》
《そーよそーよ。
そんなワケわかんない実験なんか、後にしなさい》
ラーグンの横に座るハルピュイも頬を膨らませている。
長い髪はピンク色で服装はゴスロリっぽく可愛いが、少し釣り上がり気味の目は性格のきつさを表しているかのよう。
予想はしていたが、説得は難しそうだと再認識させられた。
だがそれでも彼は引き下がるわけにはいかない。
「オッシャられることは分かります。
ですが、この戦争が終わったときにこそ、実験はフカノウですよ」
《あー、あんたが言ってた、その、なんてったかしら?
カクノーフつったっけ?》
「カクノフユです」
《どっちでもいいわよ。
信じられないのは同じなんだから》
《うん、ハルピュイの言うとおりだね。僕も信じられない。
よしんば、その理論が正しいとしても、予測通りになるとも限らない。
勝手に世界が滅ぶとか決めつけないでくれないか?
民に余計な不安を植え付けて、これ以上動揺させないでもらいたい》
まったくもってその通り、上に立つ者としては当然のご意見です……と、裕太も納得せざるを得ない。
魔界と皇国以外を知らぬ者に、いきなり数千年数万年単位で生じる惑星規模の気候変動について理解しろという方が無茶だ。
支配者としても今日明日の皇国侵攻を凌ぎ切る方がよほど大事。今日なくして明日はなく、明日がなければ来年もない。
東部戦線を担うラーグンとハルピュイの両王族に、余計なことに関わっていられる余裕はない。
直接会ったこともない、一般市民の人間女性である京子を地球へ帰すため、現在において魔界最大戦力たる裕太を前線から外し魔力を浪費する……本来なら認められるはずがない。
しかも新魔王とすら呼ばれる者が、戦争に勝とうが負けようが世界は滅ぶ、などと言い出せば、全魔族を絶望のどん底に突き落とす。
もはや戦争継続すらも危ぶまれる。
継続できなければ、いずれにせよ魔界だけは確実に滅ぶ。
裕太としては良かれと思っての警告警鐘だったのだが、正しい意見だから必ず受け入れられるというわけではない。
むしろ、正しいからこそ認められない……そんな政治の原則に気付かされる。
だからと言って警告しないわけにもいかないのが辛い立場だ。
「お二方のご意見、当然とココロエています。
ですが、今回の皇国艦隊殲滅のホウビとして、加えて魔界にこの身をササげることを誓う代償として、実験への協力をネガいたく」
もって回った言い回しも上手くなったが、だからといってラーグンとハルピュイの冷たい視線は暖かくならない。
《パリシイ島での恩もあるし、君の要望には応えたいとは思う。
だが、いずれにせよ君の魔力を浪費する点は認められない。
戦争終結後にして欲しい》
「魔力でしたらゲンザイ、各所に当たっています。
オグル様も配下の老魔導師のカタガタに声をかけて下さるそうです」
《悪いが、並の者をいくら集めても全然足らないよ。
例の実験に必要な魔力量、もはや常軌を逸したものだ》
《お父様の魔力が完全回復するとかさあ、あたし達兄弟姉妹が総掛かりにならないと出来ない実験だそうじゃないの。
そんなの、出来るわけないじゃない!》
《どうあっても君の魔力を消費するというなら、実力で実験を阻止する。
もともと神竜僧院ではアンクを危険視しているんだ。去年にも先走った僧兵達がアンク破壊を企んだのは覚えてると思う。
この実験の強行はリザードマン全部族全寺社との確執を生むと心に留めてくれ》
「むぅ……そうですか……」
予想はしていたが、現状はかなり厳しいと思い知らされる。
実力行使というのも脅しではなく本気だろう。それだけ魔界は追いつめられている。
対皇国戦は魔界の総力戦。復讐のためにはリザードマンの協力も必要になることは理解している。
仲間割れなど論外。
《そもそも、どうして君は例の実験にこだわるんだい?》
「あ、はい。
姉は戦う力はなく、今後の魔界ではイき残れそうにありませんから。ナンとか助けたいんです。
両親へもきちんとテガミを送りたいですし」
《成功の可能性はかなり低い、と聞いたけど》
「……それは、まあ」
《それに、助かりたいのは誰でも同じよお。
あなたの姉はあなたにとって大事でしょうけど、魔界の民もそれは同じなの。家族が大事よ。
だったら、あたし達がどちらを大事にするかは分かるでしょ?》
《確実に成功するかどうか分からない実験と、君がいれば勝利する可能性が高まる皇国戦。
何より、君の奥方の仇討ちだと聞いている。妻の無念を晴らすために地獄から這い上がり魔神へ転生したと》
「……ええ」
《ならば、優先すべきは、何だい?》
当然で否定のしようもない。
これを説得するには少なくとも裕太以外の巨大魔力源を、しかも戦争に使わない者からひっぱってこないといけない。
今のところ、そんなものに当てはない。
やはり無理か、余計なことは投げ打って復讐に専念するか……と、裕太の心にも諦めが浮かんだ。
そのとき、いきなり鏡に別の映像が割り込んだ。
縦割り二分割された鏡の映像、その右に現れたのは、掩蔽壕の地下室。
映し出されたのは京子とシルヴァーナ。
いきなり顔を寄せてアップになった京子が叫んだ。
《魔力供給源は大丈夫よ!
