新兵器
管制室の大きなデスクに所狭しと並べられた裕太の荷物。
それはお届け物とか手土産とかいう言葉の似合わない、剣呑な代物の数々。
端的に言えば補給物資、新型兵器の配備といって差し支えない。
例えば今、彼が右手に装着して重そうにしている物体は過去になかった武器だ。
「……これがインターラーケン戦役で奪取した光学兵器を元にした、携帯型多銃身式魔力砲です」
周囲に集まるワーウルフ、エルフ、ドワーフ、妖精などが興味深そうに新兵器を見つめている。
裕太も誇らしげに、得意げに武器の解説を続ける。
「ボクの国にもガトリングガンとかバルカンホウとか呼ばれる、似たような兵器があるんですが、それをモデルにしています。
Rucheと名付けました。
この多銃身がジュンバンにビームを発射することで銃身と宝玉への過負荷を防ぎ、連射性能が向上しました。
全砲身でイッセイ発射も出来ます。その場合は連射できませんが、手元のレバーで焦点を前後にイドウさせれるので、威力はゲキテキに上がりますよ。
また、銃身の一本が失われても残りはエイキョウなく機能しますので、信頼性も高いでしょう。
恐らくベウル司令なら片手で軽く扱えるのではないか、と設計してもらいました」
確かにそれは、先端に宝玉が付いた棒を幾つも装着したベルトを、腕の周りに巻いたかのような外観をしている。
その一つ一つが魔力式レーザーガン。
宝玉や砲身の形状がインターラーケン戦役で使用されたものとは全く異なるので、ルテティアで独自に開発したのだろう。
重いルーシュをテーブルに戻し、次に大きく太い矢のようなものを持ち上げる。
その矢は先端に赤い宝玉が付き、全体にびっしりと術式が描き込まれている。
「これも皇国のマジックアローをサンコウに開発されたものです。
本体そのものを携帯可能なほど小型化してもらいました。ですが先端の宝玉の爆発力はコウジョウしてます。その他の弾種もあります。
このマジックアローを、そちらにある発射筒にソウテンして発射して下さい。
そちらの箱に入っているのは、この先端に付いている宝玉と同じ『爆』が付与されたもので……」
まさに救いの手。
極端に分散して配置された魔王軍戦力において、これだけ高品質の武具やマジックアイテムが一カ所に集中しているのは貴重だ。
これでモンペリエ周辺の戦力が集結するまで一息着ける……と、安堵した空気が流れる。
もちろん皇国艦隊が魔王軍集結前に襲来する、と決まったわけではない。だがそのような事態が生じても在る程度は対応出来る、という事実は確実に兵や将を安心させた。
そんな中、カシャンッ! と軽い金属音が部屋の隅から生じる。
手にしていた最新の武器に向けていた目が、音の主へと向く。
それはベウル。ただし先ほどまでとは装備が違う。
さっきまで装備していたのは、数多くの宝玉が装着された漆黒の鎧。チェインメイルの上に胸当てや脛当てが着けられたもの。
だが新たにまとった鎧は、それとはデザインが根本的に違った。
チェインメイルではなく頑丈そうな布を下地とし、体の重要な各所を最小限だけ金属で防御している。
色もさきほどの吸い込まれるような黒から、赤を基本として各所に青いラインが入っている。術式ではなく、単なる飾りとして。
なにより違うのは、背中にトンボかカブトムシのような羽がついていること。サイズとしては大きくないが、こちらは単なる飾りとは見えない。
他にもゴテゴテと色鮮やかな宝玉が装着された新型の鎧をまとった狼頭の王子は、落ち着かない様子だ。
「う、うぅむ……これが父上から下賜されし、新たなる鎧か……。
父上に背くわけではないのだが、この派手さは……どうにかならなかったのか?」
派手。
確かに派手すぎる。
裕太も最初にこれを目にしたとき、「どこのロボアニメだ」と呆れた。
こんな鎧をまとって戦場へ赴いたら、余りにも目立ちすぎる。
魔王一族は最前線へ立つこともあるというのに、これでは狙って下さい殺して下さいといわんばかり。
そんなベウルの不安不満も理解出来るので、裕太は苦笑いしてしまう。
「申し訳ありません。
実はその鎧は、インターラーケン戦役で勇者が使用した品をカイゾウしたものなのです」
「なにっ!? 勇者が、だと……?」
途端に忌々しげに自分を包む鎧を睨み付ける。
西部方面を長く守り続けた司令官として、宿敵の鎧で己の身を守ることは矜持が許さぬ、といったところか。
「はい、インターラーケン戦役では複数の勇者がトウニュウされたことはご存じと思います。
多くはジバクし装備も砕けましたが、一体分のみ無事にニュウシュできたのです」
「そうか、あれを手直ししたもの、というわけか」
「はい。
抵抗があることはショウチしています。
ですが今は魔界ソンボウの危機、敵の力すらワが物にしてこそ、勝機はあります」
「く……言われるまでもない!
