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献身

かなり書き貯まりました。最終章近くまで。


PCが完全に壊れる前に投稿予約も大方入れ終えました。一ヶ月分くらい。


というわけで、またしばらく連日投稿いたします。


最終話の構想もまとまってますが、さてさて書き上げるのが一ヶ月後に間に合うかどうか。


とにかく投稿いたします。

『急いだ方が良い』


 飛空挺から運びおろされる荷物を眺めながら、裕太は隣に立つ京子へ語る。


『魔界は、これから最終戦争に入る。

 核の冬、いや、氷河期になるかも。戦死、餓え死に、病死……多くの人達が死ぬ。

 帰れる可能性は低くてもゼロじゃないんだ、出来るなら姉ちゃんは急いで地球に帰った方が良い』


 日本語で語る裕太。

 その内容は、魔界語に無い単語が多いこと、絶望的な未来像を皆に知られるわけにはいかないことから、あえて日本語で喋っている。

 声も届かないほど遠く離れているが、念には念を入れている。


『……意外ね。

 今のあんたなら、あたしや魔界のことなんか気にせず皇国に一人で突っ込むかと思ったけど』

『さすがにそこまで我を忘れてはいないよ。

 いや、復讐のために最大限の準備をするつもりなんだ。心おきなく戦いを進めたい。

 そのためには、姉ちゃんと父さん母さんのことを先に片付けたいんだ』

『あたしは邪魔、か……』


 邪魔者呼ばわりされた姉だが、怒りはしない。

 むしろ、そう考えるのは当然と頷く。

 さんざん喧嘩した姉弟だが、結局は互いのことを自らと同じかそれ以上に大事に思っている。ただ言葉にするのが照れくさいだけ。

 だからこそ姉は理解していた。自分がいると余計な配慮が必要になり、全力で戦えなくなることもあるだろう、と。

 また、父と母への別れの言葉の一つも残したいだろう。そのためには次元回廊が必要になるとも。


『もし実験が成功したら、その後……あんたは、どうするの?』

『決まってる。皇国を潰す』

『死ぬわよ』

『うん、刺し違えてでも皇帝を殺る。

 そしたら死んでも構わない、リィンが待ってるし。

 あー、でも駄目かなあ。リィンは天国いっちゃったからなあ』


 腰に手を当てて空を見上げる。

 成層圏まで舞い上がった粉塵のせいで、雲一つない青空なのに薄く曇っている。

 今回の程度なら一月程度で元通りになるかもしれない。だが今後も『嘆きの矢』を魔界攻撃に使用すれば、回復に何年もかかるようになるだろう。

 そして彼の心にも分厚い雲がかかっている。


『人間殺しまくったから、地獄行き決定だ。あの世でもリィンに会えないかも』

『馬鹿言ってんじゃないわ!』


 叫ぶ京子。

 その声は食料を運ぶ人間や魔族達には届かない。


『あんた、いつから死後の世界とか信じたわけ!?

 神すら信じてないくせに!』

『ここは魔法世界だし、自分が死と破壊の神になっちゃったからね。

 死後の世界もあるんじゃない?

 あるといいなあ、もう一度リィンに会えるなら、ゾンビでもいいなあ』

『何を言ってんの?

 自称「神」とか、痛いわ。

 あんたは金三原裕太、ただの人間よ。

 魔法文明と科学文明の間に偶然立ったおかげで反則的力を手に入れたってだけの、あたしの弟。

 死ねば終わりな、中二病の高校生に変わりないわ』

『どっちでも良いんだ。

 皇国を潰し、皇帝を殺せるなら、ただの人でも魔王でも神でも構わない。

 僕には、もう、それしかないから』

『まだよ、まだやり直せる』


 姉は弟の前に立つ。

 そして手を握った。

 何年ぶりか分からない。姉と弟は互いのぬくもりを交換する。

 それは、まだ互いに人間であることの証。

 裕太も人間に変わりがない証。


『地球へ帰りましょう。

 父さんと母さんが待ってるわ。

 全て無かったことにして、やり直せるの。

 普通の高校生に戻って、また勉強や恋に頑張って……そうだ、あたしがオムライス作ってあげるわ。

 魔界生活で料理も上手くなったし、以前みたいな黒こげの物体Xなんかじゃなくて、本当に美味しいのを食べさせてあげる』

『魔王を殺せる手料理か、その死に方は悔いが残るね』

『死ぬかどうか試してあげるから、一緒に帰りましょう』


 クスリと笑う姉と弟。

 だが、弟の手はするりと離れていった。

 真顔で、揺るがぬ決意を語る。


『でも、駄目だよ』

『どうしてよ!

