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皇族の責務

 リナルド=フォルノーヴォ。

 神聖フォルノーヴォ皇国第一皇子。

 皇子や王子というと美少年美青年という印象だが、そんなものは演劇やお伽話だけの話。

 王族といえど流行病や戦争での早死にも珍しくない昔ならいざ知らず、文明が進歩した皇国の皇帝は長命だ。

 現皇帝が老いてなお盛んで皇位継承の必要性が生じなかったため、皇子も皇帝につけぬまま年を重ねた。

 顔や体型が無関係なのはいわずもがな。

 無論、ナプレの歌劇では美青年がリナルドを演じる。似てるか否かは別にして。


 皇位継承自体は今まで必要なかったが、いずれその時は来る。

 リナルドは昔から次期皇帝として嘱望されていた。

 姉と妹は多かったが、息子はその頃は彼のみ。

 必然的に皇帝と周囲の期待を一身に集めた。

 幼い頃から様々な教育と政務が課せられた。

 彼も父の背中を追うかのように、あらゆるものを吸収し続けた。


 が、弾ける若さは狭い城に満足しない。

 好奇心と反抗心を「下々の生活を知ることも為政者の勤め」と言い換え、お忍びで街へ繰り出すことも多かった。

 政務と勉学の合間を縫い、ごく近しい側近だけを引き連れて、市井の若者を装う。

 そしてお約束のように夜の街、酒場、賭場と悪い遊びにはまっていく。

 当然、皇帝の耳に入って手ひどく叱責され罰も受けた。


 以後は節度を守り、ほどほどに収めた。

 皇帝も「たまには息抜きも必要であろう。下々の生活をよく学べ。ついでに市井に眠る古代文明の遺物を探してくるがよい」と、悪い遊びに踏み込まない範囲で許した。

 リナルドはミルコと名乗り、地方貴族の三男坊で古物商と身分も偽り変装もし、皇太子と市井の若者の二重生活を楽しんだ。

 皇帝からの言いつけも守り、民の生活の現実をよく学び、古代文明の遺物を集めた。


 が、娼館通いだけは改まらなかった。


 さすがに夜鷹は相手にせず、側近に進められた高級娼館を贔屓にした。

 それはナプレ大公家の長女と結婚してからも続いた。

 結婚後、一人の若く見目麗しい新人娼婦を見初めた。緑の瞳が美しい娼婦の初めての客となり、その後も足繁く通い、身請けして愛人とした。

 身請けしたとはいえ城には連れて行けないので、娼館の離れを愛人の館とした。

 妃の目を盗んで娼館に通い、儚き逢瀬を重ねた。

 若かった娼婦もいつしか子を為して母となり、かつての輝かんばかりな美しさは失ったが、それでもリナルドはミルコとして通い続けた。



「……かーちゃん、いっつも窓際でクソ親父を待ってた。

 編み物しながら、クソ親父が来るのだけを楽しみに、娼館の窓から外を眺めてた。

 寂しそうだったなぁ……かーちゃん」


 焚き火を囲み、幼き日の思い出を語るシルヴァーナ。

 長い話に夜もふけたが、誰も眠ろうとはしない。

 シルヴァーナとリナルドの話に、誰もが耳を澄ませる。


「余とて辛かったのだ。

 堂々と皇女として城に迎えたかったが、なにせ妻は嫉妬深く欲の権化……目を盗んで会いに行くだけで一苦労だったのだ」

「つか、浮気すんなよ」


 シルヴァーナの身も蓋もない指摘。

 だがミルコことリナルドにも事情はあった。


「お、お前は皇家の責務を知らぬから、そんなことが言えるのだ!

 我ら皇家にとり、結婚も仕事なのだ。市井の民のように好きだから結婚する、と気楽に言えたらどれほど良かったか……。

 あんな狂乱豚と結婚させられた余の立場になってみろ!」


 狂乱豚、と叫んだリナルド。

 その言葉に男達は軽蔑するどころか、同情の視線を向ける。

 事情が全く分からない裕太や魔界の民にも、大体の所は想像出来た。



 クラウディア=フォルノーヴォ。

 ナプレの狂王の孫娘にあたる、ナプレ公国の公女。

 狂王の血を受け継いだのか、とにかく感情的で物欲にまみれ、猜疑心と嫉妬心に満ちあふれている。

 それでもナプレ公国の姫君。

 姫と呼ぶにどれほどの抵抗があろうとも、姫。

 皇帝たる父の意に反する事も出来ず、言われるままに政略結婚をして後悔することになる。

 結婚も子作りも政務の一環、皇子を一人でも為せば解放される、そう自分に言い聞かせて、死ぬ思いで夜を重ねた。


「……その頃の殿下は、見るも痛ましい有り様で……心を病んでいたかと思います。

 閲兵式に青白い顔で、しかも傷だらけで姿を現したときには、もうなんと声をかけたら良いか分からず。

 皆で必死に素知らぬ顔をしたものです。

 殿下が、もっとふしだらで無責任な方でしたら、いっそ楽になれたでしょうに」

 

