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リナルド皇太子

 鎖に繋がれ、椅子に縛り付けられ、台車に乗せられて荷物のように運ばれてきたリナルド皇太子。

 猿ぐつわをされ、何かを必死にフガフガと叫ぼうとしている。

 全身に脂汗を流し、ガタガタと震え、目は怯えきっている。

 ルヴァンは淡々と捕虜になった皇太子を見下ろす。


「さて、リナルド皇太子殿下。

 殿下に折り入って話があります。

 皇国においては『言葉を交わすだけで穢れる』と宣伝される我ら魔族ですが、それが虚言と認め言葉を交わす気はありますか?」


 必死で、高速で頭を上下させる皇太子。

 振り乱された白髪まじりの黒髪から汗が飛び散る。

 ルヴァンの目配せを受け、ワーウルフの部下は猿ぐつわをほどいた。

 とたんに、恐らくは叫びすぎであろう、かすれた声が撒き散らされる。


「き、貴様らあ! よよ、余を誰だと心得るか!?

 余が栄光在る神聖フォルノーヴォ皇国次期皇帝、神の子たるリナルドだと知っての狼藉かっ!

 すぐに余を解放せよ、さもなくば神の怒りが鉄槌を」

「死ね」


 死ね、という声と共に真っ黒な触手が伸びていた。

 その先端はリナルドの眼前で止まっている。

 伸ばしたのは、無表情な裕太の右手。

 触手を皇太子の眼前直前で防いだのは、やはり無表情なルヴァンの右手。

 淡々とした裕太の声が続く。


「神のテッツイが欲しければ、イマすぐくれてやる。

 死と破壊の神だけどな」

「落ち着いて下さい。

 そう簡単に処刑されては困ります」


 憤然と、だが瞬時に触手を引っ込める裕太。

 やはり淡々としたルヴァンが見下ろす。

 死の恐怖から声も上げれず失神寸前のリナルドを。


「殿下、我らは本心から殿下との対話を望んでいます。

 ですが殿下ご自身が対話を望まれないのであれば、致し方ありません。交渉は終わりです。

 あなたの首を塩漬けにして、皇国へ送るか祭の御輿に飾るか、というところです」

「わ、分かった!

 話す、ちゃんと話す!」

「英断です。

 では、まずはテーブルについて頂きます。

 これから戒めを解きますが、もし不穏な行動があれば」

「しょ、承知している!

