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第五防衛陣

 二つの地下空間は、一方は金銀財宝で満たされ、もう一方は巨大術式で満たされていた。

 ゴブリン達は財貨の運び出しに忙しく、エルフ達は魔法陣の稼働を急いでいる。

 その中で怒鳴りながら走り回る数名のワーウルフ。その中でもっとも偉丈夫は、ベウル西部戦線司令。

 他にもモンペリエ市民であろう老ゴブリンや、サキュバスなども印を組んだり瞑想したりしている。

 司令は部屋に入ってきたロートシルト支店長とリバス姫の姿をみると、早足で駆け寄ってきた。


「ようやく来たか!

 支店長よ、制御室の維持管理、大義であった!

 現在の所、稼働に問題ない!」

「どーも。

 でも司令官様よ、もうちっと小さい声で頼むわ。

 まだ耳は達者なんでな」

「おっと、すまんな。つい声が大きくなるのだ。

 それとリバスよ、地上の陣の方も問題はなさそうだ。

 試運転は任せる、後は円卓会議の指示に従え」

「分かったわ、て、え?

 これ、あたしが動かすの?」

「当然だ!

 俺はこれから発着場へ行かねばならん!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 妹の制止など聞く耳持たず、再び兄は慌ただしく飛び出していった。

 置いて行かれたリバスは、サササ……と寄ってきたエルフ達に自然かつ有無を言わさず魔法陣の中心へ連れて行かれる。

 結局、ベウル配下の円卓会議所属エルフの言われるがままに、そのままあぐらをかいて瞑想を始めた。

 室内にいた老ゴブリンやエルフやサキュバスなど、見るからに魔導師や高い魔力を秘めた者達も、女領主の周囲に座り瞑想し始める。

 すると魔法陣の輝きが増していく。

 脈動するように光の波を生み、壁や天井を埋め尽くす術式も組み替えられたり円と線が追加されたりと、まるで生きているかのように変化していく。

 制御室内の姫と術者達は、一つの術式を組み上げようとしているようだ。


 室内の隅には魔法陣が描かれていない場所もあり、そこには台座に置かれた幾つもの宝玉があり、術式形成に参加していない術者達が操作している。

 部屋の入り口には何が何やら分からないカルメンとツィンカと裕太。そしてロートシルト支店長。

 結局、彼はここまでの移動中、第五防衛陣についての説明を受けることは出来なかった。その暇が無かったから。

 しょうがないので、目の前にいる支店長に尋ねることにした。


「あの……それでケッキョク、第五防衛陣って何なんですか?」


 その質問に、ホブゴブリンの支店長はあからさまな軽蔑の視線を返してくる。


「あんだぁ?

 おめえ、軍師のくせに第五防衛陣を知らねえのか?」

「はい、すいません。

 どういうわけか教えてもらえなくて」

「はー、しょうがねえヤツだな。

 ま、どーせ信用されてねえっつーよか、エルフ共の新参イビリなんだろうけどよ」

「えっと、どちらかというと、そこまで軍師の教育がススむ前に前線送りになったというか」

「んな内輪話は後にするとしようや。

 まあいい。教えてやるが、第五防衛陣ってのはな、簡単に言うと『増幅』だ」

「ゾウフク?」

「ああ、魔法を増幅すんだよ。

 おめえ、各直轄都市が魔法陣として設計されてるのは知ってっか?」

「ルテティアでは魔力集積陣がクまれているとは聞いてます。

 えっと、モンペリアでは?」


 ちらりとカルメンに目をやれば、金髪を上下に揺らして説明してくれた。


「もちろん、モンペリエも魔法陣として設計されてますわ。

 建物の建築制限もしっかりしてますので、陣は今でも維持されてるはずですよ。

 正直……『カジノと宿屋の増築を』という声を抑えるのは大変でしたが」

「で、それとは別に、街のあちこちに尖塔が立っているのは知ってますでしょ?」


 ツィンカの言葉に記憶を辿ってみれば、確かにルテティアでもモンペリエでも街の各所で尖塔を目にしている。

 何の役に立つのかは、彼は説明されていなかったが。


「あれは、非常時に発動する魔法陣の一部、という話だったのです。

 でも何の陣かは知らなかったのですが、そっか、『増幅』だったんですね」


 軍事顧問のはずの裕太のみならず、リバス直属の部下たる二人のサキュバスまで第五防衛陣を知らなかったという有り様。

 茶色い肌の支店長は、思わず肩をすくめてお手上げの仕草をしてしま。


「呆れたもんだなあ……」


 顔を赤くして俯いたりモジモジしたりな三名。

 とにもかくにも支店長は話を続ける。


「とにかくよお、この制御室で使った魔法は、地上の街路で造った魔力集積陣に集まった魔力で増幅されて発動するワケよ。

 それが『念動』なら強力な念動が、『炎』なら高熱の炎が撃ち出されるわけだ。

 敵が襲ってきたときのための切り札だぜ」

「なーるほど」


 そんな説明をしている間にも巨大魔法陣は脈打つ。

 脈打つごとに、波が砂浜を浸食するように、部屋の外へと陣が大きくなっていく。

 が、ある場所で拡大が止まった。それは裕太が立っている地点。

 とたんに瞑想をしていた者達が目を見開き、リバスは彼を睨み付けた。


「ちょっと!

