虜囚
不毛の荒野。
モンペリエがあった場所には、赤茶けた土を剥き出しにした巨大なクレーター。
直径5000ヤード(約4.5km)の大穴、そしてその周囲に広がる田園地帯は消し飛んでいる。
上空に浮かぶ皇国艦隊旗艦『インペロ』は、それを操るリナルド皇太子以下の皇国兵達は、豊かな緑に包まれた豊穣の地を、荒野に変えた。
その行為を誇り、自らの成果を確かめるかのように、ゆっくりと戦艦隊が飛行している。
白鳥のような外観は既に傷だらけながら、他の艦も少々傷ついてはいたが、さして大きな損害もなく飛行を続ける五隻の戦艦。
旗艦を中心に四方を各戦艦が配され、いまだ全周囲へ警戒を払っている。
既に地上には動く者などいないというのに。
インペロの胴体下部から、再び魔力波が放たれる。それは『魔法探知』、改めて地上の様子を探っている。
どうやらモンペリエ跡のクレーター内に何もいないと確認したらしい戦艦隊は、それでもモンペリエを中心として旋回しながら『魔法探知』を放つ。
街の周囲に残存勢力が残っていないかを確かめるために。
クレーターの西へさしかかったとき、艦隊が停止した。
いまだ無事だった何機かのサエッタ、戦い終盤でようやく起動した残りの勇者四人が戦艦から飛び立ち、前方へ布陣する。
何かを待ちかまえるように滞空していた彼らは、太陽が傾き空を赤く染めるまで、そのまま動かない。
本格的に夕暮れとなった頃、ようやくしびれをきらしたらしいサエッタ数機と勇者達が、地上へと慎重に降下していく。
そこは、元は麦畑だったらしい。
巻き上げられた土砂が降り積もり、延々と荒野が広がる中、それはあった。
灰と土に半ば埋もれた、黒くて丸い物体が。
サエッタは、黒い物体に銃口を向けたまま旋回を続ける。
紅い鎧に、片刃刀を右手に握った勇者が地上に降り立ち、ゆっくりと近寄る。
黒くて丸い物は、全く反応を示さない。
片刃刀の先で、物体をつつく。
やはり何の反応もない。まるで石か何かのように、動かないままだ。
左手で黒々した表面を触ってみるが、それでも反応は無い。
勇者は切っ先を僅かに黒い表面に刺し、球形に合わせて刃を走らせる。
あっさりと切り裂かれたその中には、男と女がいた。
一人は金髪女性だが、口からは僅かに牙がのぞく。サキュバス族のカルメンだ。
もう一人は黒目黒髪、人間族らしき少年。
裕太。
彼らを覆っていた黒いものは、サキュバス族の黒翼だった。どうやらモンペリエの大爆発から身を守るため、黒翼で自分と裕太を包み込んだらしい。
黒翼を切り裂いた刃が、カルメンに向けられる。
だが、それが突き立てられることはなかった。何故なら既にカルメンは絶命していたから。
よく見るとカルメンの背中には、黒翼を貫いて大きな傷が走っている。黒翼による防御も力及ばず、その身を守りきれなかったらしい。
次に刃は裕太へと向けられる。
そして何の迷いもなく、首へと振り下ろされる。
だが、それも結局は突き立てられることはなかった。
戦艦からはサエッタやスパルビエロとは異なる、恐らくは作業用らしい飛空挺が新たに飛来してきていた。
それに気付くや、赤の勇者は裕太の首筋寸前で刃を止め、今度は慎重に黒翼に包まれた彼の体を抱き上げる。
呼吸脈拍を確認し、出血部位が無いか軽く確かめていく。
そして着陸した作業艇へと丁重に運び込んだ。
そんなバカな……こんな存在があり得るわけが……。
だがしかし、現にここに……!
