決着
最初にベウルが破壊した銃座から、瓦礫と死体と火災が続く通路があった。
死と破壊に彩られた通路は、刻一刻と長くなっていく。
狭い艦内を三つの巨体が駆け抜けるために。
もはや穴だらけでボロボロのマントをなびかせ、背後に向けてルーシュを連射するベウル。
無様に歪み削れた盾で防ぎ、鎧で廊下の壁を削りながら突進する白勇者。
白勇者の背後、大盾の隙間から矢を放つ青勇者。背負う矢筒の矢は残り少ない。
ベウルは軽やかに身を捻り、曲がり角では壁を走り抜け、扉は一刀のもとに切り捨て押し通る。
眼前で武器を構えようとした皇国兵は、軒並みルーシュで仕留めるか剣で斬り捨てる。だが少なくとも扉以外壊していない。
勇者達は、天井や敷居は兜で破壊し射線上の皇国兵も気にせず矢を放って串刺しにするという、敵であるベウルより凶悪な破壊行為をしながら追撃する。
そして彼らは蛇行しつつも艦橋目指して突貫してくる。
艦橋の天井に映る映像で艦内の白兵戦を目にした皇太子はじめ兵士一同は、もはやパニック寸前。
「勇者に自爆指令を!」
「ば、バカ! やめろ! 艦まで吹っ飛ぶぞ!」
「残りの勇者を起動させろ! なに、魔力充填中……何をちんたらやってやがるっ!」
「全隔壁閉鎖! 急げ! 消火もだ!」
「第一から第三陸戦隊、艦橋前に集結! あの化け物を勇者と挟み撃ちにしろ!」
「参謀長! 艦内の戦闘指揮権を委譲する!」「り、了解!」
リナルド皇太子の指示に参謀長は即答、司令席を離れて操作盤の前に駆けつける。
皇太子自身は手元の宝玉を操作し、格納庫の映像を呼び出した。
「局長! 無事か!?」
《な、なんとか……やれやれ、酷い目に遭いました。
ただ、残りの魔力炉の方が》
白衣を塵で茶色く汚れさせた所長は、それでも自分の両脚でしっかりと立っている。
彼の背後では局長の部下や兵士達が、残りの放出用魔力炉にとりついて、大慌てで何か作業をしていた。
その魔力炉は、どうやらガラス瓶にヒビが入っているようだ。
《振動で飛んできた部材に当たり、破損してしまいました。
あれでは射出時の衝撃に耐えられません。
使えませんな》
「何だと……?
くそ、あと一撃で魔族の巣窟を灰燼に帰せるかもしれんというのに。
ここまでか……!」
《いえ、どうやらそうでもなさそうです。
もしかしたら、いけるかもしれませんよ》
「何?
もしや、まだ他の魔力炉があるのか?」
《ええ、ありますよ。
ただし艦内にではありません。
あそこです》
画面の中、局長が斜め下を指さす。
その方向は、どうやらモンペリエの方角らしい。
皇太子は横目で艦橋の窓からモンペリエの方を見る。
そこには、さっきまでより強力な障壁で守られた魔族の街があった。
「どういうことだ?
レーダーでは、あの中には失敗作共を探知できなかったはずだが」
《いえ、確実にいます。
恐らくは地下に潜み、地上の巨大魔法陣で『吸収』の魔法陣を増幅して、街と発着場を守っているのでしょう》
「それはそうだろうが、地下まではレーダーが届かん。同じく『嘆きの矢』も届かないだろうが」
《いえ、そこまでの射程は要りません。
むしろ危ないので全艦を下がらせて下さい》
「何だと?
一体どういうことだ?」
《先ほどの参謀長の作戦案から、一つ思いついたのです。
アンクには先行入力されてませんので手動になってしまいますが、上手く行くと思います。
実はですね……》
局長の話に耳を傾けるリナルド。
その口は醜いほどに釣り上がる。
皇国飛行戦艦隊は、ゆっくりと後退しモンペリエから離れていく。
整然と下がりゆく映像がコメディ広場地下の制御室前面の壁にも投影されている。
その光景に、戦術級魔法の核として術式を組み上げるリバスは安堵の息をもらす。
「や、やったわ……奴ら、逃げていく……」
女領主の声と共に、制御室内には歓声と雄叫びと勝利の叫びが満ちる。
が、操作盤前に立つエルフの言葉で再び緊張が走った。
他種族との交流のため短く喋る訓練を積んだだろうエルフが、悲鳴のような報告を皆に伝えたためだ。
「て、敵艦の格納扉、まだ閉鎖されていません!
