表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/195

フェティダ

 ルテティア爆心地。

 太陽の下、空母は相変わらず荒野のど真ん中に居座っている。

 周囲はやぐらや足場に覆われ、梯子と階段がそこかしこにかけられ、エルフ・ドワーフ・ゴブリン・リザードマンなど各種族の魔導師技術者が大勢出入りしている。

 捕虜達を連行するワーウルフやオーク、その捕虜たる人間達は脅されながら各所各部品の説明をしている。

 研究のために押し寄せた者達で、空母は押すな押すなの大盛況といった風だ。


 そんな騒がしい艦橋に、ルヴァンと裕太の姿はあった。

 操作盤の下を開いて中を覗きこむ第二王子の背中から、新魔王は話しかけている。


「どうです?

 シュウリ出来そうですか?」

「いや、修理までは無理です」


 手元のライトで薄暗い中を照らしながら、王子は答える。


「研究だけでもどれほどかかるか分かりません。

 修理など、壊れた部品の製法も分からないのに、早々に出来るわけはありませんよ」

「そう、ですか……空母は使えないか。

 コワし過ぎたかな」

「いえいえ、気にすることはありません。

 自爆されるよりはましですから」


 ライトを懐に戻したルヴァンは立ち上がり、裕太へ向き直る。


「それで、次元回廊実験の話なのですが。

 私自身は是非に実行したいのです。

 これほどの研究素材を逃すなど、学問に身を捧げた身として許し難い」

「そうなんですか!

 それじゃ、ルヴァン様はキョウリョクしてくれるんですね」

「ええ。

 大学の理事会も長老会も既に通過した案件ですから、エルフ族としては問題はないのです。

 私の権限で、エルフだけなら動かせます」

「それじゃ、ホカの種族を説得出来れば……?」

「実験は出来ます。

 ですが問題は他の種族、特にドワーフ族です。

 先日の会議で披露したビーコンが大量に必要なのですが、あんな高性能な宝玉を短期間で大量に作るとなると、エルフ族では無理なのです。

 実験の遂行そのものにもドワーフ技術者の協力が必要なのですが、果たして……というところです。

 それと、もちろん相応の経費はかかりますよ」

「……いくらです?」

「まあ、ざっと試算したところでは……あなたが今後、魔界と魔王軍のために働いてくれるくらいの値段ですね。

 なので貴方は魔界に残ってもらわねばなりません」

「そんなことなら、ヨロコんで」


 即答。

 元々、リィンのため魔界に定住する心づもりだった。

 今は皇国を叩きつぶし皇帝を殺すため。

 子供達が手を貸してくれないなら、自分が魔力供給者にならないといけないのだし。

 最初から地球に帰る気は無かったから、彼にしてみればタダのようなものだ。


「それは有り難い。

 あなたが魔王軍の一員として戦ってくれることと引き替えなら、皆を説得するのも容易になるでしょう」

「そうですね。

 それじゃツギは、ドワーフの協力をアオぎに行こうと思うのですが」

「妹でしたら先ほど上の艦長室に向かったはずです。

 ですが急いだ方がいいですね」

「イソぐ?」

「あそこには、非常に高級で希少な酒が並んでいるはずですから」





「アトにして下さい!」

「え、ちょ、ちょっとだけでも……」

「まだ真っ昼マですよ!」


 黒のタイトスカートに黒の上着、淡いピンク色で襟を立てたシャツという出で立ちの姫は、丁度グラス片手に酒瓶を物色してる最中だった。

 慌ててグラスと酒瓶を取り上げる。

 壁の棚を見れば、一目で高級と分かる酒がズラリと並んでいる。もちろん振動で割れたり飛んだりしないよう、しっかり固定はしてある。

 こんなものをフェティダ姫に艦内で飲まれては大変なことになる。

 周囲にいるドワーフの部下達は、胸をなで下ろしたり名残惜しそうな姫を「あきらめんべー」と慰めたり。

 どうやら彼らは、姫の飲酒を止めるのは諦めていたようだ。


「そんなことより、ボクの話を真剣に考えてクダさいよ!」

「えー、うー、う~ん……次元回廊実験のことですよね?」

「そうです!

