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補給

「よーっし、さっさと運び込めー」

「急げよ、出撃まで時間はないぞ!」


 インターラーケン山脈西端、ヴォーバン要塞から山を下った渓谷に細長く広がる湖。

 その湖畔にある草原地帯に皇国飛空戦艦隊『Regia Marinaレジーア・マリーナ』は着陸し、本国からの補給を受けていた。

 皇国本土から通常の飛空挺で運ばれてきた物体が、着陸し艦首下の前部貨物室扉を開放した旗艦『インペロ』へ運び込まれていく。

 巨大で頑丈な台車に乗せられ、多くの兵士に囲まれて運ばれるそれは、巨大なガラス瓶を金属の台座にはめ込んだような物。

 ガラス面は曇っており、中身を見ることは出来ない。

 そんな物体が数機の飛空挺から降ろされ、次々と戦艦に収容されていく。


 その光景を『インペロ』の貨物室で眺めているのは、相変わらず眼鏡を光らせる参謀長と、突き出た腹を隠すように白衣に身を包む初老の男。

 参謀長は運び込まれる巨大な機材と手元の書類を見比べている。


「ふむ……注文通り受け取った」

「恐れ入ります。

 では受領書にサインを」


 事務的な問答とサインをササッと済ませ、一息ついた二人は貨物室の荷物を眺める。

 先ほど運び込まれたばかりのそれらは、曇ったガラス面から淡い光を放ち続ける。

 参謀長は、くびれた腰に手を当てて口を開いた。


「やれやれ、『嘆きの矢』を一回最高出力で動かしただけで、これだけの魔力炉が交換とは……先が思いやられるぞ」

「そうですなあ。

 まさか、交換用の予備も数日で使い尽くすとは。早速の大戦果は結構なのですが。

 と……おや?」


 恰幅の良い初老の男は書類をペラペラとめくる。

 何枚かを確認した後、首をひねりながら尋ねた。


「参謀長殿、注文量と交換量が合わないようですが?」

「うむ、良い所に気付きましたぞ、局長。

 機能不全になった魔力炉の多くは、確かにそちらへ整備に回した。

 が、再利用が可能そうな状態の三個は、こちらで使おうと思うのだ」

「はあ……?

 魔力供給源として以外に、再利用、ですか?

 えーっと……」


 局長と呼ばれた男は、目を閉じ腕組みして考えこむ。

 僅かに片目を開け、素早く周囲を確認し、近くに誰も聞き耳を立てていないことを確かめてから、そっと参謀長に耳打ちした。


「……兵共への慰労用に、というのなら止めた方が。

 暴走したら艦が被害を」

「い、な、何を下衆なっ!?」


 顔を紅潮させて怒鳴った参謀長。

 周囲で作業をしていた兵達が、驚いて二人へ目を向ける。

 慌てて二人は咳払いをして誤魔化し、コソコソと小声で話し出す。

 兵達も空気を読んで作業を続行する。


「……そんな下卑た理由ではない!

