ちっぽけな背中
「……げほごほ!
いやー、今回ばっかりはマジ死ぬかと思ったわー」
文句を言いつつも笑顔で這い出してきたのは金三原京子。
姉の無事な姿に、裕太も思わず顔がほころぶ。
デンホルム、イーディスといったエルフの教師達も次々と土まみれになりつつ地面の下から上がってくる。
「いやはや、これはどうなったのだろうね?
魔王城が消えてしまったのは予想以上だが理解はできる。
だがユータ、君の有り様は理解出来ない」
「どうなってしまったですか、ユータ卿!?
その魔力、子供達はおろか魔王一族にも匹敵するですよ! いえ、もしかしたら魔王陛下にも並びうるかもです!
どうしてそうなってしまったのですか!?」
夕日の中、魔王城土台部分に掘られた穴から次々と飛び出してくるのは姉やエルフの教師達だけではない。
ノーノやテルニ、ノエミといった保父達に守られつつ地上へ出てきた子供達は、裕太の姿に驚きつつも生き延びたことを喜びはしゃいで走り回っている。
「やったあー! 助かったぞー!」
「どーだ! これもあたしが必死に穴掘りしたからだよ!」
「何を言ってんだ、みんなで壕を掘ったから助かったんだぞ。
みんなで頑張ったんだ」
「ユータ兄ちゃんも帰ってきたし、これでみんなもとどーり。
めでたしめでたしだね!」
「お城、なくなっちゃったけどね……」
「そんなの、また建てればいいさ。
なにしろみんな生き延びたんだから。ボクらなら、簡単に立て直せるさ!」
「そーよそーよ。
こんなだいばくはつから助かるくらいの穴をすぐに掘れちゃうんだもん。
お城だってかんたんよ」
飛び上がって喜ぶ子供達を、ミュウが手を叩いて呼び集めた。
「さーさー、みんな!
喜ぶのも良いけど、これからは大変よ。
まずは他の人達も出てくるのを手伝って。
その後は水と食べ物も出してきてね。晩ご飯を作るとしましょう!」
「はーい!」「よっし、やるぞー!」
無事だった子供達とミュウの姿に、ようやくにして裕太は心からの安堵の吐息をもらし笑顔を浮かべる。
なにしろ、一度は全てを失ったと思い、皇国艦隊を道連れに地獄へ行く気で戦っていたのだ。
夕日の中、建物の土台部分だけ残して消えた魔王城跡地で走り回る子供達を見て、彼は心から嬉しさの涙を浮かべた。
魔王城の人間達は、ルテティアから出れない。ルテティア市民は人間族に慣れているが、他の街ではそうもいかないからだ。
だからといって地下神殿には行けない。モンペリエの惨状を聞けば、市内は地下でも危険としか思えない。
というわけで魔王城に籠城することになった。
非戦闘員だが子供達の世話を仰せつかっているメイド妖精達とエルフ教師達、必要最小限だけ残された近衛兵、オーク農夫や庭師達も籠城となった。
だが森の中とはいえ城は目立つ、爆撃の的になる。
モンペリエを破壊した攻撃に耐えきれるとは思えない。
なので掩蔽壕を掘ることになった。
魔力炉の子供達という強力なエネルギー源に、魔法技術に長けたエルフ教師達。屈強な近衛兵やオーク達、元皇国軍精鋭たる保父達もいる。
資材は城の建材や庭園の木々など十分。
あっと言う間に地下深く巨大な地下壕が完成してしまった。
皇国襲来と共に地下へ籠もり、『嘆きの矢』による第五防衛陣暴走の爆風もやり過ごした。
で、ヴィヴィアナ達から話を聞いた裕太がル・グラン・トリアノン跡地へ駆けつけたら、ちょうど地上の様子を確かめ綺麗な空気を確保しようとテルニが地面から顔を出したところだった。
かくして彼らは生存と再開を喜び合うことが出来た。
近衛兵やメイド妖精などが続々とあちこちの穴から地上へ上がり続けている。
すると、子供達の中から息を切らせて駆けてくる女の子がいる。
言わずと知れたシルヴァーナ。
「ユータにーちゃん! 無事だったんだな!?」
「ああ、ただいま。
なんとか生きて帰れたよ」
彼の胸に文字通り飛び込んでくる少女。
力一杯しがみつき、涙を浮かべながら必死で抱きついてくる。
彼も嫌がったり恥ずかしがったりせず、心から素直にシルヴァーナを受け止めた。
子供達の方からは、ひゅーひゅー、と子供らしい冷やかしや口笛が飛んでくる。
やれやれ、こんな所をリィンに見られたら、また飛び蹴り喰らうかな……そう思って覚悟は決めていた裕太。
だが、いつまで経っても頭に衝撃が飛んでこない。
どうしたんだろうと少女の頭を撫でながら周囲を見まわす。
周りにはメイドの妖精はたくさん飛び回り舞い踊っているのだが、リィンの姿だけは見あたらない。
まだ地中にいるのかな、と壕の出口の方を見ていても、いつまで経っても身重な妻は出てこない。
地上の有り様と、裕太のあまりの変貌ぶりに、目を白黒させる城の者達。
ともかく裕太は互いの無事を喜びあうのもそこそこに、恋人の姿を探す。
シルヴァーナは、土埃をはたき落としながら彼の後ろをついてまわる。
「ところで、にーちゃん。
その姿って、一体どうしたんだ?
