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制御室

 サキュバス族というのは、他の種族と同様に各小部族の総称である。

 ワーウルフに柴犬風やドーベルマン風、チワワやその他色々の風貌の者がいるのと同じく。サキュバスも人間族風、ゴブリン風、ワーキャット風と多くの種類がいる。

 共通するのは女性であることと、背中に黒い翼を持つこと、そして生来の高い魔力を持つこと。

 だが今夜、もう一つの共通点が加わった。

 皇国の侵攻に恐れおののき混乱状態になっているということだ。


 街灯と松明、そして派手な看板に浮かび上がる夜の街は、裕太達が訪れたときとは違う種類の喧噪で満ちていた。

 ワーウルフの酔っぱらい達、恐らくは休暇中だった兵士達が大慌てで店を飛び出し、いずこかへ走っていく。

 大八車のような荷車に荷物を積み込んでいくオーク。

 招集と点呼のために怒鳴り声をあげるドワーフ。

 斥候のため飛び立つ妖精。

 身一つでさっさと逃げ出すワーキャット。

 その他の種族も戦いに備えて集結し、戦場から逃れるために荷物をまとめ、酔いすぎた者達がフラフラで前後不覚のまま放り出される。

 なにより、黒翼の女達が街の上空を慌ただしく飛び回る。その姿はゴブリン、ワーキャット、エルフと様々だが、全て黒翼を持つ女性なのは共通だ。

 そして、予想外の防衛線崩壊と皇国艦隊襲来に混乱し右往左往している。

 そんな中、彼女たちは街の中心にあるコメディ広場へ向かうリバス領主の姿を発見した。

 闇雲に飛び回っていた女達が、裕太を抱き抱えたままの女領主の周囲に殺到する。


「お姉様! これって一体、どうなってるの!?」「西部戦線が崩壊とか、司令部が逃げてきたってマジぃ?」「いやーんもう、お得意様達も店を飛び出しちゃうし、どうすればいいのよー」「ティータン様も討ち死にされた、なんて噂まで飛んでるよ!」

「落ち着いてっ!

 いい? みんな、静かに話を聞いてちょうだい」


 リバスは手短に事情を語る。

 皇国の新兵器を搭載した艦隊により、西部戦線は後退せざるをえず市庁舎を仮の司令部としたことを。

 突き付けられた事実に、女達は目を見開き口を覆い、頭を抱えて悲鳴を上げる。

 さらに説明を続けようとしたリバスだが、腕の中にいる裕太が「マって、それ以上は後で」と小声で静止する。

 領主は口を閉じ、大きく息を吸って、力の限りに声を張り上げた。

 魔力で増幅された音声が、町中に木霊する。街中にいる全ての者に彼女の意思を伝えるために。


「聞きなさい!

 モンペリエは、あたし達の街。

 プロウィンキアは、あたし達サキュバス族と、全ての虐げられた民が苦難の旅路の果てに手に入れた、最後の安住の地なの。

 この地を失えば、あたし達は荒野で野垂れ死ぬのを待つばかりよ!」


 右往左往して飛び回っていたサキュバス達が、止まる。

 地上で走り回っていた者達の足も止まる。

 混乱が止まり、皆は空を見上げる。

 一際空高く浮かび、市民達へ声を届ける領主を。

 普段は『男を漁るしか能がない』とか思われている姫だが、実際そうだったかもしれないが、今は違った。


「いえ、そもそも皇国は我ら魔族を等しく認めない、存在を赦さない、皆殺しにする気だわ。

 そして奴らの力は凄まじいの。あたし達、魔王一族だけじゃ勝てないかもしれない。

 逃げる者は逃げて構わない、子供・老人・病人は急いで街を離れなさい。

 でも戦える者は、力を貸して!」


 言葉を受けた市民達が、西部戦線へ赴くはずだった兵達が、飲んだくれていた各種族の王侯貴族や豪商が。

 無秩序な恐慌から抜け出し、冷静さを取り戻す。

 己の為すべきことを思い出す。


「妹達よ、いえ、全ての市民よ! プロウィンキアの民よ!

 戦う力ある者は立ち上がりなさい、剣を手に、術を胸に、立ち向かうのよ!

