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再会

 ルテティア爆心地から魔王城跡地への空路。

 一機の小型飛空挺が西へ飛ぶ。

 眼下には赤茶けた大地が広がり、ところどころに泥水が溜まっている。


 ほぼ完全に不毛の荒野へと変えられてしまった大地には、生き残った草木がみすぼらしく残るのみ。

 はたしてこの荒野が以前のような命に満ちた大地に戻るには、何百年かかるのか。

 この荒野を生み出した爆発によって舞い上がった粉塵は、既に成層圏まで達しているだろう。

 長期間にわたり日照量が低下することは避けられない。


「……これにより食料生産量はテイカする。皇国も含めて、ね」


 小型飛空挺の中。

 足を組んで座る裕太は、皇国の最終兵器使用により生じる環境破壊を語る。

 飛空挺の胴体に備え付けられたベンチ、彼の正面に座るのはリナルドと参謀長。

 リナルドは腕組みしながら、参謀長は怯えた様子でリナルドにすがりながら、話を聞いていた。

 皇太子は、ふんっ、と鼻で笑う。


「まさか、そんなことがあるものか!

 あったとしても、少々曇りが続いた程度で、どれほどのことがあるか」


 鼻で笑ってはいるのだが、顔色は悪いし冷や汗をかいている。

 自分への殺意を隠そうともしない、しかも現魔王と異なり皇国の完全破壊すら躊躇わない新魔王。

 僅かでも機嫌を損なえば瞬時に首を飛ばされる。

 その裕太の言葉を必死に鼻で笑うのは、虚勢を張っているというより、もはやどうとでもなれと開き直った結果だろう。

 対する裕太としては、恩人であり敬愛する魔王の言葉に反する気は、取り敢えずはなかった。

 そうでなければ、とっくの昔にリナルドは足先から1cm刻みスライスにされている。

 なので自身の恨みは横に置き、別の問題を語っていた。

 全種族滅亡以外ありえない、この戦争の行く末を。

 最終兵器が最終兵器たる所以を。


「太陽を見上げればワかる。

 雲もないのに、ミョウに光が弱いだろう」


 リナルドと参謀長は背後の小さな丸窓から空を見上げる。

 そこには、確かに光の弱い太陽があった。色つき眼鏡ごしでなくても肉眼で見える程度の光量しかない。


「コンゴ、『矢』を使えば使うほど、光は弱くなり空気は寒くなる。冬の時代となる。

 森は枯れ、家畜は死にタえ、作物は収穫デキず、飢餓が始まる」

「そ、そんなこと、我々は知らんぞ」

「知らないだろうな、知っていれば『矢』をツカおうとは思わない。

 いや、気付いたとしても使う。戦略上必要だから、これを最後にしよう、今まで使ってきたからこれくらい……と、言い訳をして。

 皇国はこれから『矢』をウちまくる。

 結果、魔族と一緒にお前達もホロびる。

 まとめて飢え死にだ」

「何を馬鹿な……我々は古代人のように愚かではない」

「ふん、『矢』を独り占めしたくらいで賢くなったつもりか。

 まったくオロかなことだな」

「あ、あの、ユータ卿……今は、そのくらいでお願いします」


 彼の右に座るのは、いつものメイド服の上にカーディガンを羽織ったミュウ王女。

 さすがに空気の重さに耐えかねたようで、おずおずと仲裁に入る。

 憤然としたままの彼は、足も組んで口を閉ざした。

 その左側に座るフェティダは、当たり障りのない話題へ話を切り替えた。


「それで、えっと……参謀長、名前は何であったか?」


 問われた女参謀長は、リナルドの服から手を離し、背筋を伸ばして答える。

 フェティダは普段の気さくな口調は隠し、王侯貴族らしい威厳在る語り口調を紡ぐ。


「し、小官はアレッシアで、あります」

「家名は無いのか?」

「ありません。名も親ではなく院長が付けましたぞ。

 小官は貧民街の名も無き孤児でしたから」

「ほう?

