入力
会議は始まった、らしい。
らしいというのは、何を話してるのかサッパリ分からないから。
とにかく激論が続いているようなんだけど、僕らは完全にカヤの外。
なのだけど、別に暇じゃない。
ぼーっとしてる暇はない。
僕は光り輝く魔法の水晶玉に目が釘付けだった。
「ね、姉ちゃん……あの、水晶玉に浮き出てるモノって、文字?」
「そうみたいね。
なんか、図形や記号が、内側にも光ってるわ」
巨大水晶玉は単に光ってるだけじゃない。
沢山の図式や細かい記号の様なモノを次々に表面に、そして内部にも浮かべていく。
ルヴァンさんは会議が始まると、すぐに席を移った。
水晶玉の台座にある巨大なガラスパネル前、真ん中に座る。
そのガラスパネルは非常に大きく、縦1m横4mはある。
まるでピアニストの様に、もったいぶって十本の指をガラスに置く。
すると、ガラスパネルの色と光が変化した。指を置いた場所に浮かび上がる光のスポット。
それに合わせて水晶玉の光も、浮かび上がる図形や記号も変化する。
ルヴァンさんの両手が届かないガラスパネルの両端にも、エルフの男女が座った。
同じようにガラスパネル上に指が置かれ、光の色も強さも変化する。
水晶玉上に浮かび上がる図形の変化がさらに速くなる。
「Myuuouohehya...」
なんか、変なうめき声が聞こえると思ったら、トゥーンさんだ。
椅子に縛り付けられた彼は、妙に悶え苦しんでる。
その右にはパオラさん、左に金髪ショートの妖精さん、後ろにはエルフの銀髪女性が立ってる。
三人の女性は、トゥーンさんの手をさすったり励ましたりしてるらしい。
彼の頭のヘルメットや椅子から伸びるコードは、例の水晶玉へつながってる……?
姉ちゃんもトゥーンさんを見て、眉をしかめてる。
「ユータ……まさかと思うけど、あの水晶玉って」
「もしかして……魔力で動かしてる、しかも、トゥーンさんから吸い出してる?」
「そうとしか、見えないわよね」
そんな話をしてる間にも会議は進んでいるようだ。
大鏡には何人もの人間が入れ替わり立ち替わり映されて、何かを話している。
話をしていたエルフの一人が、僕らの前に来てガイドブックをペラペラとめくっていく。
ルヴァンさんほどじゃないけど、すぐに目的の単語を見つけたようで、それを指さして僕らに見せる。
それは『Puadro:絵』『ieri:昨日』という単語。
次に机の上のPCを指さした。
昨日の映像を表示してくれ、ということか。
「昨日の写真を再生させてくれ、ということだね」
「そうらしいわね。
ユータ、見せてたデータってどんなの?」
「待ってて、すぐやるよ」
PC前に椅子を持って行って、すぐにデータを表示させる。
ズラリと並ぶ映像データに、鏡の方からも驚きの声が上がる。
鏡の中に映される人間に似た人達は、ローマの映像からして仰天してた。
スライドショーで次々と現れる写真、コロッセオやヴァチカン市国のサン=ピエトロ寺院など、その一枚一枚で激論が起きる。
鏡に映る人達、特に人間に似た人種の人が多いんだけど、何故か子供を背負ってたり胸に抱いてたりしてる人が多い。
画面狭しと走り回る子供達とか、びえ~っと大泣きしてたりとか、会議に関係があるとは見えない。
なんで、子供が?
「姉ちゃん、あれって子供だよね」
「どう見ても、人間の子供よね。
子守しながら会議してるのかしら?」
「ここの人達の伝統なのかな?」
子供達をあやしたりしながら会議を進めてる……家庭的な人達と言えばいいのかな、よく分からん。
そしてその間にも、水晶玉の方では作業が進んでいた。
ルヴァンさんの手は超絶技巧を駆使するピアニストの様にパネルの上を疾走する。
完全に水晶玉の操作に集中しているようで、ほとんど会議には口をはさまない。
ガラスパネル上を高速で点滅する光に合わせ、水晶玉に浮かび上がる図形も色と形を変化させる。
左右で同じくパネルを操作しているエルフさん達と三人合わせて、もう目にも止まらない速さだ。
「あ!