 ちゃんとした兵器としての使い道を考えてあるのだ!」

「そ、そうでしたか、失礼しました。

 まあ、管理だけはしっかりお願いします」

「うむ、その魔力炉管理のことなのだが、やはり局長が自ら行って欲しいぞ」

「僕が、ですか?」

「そうだ。

 やはり局長自らが魔力炉を管理せねば、この有り様だ。

 これでは艦隊運用に支障をきたすぞ」


 そう言って参謀長は運び込まれた魔力炉を眺める。

 局長は中に収められた子供達を慰みものにすることを考え、参謀長は純粋に兵器として利用することを考えた。

 この場には、孤児院に預けられた子供達を人として見る者はいなかった。

 彼らが見ているのは、あくまで戦場や己の職務のみ。


「しかしそんな、急に言われても……開発局の方が」

「研究なら、大方が今回の遠征で実戦投入されているではないか。現場で運用実績を確認するのも有益だと思うぞ。

 開発局は少々の間くらい、部下に任せてもよかろう?」

「少々と言われましても、どれほどなのです?」

「殿下は早々に終わらせるおつもりだ。

 長くはかかるまいぞ」

「ふむ……来月末は結婚記念日ですので、それまでになんとか」

「助かるぞ。

 なんとかそれまでには遠征を終えよう」


 こうして艦隊は補給を終え、新たな人材も獲得。

 魔界侵攻への布石と準備を整えていく。



 参謀長が局長の旗艦搭乗を報告しようとリナルド殿下の私室前に立つ。

 軽くノックすると、すぐに少年の従卒が中へ招き入れた。

 巨大な飛行戦艦とはいえ、これだけ広い空間を確保するのは無理がなかろうかと思える部屋の一つに、殿下は居た。

 ふかふかの絨毯の上に革張りのソファー、皇太子は渋い顔で座り壁の方を見ている。

 その高貴な目を向けた先には、皇帝の姿があった。

 リナルド皇太子は映像に映し出された皇帝を前にし、眉をしかめている。


「……そうは言われましても、現実には」


 何やら皇帝より、あまり賛同出来ない意見を受けた様子。

 二人は一礼して入室し、目立たぬよう壁際で同じく跪く。皇太子は僅かに一瞥し、そのまま何も言わない。

 黙ったまま皇帝と皇太子の会話に耳を澄ます。


《甘いぞ、リナルドよ。

 魔物共に情けをかける必要は無い。

 オークといえど皆殺しにせよ》

「あ、お、恐れながら、情けではございません。

 現実的に、オークまで一々殺し回っていては、先に進めないと言っているのです。

 一体、どれほどの数と思っているのです?」

《数は関係ない。

 我ら人間の楽園を築くためだ。

 労を惜しむな》


 どうやら、完全な魔族消滅を目指す皇帝と、現実的に困難と気付いた皇太子とで、今後の方針に意見の食い違いが生じたようだ。

 実際に旗艦の艦橋からオークの群を見た参謀長としては、内心は皇太子の意見に軍配を挙げる。

 が、皇帝に軽々しく意見することも憚られる。それに魔族殲滅は国是だ。

 なので参謀長は黙って話の成り行きを見守ることにした。


「第一、オークなど魔法も使えぬ、単に喋るだけの豚ではありませんか。

 食料としても有用でしょうに。

 現に、フォルノーヴォ王国の時代には家畜としていたと」

《言葉を操るだけで十分な脅威だ。

 皇国千年の計のため、僅かな懸念も見逃してはならん。

 そのための力は、艦隊に与えたであろう》

「それは、あるにはありますが……。

 あんな家畜を狩り回っても、魔族共には打撃を与えられません。

 やはり魔王一族を、魔王を倒さねば。

 と、そうだ。参謀長よ、それに局長も」


 呼ばれた参謀長の女は器用に膝を付いたままで進み、皇帝の前に傅く。

 皇帝は僅かに女参謀長と所長に視線をずらしたが、特に怪訝な風は示さない。

 参謀長は皇太子の言わんとしたことを補強する。


「恐れながら、陛下へ上奏致しますぞ」

《前置きは不要だ、申せ》

「はっ!

 リナルド皇太子は魔界本土へ侵攻した初日に魔王一族の一人、ティータンを屠っております」

《その報は聞いた。

 上出来だが、この件と関わりはあるか?》

「はい、実は『嘆きの矢』を旧型魔力炉に使用した際に、本艦の魔力炉が過負荷に耐えきれず出力低下を起こしましたぞ」

《なに、艦は無事か? 作戦への支障は?》

「速やかに予備を起動したため問題はありませんでした。

 また、それら魔力炉は交換済みです」

《ふむ……やはり古代の技には遠く及ばぬか》


 今度は皇帝の方が渋い顔で眉間にしわを寄せ、改めて局長を見やる。

 視線を受けた局長が話を続けた。


「恐れながら申し上げます。

 参謀長から報告を受けましたが、やはり古代技術の復元は、未だ道半ば。

 艦載機への魔力補給やレーダーの長時間運用も考えますと、個々の作戦に置ける魔力消費量管理は厳しく当たらねばなりません」

《……やむを得ぬ。

 お前は艦隊に合流できるか?》

「は、もちろん。

 そのことは既に、こちらの参謀長から申し出を受けております」

《そうか、急なことではあるが、頼むぞ》


 局長は頭を床にすりつけるほどに深く頭を下げる。

 話が途切れた所で、横に控える参謀長は「ところで、魔族殲滅の件なのですが」と進言を重ねる。


「実は参謀本部へ、各所から要望が上がっているのです」

《それは言わんでもわかる。

 手柄をよこせ、であろうが》

「その通りです。

 何しろ、この艦隊には魔界を平らにしてしまう力がありますから。

 平民や下級貴族の連中は焦っておるのですぞ」

《そのためにインターラーケンをくれてやろうと、二年前の奇襲作戦を許可したというのにな》


 この話に、リナルドも渋い顔をする。


「結局、自分達で失敗したではないですか。

 身の程をわきまえぬ恥知らずぶりにも程がありますよ。

 あの失敗のせいで艦隊建造資金が足らず、パッツィ家に借金するはめになったというのに」


 借金、という言葉を耳にした皇帝は、僅かに口の端が引きつったのを、傍観者を気取っていた局長は見逃さなかった。

 局長も皇国の支配者階級の一人として、建国史において『皇帝はゴブリンの金貸しに恥辱に満ちた青春時代を送らされた』話は知っている。なので皇帝が魔族と同じく借金を毛嫌いするのも承知していた。

 その苦難の物語を寝物語として聞かされ続けた皇太子も、借金を嫌悪する風があるのも予想が付く。

 だが平民貧民上がりが多くを占める陸軍の言い分も分からなくもない。

 結局、この件は自分の職務の範疇にないことだと思い、口を挟まないことにした。

 なので、参謀長が話を続けた。


「そうは申されましても……勝利は軍の目標ではありますが、敗北もまた戦の常。

 我ら皇国軍の先人達は、あえて汚泥にまみれ敗戦の苦杯を舐めることで国力を貯める日々を長く送って参りました。

 積もりに積もった汚名を雪ぐ機会を与えるも、また皇帝陛下の恩情を示すことになりましょう」

《……その言や良し。

 軍にあえて『勝ってはならない、攻め落としてはならない』と命じ、恥を重ねさせたのは余であった。

 魔力炉の件もあるしな》

「御意」

《では、リナルドよ。

 雑魚に構わずとも良い。それは後で陸軍に任せよう。北や東から打って出る魔族どもがいれば、そちらの相手をさせておこう。

 魔王一族を、魔王を討ち果たせ》

「はっ!

