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審議

 次の日、地下神殿会議室には幾つかの無限の窓も運び込まれ、魔王以下全ての王族が列席する御前会議となった。

 実はこの日、京子と裕太が会議室に入室する前から、会議は始まっていた。

 朝早くからでも出席出来る王族と各魔族の有力者が集まり、様々な議題について白熱した議論が続いている。

 援助物資の調達と輸送、対皇国戦の戦略、捕虜の処遇、総司令部の移転、難民の避難と受け入れ、債権債務の期限延期、etc。

 特に対皇国戦では魔族同士で怒鳴りあい、殴り合いにまで発展する寸前かというほどだ。


「やられっぱなしでいられるか!

 我らが同胞の恨み、皇国の人間共を十倍殺しても釣り合わぬ!」

「落ち着かぬか!

 策もなく数で押せるような相手ではないのだぞ!

 まずは新型飛翔機の数を揃えるのだ」

「そんな悠長なことを言ってられる場合か!?

 今日明日にでも皇国艦隊が押し寄せるやもしれぬのに!」

「その皇国艦隊の残存艦艇数、どないなんやろ?

 尋問で聞き出したかんかいな?」

「新型戦艦が四隻、着々と建造中だそうだ。

 いつ出陣してくるかと思うと、夜も寝れんぜ」

「もう待てねえよ!

 ゴブリン総合商業組合は魔王軍を離脱し、独自に皇国へ進撃するぜ!