この角度……モンペリエを狙い続けていますっ!」
「な、なんですってえっ!? なんてしつこいのっ!」
今まで以上に集中力を高め、部屋一杯に黒翼を広げ、両手は高速で印を組む。
周囲にいるロートシルト支店長や他の老魔導師達と声を合わせ、呪文を詠唱する。
術式の核となる制御室の出力増大と共に、街を覆う障壁の力も『増幅』によって増した。
先ほどまでの廃棄魔力炉を再利用した暴走攻撃では、もはや破られないだろう強度の
障壁が展開する。
街が一際強力な障壁で覆われた光景は、インペロ艦橋からも確認されていた。
皇太子は会心の笑みと共に立ち上がる。
「魔力炉、放出!」
その命を受け、三度目の廃棄魔力炉が射出された。
ガラス瓶は割れたまま、それでも構わず空中へ撃ち出される。
三度目の暴走爆撃に備え、リバスと術者達はさらに魔力を強め、障壁を最大出力で強化する。
皇太子は、右腕を突き出して命じた。
「レーダー波照射! 急ぎ解析せよ!」
戦艦下部、巨大な白鳥の胴体下部から魔力波が照射される。
即座に解析結果が艦橋各部の映像板に表示されていく。
操作盤にかじりつく兵達が解析内容を大声で読み上げる。
「射撃最終機構を手動に切り替えます!
全手動による『嘆きの矢』稼働作業開始!」
「対象魔力解析終了!
魔力粒子量1020万ルビア、周波数も安定しています」
「保護回路交換、宝玉冷却終了」
「魔力炉、四基が出力低下。残基は最大出力を維持。
供給量不足のため各砲台への魔力供給を停止、障壁への魔力供給も30%低下します」
「各艦は後退、艦載機の全機収納を急げ!
収容が間に合わない場合は緊急着陸しろ!」
「射撃諸元、手動入力完了! 『嘆きの矢』照射可能!」
「予想される暴走範囲……直径、ご、五千ヤード(4.5km)!
現在の障壁出力では、暴走に巻き込まれます!」
「全艦、後退を急げ! 緊急待避!」
戦艦隊は急加速して後退していく。
射出された魔力炉は割れたままのガラス瓶を放出し、地上へ落下していく。
放出されたガラス瓶は、その勢いでしばらくは宙を舞っていたが、ほどなくして放物線の頂点に達し、普通に落ちていく。
魔力炉の外殻たる金属部分は、地響きを上げて地上に激突し、破片と土砂を巻き上げた。
ガラス瓶も地上へ落ち、畑の中にめり込んだ。衝撃でガラス片と、内部の液体も撒き散らされる。中の子供が流した血で赤く染まる液体が。
その光景はモンペリエの制御室からも見えていた。
リバス達は「……不発?」と拍子抜けする。
だが、『嘆きの矢』は撃たれた。
地上に落ちた魔力炉の子供に、ではない。
もちろん艦内で白兵戦を続けるベウルでもない。
ましてやモンペリエの地下にいるリバスに対してですらない。
それはモンペリエを包む、最大出力で形成された『吸収』の障壁に当たった。
街を包む『吸収』の魔力が、術者の核たるリバスの制御を離れた。
リバス達の魔力と街の魔力集積陣によって形成された全ての魔力が、一気に無秩序な拡散と変質を始める。
大気を加熱し、冷却し、でたらめな運動エネルギーを与える。
町並みの石やレンガを砕き、溶かし、流動体へ変えたかと思いきや、瞬時に凍結させる。
魔族達をはじめとした生物は、暴走する魔力に触れただけで塵に還った。
モンペリエの街を包んだ障壁は、モンペリエに突如現れた巨大な暴走の嵐と化す。
粉々に砕いた市壁の瓦礫を巻き込んで、火砕流のごとき勢いで爆風が全周囲に広がっていく。
さらには地面をも抉り、黒い嵐は駆け巡る雷撃と共に上空へと舞い上がる。
急速後退していた皇国艦隊へも、暴虐なる魔力の嵐と瓦礫の雨が襲いかかる。
