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魔王軍戦力

 飛空挺艦隊はヴォーバン要塞を粉砕し西進している。


 皇国軍の軍事行動について当初の予想では、最初に皇国軍飛空挺艦隊が魔界空戦力と交戦、制空権を得た後に地上爆撃、魔王軍主要兵力を撃滅した上で地上部隊が侵攻し占領行動に入る……というものだった。

 だが現実には、皇国軍は自軍の地上兵力を無視し、艦隊だけで侵攻。驚異的な威力を誇る兵器で、巨大なクレーターを生み出すほどの爆撃を実行した。

 即ち皇国軍としては、地上部隊との連携など不要、ということ。艦隊だけで魔界を文字通り平らにする気かもしれない。

 地上部隊の進軍を待たないのは、艦隊からの砲撃に巻き込まれて同士討ちになるのを避けるという程度の意味しかないかも、とすら思える。

 皇国からの放送にあった山越えの兵士達は、艦隊が敵を排除した土地をのんびり安全に歩いてくる予定か。


 東の放棄されたトリグラヴ山、北のセドルン要塞へは攻勢をかけられていない。さすがに驚異的軍事技術を有するとはいえ、多方面へ同時侵攻作戦を敢行する戦力は無ったようだ。

 ちなみにセドルン要塞は他の要塞と違い放棄されていない。全長約13万ヤード(約120km)と長大で、巨大山脈地下深くに張り巡らされ、今ではほぼ地下迷宮と化したセドルン要塞は、どんな大兵力でも新兵器でも攻略出来ないと見られるからだ。

 魔界としては再度トリグラブ山へ兵を進め、そのままセドルン要塞と合わせて一気に進軍し皇国軍の退路を断つ……というのが理想だったろう。

 が、皇国がその程度を予想していないはずがない。魔界が皇国進軍を阻害する防衛線を敷いたように、皇国も各種の罠と防衛線を敷いていることは間違いない。

 数と物量で押すにも限度はある。皇国軍飛空挺艦隊が舞い戻ってくれば一網打尽にされるのも疑いない。

 今さら魔王も専守防衛を貫きはしないだろう。が、少なくとも皇国軍全軍が十分に魔界本土へ侵入するまで進撃することは出来ない。

 だが皇国地上兵力の歩みは遅い。最初から戦力として考慮されておらず急ぐ必要がないため、かつ魔界北方・東方戦力への牽制と見られる。

 いずれにせよ、遠く離れた両要塞からの援軍は有り得ない。



「……その、『皇国軍地上部隊の進軍は遅い』というのは、確かなんですか?