 おめーらはここで好きなだけお喋りしてな」

「馬鹿を言うでない。

 今こそ魔王の下で皆が歩調を合わせねば、また五十年前の悲劇の繰り返しじゃ。

 皇国に各個撃破されるのは目に見えておる」

「だからって、ここでいつまで茶飲み話に興じてても、皇国に艦隊再建の暇を与えるだけじゃねえか!」


 そんな大騒ぎの中、裕太と京子は足を踏み入れる。

 その途端に議論がピタリと止まり、視線が裕太へ集中した。

 そしてそれぞれの種族における最高位の礼をもって彼を出迎える。


「お待ちしておりました、新たなる魔王よ」

「魔王軍に勝利をもたらした戦いの神に感謝を」

「頑張ったんだにゃー、ありがとだにゃー」


 礼を受ける裕太は、以前なら恥ずかしがり恐縮したことだろう。

 だが今は済ました顔で深々と頭を下げた。


「ミナサマの礼には及びません。

 ボクは陛下の一兵卒ですから。全ては陛下の思しメしです。

 魔王が握る刃の一本にすぎないのです」


 以前とは語り口も変わる。

 妖精執事に案内されて、車椅子に座る魔王の隣の席を勧められる。

 だが彼はあえて席を辞し、魔王の右横に立った。

 京子はといえば、ついでのように裕太と一緒に魔王の隣の席へ案内されてしまった。

 だからといって、こんな重要会議で上座の横に座るほど図々しくはなく、結局裕太の後ろに立つことにした。

 こうして、裕太と京子の要求は会議にかけられることとなった。





「キョーコはんは、弟君みたいにはなられへんの?」


 次元回廊実験の審議なのに、いきなり全然違う話が出た。

 京子の魔王覚醒、それはこの場にいる全員が可能性を考えていることだろう。

 もしかしたら、「あえてキョーコを絶望に追い込み、魔王として覚醒させよう」と企む者もいるだろうか。

 いや、絶望的状況にある魔界を救うためなら、その程度のことは迷いなく行えるとみるべき。

 実際、この発言に列席者はどよめき、さわさわと周囲と囁きをかわしだす。姉は不穏な空気と自分を見つめる者たちの目の色にたじろいでしまう。

 この質問にはミュウが答えた。端的に、あっさりと。

 たれ目ながらに視線は厳しい。


「無理ですね。

 彼女は一貫してチキュウへの帰還を望んでいます。

 あえて魔界に未練を残さないため、つがいも求めない徹底ぶりです。

 守るべきものが自分の身以外にないため、ユータ卿のような暴走を起こすほどの絶望や憤怒には至れませんよ」


 口調も表情も穏やかだが、その目は発言者を正面から見据える。

 明らかに、そのような外道な手段を口にした者を咎めている。

 テーブルの席が足らず壁際に立つオシュ副総監も声を上げる。


「言わせてもらうが、ユータ卿が新たな魔王として降臨するに至れたのは、まさに奇跡の技。

 いや、卿にとっては生き地獄であったろう。

 もう一度、同じく魔王を降臨さすなど、しかも計画的になど、できようはずもない。

 さらに言うなら、世界を滅ぼすほどの力の矛先がどこへ向くかは誰にもわからぬ」


 どこへ向くかわからない、というより彼女を魔王へ貶めた者へ向かうのが当然。

 つまり故意に魔王として覚醒させた者たち。

 制御不能、もろ刃の剣、兵器として利用不能。

 発言した鳥人は羽をすぼめて小さくなってしまった。

 白髪の老人となった現魔王は話を元に戻す。


「それで、彼の望みだけど」


 とたんに全員が渋い顔。

 表情だけで否決が決したかのよう。

 それでもオグルはあえて陰気な声で意見を述べた。


「お前らの事情は分かるが、な。

 こっちにもこっちの事情があるのは承知だろう。

 ユータの魔力だって無駄にはしたくねえ。また戦艦をぶった切ってもらわねえとな」


 列席者が各種族ごとの同意の態度を表す。

 頷いたり、手を叩いたり、耳や尻尾をピンと立てたり。

 予想通りの発言であり、姉弟は落胆こそしても驚きはしなかった。

 議長役の魔王は左手に座る第二王子へと目を向ける。


「そもそも聞きたいんだけど、その実験って成功しそうなのかい?」

「極めて困難な実験です。

 ですが、次元の扉が開くか否かに関わらず、実行するだけで得るものがあり成功と評価できます」

「ん?