 あんた、なんで邪魔するのよ! てか、どうやって邪魔してんのよ!?」

「へ?」


 いきなり怒られた裕太が足下をみれば、なるほど彼の立っている地点から先に魔法陣が広がれなくなっている。

 抗魔結界のせいで『増幅』が消されてしまったようだ。

 円卓会議の構成員であろう、宝玉を操作しているエルフ達も口々に苦情を投げかけてくる。


「貴公はユータ卿だね? 卿がいると制御室が機能出来ない」「早く出て行ってくれ!」

「す、すいません!」


 慌てて一礼し、階段を駆け上がって地上階へ出る。

 で、地下へ振り返って頭をボリボリ掻いてしまう。


「あっちゃー、リバス様のところからも追い出されちゃった……どうしようかな?」


 行く当てがなくなって途方へ暮れたところで、なにやら銀行前から聞き覚えのある声が響いてきた。

 どうやら押し問答をしているらしい声の主は、アロワとシリル。

 後ろにブリュノを連れているボア族達は、大荷物を抱えている。





「くうぅ~……あ、あそこで赤モアの7がくるだなんてえ~……。

 お、女はこえーだよお~」


 どうやらあっと言う間にカジノで餌食にされてしまったらしいブリュノは、泣きながら大荷物を背負っていた。

 押し問答は、銀行の中に入った裕太へ荷物を届けたい彼らと、正体不明のボア族を入れまいとする警備との小競り合い。

 裕太が銀行前へ出て、荷物の山を軽くチェックする。


「ん、ゼンブ持ってきてくれたようだね」

「んだよ、ユータにいちゃん」

「んじゃこれ、どこにもってくの?」

「さーて、それなんだけど……」


 首を捻って考えようとした彼の後ろに、カルメンとツィンカがフワリと舞い降りた。

 気の毒そうな顔で、二人は彼の前に跪く。


「ユータ卿、申し訳ありません」

「せっかくお姉様へご助力下さるというのに、この仕打ち。

 無礼は我らが代わって謝罪致します」

「あー、そういうのはいいですから、立って下さい。

 それでお二人は、リバス様の方はヨいのですか?」

「はい。

 私とカルメンはユータ卿がモンペリエに滞在される間のお付きを命じられておりますので」

「なるほど、タスかります。

 それじゃ、この荷物を運びたいんですけど」

「彼らが背負ってる荷物ですね。

 ではどちらへ?」

「発着場へ」





 騒乱に満ちた夜を切り裂く朝日。

 プロウィンキアの北東に位置するインターラーケン山脈から吹き下ろす強風が木々を揺らし、塵や葉っぱを舞い上げて吹き荒れる。

 この風は冬から春にかけて吹き荒れる、冷たく乾いた風。毎年の風物詩なのだが、今日に限っては風だけが寒さの原因ではない。

 この地を歩き、走る者達の姿が、余りに寒々しかった。それを見る者達の心も渇き荒んでいく。

 朝の光はモンペリエの混迷を収めるどころか、さらに悪化させるかのよう。


 のどかな田園地帯を貫いて走る主な街道は、暗いうちから既に荷車や荷袋を担いだ避難民で埋め尽くされていた。

 西部防衛戦とモンペリエの間にいた村落のオーク達が、前線から後退してきた兵士達から事情を聞き、逃げ出したのだ。

 これに後退してきた兵士達の群も重なり、大混雑に陥っている。

 民は北へ、西へと逃げる。兵達はモンペリエ周辺に留まり、駐屯地というよりは雑多な野営地を形成する。

 西部戦線司令官ベウル王子指揮の下、当初の『戦力を集中させず、皇国軍の突出を誘いつつ緩やかに後退』という作戦は放棄され、モンペリエに兵力が集中していく。

 この街が皇国艦隊を迎撃し侵攻を食い止める防波堤となることは、オークの子供でも分かるほど明らかだ。


 皇国の飛空挺艦隊と、その信じがたい攻撃力については、あっと言う間に街にも軍にも広まってしまった。

 ほんの数年前の魔王軍なら、竜騎兵団でも太刀打ち出来ない敵の新兵器に恐れをなして、ティータン王女を失ったこともあり、一気に瓦解するところだったろう。

 だが、兵達には希望があった。

 このモンペリエの街には、遙か上空に浮かぶ敵を撃つための新兵器が存在したから。

 二年前のインターラーケン戦役で初めて投入され、去年から本格運用が始まった新兵器が飛空挺発着場にあることを、皆は知っていた。


