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嘆きの矢

  ガギイィンッッ!!


 断末魔のごとき耳障りな金属音が響き渡る。

 さらには軋みを上げて幾本もの鉄柱がねじ曲がっていく。

 それは中型機スパルビエロ。

 戦艦に向けて投げつけられた機体は、空中で内部の鉄骨を剥き出しにしてへし折れていた。

 機体に搭乗していた乗組員の死体が、障壁に叩きつけられ機体の残骸で押し潰され弾けて血と内臓をまき散らす。

 最終的に、何かに引火したらしい中型機は爆発炎上した。

 それら全てを戦艦の障壁は受け止めた。光の波紋が戦艦周囲に広がるばかり。


「……クソ、化け物め。

 いつになったら魔力が切れるのだ?」


 中型機を投げつけた本人であるベウルは口の端を歪めて毒づく。


 実際、圧倒的に数で上回る飛翔機とサキュバス達は、艦載機の攻撃をかわして戦艦へ攻撃を仕掛ける機会もある。

 だが、未だに戦艦へ直接打撃を加えた者はいない。

 戦艦が展開する『吸収』の障壁に運動エネルギーを吸われ、そのまま中空に固定された破片やサキュバス達も多い。

 あまりに戦艦近くに寄りすぎたため障壁に捕らえられてしまった黒翼の女達は、艦砲の的にされてしまった。

 戦艦の至近距離であるためレーザーの威力がさほど減じず、次々と熱線に焼かれ絶命し、障壁が解かれると共に地上へ落ちていく。

 このため彼女たちは、不用意に近寄る事も出来ない。


 モンペリエ西方の戦闘空域直下には、既に数多くの飛翔機と艦載機と砲弾と薬莢、そして死体が地上へ叩きつけられていた。

 あれほどのどかな田園地帯は、もはや地獄のごとき血塗れの大地へと変じている。 


 そんな最中、風を切りサエッタの追撃を振り切ったベウルは、白いマントを視界の端に見る。

 レーダー波を完全消去するほど完璧な抗魔結界を持つ、地球の物質。

 マントと戦艦を見比べる。


「……試してみるか」


 王子は全身をマントにくるむ。

 そして加速した。

 一際巨大な戦艦、インペロへ向けて。





 完全な乱戦状態の空、その動きに気付いた者は少ない。

 気付いたのは艦橋にて赤い点を見つめる皇国の者達。

 一瞬、彼らはワーウルフの失敗作が苦し紛れに特攻を仕掛けたのだ、と考えた。

 戦艦インペロの障壁に掴まって、艦砲射撃の的になるがいい、と。

 だが、その期待は裏切られた。


「う……う、嘘だあーっ!!」


 艦橋に、誰のか分からない絶叫が響く。

 赤い点が、障壁を突き抜けてしまったのだ。


 地上から投げつけられる巨大な鉄柱も、撃墜され乗員が脱出したついでに体当たりを仕掛けてきた飛翔機も、何もかもを受け止めた強力な『吸収』の障壁が、無視された。

 よりにもよって魔王一族が、まるで何も無かったかのように障壁を通過し、戦艦の上部に降り立たった。

 あまりにも有り得ない現象に、艦橋の人々は絶句し、悲鳴を上げてしまう。





 ついにインペロの上に立ったベウル。

 会心の笑みで唇を歪ませ、牙を光らせる。


「抗魔結界……話には聞いていたが、まさかここまで強力だとは!

 くははははっ! あの障壁が、まるで薄布のようではないか!!