 あなた達の力が、魔族全ての力を束ねた力が、今こそ必要なの!」


 酒と女に溺れて呆けていたオークが、頭から霞を振り払う。

 ルーレットのレイアウト(賭け金を置くテーブル)に積み上げたソブリン金貨を大慌てで財布に戻し、代わりに宝玉のはまった杖を手にするエルフ。

 かぶりついていた骨付き肉を放り出し、持ち慣れたハンマーへ持ち替えるドワーフがいる。

 表に出た人々は通りを埋め尽くし、空を見上げ、闇夜に浮かび上がるリバス王女に向けて鬨の声を上げる。

 ついでに、腕に抱く裕太の姿も見て、「いつも通りの姫だなあ」「意外と安心なんじゃね?」とも感じていた。

 真面目に凛々しく孤高に演説していたら、それほどの非常事態かと皆は不安に思ったことだろうよ……と考え苦笑するゴブリンも居た。



 柄にもない演説を終えて、ふぅ~、と息を吐くリバス。

 が、裕太は言霊抜きにしても至近距離で大音声を受け、目を回しかけていたりする。


「り……リバス姫、おミゴト、でした……耳、イタイです」

「あらやだ、ごめんなさい。

 後でタップリお詫びしてあげるから、許してね」

「それはエンリョします。

 今は制御室へイソいで下さい」


 そんなわけで、彼らはコメディ広場に面したブルークゼーレ銀行モンペリエ支店の三階バルコニーへ降り立った。





 銀行内は、まだ敵も来ていないのに戦場のような有り様だ。

 ブルークゼーレ銀行モンペリエ支店に働くゴブリン達は、怒号と汗と書類を飛び散らせながら走り回る。服装は旅装。

 下働きのオーク達が大荷物を背負ったうえに、両手にはパンパンに膨れあがった鞄を持たされる。

 三階バルコニーから入ってきたリバス達には全く気付く様子もなく、逃げ出す準備に忙殺されていた。

 彼らには武器を手に立ち上がるという発想は無かったようだ。

 街を見捨て逃亡する姿を見せつけられて、ツィンカの銀髪は怒りに逆立つかのよう。

 つかつかと前に進み出て、羊皮紙の束を抱えて横を通り過ぎようとしたゴブリンの肩を捕まえた。


「ちょっとアンタ! こんな時になにしてんのよ!?」

「あんだぁっ!?

 見てわかんねーのか! 早く逃げねーと……て、リバス様じゃあないですかい!」


 ここでようやく一行に気付いたゴブリン達は、慌てて足を止めて一礼する。

 だがすぐ再び走り出した。逃亡準備のために。

 呆れてものも言えないツィンカに代わって、カルメンが金髪を振り乱して怒鳴る。


「あんた達!

 どういうつもりよ、街を見捨てて逃げ出そうって!?

 それでもモンペリエ市民なの? 恥ずかしくないの!?」

「これが俺たちの戦場なのさ」


 入り口からカルメンの怒声に落ち着いて答える声。

 耳障りで甲高いゴブリン特有な声の持ち主は、茶色の皮膚の上に灰色のスーツを身にまとって、杖をついている。

 ゴブリンの中でも少数部族たる、ホブゴブリンだ。

 ホブゴブリンの、かなりの老齢であろう男は、カツカツと杖を鳴らしながらリバス達の前に進む。

 そして優雅に一礼した。


「リバス様、ご機嫌麗しゅう。

 お出迎えが遅れた非礼、火急の際ゆえ平にご容赦下さい」

「構わないわ、ロートシルト支店長。表を上げなさい。

 時間がないのでおべっかも無用よ」

「そいつは助かるねえ」


 頭をヒョイと上げて口調も荒く崩す支店長。

 領主の周囲にいる不愉快そうな顔のサキュバス達をみて、やれやれという風に肩をすくめる。


「俺たちが武器を手にしないのが許せない……ってか?」

「当然でしょ!」


 叫んだのはツィンカ。となりのカルメンも支店長を責め立てる。


「ゴブリンの中ですら醜いと蔑まれたホブゴブリンのあんたを、支店長にまで盛り立ててくれたお姉様を、これだけあっさり見捨てるなんて!

 信じられない、ホントにゴブリンってどいつもこいつも守銭奴を絵に描いたような連中ね!」

「くっけけけ!

 あんたら、分かってないねえ。

 尻軽女共にゃあ世の仕組みは難しすぎるってかあ?」


 逆にサキュバス達を笑い、軽蔑する支店長。

 その無礼極まりない態度にサキュバス達は殺気立つ。

 だが支店長は彼女たちを無視し、杖でリバスの横を指した。

 裕太を。


「あんた、確か魔王陛下の切り札とか言われてる、新しい軍師だよな?」


 初対面なのに相手の姿も名も承知、というのは情報網が未発達な魔界では滅多にない。

 裕太は支店長の地獄耳と目端の鋭さに感心しつつ頭を下げる。


「おハツにお目にカかります。

 ボクはカナミハラ=ユータと言います」

「けっ!

 そういうしゃちほこばった喋りは無しだ。

 軍師と言う以上、俺たちが何をしているかは分かるよな?」

「グンシ金・口座・証券・債権債務の保護」


 即答する裕太。

 新米軍師としての力量を試されていると理解した彼は、手短にゴブリン達の役目と現状において最優先に為すべき職務を、怒り止まぬサキュバス達へ説明した。


 このモンペリエ支店では数多くの市民の口座を管理する。その中にはモンペリエ市の口座もあり、市政を運営する予算も入っている。

 ブルークゼーレ銀行は魔界政府機関の予算も預かる、半ば公的機関。

 もしこの口座情報が消滅したら、モンペリエ市と市民達は口座も預金額も証明出来ない。金を下ろせないから無一文同然。市も民も再起不能。

 証券や金を失っても同じ。

 なので、銀行員は前線に赴いてはならない。

 彼らは全ての口座情報と証券と財貨を担いで大急ぎで逃げてもらわねば、戦に勝っても飢え死にが待っている。


「くけけけけっ!