 よよ、余にも皇太子としての矜持は、ある。

 皇国の名に泥を塗るような真似はせん!」


 かくして縄も鎖も解かれ、妖精の執事が持ってきた椅子に着席する。

 侍女達は紅茶と茶菓子を列席者の前に並べていく。

 リナルドの席は魔王正面。老人の姿となった魔王と相対する。

 皆を代表するように、真正面の魔王は笑顔で挨拶を始めた。


「さて、なにはともあれ、まずは自己紹介からしましょうか。

 僕は魔王です。初めまして」

「……神聖フォルノーヴォ皇国第一皇子、リナルド=フォルノーヴォだ。

 魔王というのは名前ではないだろう。自己紹介というなら真名を名乗れ。

 元は人間だったそうだが、その時の名は?」

「本名は、皇国で旧型魔力炉の実験台になって以来、忘れたままです。

 思い出せる過去の記憶は断片的で、どれもおぼろげですね。

 恐らく、今の魔力炉の子供達と同じく、下々の一人に過ぎなかったとは思います」

「ふん、下賤な出か……と思わせたいのだろうが、そうはいかんぞ。

 多くの魔族を従える政治力、粗暴さの欠片もない軍略、何より常軌を逸した魔力を自在に操る技術。

 幼き頃より相応の教養を受けるか、高名な魔導師に師事していなくては説明がつかぬ。

 下々の者は騙せても余は騙せぬ。

 元は名のある魔導師に違い在るまい」

「かもしれませんね。

 皇国でも研究所に残された資料を漁り、僕の出自を調べたのでは?」

「無論だ。

 だが研究所は吹き飛び、残された資料も少なく、分からずじまいだ」

「こちらも同じです。どうにもはっきりした記憶が戻らなくて。

 つい最近まで、自分が元は普通の人間だったことすら忘れていた有り様ですから。

 それだけでも思い出していれば、皇国との和平へさらに真剣に取り組んだでしょう。 僕もまだまだ力が足りません」

「ふん、和平か……何をぬるいことを」


 鼻を鳴らして横を向く皇太子。

 和平を軽んじる言葉に一同の視線は鋭さを増す。

 それはリナルドの恐怖心に突き刺さったようで、すぐに姿勢を正して誤魔化すように茶を口にする。

 裕太は口の端を歪めてリナルドの真意を問い糾す。


「あくまで魔界と和平を結ぶ気はない、ということだな?」

「そ、そういうことではない!

 話を聞け!」


 命の危険を感じた皇太子は、慌てて話を補足する。


「お、お前はインペロの艦橋でも聞かされたはずだが、余は別に魔族全てを抹殺する気はなかった。

 だが父上は、皇帝陛下は全ての魔族を等しく滅し、人間のみの世界を築く心づもりを変えていない。

 それは、父上の魔族嫌いもあるのだが、人間の将来を案じてのことでもあるのだ。

 生きとし生けるもの全ての業の深さゆえなのだよ」


 皇太子は語った。何故に魔界との和平が有り得ないか。


 かつても異種族との和平を目指した為政者はいた。人間族にもその他種族にも。

 それら全てが長続きしなかった。

 結局、種族の壁は大きく、心はすれ違い利害は対立するからだ。同じ種族内でも起きるのに、それが異種族ともなればなおさら。

 今、魔界が統一されているのは、魔王の統治力と皇国という共通の敵が居るから。

 もし魔王が死ねば、または皇国がなくなれば、再び戦乱の世となる。

 かつてルテティアの高等法院でカラが語った言葉そのままに。


「……しかも皇国は『嘆きの矢』を復活させた。時が経てば他の魔族も後に続く。

 あとは簡単だ、全勢力が全滅するまで『矢』を撃ち続ける。

 古代の失敗が繰り返されてしまうのだ」

「その古代のシッパイだけど」


 裕太が口を挟む。

 リナルドは、恐らくは心臓を鷲づかみにされた気分だったのだろう。

 彼が口を開いた瞬間に顔が強ばった。


「ロムルス、皇国ではピエトロの丘と呼ぶ聖地の地下。

 そこの古代遺跡はキチンと調べたのか?」

「と、当然だ。

 それがどうした?」


 王子王女達は頷きあう。

 裕太は当然のようにロムルス地下の古代文明について口にしたが、実はこの時点まで魔界にとっては推測に過ぎなかった。

 地下かどうかも当てずっぽう。「墓場を掘り返して地獄へ降りる」という教皇の噂話から、単純にNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)みたいな地下基地かな、と思っただけ。

 裕太の推測が全て事実と判明した瞬間だったのだが、リナルドにはカマをかけられたことすら分からないこと。

 彼も素知らぬ顔で話を進める。


「なら確認したいんだが……古代文明は、どうやってホロんだ?」

「……いきなり、何の話だ?」

「聞かれたことにコタえろ。

 古代文明がホロんだ理由、皇国は何だと考えている?」

「……『矢』を撃ち合った結果だ」

「それ、だけか?」

「それだけだ。

 それがどうした?」

「ちゃんと調べたか?」

「もちろんだ!

 余は若かりし頃は古物商として皇国全土を巡っていた。

 こと古代文明に関して、余より通じる者は父上くらいなものだ!」


 自分の命を刈り取る者を前にしても、こと古代文明への知識に関しては胸を張る皇太子。

 が、会議の列席者達は、変な単語が混じったことに気がついた。

 古物商、と。

 裕太には魔界語でのその単語の意味が分からなかった。


「コブツショウ?