 ドワーフの技術者にも手伝って欲しいんです。

 フェティダ姫からドワーフのカタガタへ話を通していただけませんか?」

「う~ん……」


 非常に渋い顔で、腕組みしたままリナルドの部屋を歩き回る姫。

 裕太もいわんとすることは分かる。

 ドワーフの職人達は、対皇国戦のために兵器を開発し大量生産しなくてはならない。

 ネジや釘など簡単な部品ならオークを人海戦術で、いや豚海戦術で大量生産することは出来る。機銃弾もドワーフ指揮下でオークが量産している。

 だが例えば新型飛翔機の組み立ては、そうはいかない。

 ドワーフの職人に余裕はない。

 もちろん他の種族の職人だって同じだが、今回の実験では高性能高品質な宝玉が幾つも必要になる。

 ドワーフ職人の協力は欠かせない。


「……ヒジョウに難しいのは承知しています。

 そのために、ボクはこの身を魔界にササげます。

 魔王軍のためにタタカうつもりです」

「貴方の献身は嬉しく思いますわ。

 出来るなら私も、あなたの働きに報いたいとは思います。

 ですが、こればかりはどうにも……何しろ次はアクインクムが狙われることが確実ですから」

「ええ……。

 新型飛翔機、えっと、なんて名前でしたっけ?」

Meteorミーティアですわ。

 音の壁すら超える、素晴らしい兵器です。

 あれに新兵器も載せれば皇国艦隊にも対抗出来るかもしれません。

 それもこれも、全て貴方達のおかげです」

「そう言ってくれるんでしたら」

「うーん……。

 貴方の願いは聞き届けたいとは思いますが……」


 顎に手を当てて考え込むフェティダ。

 ちらりと室内を見渡す。艦長室は、立派な机や椅子、通信装置やクローゼット、大きなベッドもある。

 椅子に座って足を組む。

 膝上までのタイトスカートからは、白い足がスラリと伸びる。魔界にはストッキングというものは無いようで、パンプスまで艶やかな肌を晒している。

 ふくよかな胸の上には金髪が垂れる。


 赤い瞳がチラリと部下のドワーフ達を見た。

 何かを察したらしい彼らは、一礼して部屋を出て行く。

 私室にはエルフ貴族の服を着た裕太と、難しい顔で考え込むフェティダが残った。

 溜め息一つ、厳しい表情で呟く。


「全てを賭けて、身を捧げて下さいますか?」

「ムロン」


 迷い無く頷く。

 その答えに姫は微笑みをもって応えた。


「……私の独断になります」

「手をカしてくれるんですか!?」

「かなりの力ずくです。

 ですが、元々の約束ですし、皇国艦隊を倒した貴方の働きには正当な褒美が必要とは承知しています。

 今後も魔界のために働いて下さるということを証明して下さるなら、私の力で親方達を説き伏せましょう」

「ありがとうございます!」

「ですが……それは、魔界のために身を捧げて下さることを証明してくれれば、です」

「ショウメイ、ですか?

 タシかインターラーケン山脈の西端に皇国の基地がツクられたそうなので、それを潰して来ましょう」

「いえ、そういうことではありません」


 フェティダは立ち上がる。

 裕太の前に立ち、右手を豊満な胸に当てる。

 そして、はっきりと迷い無く言った。



「抱いて下さい」



 一瞬で裕太の顔が真っ赤になった。

 だが動揺はしない。予想はしていたのだろう。

 姫の今までの言動、というか誘惑の数々を思い出せば、当然に予想される要求。

 ちょっと目を逸らし、咳払いをする。


「あの……えと」


 予想はしていたが、上手く言葉が出てこない。

 それでも頑張って自分の想いを紡ぐ。

 今は亡き妻への想いを。


「前にもイいましたが、ボクの妻はリィンだけです。

 フェティダ様の気モちは嬉しいけど、愛してるのはリィンだけです。

 姫を愛してはいません」

「承知しています。それで構いません。

 貴方は姉のため、復讐のため私を利用するのみ、と心得て下さい」


 愛していない、と言われた姫だが、悲しみも怒りもしない。

 真っ直ぐに彼の前に歩み寄り、その手をとる。

 思わず腕を引っ込めそうになった裕太だが、なんとか押しとどめた。

 彼女の言う通り、姉の帰還のためにも復讐のためにも彼女の最大限の協力は必要だ、と。


「私を一度抱いて下されば、一人の親方を紹介します。

 十の夜を共に過ごして下されば、十の工房を。

 貴方の言葉通り、その身を私に捧げて下されば結構です。

 そうすれば私の全てを捧げます」

「なぜ、そこまでして……?