ユータ、あれ見てよ!」
「ん? 何を……あ、ガイドブックと辞書、僕らの本を全部持ってきてる。
何をするんだろ?」
姉ちゃんの視線の先には、妖精達が僕らの本を水晶玉の前に持ってきてた。
ヨーロッパのガイドブック、念のために持ってきた小型の英和和英辞書とか、旅行用の本がほとんど。
それを巨大水晶玉が置かれた台座の上に並べていく。
水晶玉の下、台座に置かれた本。
すると、水晶玉から一際強い光が本へ放たれた。
妖精達の小さな手が表紙をめくる。
水晶玉の光は、同時に数冊の本をまとめて照らし続ける。
同時に、水晶玉の中にも本の内容が映り込み……いや、違う。
違う、映りこんだんじゃない!?
「姉ちゃん、見てよ!
あの水晶玉の中に浮かんでるの、本の内容だ!」
「本当だわ!
水晶玉の中にガイドブックや辞書の中身が……てことは、入力!?
あの玉に本の情報を取り込んでるのっ!?
ということは、あの玉は、まさか!」
「あれはスキャナー……いや、パソコン!?
そうだ、パソコンだよ!
あれは、魔法の水晶玉なんてワケの分かんないモノじゃない!
この世界のコンピューターだ!」
「凄い、本の内容を一気に取り込んでく……。
ウチの大学にも、電子書籍化用に本の中身を取り込んでいく機械があるけど、幾つもの本をまとめて取り込めるなんて。
凄い性能ねえ」
「魔法の水晶、未来を映し出し魔力を増幅する……そうか、それって、コンピューターによるシミュレーションとか計算ソフトと同じだ。
魔力と電力の違いはあるけど、どちらも同じ目的で作られたモノだ」
「ていうか……人力パソコンって……。
ハイテクだかローテクだか、わかんない連中ね」
うーん、確かに人力。
トゥーンさんは景気よく魔力を吸われてるらしく、さっきから「HonyaNYaaAaa...」という悲鳴ともなんともつかない声を上げ続けてる。
こんなモノを作れる連中なら、もう少しマシな動力源も考えつくだろうに。
なんだってンな非効率なことを。
まあ、彼らにも彼らの事情があってやってるんだろう。
それはともかく、情報の入力が順調に進んでる。
妖精の人達がペラペラとめくっていくのに合わせて、水晶玉に紙の内容がそのまま映し出される。
瞬時に写真データと文字データに分解され、単語が色鮮やかに光り、文字の一つ一つが水晶玉の中で踊り出す。
映像は溶けて玉の奥へと吸われていく。文字はどんどん蓄積されて底の方に降り積もる。
ルヴァンさんと二人のエルフが操作するタッチパネルも、鮮やかに七色の光を明滅させる。
会議の方も激論が続いているらしい。
さっきから鏡に同じ人が、何故か子供を抱いたりあやしたりしてる人達が発言している。
どうも何かを必死に否定しているらしく、首も手も左右に振ってる。
青い髪と髭のおじさんが常に中心に映ってるので、向こうのリーダーらしい。その人もずっと胸に女の子を抱きしめてる。
あの青い髪のおじさんが着ている服、エプロンのように見えるんだが……どういう理由で子供と一緒に会議に出てるのだろう……?