だ、だが、この、モンペリエのカジノか娼館の看板みたいな出で立ちは、どうにかならなかったのか!?」
確かに、目立つを通り越して、いっそ子供向け英雄活劇の役者。
周囲の部下達も、ある者は必死で笑いをこらえたり、またある者は羨望の眼差しを向けたりと、反応は様々。
実は勇者達の武具はド派手というのが共通している。
不死不滅であるが故に死を厭う必要が無く、むしろ自らに注意と攻撃を集中させて一般兵への被害を軽減させるため。
実際、パリシイ島の戦いに投入された勇者達は、原色に彩られた服を着ていた。
小姓として暗殺の機会を狙っていたティーナのように、目立たない姿をしていた勇者もいる。が、それは任務の性質による。
ベウルは質実剛健で実務的、派手さを嫌う性格だったようで、この見て下さいと言わんばかりな出で立ちは、全く気に入らなかった。
むしろ一生の恥だ今すぐ脱ぎ捨てたい、とすら思えているのは間違いない。
そんな司令官の姿を、裕太は気の毒そうに眺めている。
「その、お気持ちはジュウジュウ承知しますが、どうかごヨウシャを。
色までヌり直す暇が無かったそうなのです。
皇国の襲来は今日アスやもしれません。どうか今は……」
歯ぎしりして目を伏せる司令官。
これが人間やエルフだったら、顔を真っ赤にしているのが見えたろう。
だが顔も白い毛で覆われる狼頭の王子ゆえ、顔色までは分からなかった。
「や、やむを得まい……誇り高き狼の血も、死ねば犬畜生と何ら変わらぬ。
魔界の民を守るべき将の責に比すれば、俺の下らぬ誇りなど泥中に投げ捨ててくれよう」
「ミゴトな覚悟です。
では、こちらのルーシュもお持ち下さい。
閣下の魔力であれば、そうそうは魔力ギれを起こさずに戦い抜けるでしょう」
「心得た」
ルーシュを左腕に通し、しばらく構えたり軽く振ったりを繰り返すベウル。
始めこそ不満げだったが、ほどなくして満足げかつ嬉しそうに新たな武具を眺め、なでだす。
どうやらこちらは相当に気に入ったらしい。配下の数人を連れて司令室を飛び出し、発着場の端へ走っていく姿が見えた。
そして、適当な木々へ狙いを定める。
光の大蛇が産まれた。
極太の蛇のように見えた光は、どうやらルーシュを構成する全砲身で一斉発射をしたものだったらしい。
焦点を合わせず適当に放っただけのそれは、標的となった憐れな木の幹を消し飛ばしていた。しかも、その射線上にあった背後の低木やヤブの枝もまとめて。
林に、一瞬で大穴が空いた。
その有り得ない威力に、管制室から見下ろす兵や管制官もどよめき、歓声を上げてしまう。
裕太が持参した新兵器群を一通り並べ、整理し終えたツィンカの青い瞳は、荷物の一番底に畳まれていた布を広げてみた。
それは大きく丈夫な白い布。
何本か紐が取り付けられ、フードやマントや風呂敷や、固いけど布団代わりにしても良さそうな大きく丈夫な布。
ああ、風呂敷ね……と呟いたツィンカは畳み直して荷袋の一番底に戻そうとする。
けど裕太は視界の端に映った布を見て、慌てて駆け寄ってきた。
「あー、マって!
