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出撃

 モンペリエ北、飛空挺発着場。


 大方の飛翔機は空へ上がり、今は被弾したり弾切れになったり魔力供給者の魔力が尽きた機体が着陸し続けている。

 破損した機体は速やかに発着場の隅へ誘導され、ドワーフの技師が応急修理する。

 機銃弾が尽きた機体には、実包が詰まった木箱を持ったオークが駆け寄る。ベルトに横並びで装着された弾丸が引きずり出され、翼内の弾薬室へ装填されていく。

 加えて煙幕弾も次々と補給されていく。

 魔力が尽きた者は速やかに交代要員と乗り換える。それは多くがサキュバス族の女性達。

 街の危機に立ち上がったサキュバス市民達は、その豊富な魔力を生かして飛翔機の魔力供給者として志願していた。

 なおかつ、機体が上空で破損し撃墜された場合、翼を広げ空戦に参加し、翼を持たない者達が地上へ不時着するまでの援護をする。


 これらの光景を管制室から眺めていたベウルは、白いマントを翻し管制室を出ようとする。

 周囲の兵達の多くは敬礼をもって送り出すが、秘書官たる女性ワーウルフ達は、慌ててベウルの前に立ち塞がった。


「お、お待ち下さい!

 総司令官自らが前線に立つなど、危険極まりないです!」

「どうかここは、せめて管制室にて、戦況を見極めて下さい!」

「私達を、部下を信頼して下さらないのですか!?」


 必死の懇願。

 だがベウルは、女達を押し退ける。


「連中は、そろそろ勇者を出すぞ」


 その言葉に、女達はさらに色を失い、かつ言葉を失う。

 双方とも決め手を欠く今、膠着した状況を打開するため、皇国が不死身の化け物を投入するのは想像に難くない。

 一般兵では勇者を倒すのは困難を極める。不可能ではないが、被害が大きすぎる。

 数と物量で押す魔王軍にとって、被害の無制限な拡大は避けたい。大軍であるがゆえに、恐怖が伝染すれば雪崩を打って後退を始め、一気に瓦解しかねない。

 つまり勇者を屠る者が、全軍を奮い立たせ前線に踏みとどまらせる者が必要。

 それは、この場にはベウルのみ。

 皇国軍と対峙する魔王一族の、解決しがたい戦術上作戦上の問題。


「疲れて帰ってくるからな。

 今夜の伽は覚悟しろ」

「……はっ!

 皆でベッドを温めておきます」

「どうか、ご無事で!」

「ご武運を!」


 涙を浮かべる女達の敬礼で見送られ、狼頭の王子は部屋を出る。

 そして、発着場から一際明るく輝く物体が、真っ直ぐに空へと駆け上る。





 空戦が続く空へ、司令官自ら出撃する。

 空の有り様は、まるで巨鳥の群に蜂の大群が飛びかかるかのよう。

 それは草原に佇む裕太達にも見えていた。


「ベウル司令、ご無事をおイノりします」


 裕太も、他の者達も自然と敬礼で見送った。

 けどアロワとシリルは、敬礼を真似しつつも悔しそうに地団駄を踏む。


「くぅ~!