 かははははははっ!」


 哄笑。

 腹の底から笑いつつも、自分を狙っていた近くの銃座へルーシュを向ける。

 対光学兵器処理をしていなかった銃座の砲身は、瞬時に熱で溶かされ穴が開き、派手に内部から爆発してしまった。

 また、戦艦表面に立っているが『吸収』の障壁で動きを阻害されたりもしない。サエッタと異なり、戦艦装甲表面ではなく空中に障壁を展開する仕組みのようだ。

 その光景に、障壁で近寄れないサキュバス達や飛翔機の操縦者達が、障壁の向こうから歓声を上げる。

 彼らの声に軽く手を振って応えたベウルは、煙を上げる銃座へ悠々と歩み寄った。


「さて、では中に入らせてもらおうか。

 悪く思うな。招かれざる客なのはお互い様なのだからな」


 破損した銃座から露わになった戦艦の内部構造へ、さらにルーシュを向ける。

 金属が沸騰し、木材は一瞬で炭化し、火災が一気に広がる。

 炎と煙の隙間から見えた戦艦内部の空間へ、その巨体を滑り込ませようと身を屈めたその時、ベウルの尻尾の毛が逆立った。

 刹那、王子は甲板を蹴り宙へ身を躍らす。

 一瞬前まで王子の体があった空間を、幾本ものナイフが飛び去った。

 空中で制止した王子は、油断無く周囲に目配せする。


「ふん、ようやく来たか。

 待ちくたびれたぞ」


 周囲には、余りにも先鋭的な外見の全身鎧をまとう三人。

 勇者。

 ベウルがまとう鎧は赤を基調として青のラインが入っている。

 勇者達の鎧は青、白、黒が基調となっている。

 そして、異様に巨大だ。一般的な人間より長身のベウルより巨体を誇る鎧姿。恐らくは、中の勇者が鎧を動かしているというより、勇者の動きを鎧に装着された宝玉の力で増幅しているのだろう。

 武装は、青が長弓、白が剣と盾、黒が多量のナイフを手元に浮かべている。裕太がかつてパリシイ島で使用した魔法のナイフと同種のアイテム。

 王子は、ルーシュと剣を胸の前で十字に交差させた。


「相手にとって不足無し。

 俺はベウル、魔王第七子にして第三王子ベウル=ポルスカ。

 さあ……遊んでやるぞ、木偶人形共め!」


 名乗りを上げ終えると共に、ベウルの体は空を疾走する。

 黒の勇者が放つナイフが縦横無尽に飛び回る。

 青の勇者が構える長弓から放たれる矢は大気を貫く。

 そして白の勇者は剣と盾を構え、ベウルに正面から立ち向かっていった。



 ベウルと勇者達の、文字通りに火花を散らす剣舞。

 刃が交わること幾合目か。

 四者の鎧は既に傷だらけであり、ベウルの白いマントも裂け、破れ、幾つもの穴が開いている。

 だが、いまだ彼らの戦いは一時も経たぬ、刹那の出来事でしかなかった。



 王子は足を肩幅に開き、大剣を頭上に構え、目は閉じているかの如く。戦艦上に立ったまま動かない。左手のルーシュは真横に向けられているだけで、何も狙ってはいない。

 縦横無尽に空を切るナイフの群が、狼頭の王子周囲を無秩序に飛び回る。

 その正面に立つは白の勇者、盾を全面にかかげ、剣を腰に溜めて構える。

 青の勇者は障壁にぶつからぬ高さに浮き、長弓を構えて狼頭を狙ったまま旋回している。

 黒の勇者は彼らから大きく離れ、右手を突き出したまま動かない。多量のナイフを操作することに集中しているようだ。


 弾丸と熱線、アスピーデと大砲弾、翼持つ者達も持たぬ者達も自在に飛び回る空。

 第五防衛陣により増幅された『念動』で投げつけられた巨大な石が戦艦を揺らす。

 だが障壁と戦艦装甲の狭間、まるで時が止まったかのように、彼らは動かない。


 飛翔機の機銃とサキュバス達の魔法で破壊された中型機スパルビエロが、彼らの頭上で障壁に衝突した。

 まだ残弾を多く残していたのだろう、爆炎と共に大爆発を起こす。

 さすがにその威力は凄まじく、戦艦インペロの障壁ですらも完全に衝撃を吸収しきれなかった。

 破片が一欠片、王子と白い勇者の間に落ちる。


  ガツッ!


 甲高い、乾いた音。

 それは破片が装甲に当たった音。

 同時に、王子の振り下ろした剣を受け止めた盾が鳴らす金属音。

 両者は同時に突進し、剣と盾をぶつけていた。だがその瞬間は人間達にも魔族達にも目に捕らえることが出来なかった。


 盾の下から白い勇者の剣が繰り出される。

 切っ先は王子のマントを貫く。

 だがベウルは瞬時に身を捻り、紙一重で剣をかわしていた。


 耳障りな高周波音をたてて飛び回っていたナイフの群、その一部が王子の背後から襲いかかる。

 だがそれもマントをかすめるばかり。

 最小限の足捌きで白い勇者の脇をすり抜けたため、ナイフはベウルがいたはずの空間を通り過ぎ、直線上にいた白い勇者を標的にしてしまう。

  カキキキキンッッ!

