帰還
最後は呆気なかった。
残った艦載機は慌てて逃げようとした。が、急上昇から捻りを加えて急降下してきた飛翔機の集中砲火をくらい、穴だらけになって爆発した。
苦し紛れに煙幕弾を放ち、アスピーデや機銃や大砲を乱射し、障壁を再度展開して逃走をはかった最後の空母。
全ての雑魚が始末され、もはや行動を阻む何もなく、力を取り戻した裕太の追撃から逃れる方法など、ない。
再び艦内で血河を築くか、と障壁を無視して甲板上に取り付く。
近くにあった銃座を砲手ごと切り刻んで穴を開け、さて入ろうかというところで、ネフェルティとは別の機体から聞き慣れた声が飛んできた。
《待って下さい。
捕虜を獲得し外交交渉手段、情報収集、新技術獲得、皇国への揺さぶりをかけようと思います
なので、その艦だけは撃墜も自爆もさせないで下さい》
見上げれば、キャノピー越しに飛翔機後席に座るルヴァンの姿。
裕太は軽く親指を突き立て、了承のサインを返す。
そして艦内に滑り込んだ。
まさに無人の野を進むが如く。
艦内では多くの兵士達が「皇国に栄光あれ!」「悪鬼の首を手に神の御許へ参らん!」等々の勇ましい叫びと共に、決死の覚悟で立ち向かおうとした。
立ち向かおうとしただけで、全然立ち向かえない。
彼らは不屈の精神を持ってたろう。が、肉体の方は口を開いて声を上げたり一歩前に出た瞬間に、真っ二つにされたり首を飛ばされる。
高潔なる自己犠牲の精神と挫けぬ戦意が言葉と行動に表される前に、躊躇なく容赦なく身も蓋もなく、一切合切構い無く瞬時に切り刻まれる。
鋼の精神で肉体も鋼にする、なんてことは出来なかった。
今の裕太には空気を読む気も相手をする気も何もない。
彼の姿を前にして、もはやこれまでと覚悟し、こめかみに銃を当てて引き金をひいたり火の付いた爆弾を抱いた兵士もいた。
が、彼は何の興味もなく素通りした。
隔壁もバリケードも切り刻んで速やかに艦橋へ向かう。
艦橋前の扉もバリケードも瓦礫の山へ変え、ゆっくりと部屋に入る。
いまだ戦意を失わず銃を構える者もいたが、即刻串刺しにされた。
後には戦う意思がなく自死も出来ない者が残る。
見れば、多くが女性士官だ。
男性兵士の多くは銃を構えてたために殺された。女性兵士は前には立たず、オペレーター的業務にあたっていたのだろう。そのため瞬殺はされなかった。
ゆっくりと艦橋を見まわす。
生きのこった全員が、怯えて後ずさっていく。特攻や自害はない。
操作盤を見まわす。カウントダウンをしている様子もない。
参謀長は怯えきって部屋の隅で小さくなっている。局長は立ちすくみガタガタ震えるばかり。
誰も自爆を命じる様子はない。
どうやら皇太子がいるのに勝手に艦を自爆させるわけにはいかないらしい。
当のリナルドは、一応は女性兵士達の前に立って剣を構えていた。剣先は残像が見えるくらい震えていたが。
口からは「お、おま、おまえた、じ、じばじば」と言葉にならない声が漏れる。
自爆を命じようとしてはいるらしい。
堂々と『着陸しなければ右から一人ずつ殺す』と宣告。
当然、リナルドをほったらかして全員が左へ逃げ出す。操縦も自爆装置も何もかも放り出して。
艦は姿勢制御も出来ず墜落を始める。
歩くことも出来ないほど立ちすくんで動けない局長へ視線が、触手も向く。
――局長。
とたんに、たるんだ腹をゆらして頭を床にこすりつけた。
「た、助けてください!
来月は結婚三十周年なんです!
