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空戦

 午前のモンペリエ。

 太陽を背にした皇国艦隊周囲を飛行する中型機スパルビエロの胴体下部が開く。

 ぽっかり開いた穴から、小さな羽のついた棒のような物体、即ちアスピーデが次々と落とされる。

 少しの間だけ自由落下していたそれは、突然全面に描き込まれた術式が輝き、加速し飛行し始める。

 十二機の中型機スパルビエロから放出された矢が、それぞれの獲物を求めて空を駆ける。

 皇国艦隊上空で編隊を組んでいた艦載機群も降下、飛翔機へ襲いかかる。

 飛翔機からは魔力式レーザーを封じるため、煙幕弾の弾幕を射出。戦闘空域全体を薄もやが覆う。

 視界を完全に奪われるほどではないが、確実にレーザーは威力を減じる。

 対する飛翔機の群は、ツバメに似た左右の翼から突き出した小さな砲門から、連続して火を噴いた。


  タタタタタタッ!


 何百何千という軽い破裂音と共に、鉛弾が高速でばらまかれた。翼の下から排出される薬莢が雨のように地上へと降り注ぐ。

 煙幕の中、高機動によるGと空気抵抗による振動で術式も組めない状況下。そんな中でも安定して威力を示す武器。

 それは、火薬式の連射銃。

 裕太がもたらした地球の知識から生み出された最新の武器だ。


 空を舞い、軽やかにひねり、急上昇や急降下から急旋回を繰り返す艦載機群と飛翔機群。

 交差するレーザーと弾丸。

 モンペリエの戦いは、始まった。



 皇国艦隊は『嘆きの矢』という最終兵器を持ち、魔族を文明度の低い下等生物と見下し、油断していた。

 抗魔結界によって『矢』は放てず、戦艦からの長距離砲撃も遅れ、戦闘は一気に艦隊直近で発生してしまった。

 しかしそれでも、皇国艦隊は圧倒的なまでの技術力を背景に、驚異的性能の魔道兵器を撃ち続ける。


 スパルビエロが放った魔法の矢が、魔界の飛翔機へ襲いかかる。

 その速度は飛翔機の飛行速度を上回り、確実に標的と睨んだ飛翔機を追いかけ、接近すると赤く輝いて爆発。細かく鋭い破片を飛翔機の機体へとまき散らした。

 長さ約1ヤード(91cm)という小ささから小回りも効く。

 狙われた飛翔機も必死で逃げる。

 複座式の機内では、前席の操縦者が重力加速度に顔を歪めながら急旋回し、後席の魔力供給者が必死に精神集中し魔力を生み出す。

 垂直離着陸機である利点を最大限生かし、急制動・自由落下・ひねり込みと、あらゆる機動をもって矢を避ける。

 機銃が友軍機を狙う矢を狙い、弾丸が打ち砕く。

 機体の翼が雲をひき、青空に白い軌跡を縦横無尽に描いていく。

 それでも全てを避けきることは出来ず、至近距離で自爆したアスピーデの破片も受けて、多くの飛翔機が破損した。

 戦闘開始から僅かな時間で多くの飛翔機が戦闘不能となり、木片と布と少々の金属を撒き散らして墜落する。


 淡々と、功績を誇ることも何もなく敵目がけて飛ぶアスピーデの後ろから、皇国艦隊艦載機であるサエッタが襲来する。

 金属的質感を持つ、水滴を横にしたような形状の飛空挺は、翼を持っていない。純粋に『浮遊』の魔力で飛行しているのだろう。

 速度こそ飛翔機には及ばない。

 また、装備されている魔力式レーザー兵器は、煙幕弾により著しく効果も射程も減じている。

 だが機体表面には『吸収』の結界が張られ、少々の物理攻撃は通じない。

 また、銀色の機体表面は光を反射するため、光学的攻撃が通用しにくい。魔法はこんな高速戦闘では全く間に合わない。

 そして、接近する敵は銀色の機体表面にまとわせた『雷撃』で焼かれる。

 このため、飛翔機をアスピーデに追わせ、『雷撃』で態勢を崩したり動きを止めて至近距離からのレーザーやアスピーデで仕留める、という戦法をとっていた。

 防御に勝るサエッタは、なかなか撃墜されない。


 だが魔界側、飛翔隊も落とされるばかりの的ではない。

 魔力式レーザー技術は皇国から獲得したが、いまだ量産化には至っていないため、旧来の火薬式砲を小型高性能に改良して搭載していた。

 まだまだ弾速も直進性も連射性も地球のものとはほど遠い性能だが、それでも圧倒的な数の力でそれを補う。

 その機銃に関する知識をもたらした本人は、遠く地上から空を見上げる。



「……薬莢、銃身のライフリング、水滴型の弾丸、発射の反動を利用して給弾・装填・発射・排莢を連続……。

 どんな知識でも、どこかで役に立つんだなあ」


 草原の中、空を見上げながら呟くのは、その裕太。

 ブリュノ達親子とツィンカ・カルメンの二人を後ろに従える彼は、双眼鏡の倍率を最大にして空を眺める。

 その後ろに控える五名も、それぞれに双眼鏡や望遠鏡で空を見上げている。



 青空に現れた霞、その中を縦横無尽に駆けめぐる飛翔機と艦載機サエッタ、飛翔機を追いかける無数のアスピーデ、飛翔機の翼が生み出す雲の白い糸。

 そんな中、彼が伝えた砲に関する知識は、劇的に飛翔機の攻撃力を向上させていた。

 あくまでTVやマンガや小説、そして興味本位にネットで調べた程度でしか知らない彼は、それがガトリングガンと呼ばれるという程度しか伝えられない。

 それで十分。

 ジュネヴラで彼がドワーフの職人達に伝えたガトリングガンの概要により、魔界の銃や砲は一年弱で飛翔機に搭載されるほどの進化をみせたのだ。

 それほどまでに魔族の力を束ねた魔界は資源に富み、高い技術的ポテンシャルを秘めていた。各種族の協力とアイデアさえあれば即座に量産化まで出来るほどに。

 例えばルテティアのドワーフ職人達は、肥だめで採れる硝石を元にした黒色火薬を既に旧型とし、ニトロセルロースを主成分とした無煙火薬を開発していた。

 地球では雷管、金属薬莢、輪胴式拳銃、ハンドル回転式のガトリングガン……といった過程を経るに長い時間を要した銃の歴史。それは魔界では、裕太の趣味と個人的興味から来る知識から、一足飛びに進化してしまっていた。

 遠く離れた地上にいる彼の耳にすら届くほど、絶え間ない機銃掃射の音がモンペリエ全域に響き渡る。


「……泣き叫ぶ皇国兵達が 私の降り下ろした手の平とともに、金切り声を上げる飛翔機のキジュウに ばたばたとナぎ倒されるのも最高だ……てか?