 それが参謀長まで上り詰めたと申すか」

「孤児院で才能を院長に認められ、士官学校へ。

 そこで苦学と努力の末、今の地位に」


 ペラペラと素直に経歴を語る参謀長。

 全ての地位と権限を失い、殺意に満ちた新魔王を前にして、すっかり反抗心がそぎ落とされてしまったようだ。


「苦労したのだな。

 だが、孤児院の出と言うことは、お前の朋友も魔力炉にされたであろう。

 心は痛まぬか」

「……知っての通り、皇国の資源は乏しいのですぞ。

 間引かねば飢えと病が蔓延ります。

 出来の悪い者にまで食わせるパンはありません。

 一臣民として働けぬなら、せめて魔力炉として役に立ってもらわねば」

「理屈は分かるが、な。

 目的が手段を正当化するといっても限度があろうに」

「事実として皇国では、小を殺すことで大が生かされているのです」

「なるほど。

 で、小さな虫と思って踏みつぶしていたら竜の尾を踏んでしまったわけだ。

 しかも自分達が崩れかけた橋で必死に足踏みしていたことにも気付かなかったと」

「け、結果論に過ぎませんぞ。

 木から落ちて死ぬからと木の上の果実を諦めるわけにはいかないのです」


 小さな虫と思われ踏み潰されかけた裕太は、口を挟む気はないらしく何も言わない。

 今の問題としては、崩れかけた橋の上にはリナルド達や皇国だけでなく魔界も乗っていることだと分かっていたから。

 このままでは暴れ回る皇国に巻き込まれて世界全てが崩壊する。

 結果論で済ませられる話ではない。


「姉さんも、今はちょっと、後にしましょうよ」


 紺色の上下に身を包む裕太越しに、長女へも声をかけるミュウ。

 当たり障りのない話をするはずが、結局政治軍事の話になってしまったのは、立場上やむを得ないだろう。

 話を打ち切られた参謀長は、俯いて小さくなる。

 不安げにチラチラとリナルドを見上げ、そっと彼の服の端を握りしめた。

 リナルドの方は、しょうのないヤツだ、とでも言いたげな目を僅かに向けただけで、拒もうとはしない。


 目の前で見せつけられたフェティダは、負けじと隣の裕太をチラリと見て、そっと体を寄り添わせた。

 裕太も裕太で今さらという風で、特に拒まない。

 対極的な立場にありながら似たものを感じた両者は、一瞬互いを見て、フンッとそっぽを向いた。

 そんな二組と、なんとなくかやの外に置かれた気がするミュウを乗せ、飛空挺は魔王城跡地に着陸した。



 跡地というだけあって、周囲には何もない。

 吹き飛んできた瓦礫や、残された城の土台の石組みを使って、どうにか掘っ立て小屋のようなものを建てようとしているところだ。

 それもまだ建設中で、生活の多くは相変わらず地下壕で営まれている。

 もっとも、現状では壊れる物がほとんど残っていないことが幸いしているかもしれないが。

 一行が土の上に降り立つと、遠くで青黒い霧が立ち上っていた。

 裕太が全身を魔力の衣で覆う。


「ちょっとイってきます」


 言うが早いか裕太の姿はかき消えた。

 一瞬遅れて突風が吹き荒れる。



 瞬時にして暴走の現場に到着した裕太だが、出番は無かった。

 既に暴走は抑え込まれる寸前だったから。


 暴走したのは、先日救助されたばかりの、名も知らぬ女の子。

 体から魔力の霧を吹き出してはいるが、その濃度は極めて薄い。

 女の子が着ている服、地球産の繊維を折り込んだ服に魔力が消されている。

 周囲を封じる結界に、保父達に混じって子供達が混じっている。ヴィートやスザンナなど年長の子供達だ。

 魔法を学んだ魔力炉の子供達は、まだまだ技術は未熟といえ、魔力量は魔王一族に匹敵する。

 強力な結界に幾重にも守られ、暴走する子供へ接近するノーノ。魔力の濃度は薄く、危険性は大きいとは見られない。


「さあ、今は休みなさい。

 目が覚めたときには、魔王陛下の深き慈愛に気付くことでしょう」


 元神父らしい言葉と共に『眠り』の魔法を組み上げる。

 子供は瞬時に意識を失い、吹き出す魔力も消えていく。

 ノーノは優しく女の子を抱き上げ、壁と屋根だけは出来上がった掘っ立て小屋へと運ぶ。

 結界を解いた保父達と子供達は、ようやく後ろに立つ裕太の姿に気が付いた。

 魔力の衣とマントに身を包む元同僚に、大人も子供も笑顔で駆け寄ってくる。


「おう! ユータじゃねえか、体はもう大丈夫か?」

「はい、おカゲさまで」

「うおー! にーちゃんかっこいー!

 すっかり次の魔王様って感じだな! 魔界の王になるの!?」

「はは、まさか。

 ボクは魔界の王にはならないよ。

 いつまでも陛下の一兵卒さ」

「なーに言ってやがんだ?