 飛翔機。


 魔界側の新兵器。

 推進器によって魔力を直接に推進力へ変換する、飛翔用アイテム。

 ワイバーンでも気温気圧が低く飛行出来ない高度まで急上昇出来る、速度も比較にならない。

 垂直離着陸機として開発されたため、実に多様で変幻自在な飛行が可能。

 まだ空戦の実績が無いため武装は知られていない。だがそれでも飛翔機なら、飛翔隊なら対抗出来る。そう期待されていた。

 それは一般兵のみならず、司令部も同じだった。



「……そうだ! サンゴニ、トー、その他全てへ伝令を飛ばせ!

 モンペリエ後方の各都市に分散させた飛翔隊を、全てモンペリエに集めるのだ!

 奴らはルテティアへ向かう前に、後顧の憂いを消すため、必ずモンペリエへ来るぞ!

 ここが魔界の命運を賭けた決戦の地と知れ!」

「司令!

 ルテティアのネフェルティ王女より返答です。

 キュリア・レジスからにょ新型飛翔機『Meteorミーティア』が配備されるまで時間を稼いでくれると嬉しいんだにゃー、以上です!」

「新型か……ルヴァン兄上は何日かかると?」

「ルヴァン王子からではありませんが、円卓会議飛翔機開発所からの報告です。

 どうしても十日はかかる、とのことです」

「十日……あの艦隊を相手に十日、か……周辺の飛翔機全てを集めて、どこまでやれるか……そもそも集結が間に合うか……?」


 モンペリエ北の飛空挺発着場。

 裕太達がルテティアから乗ってきた中型機が離発着できるほど広大な敷地を持つ、立派な発着場だ。

 さすがに広大な発着場全体を管理するため、これを管理するために特別に造られた建物は高い塔を持ち、見るからに頑丈そうだ。

 その管制塔の最上階、真っ平らな四角い地面を見下ろす管制室にて、漆黒の鎧をまとうベウル司令官は大声で指示を飛ばしていた。

 徹夜で指示を飛ばし続けたのだろう。目はかなり血走り疲労が見える。舌を口からだらんとたらして荒い呼吸をしているのは、犬や狼の身ゆえに。

 彼の部下達も不眠不休で走り回り続けたのだろう、決戦を前にして既に倒れそうな有り様だ。


 そんな中、裕太達は大荷物と共に司令室へ現れた。

 さすがに混乱していたか。緊迫した室内へ、まさにノコノコという感じで誰に見咎められることもなく入ってきた。

 管制室のデスクに地図を広げ、絶望的な状況に頭を抱えて呻くベウル司令の横に、すんなりと立ててしまう。

 場違いな雰囲気を感じ居心地の悪さにモソモソモジモジする彼の姿が、更に彼を浮いた存在として目立たせてしまっていた。

 なので、左に進み出る裕太の姿へベウルもジロリと目を向けた。鎧に装着された数多くの宝玉もギラリと光る。


「……何の用だ!」


 苛立ちを全て叩きつけるかのような怒鳴り声。

 身をすくめ、目を閉じそうになってしまうが、どうにかこらえて司令に敬礼する。


「べ、ベウル閣下。

 スコしのお時間をよろしいでしょうか?」

「妹の方はどうしたっ!?」

「あ、あの、制御室は魔法陣でイッパイで、抗魔結界を持つボクがいると、ウゴかなくなると……」

「なにっ!? ……ああ、そうか。それも道理か。

 で、俺に何の用だ?」

「魔王城より、ベウル司令へおトドけ物であります!」

「なに? 城から、だと?」

「はい。

 ルテティアの各工房、エルフ研究者、ゴブリンの銀行家など、皆が知恵と力の限りを尽くし」

「前置きはいらん!

 見せろ!」

「は、はい!」


 ブリュノ達が魔王城から運んできた大荷物、カルメンとツィンカも手を貸して広げていく。

 デスクに広げられた地図のまた上に並べられた品は、実に様々だ。

 周囲を走り回っていたワーウルフを始めとした部下達も集まり、裕太達が運んできた品々を吟味する。

 疲れ果てた彼らの瞳には輝きが戻り、生気に満ち始める。

 それらはまさに垂涎の品々、小型ながら高性能な新兵器の数々だ。


次回、第二十二章第八話


『新兵器』


2012年3月30日00:00投稿予定

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