 盾を前面に構え、ナイフから身を守る。同時に右手の剣を横薙ぎに後ろへ振り抜く。

 その剣も空を切った。

 ベウルは一瞬で飛び離れ、再び剣を上段に構える。

 空を疾走し続けていた残りのナイフが、全方位から王子を狙って降り注ぐ。

  ガギュンッ!

 鼓膜を揺らす金属音は、一回のみ。

 だがその一瞬で、王子の前方から向かっていたナイフが全て砕かれた。

 金属片と宝玉の破片が漂う空間をくぐり、王子は瞬時にして飛来するナイフの群を避けきった。

  ガギンッ!!

 ナイフの群を避けきったはずの王子、その左腕にはまるルーシュを横薙ぎに振る。

 上空を舞う青い勇者の放った矢が銃身に軌道を逸らされ甲板に突き刺さった。

 そのまま構えられるルーシュ。


 光が煙幕弾の煙を貫く。

 障壁内部にも煙は漂っている。砲撃のため一瞬解かれた障壁の穴を通り抜けたから。また、砲撃によって生じた煙も障壁外に出れていない。

 このためルーシュの連射は煙により威力を減じるが、それでもベウルと勇者達程度の間合いなら十分な殺傷力を維持している。

 白勇者は剣を受けて歪んだ盾で、青勇者は空を舞う高機動で、黒勇者はナイフの輝く刀身でレーザーを受け、避け、かわす。

 青勇者の長弓はルーシュで狙われつつもベウルを狙い返し、攻撃が途切れた一瞬を狙い、衝撃波をまとわせて狼頭を狙う。

 だがその矢も、魔力に青く輝く頭を軽く振るだけで避けた。

 ついでのように軽く左手を振った王子。その手からはルーシュの光ではなく、何か尖った物体が飛ぶ。

 青の勇者が長弓を胸の前にかざすと、勇者の心臓直上を狙ったナイフが弓に突き刺さった。

 それは、黒勇者が放ったナイフの刀身。剣で宝玉を砕いたナイフを掴み、投げ返したのだ。


 戦艦が展開する障壁の下、一連の攻防。

 息をもつかせぬ三勇者の連携攻撃に、さすがにベウルの息は荒い。

 だがそれでも、目の前に立つ白勇者と、宙を舞い続ける青勇者と、ナイフを繰り出す黒勇者を眺めながら、王子は嬉しげに口を歪ませた。


「くはははは……!

 やはり、戦はこうでなくてはな。

 要塞に引きこもっていては、武人の名もしおれよう……む?」


 楽しげに笑っていたベウルだが、あることに気付いた。

 耳障りな、蚊の大群が飛ぶような高周波音が消えている。

 頭上へ目を向ければ、飛び回るナイフの多くが消えていた。

 それを操っているはずの黒勇者も、既に遠く離れている。

 ついには戦艦上部から飛び降りていってしまった。ナイフも全て引き連れて。


「どこへ、何をする気だ……っと!?」


 黒の動きは気になるが、ベウルにはそれを追う余裕はない。

 白い勇者が繰り出した剣を大剣で受け、左足を軸に右足を下げ、体を捻って剣を逸らす。

 僅かに体勢を崩した白勇者へルーシュを至近距離から、というところで青勇者の矢が再び頭を狙い飛来する。

 飛び退いてかわした王子は、ともかく目の前の勇者二人を倒すことに集中することにした。





 皇国飛行戦艦隊レジーア・マリーナ、旗艦『インペロ』。

 前方下部格納扉内。

 戦艦底部には巨大な魔力炉が三個、巨大な鉄のトレイ上に横たえて置かれていた。

 魔力の吸い上げは行われていないらしいそれは、ガラス瓶内部は曇ったままで光を失い、それを包む金属部や宝玉も光や熱をほとんど有していない。

 だがその周囲では、作業服に身を包んだ人間達が走り回り、格納庫上部の渡り廊下では局長が大声を上げている。

 同じく白衣を着た若い男女も、宝玉が取り付けられた操作盤を操作したり局長の後をついてまわる。


「……よし! 射出準備完了! 『嘆きの矢』調製済み!

 行けます!」


 壁に取り付けられた伝声管のフタをパカッと開けて所長が叫ぶ。

 すぐに返答が同じく伝声管から帰ってきた。声は艦橋にいる兵士のものだ。


《扉前に勇者アルバトラを配しました。

 開閉時の警護をさせてあります》

「了解!