 なんだそれは? お前は皇太子だろ?」

「あ、いや、若い頃は身分を下級貴族と偽り、古物商として古代文明の遺物を回収していたのだ。

 意外と素性を知られぬまま市中に回っている品が多かったのでな。

 そういう品は宮廷に籠もっていても手に入らないのだよ」

「……まさかヨナオしの旅とか言って、各地の悪徳商人や悪代官をコらしめたりしてたんじゃ」

「良く分かったな。

 市井を巡れば皇国に蔓延る悪や暗部、虐げられる民を目にすることも多い。

 あまりに目に余れば、余が直々に兵を率いて成敗することもあった」

「……お前はミココウモンか。

 子供達を魔力炉に放りコんでおいて、セイバイとかいうな」


 ぐっ、と言葉に詰まった皇太子。

 だがすぐに立ち直って反論を始める。

 その程度の批判批評に対しては、とうの昔に理論武装を済ませているのだろう。


「お前達魔族が我らを半島に押し込めたがためだ。

 他に使える資源がないから、我ら自身の血肉を資源とせざるをえなかった。

 決して喜んでやっていたわけではない」

「ふん、居直るくらいならドウドウとすればいいだろう。

 なぜ隠す?」

「清濁併せて呑み込んでこそ政道と言えよう。

 無知無学な民に向けての綺麗事だけでまつりごとは出来ん。

 政道は善道では無いのだよ。

 ただ費やした時間と労力と費用を上回る利益を実現してこそ、統治は正当と評価される」


 滑らかに語られる皇国の政治。

 それがマキャベリズムと呼ばれる統治の一つであることは、裕太も知っていた。

 極端かもしれないが、政治においては重要な考え方の一つだ。

 いずれにせよ、彼には皇国政治学の是非を論じる気はなかった。


「……まあいい。

 ともかく話を戻すが、古代文明が『矢』をウち合った後、世界はどうなった?」

「草一本生えない荒れ地になった」


 同じく自信を持って答える皇太子。

 裕太の方は嘆息。幻滅してしまう。

 そこまで古代文明に通じていると胸を張る者ですら、この有り様。それでは皇国内での理解は全く期待出来ない。


「それが何なんだ、何が言いたい?」

「いや、大したことじゃない。

 おマエ達がバカだと分かっただけだ」

「な、何だと!?」

「もういい、話しても時間のムダだ」


 顔を覆って溜め息をつく裕太。

 馬鹿だと評された皇太子は、顔を真っ赤にして怒る。

 ここでミュウが「まあまあ、今はともかく殿下のさっきの話を」ととりなした。

 皇太子も、やけくそ気味に目の前の茶を一気に飲み干し、元の話を続ける。


「それで、古代の失敗の話だが……。

 それを防ぐには、どこか一つの種族だけが抜きんでねばならん。余らは人間であるから、抜きんでるのは人間であるべきだと考えるのは当然だ。

 父上は同じ人間が生き延びる手段を探し、それを実現させたのだ。

 だが余としては常々、いくらなんでもそれはやりすぎだと思っていてな。

 だから、そこの魔王もどきに語った通り、オークなど使える魔族は生かしておく所存であった」

「……ズイブンと、思い上がった考えだね」


 魔王もどきと呼ばれた裕太の声が低くなる。

 リナルドは再び慌てて弁明を続けた。


「だから、それが可能だから実行した、どいうだけなのだ!

 余とて戦乱は好かぬ、平和な世界を目指している。しかし、今のままでは無理だ。

 何より、フォルノーヴォは人間の国。人間を第一とするが国是であり、皇家の使命なのだよ」

「だから異種族からスベてを奪い、奴隷や家畜にする気だったと。

 シタわないであろう、力ある魔族は予め滅ぼして」

「ほ、他にやりようがあるのか!?