 ショウジキ、姫がなぜにボクを求めるのか理解出来ないんです」

「それは……抗魔結界です」


 抗魔結界。

 姫は明言した。抗魔結界が理由だと。

 でもやはり彼には理解出来ない。どうして姫と寝所を共にするのに抗魔結界が必要なのか。

 フェティダは上着を脱ぎ去り、タイトスカートのボタンを外しながら語り続ける。


「ご承知の通り、この年になっても私は生娘です。

 誰も私の純潔を奪うことが出来ませんでした。男達は、恐れをなし逃げてしまうのです。

 私と添い遂げるに必要なもの、それが抗魔結界なのです。

 魔王一族の高い魔力によって守られてしまった私の乙女を散らすために」


 服を一枚、また一枚と脱ぎ捨てる。

 花弁のごとく床に散った衣服の上、黒のショーツだけを身にまとったフェティダ。

 スラリとした長い足の上には、女性らしい魅力に満ちあふれた女の体がある。

 十分に巨乳と呼ぶべき、だが重力に負ける様子は全くない胸を隠そうともせず、姫は裕太の上着のボタンに手をかける。


「愛のことは気にしないで下さい。

 私とて愛など求めてはいません。貴方の体が、子種が欲しいだけです。

 だから貴方は不義などしてはいません。貴方の心には奥方一人しかいないのです。

 ただ、この賤しく浅ましい女の欲望を利用するだけですよ」

「姫は、賤しくも浅ましくもないです。

 とてもキレイですよ」


 姫にされるがまま、服を脱がされる裕太。

 ほどなくして傷だらけの上半身が露わになる。

 未だ傷が癒えきっていない、糸が縫いつけられたままの痛々しい傷まで残っている。

 それでも姫の手は止まらない。まるで果実の薄皮をむくように優しくズボンにも手をかける。


「でも、果たしてボクで役に立てるんですか?

 男がニげるという理由が分からないので」

「それは……貴方の目で、指や舌で確かめて下さい。

 醜い奥底まで覗いて下さい。

 そして出来るなら、逃げないで。

 私を貫いて。

 どうか、お願いよ」


 そう懇願しながら、ショーツまでも脱ぎ捨てた。

 一糸まとわぬ姿になった姫と裕太は、手を取り合ったままベッドへと向かう。





 夜。

 姫と新魔王は、いまだベッドの中にいた。

 幸せそうな笑みを浮かべるフェティダは、裕太の右腕を枕にして胸に頬を寄せる。


「……幸せです……」


 心からの言葉。

 姫の右手が裕太の胸を這う。


「やはり、思った通りでした。

 貴方なら私を女にしてくると信じてました」

「う~ん……ショウジキ、抗魔結界だけだとムリだったかも」


 疲れた声の裕太。

 右手が姫の長い金髪を撫でる。

 波のように優雅なカールを描く金色の中、優しく手が髪をすく。


「イマの魔力も持っていなかったら、姫の期待にコタえられなかったかもしれません」

「かもしれませんね」


 姫は少し顔を上げる。

 自分を女にしてくれた男へ向けた頬は上気したままだ。


「運命だったのでしょう。

 私は貴方以外の男性には抱かれることが出来ない体だったのですから」

「だとしたら、そんな運命を作った神は、姫を改造した皇国は、やはりボクらの敵だ」


 髪を撫でる手に力がこもる。

 フェティダの細い腰を引き寄せる。


「ボクらから幸せを奪う神……偽りの神。

 全ては皇国、ピエトロの丘。

 必ず叩きつぶさないと、世界全てが滅ぼされる」

「そうね。

 一緒に頑張りましょう」


 そういうと、姫は自らの柔らかい体を裕太の上に覆い被せる。

 だが彼の傷が未だ癒えていないのを忘れていた。


「っつ……!」

「あ、やだ! ごめんなさい!」


 慌てて体を離した姫は、起きあがって彼の体を見下ろす。

 ほのかなランプの炎に照らされるのは、若い裕太の傷だらけな体。

 そして姫の、まるで彫刻のように均整がとれた女性的な体も。


「こんなになるまで、戦ったのね」

「うん、頑張ったさ。

 ヤツらをリィンへのイケニエにするために」

「羨ましいわ、そこまで愛された妖精の奥方が。

 私には、貴方が他の誰と添い遂げようと、捨てられても忘れられても何も言えない。

 こうして、配下の職人と工房を引き替えに慰み物となるだけの、出来損ないの女だもの」

「姫は出来損ないじゃないです。

 その、とってもステキです」


 そういうと、彼の左手は姫の右脇に添えられる。

 ゆっくりと肌の感触を楽しむように下へと下り、引き締まった太ももを撫でた。


「嬉しい。

 貴方の言葉、例え一夜だけでも信じたい」


 そう言うとフェティダは裕太の腰に跨る。

 男の体にすがりつき、激しく乱れる姫の声は、夜の闇へと消えていった。


暴れ恋女房!


……言ってみただけです。



次回、第二十七章第五話


『東部戦線』


2012年5月21日00:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