 なんでオラ達は戦場にいけねーだよおっ!」

「しゃーないじゃん。

 だってユータ兄ちゃんがだいごぼーえーじんの中にいると、魔法が動かないんだぞ」

「だってだって、そんなこと言ったってー!」


 そんなボア族少年達の愚痴に、裕太は苦笑い。

 なにしろ第五防衛陣の増幅術に彼が触れると、街の魔法陣が機能停止に陥る。

 なので彼は街から遠く離れ、艦隊のレーダーすら届かない西の果てで空を見上げていたりする。

 彼は内心、どこが軍師だ、と自虐的になってしまう。

 既に必要な助言と新兵器の提供は大方済ませてあるし、こんな軍事顧問もありかな、リィンも待ってるし……と理由をつけて自分を納得させている状況。

 というわけで、彼は再び双眼鏡で空を見上げる。

 色鮮やかなベウルの鎧と白いマントが光り輝き、天空を駆けめぐる様を。





 昆虫の羽のような透き通った皮膜を背に、ベウルは風を切る。

 白いマントが翻るたびに、色鮮やかな甲冑が青空に映える。

 狼頭の王子は頭部の魔力ラインを激しく輝かせ、左手のルーシュから光の剣を放つ。

 右手に握りしめた剣が敵を切り裂く。

 戦いの神が降臨したか、修羅を空に投げ上げたか、飛翔機と艦載機とアスピーデの間を飛び、跳ね、駆ける。

 そのあまりの戦いぶりに、目を奪われる色彩の鎧に、凶悪な光の剣に、飛翔機の操縦者達も戦いの最中でありながら心まで奪われた。

 機銃を撃つのも忘れて、思わず呟いてしまう。


「おお……あれは、ベウル司令官ではないか!」「まさか、司令が自ら空に!?」「なんという勇ましき姿、頼もしい……」「は、はは! 見ろ、圧倒的ではないか魔王軍は!」


 圧倒。

 そう、まさに圧倒。

 勇者の鎧は皇国の艦載機サエッタを上回る飛行速度と機動性能を示した。

 煙幕の隙間を切り裂いて左手のルーシュが光を放つたび、アスピーデが射抜かれ燃え落ちる。

 ベウルの頑強な肉体と鎧は少々の電撃をものともせず戦い続ける。

 何より、剣。

 こんな大規模高速空戦において近接戦闘が前提の剣など意味がない、はずだった。

 だが、そうではなかった。

 ルーシュは光学兵器ゆえサエッタの機体表面に弾かれて有効な打撃とならない。そうと見るやベウルは剣による直接打撃へと切り替えたのだ。


「ぬぅんっ!」

  ガゴンッ!


 銀色の機体を剣が貫く。

 深々と突き立てられた剣は、確かに『吸収』の結界で運動エネルギーを吸収されている。光の波が広がっている。

 だが、その運動エネルギー全てを吸収するには至らなかったのだ。

 サエッタは電撃も放っていた。だがベウルの動きを止めるにも至らない。

 小型の艦載機では、そこまで高出力の魔道兵器を持てなかったため。リザードマンの竜騎兵や通常の飛翔機であれば、それで十分だったためだ。

 だがベウルは違った。

 重武装の騎兵やドラゴンがツバメのごとき高機動で空を飛んでいるのと同じ。

 ついにサエッタは軽々と切り裂かれて墜落、途中で爆発炎上した。


 他のサエッタは必死にベウルの姿を追い、レーザーや電撃を放ち、体当たりすらしようとする。

 しかし速力に勝るのはベウルだけではない、飛翔機も同じだ。

 ベウルを追いかけるサエッタの後ろ後方、飛翔機の操縦席では照準を合わせている。

 西部防衛戦司令へ当てないよう注意しながら、機銃の引き金を引いた。


  パラタタタタタタ……ッッ!


 軽い発砲音が続く。

 僅か一年弱の開発期間で飛翔機に搭載された機銃が連続で火を噴いた。

 さすがに付け焼き刃同然の機銃ゆえ、連射速度や威力はさほどではない。現にサエッタを撃墜出来ない。弾は機体表面で止められる。

 だが滑らかだった銀色の表面は弾がめり込んで歪み、その部分は『吸収』の術式が機能不全に陥る。着弾の衝撃で態勢を崩し、攻撃に隙が出来る。

 その瞬間を、飛翔機から脱出したサキュバス達が逃さない。


「そーれ、喰らいなさい!」「お客様ぁー、おいたが過ぎましてよ!」


 鳥のよう、いやコウモリのように軽やかに飛ぶ女達の囃子詞と共に投げつけられたのは、爆弾や『炎』『爆』が込められた宝玉。そして氷の魔法。

 爆発。

 損傷箇所から大きく抉られた機体は、飛行能力を失い虚しく落下していく。

 ついにサエッタは、義勇兵のような一般魔族にすら撃墜された。


 機銃弾が大気を貫く。

 アスピーデが飛翔機やサキュバス達を追い回す。

 ルーシュの高出力レーザーがもやの中ですら敵を焼く。

 戦艦からの砲撃が地上を襲う。

 街の第五防衛陣が艦砲射撃を受け止め、大質量の石や焼けた鉄塊を戦艦へ射出する。

 飛翔機とサエッタの近接高速空中戦が続く。

 破壊された飛翔機から脱出したサキュバス達は、それぞれの魔法や武器を用いて魔王軍を援護する。


 ベウルは鮮やかに空を駆け抜け、進路を塞いだサエッタを蹴り飛ばし、撃墜され落下する飛翔機や大砲弾や石の塊を捕まえて、中型機スパルビエロへ投げつけた。

 急加速で直撃を避けたスパルビエロだが、翼の一部が接触し大きく砕けてしまった。

 その機内では、皇国兵達がパニック寸前になっていた。

 操縦席から悲鳴に等しい声が飛ぶ。


「き、きやがったぞっ!」「銃座、なにしてんだぁっ!!」「撃て、撃ち落とせ」


 機体から丸く少しだけ飛び出た銃座に座る兵士が、必死で目標を追う。

 先端に宝玉がはまった銃身を、無秩序な旋回を繰り返すベウルへと向ける。

 空域全体をまだらに覆う煙幕にも構わず、もやの向こうにいる狼頭の王子へ引き金を引いた。


 光は、虚しく虚空に消えて行く。

 ツバメより早く自由自在に飛ぶ司令を、肉眼で追えるはずがない。

 スパルビエロの主兵装は自動追尾式魔法矢のアスピーデなのだが、これはベウルを標的として認識することができなかった。


  ズガンッ!