それも新兵器なんだ」
「新兵器? これが?
ただの布のようですけど」
「うん、ただの布のように見えるよ。
でもね、これこそが今回の戦いでイチバン重要になる、かもしれないんだ」
微妙な言い回しに、カルメンも布をよく見直してみる。
だが、どう見ても触っても、ただの布。
畳み直された布を、裕太はツィンカの手から受け取る。
「これもベウル司令官用なんだよ。
ワタしてくるね」
「あ、はい。
それと、こちらの品々はどうしましょうか?」
「もう司令官に引きワタしたから、あとは軍で自由に使っていいですよー」
声を張り上げながら管制室を走り出る裕太。
引き渡しを受けたベウル配下の将らしき者達が、我も我もと宝玉や兵器を手に取り、確かめていく。
裕太の従卒であるブリュノ達と、カルメン・ツィンカの二名は裕太の後を追う。
発着場の横、まるで新しい玩具をもらった子供のようなはしゃぎよう、というほど可愛い外見ではないが、とにかくベウルはルーシュの試し打ちに熱中していた。
後ろに控える部下達も、どうやら秘書の女性武官達が、直立不動なままで司令の試し打ちに付き合っている。
背後から畳んだ布を手に歩いてくる裕太へ、秘書官の一人が応じた。
「司令は今は取り込み中ですので、小官が対応します。
その布は何でしょうか?」
「これはボクからの、閣下への献上品です」
その言葉に、試し打ちに熱中していたベウルの試射がピタリと止まる。
左腕のルーシュを秘書官の一人に預け、カシャカシャと見た目のわりに軽い音を立てながら司令の方から歩み寄ってきた。
「ほほう、ユータよ。
卿からの献上品、だと?」
「はい。
今回の戦いでは、オソらく役立つかと思います」
差し出された布を、司令はすぐには受け取らず、じっと見つめる。
何かに気付いたか、素早く印を組み呪文を唱えた。
布へ向けて照射された魔法、それは物質を詳細に調べるための魔法、『探査』。
すぐに印を解いた狼頭の王子は、布を受け取りマントとして体にかけた。
「抗魔結界、か」
「はい。
ボクが持っていた地球のシナを材料に編まれた布地です」
その言葉に、秘書官の一人が考え込む。
ほどなく考えがまとまった狼女は踵を鳴らして進言した。
「司令!
チキュウの品が持つ抗魔結界は強力であり、一切の魔力を消去してしまうとのこと。
それを身にまとっていては、司令自身も魔法が使えなくなります!」
「ショウチしています」
返答したのは裕太。
その不安については彼自身も予め考えていたろう。当然のように説明を続ける。
「そのためのルーシュなのです。
それは砲身内部に魔法陣が収まっているため、また発射されるレーザーは純粋に光であるため、マントの抗魔結界に影響を受けません。
鎧も同じです。
そのマントをまとう最大の利点はレーダーを無効化することです」
地面を踏み鳴らしながら解説を続ける。
後ろのブリュノ達も、秘書官も、司令も彼の言葉を黙って聞く。
「インターラーケンで使用された彼らの兵器は、レーダーが中心となってキノウしていたそうです。
まずレーダーが目標を捕らえ、その情報を受けトった砲手が目標のいる所に砲撃したり、魔法の矢が目標めがけてトんだりするんです。
なら、抗魔結界でレーダーを無力化すれば、少なくとも魔法の矢や大砲のタマはトんで来ません。
また、皇国が復活させた最終兵器がどのようなモノか分かりませんが、いまだ魔王一族以外に使われていないところを見ると、使用条件はキビしいのでしょう。
ならば司令の存在をレーダーからカクすことは有効なはずです」
おお、なるほど……! と、感心した秘書官達の声が上がる。
カルメンとツィンカは手を繋いで飛び上がって喜ぶ。
「すっごいですわ!