間違いな……Persoはコイツの仕業……。本国へ送り……。
いや、まず私が……工廠に取られたくな……
……でも、何故にこんなことを……意味が……。
調べ……待て! 血が一滴でも付けば、魔法が使えなく……慎重に……。
慌てなくても、時間は……。
――何か、夢の中で……周りが、騒いでいた気がする……。
ぼんやりとしていた裕太は、面倒臭そうに目を開ける。
すると、冗談でも何でもなく、確かに見知らぬ天井があった。
真っ白い、無機質な天井。明るい魔法のライトが室内を照らす。
軽く目を動かして見れば、壁も真っ白。
彼自身は、何か病院の病衣のようなものを着せられている。
簡易ベッドのようなものの上に寝ていた。
体を起こそうと力を入れる。
が、動かない。
手足を動かそうともがいてみるが、全く動かない。
別に骨折はしていない。怪我も無いようだ。どこも痛くはない。
でもやっぱり動かない。どういうわけか縛られているかのごとく動けない。
必死で首を持ち上げて、自分の体を観察してみて、どうして動けないのか分かった。
手首足首と胴、それに肩にまでベルトのようなモノが巻かれていて、ベッドにくくりつけてあったから。
つまり、本当にベッドに縛り上げられていた。
「……な、なんだこれ?
ここは一体どこだ!?
えーっと、なんでこんなところに……?
て、モンペリエが! カルメンさんやブリュノさん達は!
確か街が吹っ飛んで、カルメンさんが僕を抱き抱えて……それから……」
「気が付きましたか?」
ふいに声が飛んできた。
声の方を見れば、白い壁の一部が開いて、向こう側の通路が見える。
そこに立っていたのは、白衣をまとった一団。魔導師達、というよりは科学者達に見える。
その先頭に立つのは、恰幅の良い初老の男。
声をかけてきたのは、その初老の科学者風な男らしい。
「さて……まずは、体はどこか痛みますか?」
紳士的に、穏やかな声で質問。
聞きたいことが山ほどある裕太だが、それでもとにかく質問に答えてみる。
「……いえ、ダイジョウブです。
ここはどこですか?」
ツカツカと室内に入ってきた彼らは慎重に、薄い手袋をはめた手で彼の手首の脈をとったり血圧を測ったりしている。
部下達から各数値を聞きながら、その男は答えた。
「皇国軍飛空戦艦隊、レジーア・マリーナ」
「なっ!?」
驚き起きあがろうとしたが、やはり拘束されて動けない。
周囲の部下達は一瞬で飛び退き、裕太の動きに警戒していたが、ベッドから逃れられないのを見て安心していた。
初老の男は顎に手を当て、裕太の様子をじっくりと確認しながら話を続ける。
「な、なんでボクが皇国軍に!?
カルメンは、戦いはどうなったんだ!」
「悪鬼共は等しく討ち滅ぼされましたよ。
生存者は貴方だけのようです」
「な、ぼ、ボクだけ……そんなバカな……」
「いえ、真実です。
モンペリエ周囲を『魔法探知』で調べましたが、貴方以外は全て塵となったようですね」
「そ、そんな……て、待って。
ボクを助けてくれた、サキュバス族のカルメンさんはどうなったんだ!?」
「カルメン?
ああ、もしかしてあなたを翼でくるんで守っていた魔族ですか。
あれなら既に死んでいましたよ。貴方の身代わりに飛来した破片を受けたようです」
「な……」
絶句し、力なく頭を横たえる裕太。
あれほどの大軍が、魔界が総力を挙げて集結させた飛翔機が、数十年の時をかけて築き上げたモンペリエの第五防衛陣が、全て消えた。
いや、街を消し飛ばした最後の大爆発は、彼も見ていた。
第五防衛陣によって増幅された障壁それ自体が、暴走してしまった。
つまり、最終兵器とは魔力を一瞬で暴走させる技術であり、対象は魔力炉に限らないということ。
巨大な魔力の塊なら何でもよかったのだ。
ただ、暴走が絶大な威力を出すほどの魔力源となると、魔界には旧型魔力炉たる魔王一族しか存在しなかった。
だから、あたかも魔王一族専用兵器みたいに思えた。
つまり、彼の努力は全て無駄だった。
ガトリングガンだの、新型飛翔機開発だの、そんなものは意味がなかったのだ。
魔王一族が前線に出たり、第五防衛陣が障壁を発動すれば、それだけで皇国軍は勝利する。
彼ら皇国艦隊にとっては、射的の標的が自分から当たりに出てきたのと同じ。
最終兵器を有していないという時点で、敗北していた。
防御不可能な最終兵器。
その意味が、今になってよくわかった。
古代の遙かに進んだ魔法文明がどうして滅んだか、後悔してもしきれないほどの心の痛みと共に思い知る。
彼自身の思い上がりとか、能力不足とか、そういう問題ではない。
古代技術が生み出した最終兵器を所持しているかいないかの問題。
そんなもの、彼にどうしようもあるはずがない。
むしろ彼はよくやったと評価されるべきだ。各種族の言語と伝承の違いから失われた古代文明に光を当て、最終兵器の存在に気付き魔界へ警告できたのだから。
その防御手段として抗魔結界を保つマントをベウルに献上もした。
これ以上、彼以外の誰かが同じ立場にあったとして、何かしようがあったというのだろうか?