 飛空挺で一気に輸送、というのも有り得そうなんですが」


 金髪美女のカルメンが裕太に尋ねる。

 彼は執務室の、巨大なベッド上でカルメンとツィンカと共に現在の戦況を確認し合っている。

 リバスはベッド横でサキュバスの部下達にあれこれと避難誘導や義勇兵募集の指示を出している。

 ちなみになぜ部屋の主たるリバス達がベッド周囲なんかに集まっているかといえば、執務室の大方は踏み込んできた西部戦線司令部の面々に占拠されたから。

 無限の窓を中心に熱く情報収集と軍議と指揮命令に燃える軍高官のお歴々に、リゾートの街を経営するお姉様方だか女将達だかは隅に追いやられてしまった。

 それはともかく、カルメンは皇国軍の動きについて裕太に尋ねた。この点について彼は出立前にブリーフィングを受けているので、裕太の方が詳しい。


「皇国の国内放送、マルアハの鏡をボウジュしているんです。

 生放送で、皇国軍地上部隊が要塞目指してトザンを続けている、と。

 ムロン、生放送に見せかけた録画で、とっくに山をコえているとか全く動いていないとかいう可能性もありますが」

「うーん、なんとか確かめられないかしら」

「インターラーケンから新型の高々度飛翔機を放って偵察する予定だそうですが、まだ報告はありません。

 それで、西部戦線とモンペリエの戦力についてなんですが」

「それについては、多分こっちの方が詳しいわね」


 銀髪美女のツィンカが話を続ける。



 対する魔界側、西部戦線の戦力はどうか。

 兵力は皇国による広範囲への大規模攻撃を予想し、極めて密度を薄く広範囲に展開している。

 皇国軍を自陣内部へ引きずり込むまで戦力を結集する予定はなかった。

 そのため純粋な死傷者数で考えるなら、艦隊からの凶悪な砲撃にもかかわらず、さしたる損害数は出ていない。

 だが巨人族を支配するティータン王女を討たれたのは大打撃だ。単純な戦力としてティータンは桁外れだったこともあるが、政治的にも影響は大きい。

 なにしろ魚人族を率いるリトンを失った記憶も新しいというのに、さらにティータンを失ったのだ。立て続けに魔王一族から犠牲者を出してしまった。

 おまけに敵が飛空挺艦隊だけとあっては、当初の予定である魔界深奥へ引き込んでの包囲殲滅も出来ない。圧倒的な戦力を誇るのは、あくまでオークの歩兵を中心とした地上兵力。

 それどころか、明らかとなった皇国の空戦力では一気にに制空権を奪われそうだ。その後は一方的な爆撃を受けるのみ。

 基本戦略の瓦解、全軍の士気低下、巨人族の動揺と混乱、魔王一族の権威失墜……この回復は容易ではない。



 では、肝心のモンペリエはどうか。

 残念ながらモンペリエには最小限の兵数しか配備されていない、という以前に軍らしき軍がいない。

 元々がヴォーバン要塞に守られ戦場になるなど有り得ないはずだったリゾートの街。領主のリバスからして戦が大嫌いな年中無休発情期の痴女。


「誰が年中無休発情期の痴女よ!」

「あーら、お姉様ったら、否定出来るんですか?」

「愛を追い求める悲劇の姫、と言いなさい」


 戦況説明に余計な単語を交ぜるすツィンカ。

 主たるリバスの抗議は軽く受け流し、説明を続ける。



 モンペリエで主兵力たりうるのは、産まれながらに高位魔導師並みの魔力を持つサキュバス一族。

 でも普段はただの一般市民。必要に応じて自警団として組織されるのが大半。

 主な市民であるサキュバス自体が強いし、戦場から離れているので、金がかかる常備軍の都市防衛軍を必要としなかったのも大きい。

 今回の事態は街の存亡に関わるため、多くのサキュバスと、街に暮らす他の種族も自警団の義勇兵として参加してくれるだろう。



 なお、各魔王直轄都市は設計段階において、防衛上の区分として第一から第五までの防衛陣が分類されている。


 第一、自警団。

 細道や裏通りで区分けられた各区画の住民から有志が集まった自警団。早い話が町内会の寄り合い連中に棒とか持たせただけ。


 第二、騎士団。

 大通りによって区分けられた種族ごとの街区を収める街区領主配下の兵。

 ルテティアの街区領主ともなれば騎士団と呼ぶに相応しいが、新興の小都市では領主の力も弱い。なので多くは騎士というほど立派なものではなく、せいぜい傭兵か私兵、悪ければごろつきの集まり。


 第三、都市防衛軍。

 各都市を収める魔王一族配下の軍で、職業軍人集団。各街区を超えた都市全体の防衛を担う。必要に応じて各街区配下の兵や自警団を指揮下に置く。

 ルテティアでは治安維持機構たる警視庁、魔王城を警備する近衛兵、というように分けられて存在するが、他の多くの都市ではこれらを兼ねる。

 モンペリエでは、第一防衛陣のサキュバス自警団が第二・第三も兼ねている。


 第四、魔王軍。

 魔王直属の兵力。複数の都市や種族の防衛を任とする。

 といっても魔王配下の常備軍ではない。

 実は、基本的に魔王はルテティア防衛軍以外の常備軍を有していない。何故なら、魔王自身が僅か一体で軍団規模の強さを誇るため。そんな金と手間の掛かるものを常に備える必要がない。