 激しい衝撃が機体を襲う。

 銃座に座っていた兵士は、恐る恐る後ろを向いた。

 そこには、『吸収』の障壁をものともせずに機体表面へ足をめり込ませる、白いマントのベウルがいた。

 振り上げられた右手の剣が、春の陽光に鈍く輝く――。





「ダメです! Persoを標的として認識出来ません!

 艦砲もアスピーデも、自動追尾攻撃が出来ないのです!」

「あ、あの化け物を眼だけで追えってのか!?」「無茶言うな!」

「光学武器なんか魔力の無駄だ! 鉛玉で行け!

 え……? もったいないとか、ふざけてる場合か!? この一戦に全弾撃ち尽くして構わん!」


 皇国艦隊旗艦インペロの艦橋では悲鳴と怒号が飛び交う。

 いまだ戦艦の障壁は破られず、大規模な被害は受けていない。

 だが、確実に艦載機は数を減らし、中型機まで撃墜され始めた。

 艦載機もレーザーの使用を控え、電撃で飛翔機の動きを止めて体当たりしたりアスピーデに任せたりを主たる戦術へと切り替えた。

 機体の軽量化、魔力炉があるため魔力供給に不安がない、ロムルスの遺跡から掘り出される資源にも限りがある……以上から質量兵器を艦載機サエッタの主武装として搭載しなかったことが裏目に出ている。

 戦艦は街への砲撃爆撃を中断、大砲弾を散弾や時限式炸裂弾へ交換し対空砲撃を加える。


 ベウル出陣の瞬間から、皇国軍は一気に形勢不利へと転じる。

 理由は明らかに、裕太が献上したマントの力。

 抗魔結界によってレーダー波が完全に消失するため、反射波をもとに敵を認識し標的とする艦砲もアスピーデも機能しない。

 実はマントが大きくめくれた瞬間、ベウルの肉体は魔力波を反射する。その瞬間を狙って射出されたアスピーデもあった。

 だが、再びマントで全身を覆った瞬間にレーダーからも消えてしまう。一旦は射出されたアスピーデも標的を見失い、さ迷ったあげくに魔力切れで墜落する。砲撃も間に合わない。

 ならば肉眼で追うしかないが、その動きが速すぎる。攻撃力も凶悪過ぎる。

 アスピーデは当初こそ魔族を着実に落としたが、それでも魔族の数は圧倒的。さらにはベウルに次々と撃ち落とされる

 弾倉内の弾数は大量だが、それでも限度はある。このままでは弾薬切れになるのが目に見えている。

 皇国にとって幸いなのは、ベウル以外に確実に皇国軍へ損害を与えられる者はいないこと。魔力炉のおかげで魔力供給切れの心配はないこと。

 だがそれでも数で圧倒されていた。

 焦りが艦橋に満ちる。

 特にリナルドに。


「さ、参謀長! アレッシア!

 まずいぞ、そろそろ勇者を!」

「承知しています。お任せ下さい。

 また、私に秘策がございます」


 艦橋を直接に狙われた時にはうずくまっていた彼女だが、今は汗を流しつつも冷静さを取り戻している。

 手元の操作盤に指を伸ばし、画像を呼び出す。

 それは腹を揺らして指示を飛ばす局長の姿。


「局長!

 勇者は出れるか!?」

《お待ちしていました!

 三体まで、既に魔力充填は完了しています!

 いま少し時間を下されば、七体全て!》

「まずは三体でよい。

 あの鬱陶しく飛び回る失敗作の足止めし、準備の援護が出来ればよい。

 別命あるまで自爆もさせるな」

《なんですって?

 それでは、恐らくヤツを倒せませんよ》

「大丈夫だ、この指示通りにせよ」


 そういってさらに宝玉を操作した参謀長は、情報を局長の下へ送る。

 同時に艦橋の全操作盤にも送られた。

 その指示に、少しの驚きの後に落ち着きが艦橋に戻り、速やかな準備が進む。

 リナルド王太子の手元にも送られた指示内容に、彼は口笛を吹く。


「驚いたな、まさかこんな秘策を予め準備していたとは。

 これならいけるぞ!」

「お任せ下さい」

「よし……このまま大きく旋回し爆撃進路をとれ!

 他艦へ通達! 輪形陣のまま減速、本艦を先頭せよ!」


 リナルドの指示に従い、戦艦隊は旋回しつつも四方の四隻が徐々に速度を落とし、インペロを先頭とする。そのままモンペリエへ直進するコースに入った。

 指揮官席に座っていた王太子は、やおら立ち上がる。

 右手を力強く振りかざし、堂々と命じた。


「勇者ゴリアテ、勇者アトラス、勇者アルバトラ。

 今こそ出撃せよ!

 汚れた魔族を討ち滅ぼせぇっ!」


次回、第二十三章第五話


『嘆きの矢』


2012年4月13日00:00投稿予定

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