 ググッといて良かった」

「ユータ、なんだべな、それ」


 ブリュノの問いに、彼は双眼鏡から目を離さないまま答える。


「んー、まあ、ボクの国で人気な物語のセリフ。

 戦争大好き軍人が演説してたヤツ」

「ふーん」


 ブリュノも、他の者達も彼の言葉に興味はなく、というより上空で演じられる鳥達のダンスから目が離せず、さしたるリアクションは帰ってこない。

 答えた裕太自身も、特に気にとめなかった。

 彼の目も意識も奪っているのは、白鳥のような大型戦艦の左右前方に配された艦からの砲撃。

 それは、光。

 極太のレーザーが幾本も、空を覆う霞を貫通して街を、発着場を襲う。

 強烈な光が高速で走り回る。



「きゃああっ! 街がぁ!」「み、みんな! お姉様ぁっ!」

「……ダイジョウブ、大した被害は無いよ」


 街への攻撃に悲鳴を上げたカルメンとツィンカ。

 だが裕太は冷静に被害を確認し、それが極めて軽微だと見極めた。

 確かに、見た目の派手さに比して効果が無い。

 何も爆発しないし、吹っ飛んだりしない。

 ちょっとあちこちで岩が焦げたり、火災が起きたりはしたようだが、いずれにせよ大した被害ではない。

 少し双眼鏡から目を離した彼は、サキュバスの美女達へ静かに説明した。


「あんな上空で空戦しながら地上をウったって、艦のユれや大気の歪みで照準が定まらない。

 何より上空のモヤやケムリで、光はほとんど通れないんだ。

 もう、モンペリエで光の武器は使えないよ」


 その言葉通り、高出力レーザーによる地上攻撃はすぐに停止。

 代わりに大音響を轟かせ、幾門もの大砲が火を噴く。

 榴弾(りゅうだん:弾の内部に火薬が詰められた砲弾)が空を切り、飛翔機と艦載機が舞い踊る空を駆け抜け、地上へと降り注ぎつつあるのだろう。

 いや、間違いなく降り注ごうとしていた。


 していただけ、に過ぎない。

 遠目に見る砲弾は小さな点のようだが、球形ではなく切っ先が尖っている。

 そこまで望遠鏡越しにはっきりと確認出来ていた。


 何故なら、弾が止まっていたから。


 雨あられと降り注ぐ砲弾が、等しく空中で停止している。

 各砲弾は多くが爆発、幾つかは何かに衝突したかのように変形し、砕けたりもしている。

 同時に、宙に浮く鉄の塊を中心として、光の波紋が広がっていた。

 それは空に広がる巨大な防御結界、『吸収』の壁。

 防御結界の壁にぶつかった砲弾は、先端から運動エネルギーを吸収される。同時に弾丸後方は慣性の法則に従い、停止した弾の前方へ衝突する。

 結果、弾丸は信管が作動して爆発するか、変形して潰れ砕けた。

 不発だった幾つかの弾丸が結界の防御を上回り、光の波を貫通する。だがエネルギーの大方を奪われたため、力なく放物線を描いて地上に落下していく。

 無論、鉄の塊が上空から落下した衝撃だけでも地面を小刻みに揺らすし、地上に激突した衝撃で改めて爆発したりするが。

 飛翔機の方は東に展開される結界の壁を避け、街の北を大きく迂回して離発着を繰り返す。


「モンペリエの、第五防衛陣よ!」「お姉様、凄いわっ!」