 魔界のあちこちじゃ、『戦神が降臨した』とか『新魔王の誕生』とか、大騒ぎだぜ!」


 そんな話を聞きつつも、いつもの元気で強気な声が聞こえないな、と感じていた。

 普段ならシルヴァーナが一番に抱きついてくるのに、と周囲をみやる。

 すると、立ち尽くしていた。

 裕太の背後を凝視し、驚きの余り開ききった口を両手で覆っている。

 はて何を見て驚いたのかと振り返れば、そこにも驚愕している人物がいた。

 リナルドとアレッシアが、揃って仰天し言葉を失っている。

 どうしたのかと視線を往復させていると、シルヴァーナが突然駆けだした。

 リナルドへ向かって、鬼のような形相で。


「こ、こここ……こんのクソ親父いぃーーーーっ!!」


 突然の叫びと共に、右拳がリナルドの腹にめり込む。

 少女の小さな体とはいえ、魔力で強化された肉体。喰らえばタダでは済まない。

 大の大人であるリナルドの体がくの字に曲がり、口から胃液が吐き出される。

 膝を付いて倒れ込む男を見下ろしながら、さらにシルヴァーナの叫びが浴びせられ続ける。


「い、今さら、何しに現れやがった!?

 というか、何で魔界にいるんだよ!

 かーちゃん見捨てて、あたしを孤児院に放り込んで、それでも飽きたらず魔力炉にまでしやがって!

 この上、のこのことあたしの前に馬鹿面下げて現れるたあ、よっぽど命がいらないらしいねえ!」

「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて!」


 慌てて二人の間に入りシルヴァーナを押しとどめるミュウ。

 他の大人も子供も、何だ何だと集まってくる。

 血の気の多い者はシルヴァーナの叫びを聞いて、外道親父に鉄槌をかまそうかと拳を鳴らし前に出る。

 が、胃液を吐きおえて顔を上げた男を見て、全員が硬直してしまった。


「え……殿下?」

「り、リナルド皇太子殿下!?」

「なにぃ! 次期皇帝が、なんでこんなとこに!?」

「捕虜になったって話、本当だったのか……!」

「って、リナルド皇太子が、シルヴァーナの親父だってえ!?」

「リナルド?

 誰のこったよ、それ。

 このクソ親父はミルコってんだけど」


 キョトンとするシルヴァーナ。

 周囲の者達も皇太子似の別人かとリナルドの顔を見直す。

 だがそれは間違いなく皇太子だと、保父達は全員一致で結論づけた。


「シルヴァーナ、お前、リナルド皇太子の顔って知ってるか?」

「皇太子ぃ?

 んなもん、あたしみたいな下々のもんが知ってるわけないじゃんか」

「えっと、パレードや祭で、高みにいるご尊顔を拝めることはあるんだが、見たこと無いか?

 つか、教会でマルアハの鏡を見たことは?」

「……あたしは娼館の、娼婦の娘だよ。外に出れない籠の鳥だっての。

 孤児院はド田舎で鏡なんか無かったし」


 ここで裕太は思い出す。

 シルヴァーナは以前、母は娼婦であり、さる貴族の愛人だったと語っていた。

 正妻に睨まれた母は殺され、自分は孤児院に放り込まれ、最後には魔力炉にされた、と。

 シルヴァーナは目は緑色だが髪は黒い。パラティーノの民の血が混じってる。


 そういえば魔力炉の素材たる子供としては年齢もおかしい。救出当時から、子供の範疇ではあるが年上で背も高め。炉の内部に入るギリギリ。

 普通なら、そんな子供を素材として選ぶはずがない。

 かなり強引に、おそらく工廠へのごり押しで魔力炉にした。それが出来るのは皇国上層部の人間。下々の者が関わることなど無いはず。


 先日の皇太子との話も。

 身分を偽って下級貴族出身の古物商として皇国を巡っていたという。


 父親はパラティーノの民。

 落胤。

 リナルドを「クソ親父」といって殴る。

 皇家や軍上層が関わる。


 以上から導かれる結論をポツリと述べてみた。


「つまりシルヴァーナは、皇女様?」

「……ええーーっ!!」


 一番驚いて叫び声を上げたのは、シルヴァーナ。

 腹を押さえて地に伏すリナルドは、それでも呟いた。


「し、シルヴァーナ……これぞ奇跡、神のお導きか……会いたかったぞ……!」


 魔界を打ち倒し、世界を滅ぼさんとする皇国の皇子。

 運命の激流に押し流され世界の果てに漂着し、それでも幸せを掴もうと苦闘する薄幸の皇女。

 突如明らかになった父の真実と出生の秘密。

 そんな神の悪戯に翻弄された親子の、あんまり感動に満ちあふれない運命的再会であった。


次回、第二十六章第四話


『皇族の責務』


2012年5月10日00:00投稿予定

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