子供達がみんな協力してくれるわ!》
《そうだぜ!
ただし条件付きだけどな》
シルヴァーナも胸を張って同意してくれた。条件付きだけど、と。
その言葉に裕太もラーグン達も目をむく。
裕太は思わず鏡にかじりつく。
「ホントなのか?
ホントに子供達みんな、手伝ってくれるのか?」
《本当だぜ!
あたしのお願いを聞いてくれたら、みんな魔力を出してくれるのさ。
正直、この言い方は気にくわないけどさ。新型魔力炉五十六人! おまけにこの二年の修行で、魔力量も魔法技術も格段に上がったんだ。
じげんかいろーってのが何だか知らないけど、楽勝さ!》
「あ、えと、でも……みんな、またあの魔力を吸われる……あれ、ゴウモン……」
《あ、それは大丈夫。
皇国の魔力吸収法は、あたしらを無理矢理暴走させるものだったんだけどさ。
この魔界では、んな無茶はしないって。暴走無しで、普通に魔力吸い上げるだけ。
遙かに楽だし、吸収量は少ないけど人数はいるから大丈夫だぜ》
「あ、そうなんだ。
それじゃ、ホントに手伝ってくれるのか!?」
《ああ!
だから、しっかりお願いを聞いてくれよな!》
「分かった!
頑張ってお願いを……て、お願いって、ナニ?」
一抹の不安と共に願いの内容を尋ねる。
すると掩蔽壕の奥の方から男の叫び声が聞こえてきていることに気付いた。
野太いその声は、どうやらリナルドらしい。
耳を澄ませば、許さぬぞぉ~、お前にはまだ早い~、と叫んでいる。
「……向こうで、お父さんがサケんでるようだけど」
《あー、気にしないでくれよ。
娘を嫁に出す親父なんて、大体あんなもんさ》
「……ヨメ?」
満面の笑みで、まるで何かの優勝者のごとく誇らしげで得意げなシルヴァーナ。
姉はその隣で真顔。
非常に、新魔王と名乗りを挙げる前から折に触れて感じる、非常に嫌な予感が再び彼を襲う。
そしてそういう予感はよく当たる。
いや必ず当たってきた。
《あたしと結婚しろ!》
やはり当たった。
目が眩む。
視界が歪む。
力が抜ける。
「……ま、待つって……ぼくの心の傷がイえるまで待つって、話は……?」
《フェティダねーちゃんとヤったって話、聞いたぞっ!》
「ななぁっ!?」
《向こうがそうくるなら、こっちだって手段を選ぶもんかっ!》
なんなんだコイツらは、魔界には肉食系女子しかいないのか、リィンを失って魔王へ堕ちるほど打ちひしがれたばかりの人間に向かって、なんて気遣いも配慮も何もない連中なんだ……と呆れ果てた。
思わず、もう姉も実験も魔界もほっといて一人で皇国に突っ込もうか、と考える。
彼がいつものように溜め息をつく間もなく、鏡の左側からラーグンの声もあがった。
《それだ!
僕からもその条件を提示させてもらうよ。
君とシルヴァーナお嬢さんとの結婚だ。それができれば、君が前線に立つと同様か、それ以上の戦果が期待出来る。
いや、むしろ実験に協力するからその子と結婚してくれ!》
間髪入れずラーグンの条件提示、というか要求。
シルヴァーナと裕太が結婚しないと実験に協力しない、と。
というより、ほぼ命令に聞こえる。
だが興味を引かれる単語があった。
結婚することで巨大な戦果が得られる、と。
結婚と戦果、縁が無さそうな二つの単語が結びついたとき、彼の脳裏にも閃くものがあった。
政略結婚。
同時に、心の底から幻滅してしまう。
定番の戦略政略ではあるのだが、それを自分がやらされるとは思わなかった。
しかも魔王へ転生してしまうほど妻との死別に絶望したのもつい先日だというのに。
リィンと、生まれることもできなかった我が子のため、復讐に全てを捧げるとは決意した。が、この手段だけはとりたくない、と心底思う。
しかし、そう考えているのは彼だけのようだ。
特に鏡の向こうで東部戦線を支える王族二人は、既に戦勝気分という有り様。
《それよ、それ!
それなら戦わずして勝つってのも夢じゃないわよ!》
《その通りさ!
いやあ、君の亡き妻への想いも分かる。こんな手段は吐き気を催すだろう。
だが父上の下で魔界を守ると決意し、全てを捧げると誓ってくれた君だ。異存はないよね?
皇国への復讐という点でも、これは最高の手段だと保証する!》
《そーそー。
それに、この方法ならあんたの魔力も魔界戦力も、金すらぜーんぜん要らないわ。
実験でも何でも、好きに使ってくれて構わないわよ》
彼には、巨人族の大部隊が外堀を派手に埋めていくような音が聞こえていた。
乱れ幼妻!
……言ってみただけです。
次回、第二十七章第六話
『彫』
2012年5月22日00:00投稿予定