 近衛兵や都市防衛軍とは別に、必要に応じて支配下の種族から兵を拠出させ、一時的に指揮権を借り受け自らの軍とする。それが魔王軍。

 この魔王軍に参加することは各種族部族に大きな利益がある。具体的には各種公共サービスの利用権。

 魔王支配地域では街道や河川、上下水道等の公共事業を整備するのだが、その建設と維持はもちろん有料。だから使用も有料。これらは税金とは別。

 直接に建設費等を出資すれば最初から所有権や利用権を得るが、そうでなければ金や労働で使用料を払う必要がある。

 その労働は妖精のような執事とメイド、ゴブリンの財務官僚、そして軍事力の拠出。

 軍事は代価として一番評価が高く、戦果を上げれば名声も権威も得られるため、腕に覚え在る多くの魔族が競って参加する。

 本来は各種族固有の兵力なのだが、今や魔王の一声でいずこにでも参上し複数の都市種族を防衛する。

 が、そのような事態は長く皇国の侵攻以外はありえず、自然と第四防衛陣は魔王軍と呼ばれるようになった。

 また、要塞に籠もり専守防衛に徹していた時代には、かつてのような大軍が必要ないため、かなり狭き門だった。


 例外は飛翔隊と近衛兵。

 各種族の最新最高技術の粋である飛翔機は魔王直轄。魔王一族にしか各種族の技術者出資者をまとめれず、かつ魔王以外の所属とするなら帰属を巡って戦争になるから。

 近衛兵は、ありていに言ってしまうと、単に魔王の自宅の警備員であり、魔王との個別契約。魔王軍とも都市防衛軍とも分類上は別。必要に応じてどちらにも編入される。



 そして第五。

 第五防衛陣は、実は内容を公表していない。

 かつて使用されたこともない。それが必要な事態は生じたことがないから。

 魔王直轄都市の各都市に配備されている、とだけしか裕太は説明されていなかった。



「……さっきのベウル司令官も第五防衛陣がどうとかってイってましたけど、それってどんなのなんですか?」


 尋ねられたツィンカは、気まずそうに目を逸らす。

 その様に、彼は小さく溜め息をついた。


「知らないなら、学芸員か円卓会議のエルフに聞きますよ。

 どこにイます?」

「え……えと、学芸員……」

「ええ。

 モンペリエにもダルリアダから派遣されたエルフ達がいるはずですけど」


 もっと気まずそうな顔をしたカルメンが、ツィンカの方を見る。

 ツィンカも「え、えっとぉ……」と呟きながら上を向き、考え込む。

 そして、思い出した。裕太の溜め息が大きくなる事実を。


「確か学芸員は、着任してすぐに……カジノで丸裸にされて、泣きながら帰って行ってたんじゃ……」

「やーねえ、それは円卓会議のロバートよ。

 学芸員は飲み過ぎてぶっ倒れて死にかけてるわ」

「円卓会議って、あとジョージとかリチャードソンとか、結構な数がいたはずよね」

「リチャードソンって、確か娼館通いが恋人にばれて、町中追いかけ回されたっけ。

 あの後どうなったんだろ?」

「さあ? 街の外へ逃げてったとこまでは見たんだけどね。

 ジョージは確か……」

「あ、思い出した!

 三日三晩ぶっ続けでお姉様のお相手をして、血も精も吸われすぎて干物にされたんだっけ!」

「そーそー!

 骨と皮だけになっても頑張ろうとしてたから、強制送還したんだったわ!」


 延々と語られるダルリアダから来たエルフその他要人達の末路。

 結論として、まとめて役立たずにされたとのこと。しかも自発的に。

 インターラーケン領主トゥーンの下に派遣された学芸員クレメンタインが第二妃に収まったのは、魔王一族を籠絡するエルフの陰謀というのは公然の秘密。

 だがリバス治めるモンペリエでは、逆に手籠めにされてしまったようだ。

 サキュバスは男を誘惑して堕落させる、と恐れられる。それが真実であることを思い知らされた裕太だった。

 なおかつ、モンペリエの戦力について彼が知らないのは何故かも思い知らされた。戦力についての情報が現場から円卓会議へ上がってこないせい。だから彼へブリーフィングすることも出来なかった。


「つまり……肝心の第五防衛陣って何なのか、お二人は知らないんですね!