艦を包む障壁で守られてなお激しい衝撃と振動が艦隊を貫いた。
兵士達の悲鳴は、軋みを上げる艦の鉄骨や吹き飛ぶ小物が激突する破壊音にかき消される。
艦橋入り口を固めようとしていた第一から第三の陸戦隊も、ベウルを追撃していた青と白の勇者も、ベウル自身も、等しく壁に打ち付けられ床に倒れ伏す。
たまたまそこは甲板近くの部屋で、地上が見える窓があった。
ゆえに、壁に掴まって這い上がったベウルは見てしまった。
嵐。
モンペリエが、北にある発着場が、のどかな田園地帯が、全てが雷撃の衣をまとう黒い雲が飲み込んでいく様を。
リトンやティータンを葬った古代兵器の正体を。
守るべき全てが、虚しく消えていく姿を。
完膚無きまでの、敗北。
絶望そのものでしかない、魔界の未来像。
ベウルは見開いた目で、その全てを見てしまった。
カツンッ。
何でもないような軽い音が、愕然としていたベウルの意識を自分の右肩へ向ける。
そこには鉄の矢が突き立っていた。
振り向けば、青勇者が床に転がりながらも弓を構え、矢を放っていた。
そして白勇者は起きあがり、未だ震動する床を踏みしめ突進してくる。
ズゴンッ!
盾が壁に激突する。
粉塵が舞い上がり、瞬時に外へ吸い出されていく。
盾の衝突で外壁が破壊されて穴が開き、艦内との気圧差から空気が吸い出されている。
ガギュッ!
金属音。
飛び散る火花。
白勇者の脇腹に、ベウルの大剣が突き刺さっている。
一瞬早く右へ身をかわし、壁と盾に挟まれるのを回避した狼頭の王子は、そのまま左手で盾を構える白勇者の左脇腹へ剣を突き立てたのだ。
シュタッ!
再び軽い音。
既に茶色く汚れきった白マントを貫き、今度はベウルの右脇腹に矢が突き立つ。
青勇者は仲間の危機に一切構わず、最後の矢を番える。
そして左脇腹を突き刺されている白勇者自身も自らの傷を意に介さない。それどころか左手を盾から離し、代わりにベウルの胸ぐらを掴んだ。
動けなくなったベウルの、今度は頭を青勇者の矢が狙う。
ガツンッ!
矢が、鎧を貫いた。
ただしベウルの鎧を、ではない。
投げ飛ばされた白勇者の背中に刺さっている。
胸ぐらを掴まれたベウルは、その左手に自分の右手を重ね、全身の捻りを加えて回転させたのだ。
どんな強固な鎧であろうと、中の勇者は人間が元となっている。関節も人間の関節。
ゆえに手首を捻り上げられれば、そのまま回転運動が伝わって腕を捻り上げ、ついには体全体が捻り上げられてしまう。
ベウルは矢の発射に合わせて白勇者を投げ飛ばし、同士討ちを誘ったのだ。
左脇を刺され、投げられ、矢で射られた白勇者は床に叩きつけられ、そのまま青勇者の足下まで滑っていく。
宙に浮いてかわした青い鎧、吸い出される空気の流れに乗りつつ、胸元からナイフを引き抜こうとする。
だが、片膝立ちのベウルは左手のルーシュを構えていた。
光。
青勇者の鎧が瞬時に焼かれ、金属が沸騰し、穴が開く。
恐るべき熱量の光が人間の肉体を貫通した。
敵意も力も失った勇者の鎧が、重力に引かれて床に落ちた。
右肩と右脇腹に矢が突き立ったままの王子は立ち上がる。
背中に矢が刺さり右脇腹に剣が突き立ったままの白い勇者も立ち上がる。
両者とも、足下に血だまりが広がりつつある。
彼が切り刻んだ扉、その向こうからは、多くの軍靴の音が通路の壁に反響しながら接近しつつあった。
銃を構えた兵士達が殺到する。
轟音が続く部屋前の通路左右から、部屋側の壁を背にして配置に付く。
切り刻まれた扉から離れた位置の兵士が、部屋の中を探るため探知系魔法を放とうと印を組む。
何人かが部屋の中に放り込む爆弾の安全ピンに手をかける。
が、それら全ては無駄になった。
ドゥッ!