 サキュバス達が黄色い声援と共に望遠鏡を向けたのは、モンペリエの街。

 見た目は派手な歓楽街そのままながら、既に非戦闘員が逃げ去り、巨大な軍事基地へと変貌した町。

 その城壁や市街の建物から突き出した幾つもの尖塔が、淡くピンク色に輝いている。

 いや、街そのものが淡い光を放っていた。城壁にすら術式が描きこまれ、光が心臓の鼓動のように脈動している。

 それは、モンペリエ市街と尖塔によって描かれた『増幅』により街と発着場を覆うほどに拡大強化された、『吸収』の魔法陣。

 ブルークゼーレ銀行モンペリエ支店地下の制御室にいるリバスの力。





 モンペリエ、コメディ広場地下。

 地下に掘り抜かれた大きな地下空間。

 本来は暗いはずの地下室が、今は光で満たされている。

 円陣を無数に重ねた魔法陣が隙間無く組み上げられた、その中心にリバスは浮いていた。

 精神を研ぎ澄まし、ひたすらに魔力を放出し、巨大な魔法陣が繰り出す戦術級大魔法を組み上げ続ける。

 彼女の正面、部屋の壁には大きな画面があり、外の状況を逐一映し出している。

 よく見ると映像は街の各所、高い地点から撮影されたものだ。尖塔の頂点近くに撮影用の宝玉が組み入れられているらしい。

 そして今、広い地下空間一杯に黒翼を広げたリバスの前に、空中で制止した大砲弾の映像があった。

 部屋の隅で操作盤前に立つエルフの魔導師達が声を張り上げる。


「全砲撃を阻止!

 光学兵器、戦艦砲弾、共に地上施設へ被弾するも、損害軽微!」

「第五防衛陣、正常に稼働中!」

「飛翔隊全機が離陸を完了しました!」

「よーっしおし、上出来じゃないの~」


 エルフらしからぬ短い報告を聞き、街の防御に成功したリバスは、目を細めてペロリと唇を濡らす。

 胸の前で両手を組み、高速で印を組む。

 その印に合わせて地下空間を埋め尽くす術式も高速で書き換えられ、光を明滅させていく。


「あんたらの粗末なシロモノ、見るのも恥ずかしいのよ……出直しなっ!」


 印が組み終わり、術式が完成する。 

 魔法陣が一際眩しく輝き、新たな戦術級大魔法が発動する。

 大気が鳴動する。

 先ほど地上に落下したり、まだ空中に捕らえられていた不発の大砲弾が、再び宙に浮いた。

 それらは徐々に加速し、ついには衝撃波をまき散らしながら大空へ撃ち出された。

 遙か上空の皇国艦隊へ向けて。





 初速は音速を軽く突破したであろう、投げ返された大砲弾。

 見上げる者達を魅了する空中戦を続ける艦載機と飛翔機の間を瞬時に突破する。

 艦載機の何機かが大砲弾そのものに衝突し大穴が開き、衝撃波で飛翔機が吹き飛ぶ。

 サエッタの機体表面に展開する『吸収』ではエネルギーを吸収しきれず、飛翔機の速力をも上回る速度の衝撃波は避けきれなかったから。

 リバスが打ち返したそれら巨大な榴弾が、艦隊へ襲いかかる。


 残念ながら、多くは当たらなかった。

 さすがに地上から発射した砲弾では、遙か上空へ到達する間に空気抵抗と重力でエネルギーを大方が奪われてしまう。風で狙いもずれる。距離があるため着弾までの間にも艦隊は移動する。