 もう、止めましょ。リィンのことは残念だったわ、あたしだって悔しい!

 だけど、皇国を潰しても皇帝を殺しても、あの子は生き返らないわ。

 お約束のセリフだって思うでしょうけど、本当にその通りなの。復讐は何も生み出さない、虚しいだけだって』

『そうだね……本当に、その通りだね』


 紺色のスーツに茶色のベストを着込む裕太。

 その姿はダルリアダのエルフ紳士のよう。

 まるで昔から着込んでいたかのように、彼には似合っている。


『姉ちゃんは地球に帰りたいんだろ?』

『……正直、ここに未練がないと言えば嘘になるわ。

 日本に帰っても、こんな素敵な時間は過ごせないでしょうね。

 王族とお茶したり、イケメン達にちやほやされたり、昼寝してるワーキャットの肉球ぷにぷにしたり。

 マルチェッリーノと結婚して、ここで子供生んで……夢見なかったはずはないわ。

 でも……ね』


 望郷。

 その想いは裕太とて抱かないわけはない。

 だからこそ姉の気持ちは良く分かる。

 その想いを叶えるために、自分が為さねばならないことも。

 彼の身も心も焦がす復讐、同時に夢に見続けた故郷、その二つを同時に成し遂げるには、彼の献身が必要だと分かっていた。


『だよね。

 だからこそ、僕は帰れないんだよ』

『何よそれ?