 余は皇太子、この背には皇国の未来を担っている。

 耳に聞こえの良い、場当たり的で玉虫色な戯れ言で問題を先延ばしにするわけにはいかぬ。

 我ら皇家は皇国千年の計を見据えて動く。

 例え一時の汚名を受けようとも、それで人間の繁栄が約束されるなら、痛みは受け入れる所存だった」

「それじゃ、シッパイしたら死ぬ覚悟もあるね?」

「む、むむ、無論だ!」


 胸を張って宣言するリナルド。

 だが噴き出す汗の量は見る間に増えていく。

 虚勢なのは明らかだが、この状況で虚勢を張れるのは褒められるべきだろう。


「し、しかし! 余を殺しても何も変わらんぞ。

 むしろ、事態はさらに悪化する!

 何故なら、余のように魔族を僅かでも受け入れる意思のある者など皆無だからだ。

 どいつもこいつも父上の歓心を買うため、父上の言葉を鵜呑みにするだけの腰巾着に過ぎぬ。

 それに、魔界と魔族の真実も、世界の成り立ちにも思いをはせぬ浅はかな連中が大半だぞ。

 余が皇国に戻らねば、間違いなく世界の支配者気取りで『矢』を手当たり次第に無差別に撃ちまくる!」

「とどのつまりは命乞いか」


 ぼそりと呟いたのはオグル。

 話の腰を侮辱によって折られたリナルドが睨み付ける。

 だが睨まれた頭取は涼しい顔だ。


「命乞いなどではない!

 これは互いにとって有益な話であろうが!」

「お前以外に魔族との融和を受け入れるヤツがいないってんなら、お前を皇国に返しても無駄だな。

 むしろ、魔族に触れて穢れたとかで、政敵が大喜びで始末するだろうよ」

「そ、そのようなことはない!

 国教会の教えは、しょせんは統治のための方便に過ぎぬ。

 統治する側である皇家や枢機卿団は、そのことを重々承知している」

「嘘も百回言えば、自分まで信じ込むもんらしいぜ」

「そんな訳があるか!」

「だが皇国臣民は信じ込んでいる。

 お前らが五十年かけて念入りに教え込んだおかげで、な。

 で……魔界から無事に帰ってきたお前を、皇国の臣民達はどう思うんだ?

 しかも艦隊を全て失って」


 ぐっ、と言葉に詰まる皇太子。

 皇国艦隊の空母を沈めるために全魔力を使い果たしたオグルは、目の中の青い光を失っている。

 だが代わりに暗い光が灯っているように思える。

 皇太子の絶望的立場を楽しむかのように。


「お前の言葉など、もう皇国では誰も耳を貸さねえだろうよ。

 もし皇太子としての帰還を認めたら、統治の正当性が崩れるからな。艦隊全滅の責任も取らないといけねえし。

 そしてお前の代わりなど幾らでもいる」

「余を愚弄するか!?」

「反論があるなら、してみな。

 お前は余人をもって代え難い能力でもあるのか?

 いや、能力で取って代われなくても、地位を取って代わりたいヤツはどれくらいいる?」

「そ、それは……余は第一位の皇位継承権者であり、既に立太子の儀を終えて……」

「お前より下位の継承権者は、どれくらいいるんだ?