 次元の扉が開かなかったら失敗じゃないのかい?」

「いえ、そうではないのです。

 これは過去に例のない実験であり、古代文明を復活させた皇国においてすらも未知の技術と考えられます。

 ゆえに、この実験から得られる理論と技術は魔道技術・自然科学の発展に資するのみならず、皇国の裏をかき出し抜く糸口となりえます」

「ふ~ん……よく分からないけど、凄いんだね」

「ええ、凄いんです」


 凄いんだね、という割に魔王はよく分かってなさそうな興味無さそうな態度。

 ルヴァンの方も、それ以上詳細な説明をしようとしない。

 学術に無理解というのはルヴァンによく理解されているようだ。

 魔王も理解できる範囲で尋ねることにした。


「で、それってすぐに出来るの?」

「実験機材の試作品は完成しています。

 これです」


 ルヴァンは背後に立つ部下のエルフからこぶし大の丸い物体を受け取り、コトンという音と共にテーブル上へ置いた。

 それは何かの樹脂を固めたような丸い物体。

 表面は白く、つやつやと輝いている。


「これは、今回の次元回廊実験のために開発した新型宝玉です。

 ビーコン(Beacon)と名付けました。

 表面の樹脂は保護材で、中に宝玉が入っています」

「へえ、これってどう使うんだい」

「詳細な説明をすると時間がありませんので、ごく簡単に概要のみ説明します」


 詳細、という割には長い説明だった。

 ともかく実験について説明はなされた。


 前回の重力魔法実験では全くの偶然からワームホールが開いた。

 だが実験データは全て保存されている。レーダーからの探知結果も全て。

 そのため、このデータを再現すれば次元の扉が再び開く可能性は高い。

 が、どこへ繋がるかは分からない。

 万一、魔界に危険が及ぶ場所へ繋がっては目も当てられない。


 このため実験施設は街から離し、強力な結界で完全に封鎖する。

 回廊が開いた場合、まずビーコンを射出する。

 ビーコンから送られた情報をもとに、回廊の向こう側を確認する。


「このビーコンには重力の術式が付与されています。

 ユータ卿からの情報で、重力は次元を渡る能力を持つことが分かっています。

 ゆえに、ビーコンから重力を生みだし、重力波を通信手段とします。

 宝玉が捕えた情報を見るのです」

「異世界が、見れるのか!?」

「ええ。

 そしてビーコンからの重力波を辿って再度回廊を開くのです。そこがチキュウでなくばビーコンを回収、チキュウであればキョーコを送還します。

 ただ、ビーコンが消滅したり破壊されるような場所に到着することもあるので、ビーコンは複数必要になりますが」 

「ふ~ん……とにかく、出来るんだね」

「可能性だけなら。

 彼女をチキュウへ帰還させることをもって成功とするなら、それは困難と言わざるをえません。

 ですが、この実験から得られた理論と技術は、必ずや魔界の発展に寄与することでしょう」


 反応は乏しい。

 大方は次元や重力が何なのか理解出来ない、という有り様。

 決を採るまでもなく、誰も実行に賛成しそうにない。

 魔王は、厳かに威厳在る声で語りかけた。


「……必要な魔力量は?」

「おおまかな予想ですが、最低必要量を。

 結界形成と維持、アンクとレーダー稼働、重力魔法発動。

 それらの準備だけで少なくとも五万ルビア。

 次元回廊開通に成功した場合、その維持に1ヘレク(約3秒)ごとに一万ルビア」

「ちょっと待って。

 ルビアってなんだい?」

「失礼、皇国で使用されている魔力量単位です。

 非常に便利なので私も使用することにしました。

 詳細はいずれ学会で」

「あ、そう。

 それで一万ルビアっていうのは?」

「そうですね、簡単に言うと私の魔力が200万ルビアくらいです。

 この実験に私の魔力のみを使えば、200ヘレク(約10分)で尽きます」


 十分でルヴァンの魔力を使い果たす。

 居並ぶ魔界の実力者は、「有り得ない……」「出来るわけがない」「話にならん!」という言葉を漏らす。

 魔王も思わず右手で顔を覆ってしまう。


「ユータ君とキョーコ君との約束ではあるんだけど……少し考えさせてくれない?」

「承知しました」


 ルヴァンはあっさりと引き下がった。

 もともと、すぐに同意が得られるとは考えていないのだろう。

 さすがに京子と裕太も皆の同意を簡単に得られると思ってはおらず、文句も反論も口にしなかった。

 議題が一つ、先延ばしという名の否決がなされたと認識し、鏡の一つから声があがった。

 それはラーグンからの議題。


《では、早急に次の議題へ移らせてもらうよ。

 現在の総司令部だけど、地下神殿のままではよくないね》


 この提案には即座に同意の声が上がる。

 ルテティア周囲の田園まで消えたからな、糧食の手配すら滞る、各地への通信も仮の中継基地が足らず……というものだ。

 皆の命を守った地下神殿だが、このままこの地に留まることは出来ないというのが事実。

 ではどこに移すか、となると一気に議論が巻き起こる。


《やはり皇国から距離を空けるべきです。

 ダルリアダのキュリア・レジスに総司令部を移しましょう》

「前線から遠すぎて全軍の指揮が出来ん。

 西部戦線が瓦解した以上、次は東部戦線が主戦場となるだろう。

 東部戦線司令部に近いアクインクムが第二の魔界中心として相応しい」

「こっからやと遠すぎやっちゅーねん。西部戦線の残存戦力を移動させられへんで

 つーか、ルテティアに次ぐ大都市やで。

 次の爆撃の的になるわ」

「なればこそ!

 彼奴らを迎え撃つに相応しい陣容を整えられよう!」

《もっと良い場所があるぜ》


 元気な少年の声が響いた。

 それは鏡の一つ、トゥーン=インターラーケンが映っている。

 得意げな末の皇子に皆の視線が集まった。


《通信施設は揃ってるしから、魔王軍全軍への指揮は大丈夫だ。

 艦隊なんか全く気にしないでいい。

 人間の兵士がどれほど押し寄せようと揺るぎもしない。

 皇国本土へも即座に攻め入れる。

 撤退や籠城も簡単。

 もちろん『嘆きの矢』なんか屁でもねえ!》


 あまりに理想的な言葉を並べる第十二子。

 京子は、そんな出来すぎた場所があるはずない、と胡散臭げな顔をする。

 だが裕太には分かった。その条件を完全に満たす場所があることを。


 地球にも同様の施設が存在する。

 NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)、コロラド州シャイアン・マウンテン山中の地下司令部という名で。

 核攻撃にすら耐えうる軍事施設。


 この魔界には、セドルン要塞。


次回、第二十七章第三話


『魔力供給源』


2012年5月19日00:00投稿予定

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