 知ってる方もここにはいないんですね!?」

「お、お姉様は知ってますっ!」「知ってますよ! ……多分」


 指さされたリバスは、「え? へ? あたし!?」と挙動不審に陥る。

 裕太は、もはや顔を覆わんばかり。

 サジを投げて寝ようかと背中を見せたら、「い、いやね、嘘よウソ、冗談よお」と姫に腕を掴まれた。


「確かに各魔王直轄都市の第五防衛陣は、都市建設計画の設計段階で組み入れられてるわ。

 でも……それが動いてるところなんて見たこと無いの。試運転は必ずされてるけど、あたしは立ち会ってないし。興味なくて。

 一応は維持管理はしてるんだけど、果たして動くんだかどうだか……」

「……まあ、それは司令部のカタガタに確かめてもらいましょう。

 で、肝心の第五防衛陣のナイヨウなんですが、一体なんなんですか?」

「あ、待って。

 制御室へ行きながら説明するわ。

 ここ、なんだか狭くなってきたし」


 確かに執務室は狭くなってきた。

 非常に高価で数の限られた通信アイテムである無限の窓が置かれているため、司令部の機能も面々も続々と押しかけてくる。

 逆にリバスの私物はサキュバス達に運び出されて別室に移され、残るは彼らが居るベッドなど大きな物だけになってきた。


「じゃ、ちょっと待って下さい。

 ボクの荷物を」


 忙しく動き回る兵達の間を縫って執務室を出ると、すぐにアロワとシリルが寄ってきた。

 実は裕太は未だにこの兄弟の見分けが付かないのだが、それは余談。

 駆け回る兵達をかいくぐって駆け寄る兄弟は、突然の大騒ぎに不安げだ。


「ユータにいちゃん、これ、いったいどうなってんの?

 なんで軍のエラいさん達が押しかけて来てるの?」

「なあなあ、みんなが『せいぶぼうえいせんがほうかいしたー』て噂してるんだけど、マジなのか!?

 オラ達、行くとこなくなっちゃったの!?」

「えっと、今は話してる時間がない。

 とにかくブリュノさんはどこに? ボクの荷物をトってきて欲しいんだ」

「あ、えっと……なあシリル、とーちゃんどこ行ったんだ?」

「しらなーい。

 荷物を部屋にはこびこんだら、オラ達に荷物みとけっていって、すぐにどっか出ていっちゃたんだな」

「そっか、それじゃ、アロワ。

 すぐにブリュノさんを探して呼んできて。

 シリルは荷物を開けるから、手伝って」


 アロワは「わかっただよー」と元気よく飛び出していく。

 だがシリルの方は腕組みして、うーん、と唸っている。


「荷物のカギ、とーちゃんがもってっちゃったよ。

 むりに開けたらドカンって爆発するし」

「むぅ、念を入れすぎた。

 コマったな」


 結局、シリルは荷物の見張り番をして、ブリュノ探しはサキュバス達の何名かも手伝ってくれることになった。

 ボア族はオークの中では少数派で目立つ、さほど時間をかけずに見つかるだろう。

 なので、あとでユータの所へ連れてくるよう頼み、裕太はリバスの説明を受けながら制御室とやらへ向かうことになった。


「それで、そのセイギョシツってどこにあるんですか?」

「街の中心、コメディ広場地下よ。

 広場にブルークゼーレ銀行の支店があるんだけど、そこに入り口があるの」

「銀行に?」

「モンペリエで一番頑丈に作って、警備も固い建物だもの。

 それじゃ、飛んでいくから、しっかり掴まってて!」

「え、ツカまるって、何を、て、うわ!」


 いきなりリバスは裕太を抱きかかえ宙に浮き、窓から飛び出した。

 仰天する彼に構わず翼を広げ、夜の街へと飛翔する。部下のサキュバス達も続いて窓から続々と飛び立つ。

 西部戦線崩壊及び司令部の市庁舎占拠の報を受け、大混乱に陥る街の上空へと。


次回、第二十二章第六話


『制御室』


2012年3月28日00:00投稿予定

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