妻が、子供達も、私の帰りを待ってるんですよ!」
――死にたくないなら、武器を捨てて不時着させろ。
「しょ、承知しました!」
リナルド皇太子含め、もはや裕太に逆らえる者はいなかった。
床に投げ出された銃と剣が山となる。
急速に降下する空母。
艦が地上へ接近する間、彼は艦橋を見渡す。
三人の姿を見定める。
子供達を次々と魔力炉へ放り込んだ、局長。
ルテティアを破壊したリナルド皇太子と参謀長。
脳裏に浮かぶベウル、リバス、ブリュノ、アロワ、シリル、その他多くの仲間達。なにより家族。
ふつふつと、一旦は鎮火した暗き炎が胸中に燃える。
地響きを上げて艦は着地した。
同時に触手で切り裂かれる艦橋の窓、武器、制御装置。
彼は興味を無くしたかのように艦橋を後にした。
触手で捕まえた皇太子、参謀長、局長を引きずりながら。
カツン、と音を立てて裕太が足を踏み入れたのは、魔力炉格納庫。
ここに来るまでの間、三人の悲鳴も罵声も助命嘆願も弁解も交渉も、全て無視。
故意にズルズルと引きずってきたせいで傷だらけになった三人のうち、局長を制御板らしきコンソールの前に立たせる。
――魔力炉の子供タチを解放しろ。
「わ、分かりました」
慌てて必死にコンソールを操作する局長。
所長の腹を捕らえていた触手が、首にも巻き付く
――余計なマネをしたらクビが飛ぶ。
「わわわ、分かってますってば!」
幾つかの操作と共に、全ての魔力炉が光を失う。
そしてガラス瓶が開いた。
液体が溢れ、中の子供達が外気に晒される。
中にいたのは、やはり魔力ラインが体を覆う人間の子供達。
魔力供給が絶たれて艦の駆動音も止み、非常灯のみを残して灯りも消えた。
――ご苦労。
では死ね。
「そ、そんな!
助けてくれるって!」
――おマエは、この子達が命ゴいをしたら、助けるか?
「わ、私はこの子達とは、スラムで盗みや売春をする浮浪児とは違う!
貴族で、幼い頃から真面目に勉学を積んだ、高貴で知的な役に立つ人間なんです!」
――確かに役にタった。
新たなる魔王の降臨に一役カったな。
お前の名はリナルド皇太子と参謀長と共に、永久にキザまれる。
皇国と人間をホロぼした犯罪者として。
「そ、そんな! わ、わたしは、そんなつも……ごぶぅおっ!」
触手に力がこもる。
やろうと思えば一瞬で首が飛ぶのに、わざわざ時間をかけて少しずつ首を絞める。
もがき苦しむ姿を楽しむように。
その様を参謀長と皇太子へ見せつけながら。
「お待ちなさい!」
格納庫内に声が響く。
それはルヴァン。
彼は触手の力を僅かに緩めるが、離そうとまではしない。
「その者は必要です。
さんざん利用して、骨と皮になるまで使い潰すべきです。
殺してはいけません」
――貴方の指図は受けない。
まずはこの局長、次に参謀長の女、最後は皇太子だ。
「止めるのです!
早まってはいけません。気持ちは分かりますが、冷静になりなさい。
その者達はいずれも高い利用価値を持つのですよ!」
睨み合うルヴァン王子と裕太。
かつてからは考えられない、対等な立場での衝突。
だがそれとは関係なく、どやどやとルヴァンの後ろから駆け込んでくるのは、エルフやドワーフやゴブリンの兵士導師達。
そして、車椅子に乗った老人。
「待つんだ、ユータ君」
しわがれた、覇気のない、だが聞き覚えのある声が耳に届いた。
その声を聞いたとき、聞き間違いかと老人を見直した。
顔を外気にさらし、肉眼でも確認する。
だが、間違いはなかった。
「これ以上、殺してはいけない。
君自身のために、これ以上、手を血に染めてはいけないよ」
「陛下……?
まさか、ナゼに突然そのようなお姿に!?」
驚愕の声を上げてしまった裕太。
車椅子に乗っていたのは、顎髭も髪も真っ白になり、見る影もなく痩せ細ってしまった老人。
最後に別れてから一ヶ月も経っていないというのに、別人のような有り様になってしまった魔王。
車椅子を押しているのは、フェティダ王女。
彼女は沈痛な面持ちで、魔王の肩に手を乗せた。
「お父様は皆を守るために全ての魔力を使い尽くしたのよ。
だから私達は、多くの民が助かったの」
多くの子供達が救出され、皇国軍の最上位三人が締め上げられる中、裕太は車椅子に座る魔王の前に歩み寄る。
胸に手を当て、跪いた。
「陛下、ただいま帰還イタしました」
「お帰りなさい。
本当にご苦労さまでした。
でも、そんな姿になってしまうなんて、苦労したねえ」
「いえ、陛下ほどではゴザいません」
ようやくにして、裕太に笑顔が戻る。
あまりにもぎこちなく、疲れ果てた笑顔ではあったが。
次回、第二十五章第二話
『地下神殿』
2012年4月29日00:00投稿予定