これで皇国軍なんか軽く倒せますわね!」
「ベウル閣下なら必ず皇国艦隊を潰せますよ」
「何を言ってるんですか。
そんな簡単な話なワケがないでしょう」
サキュバス達の楽観を即座に否定するのは、マントを献上した裕太自身。
彼女たちは「え……?」と呻いたまま言葉を失ってしまう。
「司令ジシンが出陣するとき、それは味方がオされているときです。
そして司令が倒れれば、戦線がカンゼンに崩れます。リバス様では戦線を維持出来ないでしょうから。
あとはルテティアへ何の抵抗もなく攻撃に向かわれてしまうでしょう。そしてベウル閣下と西部防衛軍を突破するような相手では、魔王陛下もタダでは済みません。
これは、イチかバチかの賭けのための武具なんです。
本来、司令が出るような状況がツクられてはいけないんですよ」
その悲観的な言葉に、手を取り合って喜んでいた女性達もシュン……と小さくなってしまう。
対するベウル司令はといえば、嬉しそうに頷いていた。
「うむ、良く理解しているな。
どうやら軍師として基本的な所は身につけているようだ」
「いえ、まだまだです。
なにしろジッセン経験がほとんどありませんから。
コタビの戦い、円卓会議や将の方々のアシデまといにならぬよう気をつけます」
「殊勝な心がけだな。
だが戦場においては『機を見て敏なること』という好機を掴み速やかに動くこと、『敵に致して敵に致されず』という主導権確保も肝要だ。
慎重で謙虚なだけでは勝機を掴めぬ。
まずは生き残れ、そして場数を踏め。いずれ良き軍師になるがよい」
「御意」
深々と頭を下げる裕太。
その横を、轟音を上げて飛翔機が着陸する。
インターラーケンから吹き下ろす春風とはまた違う、推進器が吐き出す突風が一同に叩きつける。
それは、周辺都市に分散させていた飛翔機の一機。
白いマントを風になびかせるベウルが見上げた先には、飛翔機の編隊が空を駆ける姿があった。
「おお、まさか、こんなに早く駆けつけるとは……!」
感動に打ち震えたベウル司令は、腰を落とし印を組んで精神を集中する。
マントの背後が風にめくれ上がり、トンボのようなデザインの羽が広がり、風を巻き始める。
皮長靴と鎧に包まれた足が地面から音もなく離れた。
徐々に上昇する彼の体は見る間に加速し、あっと言う間に天空へと飛び去っていった。
地上に取り残された人々は鳥のように、いや鳥よりも早く空を駆ける司令の姿を、憧れと共に見上げる。
「どうやら鎧も上手くキノウしてくれたようですね」
空に一列の編隊を組み、翼に雲を引いて旋回する飛翔隊。
急上昇から水平飛行へ移り、飛翔隊を誘導するように飛ぶベウル司令。
そして空の彼方、小さな点が列となり、徐々にその姿を大きくする。他の基地からも続々と飛翔隊が集結しつつあるのだ。
ツィンカとカルメンは、黒翼を大きく広げはためかせ、頼もしい援軍の来訪を喜んでいる。
「すっごぉい……こんな、こんなに味方がいたなんて……」
「もしかして、勝てる?
モンペリエを守れるの!?」
「ええ、魔王軍が守ってみせますよ」
とたんにサキュバスの美女に左右から抱きつかれた。
胸の谷間にのぞく小麦色の肌を押しつけられ、彼は嬉し恥ずかし困り顔。
「頼もしいですわ!」
「お願いします! モンペリエを守って下さいね!」
「わ、分かってますよ!
分かってるから、ハナれて下さい!」
「そんなつれないことを言わないで下さいな。
お姉様からは伽も命じられていますので」
「溜まったときは遠慮無く仰って下さいね。
皆で楽しい夜を過ごしましょ」
「だーっ! やっぱりあの姫様苦手だー!」
こうして、モンペリエに魔王軍西部防衛戦空戦力は集結した。
決戦の日は目前に迫っている。
魔王軍の迎撃態勢は整った。
皇国艦隊も進撃準備を整えつつある。
戦いの時は目の前に。
次回、第二十三章『RegiaMarina』、第一話
『補給』
2012年4月9日00:00投稿予定