 目尻の涙をそっと拭くアレッシア。

 周りの男達は、同情すればいいのか笑えばいいのか判断が付かず、とても微妙な表情を浮かべている。



 逢瀬を重ね、儚き夜はいつしか真実の愛へ……と、詩人であれば竪琴と共に語るところだろう。

 実際、リナルドは娼館通いを唯一の楽しみとし、外に出れぬシルヴァーナ達のために道化師や楽団を連れてきたりもした。

 段々と老いていく時間を、シルヴァーナの成長として楽しんだ。


 が、あまり足繁く通えば目立ってしまう。

 とうとうクラウディアにばれてしまった。

 激怒し、手下に娼館を襲わせたのだ。

 参謀本部はこの事実を察知し救助を向かわせたが間に合わず、シルヴァーナしか救い出せなかった。

 悲嘆に暮れた皇太子。元々冷めていた妃との関係は決定的に断絶、それはナプレ公国と皇家の亀裂拡大へと直結した。

 だがナプレ公国は皇国建国前から南部諸公を束ねる名家。北部を束ねる皇家に臣従してはいるが、だからこそ反乱は避けたい。

 それに浮気していたのはリナルドだ。平民の娼婦とのスキャンダルなど表沙汰に出来ない。ならば事を大きくできない。

 平民の愛人女一人と皇国の安定、皇帝と皇家にとっては秤にかけるまでもない話。

 なので離婚にまでは至らず、ただ皇家に凍てつく風が吹きすさぶ。


 リナルドは妃の目から皇女を隠すため、密かに彼女を孤児院へ預けさせた。

 ところが、これも妃に察知され、彼女は魔力炉の素材としてピエトロの丘地下の工廠へ送られてしまった。



「……あんときの、あの鬼女の顔、よーっく覚えてるぜ。

 娼館が襲われたときも、孤児院から連れて行かれるときも、そいつが見物に来てたからな。

 あいつ、孤児院から引きずられていくあたしを見て笑いながら、こう言ったのさ。『父親にも捨てられた平民の娘には、お似合いの最期だわ』てね」

「違う!

 余はお前を捨てなどせん!」

「その通りですぞ!

 殿下がシルヴァーナ様のためにどれほど骨を折ってこられたか。文字通りに骨が折れたことも一度や二度ではなく。

 孤児院が火災で焼失したときなど、焼け跡で涙に濡れて」

「え?

 火災って?」


 聞き返したシルヴァーナにアレッシアは答える。


「実は、件の孤児院は火事で焼け落ち、孤児も修道女達も助からず。

 シルヴァーナ様も巻き込まれたものと思っておりましたぞ」

「そんな……!?

 まさか、あの鬼女!?」

「恐らくは。

 シルヴァーナ様を連れ去ったことを隠すためでしょう。

 しかも、わざわざ魔力炉にまで放り込むとは、どれほど残酷で執念深い女なのでしょうな!」

「お、おのれ、許すまじクラウディアめ!

 もう堪忍袋の緒が切れた! あんな鬼には三行半を突き付けてやる!」


 涙を流して娘との再会を喜び、娘を殺そうとした妻に憤る父、リナルド。

 話をずっと黙って聞いていた裕太は、感動的なはずの親子の再会を前に、冷たい一言を放った。


「他人のコドモは平気でも、自分のコドモなら残酷なわけか。

 それとも平民のコドモだからカマわないのか」


 ハッとして顔を上げるリナルド。

 言葉に詰まるアレッシア。

 だが裕太の冷たい言葉は止まらない。


「シルヴァーナも母は平民、娼婦の娘。おまけに今は孤児だ。

 だったら心をイタめることはないだろう。

 今すぐ口封じに殺したらどうだ?」

「こ、孤児でも、平民でもないぞ!

 歴としたフォルノーヴォ家の姫であり我が娘だ!」

「我がミ可愛さに正体をカクし、迎えにも行かなかったのは、おマエだ」


 あまりにも冷たい視線がリナルドの心に突き刺さる。

 もはや何も答えられない。

 代わりに声を上げたのはシルヴァーナ。


「そうだぞ、あたしとの再会が嬉しいってんなら、ちゃんと魔王のじーちゃんにも礼を言えよ!

 魔王様はな、あたし達を助けるために、すっごい頑張ったんだからな!

 あたしら子供だけじゃない、皇国に捨てられた全ての人を救うために、メチャクチャ頑張ったんだ!」


 城で生き延びた魔力炉の子供達五十六人は、皇国に捨てられた保父達も、焚き火を囲んで話を聞いている。

 瞳をリナルドとアレッシアへと向けている。

 その視線に耐えれるほど、二人は外道ではなかったようだ。いや、大物ではなかったと言うべきか。

 元皇太子の首がうなだれる。


「……そうだな、すまぬ。

 余が間違っていた。皇国の行いは誤りであった。魔王にこそ真実と正義があった。

 すまぬ!」


 リナルドは頭を下げた。

 ぼんやりとした月が光る夜、次期皇帝とされた男は、子供達と大人達へ謝った。


運命に翻弄された父と娘は再会し、過去は明らかとされた。


だが過ちを謝罪されたとしても、正されてはいない。


世界を滅ぼす過ちが。



次回、第二十七章『次元回廊実験計画』、第一話


『献身』


2012年5月17日00:00投稿予定

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