 皇帝は既にヨボヨボ、皇帝の椅子は目の前ってことだよな」


 反論出来ず、ただ言葉にならなかった息が漏れるばかりのリナルド。

 何の根拠もなく「皇太子であり第一皇子ゆえに高貴で代え難い存在だ」などと盲信していないのは確かなようだ。そして現状も理解している。

 立太子の儀を終え、魔界との戦いから凱旋すれば皇帝の椅子が待っているはずが、今やどこにも居場所がない、と。

 必死にオグルの言葉を否定出来る要素を探すが、それが無理なことは元皇太子も十分承知しているのだ。


 皇帝の椅子を欲する者はいくらでもいる。しかも、どう考えても皇位継承は近い。目の色を変える者は星の数ほど。

 むしろ、リナルドが居なくなった方が喜ぶ者は多い。

 統治の正当性、臣民達への見せしめ、その他もろもろの理由でリナルドは消される。

 公衆の面前で処刑するか、世継ぎが穢れたという醜聞を隠すために闇に葬るか、いずれにせよ帰国したら殺される。


「つまり、お前に政治的価値は無い」


 オグルの宣告。

 それは皇太子にとって死刑執行に等しい意味を持つ。

 彼は今や皇太子などではなく、故郷からも捨てられ、魔界にも居場所はない。

 言葉も、力も失い、崩れそうな体を背もたれで支えるのみ。

 そんな姿に追い込んだオグルはといえば、リナルドへの興味を失ったかのようにルヴァンの方へ視線をずらした。


「んなことはルヴァン兄貴も分かってるはずだが?

 この役立たずに何を期待するってんだ」

「色々と。

 皇国艦隊の残存戦力、アンクのより上位な操作呪文、皇家の醜聞、等々ですね。

 ところでユータ卿」

「はい、ナンでしょう?」


 いきなり話を変えて問われた裕太は素直に良いお返事。

 まだまだ昔の癖は抜けないようだ。


「君の故郷だったら、リナルド皇太子のような敵支配者を捕虜にした場合には、どうしますか?」


 首を捻り、腕組みして考え込む。

 去年までの地球での記憶を必死に脳内で検索する。


「えっと、ボクも詳しくはないんですが……まあ、こういう場合、まず第一にやることがあるんですが。

 というか、さっきからナゼその話が出ないのかと」

「何でしょう?」

「お前のムスコは預かった、カエして欲しかったら言うことを聞け……と、皇帝に言えば良いのでは?」


 極めて、あまりに極めて常識的かつ犯罪的言葉。

 政治的価値云々以前に親子の情、皇帝とて人の親、と。

 が、オグルはクックック……と陰湿に笑う。

 他の者達も、リナルドですら苦虫を噛みつぶしたような顔だ。

 むしろリナルドこそ最も苦い虫を噛んでいるかのよう。

 その最も苦そうな口から出たのは、苦い言葉。


「……無駄だ。

 父上は皇国が第一なのだ。

 余を失ったことを悲しみはするが、それだけだ。

 それが皇家の責務と、父上自身が常々語っている」

「ダメで元々、試すだけ試せば。

 家族のダレかが応えるかもよ」

「魔族の言葉に耳を貸すことは許されぬ。

 昔から使者は殺し、文は焼き捨ててきた。

 余が生きていると伝えることすら出来ぬ」

「……つまり、そもそもヒトジチにならない、と?」

「そうだ。

 そしてお前達がさっきから語っている通り、余の代わりなどいくらでも……」


 さっきまでの虚勢すら失い、うなだれるリナルド。

 裕太は、もはや興味を無くしたかのように皇太子へ熱を持たぬ視線を向ける。


「なら、あとはミせしめに殺すだけか」


 皇太子を射抜く凍てついた目。

 その言葉に慌てて顔を上げた元皇太子は、恐怖の余り歯の根が合わなくなっている。


「よ、余は皇国の様々なことを、しし、知っているのだ!

 余を殺せば、そそ、その情報、も、闇に」

「情報源としては、参謀長と局長と皇太子の中のダレか一人でも十分。

 一人くらい、家族をコロされた魔族達へのナグサめとして、公開処刑しても問題はないかな」

「よよよよせ!

 みみ、皆、それぞれに重要なことを知っているのだ!

 と、特に参謀長は! 局長も! アンクの上位呪文も、軍事情報も、全てを知っている!