 そういうこった。俺たちの武器はペン、弾はコイン、盾は証券だぜ。

 おめえ、その若さで分かってるねえ」

「オソれ入ります」


 日本の高校生でも銀行業の重要さは分かる。金が無ければ生活も戦争も何も出来なくなることも。

 軽く魔界の経済と財政と金融業の説明を受けただけでも、この程度のことは教わるまでもなく想像がついた。


「さて、そーゆーこった。これが銀行屋の戦いなのさ。

 部下達ゃ必死こいてケツまくって逃げるからな、邪魔すんじゃねえぞ」


 頭では分かるが体が納得しない。

 そんなやり所のない怒りに肩を震わせる女性達に構わず、支店長はリバス王女へと視線を移した。


「さて、それじゃ俺っちの仕事の話をしようや。

 姫様よ、地下に用があんだろ」

「その通りよ。

 ちゃんと維持してるわよね?」

「たりめーだ。

 ついて来な」


 杖をついているわりには軽やかに背を向け、確かな足取りで銀行の奥へ進んでいく支店長。

 リバスと裕太は、まだ怒りの収まらぬサキュバス達もゾロゾロとついていく。

 そんな中、ふと裕太は気付いた。

 ロートシルト支店長は旅装をしていない。靴も服装も仕事着のまま。

 支店長ともなれば守るべき極秘情報は多いし、部下達を率いて銀行の営業再開や再起に備えるはず。

 だが支店長は、何の準備もしているように見えない。部下も連れていない。

 準備を全部部下に任せている、なんて悠長に構えていられる事態ではないはずだ、と。


「あの、支店長」

「あんだ?」


 支店長は振り返らず、階段を早足で降りながら返事をする。


「支店長は、逃げるジュンビをしなくて良いのですか?」

「あぁ? 俺は逃げねーよ」

「え?

 でもさっき、逃げるのをジャマするなって」

「何を聞いてんだ?

 ちゃんと『部下達が』って言ったろうが。

 俺は逃げねえ。俺の代わりに副支店長と部下達が逃げんのさ。

 引き継ぎはとっくに済んでるから安心しな」


 前言をあっさりとひっくり返す言葉。

 さっきまで支店長を仇のように睨み付けていた女達も、何を言っているのかと少し混乱してしまう。


「魔王陛下とリバス様からモンペリエ支店を預かってんだぜ?

 その俺が約定を違えてどうするよ。

 俺は支店長として、最後までこの店に残るのさ。

 つか、俺みてーな死に損ないはスタコラ逃げるにゃ足手まといだっての」


 言葉を失うリバス達。

 醜い守銭奴と蔑んでいた彼女たちの前にいるのは、外見とは裏腹に気高く勇敢な銀行家。己の職責に殉じる覚悟。

 その事を誇るでもなく、当たり前のように淡々と口にする支店長の姿。


「俺が店を離れるときは、棺桶で運ばれる時だ。

 後のこたぁ副支店長と部下達に押しつけてあるから、街の財布の方は安心しな。

 それに、俺はこいつを動かさなきゃなんねーしなあ……はあ、損な役回りだぜ。

 ま、街でさんざん美味しい思いをしてきたんだ。そろそろたまったツケを払うときなんだろうよ」


 年貢の納め時ってヤツだ、くっけけけけ……と、楽しそうに笑うロートシルト支店長の後ろ姿に送られる視線は、暖かく親愛に満ちたものへと変わっていく。

 そうこうしているうちに銀行の地下、その最下層に到着した支店長とリバス一行。

 ホールのような四角い空間に、二つの巨大な扉があった。

 右には大金庫の頑強な扉。現在は開け放たれ、銀行員のゴブリン達が金塊を小分けにして運び出す作業が続いている。

 左には、大きな木製の扉。こちらも開け放たれ、天井の高く広い部屋が広がっているのが見える。こちらは兵士や魔導師が忙しく動き回っている。

 魔法のランプが明るく照らす地下空間だが、それとは別に淡く輝く青や赤の光が床や壁から生じている。

 それは薄暗いはずの地下階層をあますところなく満たす、魔法の光。

 稼働する術式が生み出す魔力。


 銀行地下、左側の広い部屋は、いやその扉も、壁すらも巨大な魔法陣によって埋め尽くされていた。

 地下空間そのものが巨大魔法陣の一部。


次回、第二十二章第七話


『第五防衛陣』


2012年3月29日00:00投稿予定

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