 開始指示、いつでもどうぞ!」


 局長は、後ろについてくる部下の持つ通信機へ叫ぶ。

 返答は同じ通信機ではなく、格納庫内に響き渡るリナルド王太子の命令だった。


《これより魔族共を一掃する!

 前部格納扉開放!》


 格納庫の扉が軋みを上げて開く。

 気圧差で艦内から突風が吹き出し、空を埋め尽くす魔族と皇国艦隊との空戦が姿を現す。

 突然開いた格納扉に気付いたサキュバス族の女達が、もしや戦艦の障壁に穴が開くかと待ちかまえ始める。

 だが、格納扉と障壁の間には、大量のナイフを宙に舞わせる黒の勇者、アルバトラが浮遊している。

 ナイフは高速で旋回と疾走を繰り返し、障壁前で待ちかまえる魔族を牽制している。


 ズン……、という鈍い音と共に扉は開け放たれた。

 魔力炉と扉の間にはレールのような物があり、まるで何かを導くように青い光がレールの左右を満たしていく。


《カウント3にて格納庫前障壁解除、同時に魔力炉を射出せよ!

 ウン……ドゥエ……トレッ!》


 格納扉前方の障壁が、飛び交う銃弾や飛翔機の破片やサキュバス達が放つ氷の魔法で光の波が広がっていた『吸収』の魔法が、消えた。

 同時にサキュバス達が、『浮遊』の魔法で飛び続けていた他の魔族達も、一斉に動く。

 火のついた爆弾、魔力が限界まで込められた『炎』の宝玉、そして翼を広げて風を捕らえた黒翼の女達が殺到する。

 唸りを上げて飛び交っていたナイフが侵入者を切り裂く。

 勇者アルバトラの拳が、蹴りが、女達の振り上げた剣や魔法を打ち砕く。


 格納庫内では魔力炉を乗せていた巨大なトレイの一つが急加速する。

 レールを走ったそれは外へ向けて吹っ飛んでいく。

 そして扉前で急停止した。レールからは白い煙のようなものが上がっている。

 魔力炉は、慣性の法則に従い虚空へ撃ち出された。


 撃ち出された魔力炉は、外側は鉄の塊。

 射線上にいた魔族も、魔法も、ナイフも、何もかも弾き飛ばして飛んでいく。

 解除された障壁の穴を越え、魔族達の群の中へと撃ち出された。

 かつ、速やかに障壁は再展開。魔族達を閉め出し、障壁内に侵入した魔族はアルバトラが駆逐していく。


 魔力炉は空を飛び、かつ重力に引かれて落ちていく。

 放物線上にいた飛翔機も魔族も慌てて避ける。

 艦載機サエッタも逃げていった。ただし放物線上から、ではなくインペロ前方から、全機が一斉に。

 魔族達は何だ何だ何事だと驚き、落ちていく物体を目で追った。

 勘の良い者は、悪寒と共に巨大な物体から逃げ去っていく。


 ガラス瓶横に取り付けられた、幾つかの小さな宝玉が点滅する。

 そして、ガラス瓶だけがポコッと放り出された。

 虚しく落ちていくだけの鉄塊から、ガラス瓶だけが再び飛び出して宙に舞う。

 表面は曇ったまま、僅かな機械が付属しただけの円柱状のガラス瓶が、空を舞う魔族達の群の中に浮いていた。


 ガラス瓶はインペロの艦橋からも見えている。

 十字型や丸形の照準の中心に据えられた、ガラス瓶が。

 右拳を突き上げたリナルド王太子は、叫んだ。


「総員、対衝撃防御!

 発射ぁっ!!」





 巨大な白鳥のごとき外観を持つインペロ。

 その船首から青い光の筋が撃ち出された。

 それは光ではなく純粋な魔力、ゆえに煙幕を無視し突き抜ける。

 飛び交う魔族の間を縫い、魔力の光は走り抜けた。

 ガラス瓶へ向けて。

 曇りガラスの内部にいる、魔力炉の子供へ。



 ガラスは砕けた。

 破片をまき散らし、飲み込んでいく、青い霧。

 瞬時に拡大、爆風と雷撃と熱量を生み、巨大な雲へと成長した。

 周囲を飛ぶ全てを巻き込み、磨り潰し、腐らせ、塵へと還る死の嵐へと。


 それは、暴走。


次回、第二十三章第六話


『戦略爆撃』


2012年4月14日00:00投稿予定

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