街を襲った皇国の艦隊ってヤツもどうなったんだか」
「えっと、その話はスゴく長くなるから、あとにして欲しい。
ともかく、リィンはどこにいるんだろ?」
「え? あーっと……」
何やら言いにくそうにそっぽを向く少女。
当然、リィンとシルヴァーナが修羅場を演じたのは記憶に新しいから、彼女が素直に裕太とリィンの再会を喜ぶはずもない。
だからシルヴァーナに聞いても無駄か、と思った裕太は話が聞けそうな他の人を探すことにした。
無視されそうになった少女は慌てて思い人の背中に声をかける。
「ま、待って待って!
別に隠す気はないんだよ、ただ、最近見てないんだ」
「姿を見てない?」
「そうだぜ。
あのさ、実は数日前に、モンペリエが消えて生存者もいないって話を聞いて、それ以来姿を見てないんだよ。
離宮に籠もっちゃったらしいぜ」
「え……」
その離宮の方を見る。
庭園も平らになり小トリアノン宮殿まで一目で見渡せる。
もちろん離宮も平らになっていた。
深夜、必死で魔王城跡地を這い回る。
急造とは思えないほど巨大な地下壕を、僅かな隙間にいたるまで探し回る。
坑道の暗がりを、日が落ちた荒野を、幽鬼のように流離う。
リィンは離宮にいた。
モンペリエが消滅し生存者もいないという報を聞いた彼女は放心し、泣き崩れ、離宮の一室に飛び込んで鍵をかけてしまった。
食事も摂らず、誰の呼びかけにも答えず、部屋にこもり続けた。
掩蔽壕構築のため魔王城の者達は、メイド達まで穴を掘り抜き、各離宮に保管している財宝や重要書類を運び込む。だがその間も彼女の姿を見た者はいなかった。
艦隊襲来の報を受け、同僚のメイドが部屋の扉を叩き避難を促すが、答えはない。
結局、リィンは地下に避難しなかった。
その離宮は、消えた。
彼女の遺品すら残っていない。
それでも諦められなかった。
誰の呼びかけにも答えず、取り憑かれたように探し続けた。
建材の大岩をひっくり返し、他にも地下室が残っていないかと魔力の触手で手当たり次第に穴を掘る。
夜になっても、荒野になった魔王城跡地を、リィンの名を呼びながら彷徨い歩き続ける。
誰の制止も聞かず、ただ闇雲に探し続ける。
「……そんなはずがない。みんなが生きてたんだ……リィンも生きてるはずだ……どこかにいるんだ、ボクが助けなきゃ……絶対に、ゼッタイに生きてる……」
鬼気迫る形相で、自分に言い聞かせるように呟きながら、夜の闇の中を飛び回り、歩き回る。
太陽が昇り始めたとき、生き残った者達は、見た。
消えてしまった小トリアノン宮殿の跡地、その中にうずくまる裕太の姿を。
新たなる魔王として名乗りをあげ、皇国艦隊を事実上一人で壊滅させた男の、ちっぽけな背中。
全ての敵を切り裂いた魔法の鞭もマントも萎れている。
憔悴しきった顔、光を失った目は焦点が合っていない。
朝日すら、彼に生気を取り戻させることは出来なかった。
誰も彼に声をかけれない。
遠巻きにして眺めることしかできない。
今の裕太に何を言えばいいのか、誰にも分からなかったから。
朝食のパンと水を皿に載せて持ってきた京子が、彼の後ろに立つ。
反応は全くない。
肩を落とし、ただうずくまっている。
「……ご飯、食べなさいよ」
何も答えない。
姉は弟の横に皿を置く。
そのまま立ち尽くす。別人のように枯れ果てた裕太を見下ろす。
「ねえ、とにかく今は……?」
恐る恐る弟の肩に手を置いた。
京子も抗魔結界を有しているので、触れた部分の魔力は消失し、ずたずたになった皇国の病衣と皮膚が露わになる。
地肌の部分を探すのが困難なほどに傷だらけで、固まった血のこびりつく肩が。
「な……!?
ちょっと、これ、あんた酷い傷!」
姉が少し力を込めると、彼の体は呆気なく倒れてしまった。
魔力の衣もマントも、風に吹かれた木の葉の如く舞い上がり、塵となり、霧散していく。
後に残ったのは、彼の本当の姿。
全身に無数の傷を受け、血まみれになり、意識を失い息も絶え絶えになった少年。
次回、第二十五章第四話
『悲喜交々(ひきこもごも)』
2012年5月1日00:00投稿予定