壁が吹っ飛んだ。
部屋から壁の破片と共に吹き飛んできたのは、白い勇者の体。
金属の瓶が転がる音を反響させながら、ボロボロになった白い鎧が転がる。
ついでに、壁と一緒に吹き飛ばされた兵士の指に掛かっていた安全ピンも、床に転がった。
連鎖する爆発。
兵士達が、壁が、天井が吹き飛ぶ。
部屋の前に突撃した兵達は、瞬時に全滅した。
爆炎の中からゆっくりと歩み出てくるのはベウル。
体に受けた二本の矢は途中からへし折れ、血を流し、無事なルーシュの銃身は既に数本しか残っていない。右手の剣も折れている。
それでもまだ通路奥へ向けてルーシュを構えた。
光が煙を、壁を、駆けつけた兵士達を貫く。
「グオォオああぁあぁ嗚呼あああっっ!!」
狂ったような雄叫び。
その遠吠えは通路を響き渡り、兵達の鼓膜を通し脳を揺らす。
耳を押さえて体を丸めてしまった兵達を、さらに仕留めていく。
一歩、また一歩、紅い雫を床に垂らしながらも、ベウルは艦橋へ足を進める。
牙すらも血に染めた口からは、ブツブツと言葉が漏れていた。
「……い、インターラーケンでは、トゥーンですら、一騎駆けをしてみせた……。
この兄が……出来ぬで、どうする……。
せめて、一太刀、やつらに……俺は……!」
執念。
尽きぬ闘志だけが足を支える。
もはやマントは引き裂かれ、僅かに首の回りに布きれが残るのみ。それも朱に染まっている。
それでも終幕は、あっけなかった。
ベウルの分厚い胸板を貫通した槍が、彼の眼前に現れたのだ。
血で赤く染まる穂先が引き抜かれる。
胸の前後を貫通した穴から鮮血が吹き出した。
狼頭の王子が、ついに両膝を床につく。
もはや閉じる力もない口からも血が溢れる。
ゆっくりと、ぎこちなく振り向いた先には、血をしたたらせた槍を構える鎧姿の人間がいた。
それは勇者と同型の、鮮やかな紫の鎧。
槍を構えた勇者の背後には、さらに三体の色違いの勇者が並んでいた。
「く……ま、まだ、いたか……」
最期の力を振り絞り、震える左腕を持ち上げ、勇者達へとルーシュを構える。
だが、カチン、と軽い音がしたのみ。
光は出ない。
王子の頭、青い光を放っていた魔力ラインは消え、今はただ白い毛が血とホコリに汚れているだけ。
ついに魔力が尽きた。
一閃。
槍を構えた勇者の背後にいたはずの一人、赤色の鎧を着た勇者が、一瞬でベウルの前方に立っていた。
いつの間にか抜きはなっていた細い片刃の曲刀が、僅かに血に濡れている。
ルーシュを構えていたベウルは、ピタリと動きを止めている。
まるで日本刀のような片刃刀を軽く振って血を払い、ゆっくり鞘に収める赤の勇者。
チン……、という鈴のような音が通り抜ける。
そしてドサッという音と共に、ベウルの頭が床に落ちた。
一刀のもとに首をはねられたベウルは、口も目も見開いたまま、ただ己を切り伏せた勇者の背を見上げていた。
西部戦線は崩壊し、魔王軍は敗北した。
あまりに圧倒的な兵器を有する皇国艦隊に対し、魔王軍は抵抗する術を知らない。
そして非力な人間に過ぎない裕太に、何が出来るというのか。
次回、第二十四章『涙の人、死の王』、第一話
『虜囚』
2012年4月16日00:00投稿予定