話の内容が分かればいいんだけど、何を言ってるのか分からない。
もう指さし会話本なんかで間に合う様なスピードと内容の話じゃないのは、雰囲気だけでも分かる。
とにかく僕はPCに地図とか写真とか、僕らについて少しでも分かるようなデータを表示し続ける。
そのPCの横から、コトン、と音がした。
見れば、陶器のコップにお茶が注がれていた。小さな皿にクッキーも盛られてる。
横には給仕をしてくれた妖精の女性。ニッコリと微笑んでる。
少女のように小さな体で、長く赤い髪と赤い瞳、白いエプロンに黒いメイド服。
おお、顔立ちは普通だけど、ちっちゃくて可愛い。
と思ったら、横から頭をグリグリされた。
「ちょっと、デレデレしてる暇があったら働きなさい」
「わ、わーってるよ、うるさいなぁ。
つか、姉ちゃんも何かしろよ」
「PC一台しかないのに、どうしろっての」
「んじゃ、操作代わってくれ。
そろそろトイレも行きたいし」
「しょうがない、それじゃどきなさい」
お茶を一気に飲み干した姉ちゃんは、クッキーを頬張りながら席を代わる。
僕は警備のネコさんにトイレに連れてってもらう。
すぐに許可は下りたようだけど、ネコさんは「急げ」とでも言いたげに早足だ。
大じゃないし、そこらの草むらで済まさせてもらおうかな。
大きなテントが並んだ一角は、街の中心にある。
街の中心を大きく空き地のままで置いているということは、広場にする計画なんだろう。
いまのところ、広場というよりぽっかりと空いた空き地にサーカスのテントが並んでるという状況だけど。
で、広場の端には林が手を着けずに残されていた。
なので林の中で済まさせてもらう。立ちションはダメとか怒られたりはしなかった。
その辺の感覚は現代より中世ヨーロッパに近いのか、ネコさんも男の兵士だから細かいことを言わないだけか。
とにかく時間を無駄にしていられないのは間違いない。急いで林を出る。
すると、街の建物の向こうから飛行船が浮上するのが見えた。
「あれ、あんなに沢山の飛行船が飛んでる……」
見上げれば、何隻もの飛行船が街の横を飛んでいた。
確か昨日、夕日が沈んでいった方角へ飛んでいる。
ここは地球のパラレルワールド、自転方向も同じとするなら、西へ向かってることになる。
僕らが野原から街へ運ばれてきた時に乗った飛行船より、遙かに大きなモノだ。
一緒に飛んでる竜騎兵の数も多い。
確か街はずれは飛行船の発着場として使われていた。
そこにどこからか沢山の飛行船が来て、また西へ飛んでいくんだな。
と思ったら、確かに逆方向の東から飛行船が飛んできてた。
雲の多い空の中、何隻もの船がノンビリと飛んでくる。
頭の中で、旅行中に何度も見た地図の映像を思い浮かべる……正確には分からないけど、東にはスイスの首都ベルンとか、アルプス山脈が広がってたな。
そういえば、街道も東西へ延びていた。
「ということは、そっちの方に大きな街があるわけか……」
空を見上げてると、チョイチョイと服を引っ張られる。
ネコ兵士さんがテントを指さしながら引っ張ってた。
「あ、ご、ごめんなさい」
日本語は通じないのも忘れて急いで走り出す。
ボンヤリしている暇はない。
魔法の水晶玉というコンピューターでの情報分析、僕らの正体の分析、今後の取り扱いとか、会議は続いてる。
話は分からないけど、少しでも僕らのことを分かってもらわないと。
「ゆ、ユータ!」
テントに入った途端に姉ちゃんに呼ばれた。
驚きに目を見開いてるらしい姉ちゃんの指し示す先は、水晶玉。
大量の文字情報と映像データを処理し続けているらしい魔力式コンピューターは、特に大きな文字をクッキリと表示している。
それは、読める。
間違いなく、読める。
水晶玉を見た瞬間に、その言葉が理解出来た。
いや、何を言ってるのかは分からないけど、とにかく読めた。
だってそれは、日本語だったから
『それは、この文を理解します』
間違いなく日本語。
ひらがなと漢字で構成された日本語の文章。
日本語が、水晶玉表面の球面上に表示されている。
見た瞬間、僕も目を見開いてしまった。
「そ……それは、このぶんを、りかいします……って、これは、まさか!
姉ちゃん! もしかして!?」
「そ、そうよ! 翻訳機能よ!
このコンピューターで日本語を解析したんだわ!」
驚き喜ぶ僕らの姿に、ルヴァンさんは小さく頷いた。
ガラスパネルに視線を戻し、残像も見えないほどのスピードでタッチパネルを操作する。
すると、また新たに日本語の文章が現れた。
『この文は読みやすいすか?
水晶のボールれはAnkhと言いますお。
俺は急ぎのTranslationの性能で構築しましま』
おかしな日本語だけど、何を言いたいかは分かる。
ルヴァンさんは僕らと会話するために翻訳機能を作り上げたんだ。
やったぞ、これで更に詳しい話ができる!
次回、第三章第三話
『魔王』
2011年3月14月01:00投稿予定