 結局、半分ほどは届かずに落下、残りもほどんどが外れた。

 そして戦艦に当たる軌道にあった大砲弾数発は、再び空中で制止してしまった。

 モンペリエ上空と同じく、戦艦が発生させた障壁に止められてしまったがために。

 運良くインペロ艦橋への直撃コースにはあったのだが、結局は艦橋の窓を振動させる程度のことしか出来なかった。

 ついでにリナルドの心臓も振動させることは出来たが。


「うおおおおっっ……!」


 王太子は、眼前の窓で大砲弾が炸裂する閃光に、目も意識も奪われそうになる。

 隣の参謀長は頭を抱えて床にしゃがみ込んでいる。

 部下から大声で「損害在りません! 障壁正常稼働、魔族からの攻撃は防ぎきりました!」という報告を聞き、ようやく震えながら立ち上がる有り様だ。

 従卒の手にする布で汗を拭かれる二人は、それでもようやく正気を取り戻す。

 艦隊司令官としての威厳を取り戻さんとするリナルドは、震える足を自分で叩いて立ち上がった。


「そ、損害を報告せよ!」

「はっ!

 現在、魔族共の飛翔機を二十機以上撃墜!

 対する我が方の損害は、七機が戦闘不能、八機が魔力補充のため後退しました!」


 部下の報告に、リナルドは改めて目前の画面を睨む。

 確かに飛翔機は撃墜されているのだろう、現に艦橋の窓の向こうでは飛翔機が墜落している。対する艦載機に落下する姿は見られない。

 だが、二十機程度の損害を魔族側が気にするとは思えない。

 なぜなら、どうみても魔族の飛翔機の光点は百を楽に超えているからだ。


 しかもよく見ると、撃墜された飛翔機の機体から脱出した搭乗者の多くが、黒い翼を広げて宙を舞っている。

 そのまま、速度でサエッタに劣る中型機スパルビエロへ取り付こうとしたり、戦艦の障壁の隙を狙うべく飛び回って探っている。

 どうやらサキュバス族が乗り込んでいて、撃墜されたらそのまま機体を脱出、翼を広げて空戦へ移行しているようだ。

 物理攻撃の瞬間だけは『吸収』の障壁を解除しているため、その瞬間は攻撃を受ける危険がある。ただ、攻撃に必要な瞬間に必要な部分だけ解除するだけなため、まだ攻撃を受けてはいない。

 つまり、皇国軍はさしたる損害がないが、魔族側も機体を撃墜されても戦力がさほど減少しない。


「く……空でまで飽和攻撃だと……!?

 う、うおあっ!」


 リナルドの言葉など無視して、今度は大岩が艦橋へ吹っ飛んでくる。

 再び障壁に止められたが、大砲弾より巨大な岩のエネルギーは凄まじく、今度は窓だけでなく艦橋そのものが揺れた。

 再び悲鳴が艦橋を埋め尽くす。

 前進を続けていた戦艦隊は、大岩を受け止めることは出来ても僅かに押し返されてしまう。一瞬だが、各艦の推進力を上回ったのだ。

 負けじと戦艦も障壁を一部解いて砲弾を撃ち返すが、こちらも障壁に止められて被害を出せない。

 そして飛翔機とサキュバスが攻撃の隙を突いて障壁内部へ侵入しようと虎視眈々と狙っているため、連射も出来ない。

 五隻の戦艦は結局、予定通りモンペリエ上空まで来ておきながら、爆撃も出来ずに素通りしてしまった。

 必死に旋回し再び爆撃ルートに入ろうとはするものの、そんな暇があるようには見えない。

 爆弾を落とそうと射出口を開いた途端に、サキュバス達と飛翔機の群が押し寄せるのだから。


 魔族と皇国のいずれも決め手を欠き、戦線は膠着状態に陥った。





「頃合い、だな」


 モンペリエ北に位置する飛空挺発着場。

 その管制室でベウルは一人呟いた。

 総司令官は、左手に装着したルーシュの感触を確かめる。


次回、第二十三章第四話


『出撃』


2012年4月12日00:00投稿予定

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