 あたしが地球に帰ると、あんたが帰れないの?』

『実は、どっちにしても僕は帰れないんだ。

 次元回廊実験を行うためには、ね』

『どういうこと?』

『魔力供給役、僕しかいないからだよ』

『……あ!』


 言われて、ようやく魔界の現状と次元回廊計画実現に立ち塞がる新たな問題に気が付いた京子。

 魔力供給者がいないのだ。


 本来、この計画の魔力供給者は魔王の予定だった。

 交換条件として魔王の助力を得るために、姉弟は魔王城で働いていたのだ。

 魔王の絶対的魔力でアンクを動かすために。


 だが魔王は魔力を全て失っている。

 王子王女達は1/3が死に、オグルも全魔力を失い、今後の戦況を考えると次元回廊実験に協力するどころではない。

 もしかしたら城の子供達が協力してくれるかもしれないが、次元回廊を開くためにどれほどの魔力を必要とするか分からない。

 成功するまで魔力を吸われるという拷問を受けてくれ、なんて頼めない。

 よしんば頼めるとしても、同じ魔力消費なら魔界側としては対皇国戦や魔界の復興に使いたいだろう。

 実験自体もルヴァンと魔力供給役が居れば出来る、というわけではない。補佐役が大勢必要だ。だが学者・技術者・魔導師も空母の研究や新兵器開発に注力している。

 現実的に、次元回廊実験が早期に行われる可能性は低い。


 だが状況は悪化することが確実。

 長引く戦乱と、それに伴う環境破壊の進行。今後も王族達から死者は出る。

 戦乱が終わった後こそ次元回廊実験を行う余裕など無くなる。実験を指揮するルヴァンが生き残っているかどうかも分からない。


 つまり、次元回廊実験を望むなら、急いだ方が良い。

 アンクを動かすための魔力供給者は裕太しかいない。

 ならばアンクに繋がれる裕太は帰れない。京子だけだ。

 そしてルヴァン達に次元回廊実験を行わせるには、その後に裕太が対皇国戦へ赴くことを交換条件にするしかないだろう。


『……デジカメ、あるよね』

『あるわよ。電池もメモリーも残ってる。

 それが何よ』

『父さん母さんへのメッセージを残したい』

『まるで遺言ね』

『その通りさ。

 対皇国戦で死ぬか、その後の氷河期で餓え死にするか。どちらにしても長くない。

 でも、充実した人生だった』

『まだよ。

 最後の最後まで頑張りなさい、石にかじりついてでも生き残りなさい。

 ヘタレな死に方したら、リィンに胸を張って会いに行けないからね』

『だね。

 ま、出来るだけ頑張るさ。「矢」を撃たせないように工夫もしてみる。

 頑張って、戦いまくって、血反吐吐いてズタズタになってから死ぬんだ。

 そしたらリィンも、きっとあの世で褒めてくれる。

 楽しみだなあ』


 あまりにも痛ましい希望。

 闇の中に灯る消えかけた蝋燭の火へ誘われる蛾のよう。

 だが今の弟には、それしか望みが無いことは姉にも分かっていた。

 それでも、いやだからこそ、姉は弟の身を案じずにはいられない。

 生きることに目を向けて欲しい、過去に捕らわれないで欲しい、と。

 そう願いはしたが、果たしてどんな慰めの言葉なら弟の心に届くのか、想像も付かなかった。

 魔王へと堕ちるほどの絶望を抱く弟の心を癒やせる言葉など、思いつくはずもなかった。





 地下神殿の一角に設けられた会議室。

 以前、リナルドへの尋問の際に裕太が切り刻んだテーブルの傷はそのまま残っている。

 薄暗く広い部屋の中、裕太と京子は椅子に座るルヴァンへ頭を下げていた。


「協力、ですか」

「はい。

 姉を地球へカエすため、次元回廊実験をお願いしたいのです」

「どうかよろしくお願いします」

「……困りましたね」


 黒メガネを拭きながら、全然困った顔をしていないルヴァン。

 薄暗い地下で黒メガネは必要ないはずなのだが、やはり肌身離さず持ち歩いていた。

 眼鏡を触っていないと落ち着かないらしい。


「以前にイーディスから伝えられたと思いますが、その計画は戦争終結後にと考えていました。

 実験を行いたいのはやまやまです。ですが現状では、その余裕はありません」

「ショウチしています」


 答える裕太も余裕が無いのは承知している。

 鹵獲した空母を早急に研究し、『嘆きの矢』への対抗策を考案し、新兵器を開発し、荒野と化したモンペリエとルテティアを復興させる……目の前に問題が山積している。

 ルヴァンは根っからの学者。新技術新理論に興味が無いわけがない。

 だが、だからこそ、地球と次元回廊実験計画以外にも研究素材が目の前に大量に存在する今、とても実験だけに力を注いでいられない。

 そして現状で重要なのは対皇国戦に役立つ技術。他は後回しにするほかない。

 無理を押して頼まなければならないのは百も承知。


「ですが、ボクの考えでは戦争終結後こそ実験のヨユウはありません」

「その話は前に聞きました。我らも古代文明と同じ道を辿る、と。

 カクノフユ、という理論ですね」

「ええ。

 魔界の歴史上、ダイキボな火山噴火の記録はあると思います。

 それを参考にすれば理解してもらえるかと」

「ふむ……理屈は分かりますが、信じがたい。

 私には逆に気温が上がるのではないか、と思えます」

「それもアり得ます。

 でも、どちらにしても急激な気温変化に動植物がタえられません。

 魔界も皇国もホロびます」

「ふ……む。

 あなたの言うことです。嘘では無いとは思いますが、検証は必要です」


 考え込む第二王子。

 火山は大量の二酸化炭素を排出するため、温暖化原因となる。

 実際に地球の歴史上、大規模な火山噴火が破滅的温暖化をもたらしたこともある。

 二億五千万年前に起きたスーパープルームと呼ばれる最大規模の噴火では、両極で平均気温が25度も上がり全生物の95%が死滅したと言われている。

 そこまでの大災害になるかは分からないが、どちらにしても魔界側は京子と裕太への約束を守れない可能性が高い。


「例の約束は、ボクらが保父として働く、という条件でした。

 でも今のボクは、魔王陛下にナラぶ魔界側の切り札、とジフしています。

 戦力としてのボクが必要というのであれば、アラたな報酬も必要です。

 姉の帰還に協力してクダさい」

「……確かに、元々の約束はそうです。新たな報酬が必要という言い分も正当と認めましょう。

 ところで、キョーコの意見は?」

「あ、あの、私は……やはり、地球に帰れれば、と思ってます」

「私には、貴女も迷っているように見えるのですが」

「それは、もちろん。

 皆さんを放って自分だけ助かる、という話ですから。

 それでも、私は……帰りたいです」

「そうですか」


 拭いていた黒メガネをかけたルヴァン。

 やはり着けていないと落ち着かないのだろう。それが例え薄暗い地下でも。

 おもむろに立ち上がり、二人へ背を向けた。


「私一人の権限では難しい。

 戦争をさしおいて、技師と導師を総動員することになるでしょうから。

 父上をはじめ、全員の了承が必要です」

「……ですか」「ですよね……」

「明日、父上含め全員を呼びましょう。

 通信基地も仮ですが復旧しましたので、ラーグン兄上とも連絡が取れます。

 そこで了承が得られれば、の話になりますね」


 かくして次元回廊実験計画は審議されることとなった。


次回、第二十七章第二話


『審議』


2012年5月18日00:00投稿予定

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