 必ずや、例の失敗作の首を持ち帰り酒杯を上げましょう」


 かくして作戦の概要は決定して通信は終了した。

 話を終えたリナルドは自分でワインをグラスに注ぎ、一気にあおる。

 ぷはっ、と喉を潤した所で、参謀長と局長へ腹に溜まった物を吐き出した。


「まったく……父上の魔族嫌いは限度を知らん!

 オークみたいな家畜まで皆殺しって、無茶苦茶を言うな! 生かしておけば使えるというのに!

 このレジーア・マリーナは牧羊犬じゃないんだぞ!」


 参謀長は立ち上がって、まぁまぁと妻のように王太子の肩を撫でる。

 隣で頭を上げた局長は、リナルド王太子の前でありながら許しもなく立ち上がり、親しげに体に触れる女参謀長の姿に、驚きこそしないが目のやり場に困る。

 しょうがないので咳払いした。

 慌てて人目があったことを思い出し、参謀長は背筋を伸ばして襟を正し、王太子もグラスを置く。


「お、おう、局長も楽にしろ。

 それで、お前も来てくれるのか」


 ようやく立ち上がった局長は改めて王太子に礼をした。


「そういうわけでして、艦隊に参加させて頂きます」

「よろしく頼むぞ」

「微力を尽くします。

 オークを無視出来るなら、魔力炉への負担も軽くできます」

「豚だけでなく、失敗作共以外は全て無視するぞ。

 これ以上余計な足止めをされては玉座が遠のくばかりだ」

「良いのですか?

 オークのみ無視という命と見受けましたが」

「構わん!」


 吐き捨てるように怒鳴る王太子。

 その剣幕に局長は驚いて後ろに下がり、頭を下げる。

 部屋の外に控える従卒まで驚いて身をすくませる。


「もう俺は父上の玩具ではないのだ!

 俺は父上とは違う、魔族なんぞどうでもいい!

 こんな国から遠く離れた魔界まで来て、一々父上の顔色など窺っていられるか!」


 まくし立てて息を切らせるリナルドへ、従卒ではなく参謀長がワインを差し出した。 ワインを飲み干し一息ついてから、再び急ぐ理由を語り出す。


「それにな、グズグズしていると、また姉上達が妹達と組んで、余計な真似をし始めるぞ。

 まだ父上も健在で、俺の立太子の儀も済んだというのに、未練がましい」

「まったく、困ったものですぞ。

 借金が膨らんで領地経営も火の車だというのに。

 どうして陛下の堅実で慎重なお人柄が、殿下にしか受け継がれなかったのか、不思議でしょうがありませんぞ」

「父上にしてみれば、女だから皇位に無縁、せいぜい政略結婚に……というところだったのだろうがな。

 我が侭放題にもほどがある」


 心底嫌そうな顔のリナルド、頷き同意する参謀長。

 局長は、冷や汗をハンカチで拭きながら「はあ……」と無難に流した。

 下手に発言すると、耳を澄ませる皇女達とその嫁ぎ先が聞きつけて、自分の立場が危うくなりかねないことを知っていたから。

 この艦隊の兵士達、この部屋にいる従卒達、その中に金を握らされた者がいないはずもない。

 なので、当たり障りのない話へ変えることにした。


「それで、殿下。

 艦隊はこれからどこへ向かうのですかな?」

「ああ、それなら……おい、魔界の地図をもて」


 部屋の外に控えていた従卒が呼ばれ、机の上に魔界の地図が広げられた。

 インターラーケン戦役から帰還した兵士達や、魔界に潜入させた間者から取得した魔界の地図、その南方の一点を指す。

 それは、モンペリエ。


「ここに魔物共の大きな巣窟がある。

 確か、モンペリエと言ったか」


 参謀長もモンペリエを指し示し、その指をすっと北へ走らせる。

 よく磨かれた赤い爪が辿り着いたのは、ルテティア。


「魔王は、このルテティアという魔物共の街に住み着いているそうですぞ。また、大規模な飛空挺発着場があるそうです。

 ここを攻めるには、モンペリエを潰して後顧の憂いを無くすことが肝要。

 局長、交換した魔力炉の調製にどれくらいかかる?」

「まあ、二日もあれば」

「三日後の周辺の天気は、アンクの予報では晴天ですぞ」


 バンッ、と皇太子は勢いよく机を叩いた。


「ならば決まりだ!

 三日後、このモンペリエを叩く!」


次回、第二十三章第二話


『Perso(喪失)』


2012年4月10日00:00投稿予定

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