 生かしておけば、絶対に役に立つぞ!」

「……ボクも、妖精族は役に立つって、叫んださ……リィンだけは助けてくれって、必死で……!」


 裕太の声が更に低くなる。

 ゆっくりと立ち上がる姿は、足下から速やかに服ごと魔力の衣で覆われていく。


「お前はキこうともしなかった!

 リィンだけは助けてくれって必死で叫んだのに、お前は聞いてくれなかった!」

「やめて!」


 フェティダは叫ぶと共に、裕太を抱き締めていた。

 彼女の体の隙間からは、溢れ出した魔力が既に鞭となってテーブルを切り裂き始めている。

 そして彼女の服も数カ所が切り裂かれ、白い肌に赤い筋が走っている。


「今は、駄目よ。

 憎しみに捕らわれては、駄目」

「ち、チクショウ……なんで、なんでよりにもよって、リィンだけが死んじゃうんだ、チクショウ……」


 再び溜め息をつく魔王。

 その姿には疲労が伺える。

 やはり長い会議を続けられるほどには体力が回復していないのだろう。

 正面で無様に椅子の後ろへ隠れる皇太子へ声をかけた。


「今日の所は、この辺にしておきましょう。

 それで、ルヴァン君、ネフェル君」

「はい」「……にゃ?」


 魔王は進行役的立場にあるルヴァンと、会議が始まって早々から椅子の上で丸くなって寝ているネフェルティを呼んだ。

 寝ぼけまなこのネフェルティは慌てて体を起こし耳を向ける。


「まだ尋問してない高官は局長かな?」

「んだにゃー。でも皇太子と参謀長も、簡単にしかやってにゃいよ。

 さすがに聞き取るべき事が多すぎるんだよ。

 他にも捕虜はたくさんいるし、全く口を開かにゃいとか、自害しようとするヤツも多いんだよねー」

鹵獲ろかくした空母の分析だけでも、ルテティアとダルリアダの学者技術者が総掛かりです。

 取り調べと併せれば、とても一朝一夕で進むものではありません」

「そうか……殿下と参謀長は取り敢えず終わっているか……。

 魔力炉から救出した子供達は?」

「魔王城跡地へ。

 やはりあそこの者達が一番暴走への対応に慣れています。

 対暴走用機材も揃っています」


 何事かを考えこむ魔王。

 視線は裕太、フェティダ、ミュウを順番に見つめる。


「どうだろう、リナルド皇太子殿下と参謀長にも、魔王城へ行ってもらわないか?」


 キョトンとする三名と、リナルド皇太子。

 魔王は考えついたことを話し続ける。


「地下神殿の上には空母があるからね。

 捕虜達が力を合わせて奪還し籠城……なんてされても困るよ。地下神殿のどこかに逃げ込んだら探すのも大変だ。

 といって他の街だと、人間は問答無用で殺されかねない。

 だから取り調べのない者は、魔王城跡地へ移ってもらわないか? とりあえず、その二人から。

 以前から魔界に住んでる人間族も沢山居るし、異種族で一杯の地下よりは落ち着けると思うんだ」


 裕太とフェティダとミュウは少し困って互いの顔を見る。

 そして元皇太子へと振り返る。

 魔王の視線から、自分達が同行しろという暗黙の指示なのだろうとは察したが、果たしてこの人物を魔王城へ連れて行って大丈夫か……と不安がよぎる。


 何しろ、魔王城の子供達は皇国によって改造され、魔力を吸い上げるために拷問されていたのだから。

 城の保父達も皇国に見捨てられた身だ。その見捨てた張本人を相手に、どういう対応をするだろうか。

 さらに魔王は言葉を続ける。


「それと、彼を呼び戻して欲しい」


 彼?という疑問符が全員の頭に浮かぶ。


「僕の権限で刑の執行を一時中断しようと思う。

 いや……労役刑に変更しよう。

 この任務、出来るのは彼しかいない」


次回、第二十六章第三話


『再会』


2012年5月9日00:00投稿予定

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