あったとしても、それはifの話。どれだけ熱く語っても無駄な仮定に過ぎない。
そんな裕太の衝撃を、落胆を、絶望を知ってか知らずか。初老の男は淡々と話を続ける。
「そちらの質問は、もうよろしいかな?
では、こちらの質問にも答えてほしいのですが……まず、名前は?」
「……ユータ、金三原裕太」
「か、カナ? ……カナム=ユダ?」
「ユウタ、カナミハラ=ユータです」
もはや黙秘する気力もなく、素直に答えてしまう。
完膚無きまでの敗北を思い知り、反抗する気概など出てこない。
「珍しい名前と訛りですね。
出身はどちら?」
「……日本」
「ニホン? どこです、それ?」
「次元のカナタ。パラレルワールドの果て」
正直に答えたのは良いのだが、もちろん日本とかパラレルワールドとか理解してもらえるはずもない。だから正直に答えれた。
恰幅の良い初老の男は、魔界のどこかにそんな地名もあるんだろう、というくらいにしか考えなかった。
「なるほど、皇国出身ではなかったのですね」
「ええ」
「では……まあ、聞きたいことは山ほどあって、何から聞けばよいのやら」
「でしょうね」
「ともかく、最初に聞きたいんですが……あなた、本当に人間ですか?」
「人間だよ。
魔法はトオらないけど、ね」
「はあ……。
こちらでも調べようと頑張ったんですけどね」
「どうでした?」
「探知系魔法が全く通らないので、調べられませんでした。
解剖しようにも、血が一滴でも流れると周囲の魔法が消去されるでしょうからね。
この艦内では危険が大きくて、手が出せません」
《局長!
喋りすぎだぞ!》
いきなり天井から女の声が振ってきた。
少しハスキーな声での叱責に、局長と呼ばれた男は頭を掻く。
「いやあ、すいません、参謀長
どうにもやはり、こういうのは難しいですね」
《全く、先に調べさせてくれと言ったのは局長の方だろうに。
そういうのは専門に任せるのが良いぞ。
いや……こちらも直接話したいことがある。
艦橋へ連れてこれるか?》
「ええ、もちろん。
実はこのベッド、自走式です」
《念のために聞くが、危険は?》
「大丈夫です。
魔法が通らない代わりに魔力値自体は極微量。
筋肉量も、触ってみたところ並み程度。体重も体格も平凡な人間。
ベッドの拘束から逃れることなどできませんよ」
《よし、それなら連れてきてくれ。
是非に話がしたいぞ。
念のため、箱に入れるのを忘れないように》
「承知しました」
会話が終わるや、部下達がベッドの下に潜り込む。
あちこちをガチャカチャと動かしたり組み替えたりして、ようやくベッドの下の車輪が自由に動くようになった。
次に天井の一部が開き、ひっくり返した水槽のようなモノが降りてきた。
その真下にベッドは移動され、降りてきたガラス箱がピタリとはまる。
結果、ベッドに縛られたままでガラスの箱に入れられた状態になった。
ガラスの隅には機械のようなものが取り付けられ、局長がその宝玉を操作する。そして機械に向けて声を出した。
《あー、あー、聞こえますか?》
「聞こえるよ」
《よろしいです。
それでは行きましょう》
機械は箱の内外の音声を交換するものだったらしい。マイクの機能を果たす黄色の宝玉が取り付けられていて、それ以外からは音が響いてこない。
防音は完璧、厚さも頑丈さも相当なものだろう。
こうして彼の意思は一切確認されることなく、ベッドに縛り付けられたまま商品のような有り様で艦橋へ連れて行かれることになってしまった。
次回、第二十四章第二話
『消えた』
2012年4月17日00:00投稿予定




