戦線崩壊
西部戦線、最前線。
ヴォーバン要塞から十万ヤード(約91km)後退した魔王軍は、極めて密度が薄く長い防衛戦を設定した。
一カ所に戦力を集中すれば皇国の兵器で一気に殲滅されるため、また皇国軍を自陣深くへ引きずり込むためだ。
無論、タダで進軍させるつもりはなく、それなりの準備はしていた。
敵の移動砲台からの砲撃や銃の光をかわし、補給線を断ち、分断し各個撃破するために。
非常に長大な塹壕が縦横無尽に、かつ幾重にも掘られた。
川の上流では貯水池の堤防に爆薬を仕掛け、水門開放の準備も進められている。必要に応じて故意に洪水を起こし、広範囲を長期間湿地帯に変えて行動不能に陥らせる。
人間の兵は多くが銃を持ち、魔力を光に変換して長射程の武器とする。このため、煙幕弾が大量に配備されている。
さらに長射程の銃や移動砲台に対抗するため、かつ光学兵器避けの大規模な煙幕内でも戦えるよう、大砲の改良と小型化も進められた。
結果として新型の銃が開発され、配備が進んでいる。
その他、街道を破壊したり落とし穴を掘ったり、考えつく手段は全て行われた。
巨体とパワーを生かしての土木工事が得意な巨人族は、その時も塹壕や土塁の構築に汗を流していた。
その周囲ではオーク達がシャベルで歌を歌いながら地面を掘ったり土嚢を運んだりしている。
現場の数としては、オーク百に巨人が一というところ。これは巨人族が魔界の辺境で暮らす少数民族なのと、オークがひたすら数の多さを売りとしているための比率。
これら土木工事を指揮しているのは、魔王第六子にして第四王女ティータン。
膨れあがった筋肉で厚手のオーバーオールもはち切れんばかり、頑丈な皮の長靴を地面にめり込ませ、巨人の王女にして巨人族の女王は汗を流していた。
金髪を肩までのおさげにし、上着には子猫のアップリケ、靴はピンクの紐でちょうちょ結び。
豊満な胸は、サイズのワリにどれだけ動いても全く揺れない。大半は脂肪ではなく筋肉だから。
鬼のような形相で大岩を運ぶ姿と裏腹に、愛らしい出で立ちのティータン姫殿下は、オークと巨人の部下達と一緒に陣地形成に汗を流していた。
ヴォーバン要塞崩壊の報は前線にも届いていたが、こんな最前線まで敵が来るのは随分と先のことだろう……と、彼らは安心しきっていた。
通常なら、それは間違っていない。戦争は土地の奪い合いが基本。ゆえに占領のための大部隊もしくは移民団が必要なのだから。
従来なら、まず竜騎兵同士の空中戦。次に勝利した竜騎兵からの対地攻撃。それから主兵力たる地上部隊の進軍、という手順を踏む。
だからこそ、防衛の最前線にもかかわらず前線にいたのはオークと巨人族がほとんどだった。
が、残念ながら予想は外れた。
従来の手順は無視された。
正午頃、最前線で塹壕掘りをするオーク達が、上空に東から飛来する物体を複数発見した。
それは銀色に輝く小型の飛空挺。最前線で塹壕を掘る彼らより東から飛来するのは、皇国軍の飛空挺以外有り得ない。
皇国軍は、地上部隊の進軍を待つことなく、空戦力だけで飛来したのだ。
しかも、見る限りワイバーンは一騎もいない。中型飛空挺一隻と小型機数機だけの襲来。
「な、なんだべな!?」「敵が、皇国の船がきちまっただよー!」「こんないきなり、ありえねーべしんじられねーべ!」
騒然となり、パニックを起こすオークと巨人。
オークは大方が魔法を使えず、巨人族も筋力は凄まじいが魔力は弱い。
おまけに彼らはほとんど土木工事のために前線へ来ている。ほとんどが武器らしい武器を所持していない。
ましてや、空を舞う飛空挺を攻撃出来る武器など持ち合わせていない。
即座にパニックが広がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
ごく一部の、言い訳程度の長射程武器を持つオークが、なんとか攻撃をしようと踏みとどまるだけ。
その一部のオークは、しかし非常に心許ない有り様だった。
「こ、これ、どうやって使うんだな?」
「まま、まずはロックをハーフ・コック(安全装置)にして、火薬を砲身に入れて、弾を込め矢で押し込んで……」
「い、急げよ! 奴らきちまうぞ!」
彼らが準備しているのは、地球ではフリントロック式マスケット銃と呼ばれる。
技術力に劣る魔界であっても旧式な火器。
短命で知能が低く熟練した技術を習得出来ない雑兵のオークには十分、ということでずいぶん昔に支給されたままの武器。
もちろん、弾薬袋から薬包を取りだしたり火皿に火薬を注いで火蓋を閉じたり、なんてしている間に飛空挺は接近してくる。
それでもどうにか準備を整え、ロックをフル・コック(発射姿勢)にセットして空へ発砲した。
上空に浮かぶ飛空挺へ、幾つもの銃口が火を噴く。
ぱんっ、ぱんっ。
気の抜けた破裂音があちこちで生じ、灰色の煙がちょろちょろと上る。
もちろん当たらない。飛空挺が浮く高度まで弾は届かなかった。
仮に届くとしても、球形の弾では真っ直ぐ飛ばないので命中はしないのだが。
まるで金属のような質感を持つ、水滴を横にしたような形状の飛空挺。
それらは地上のオーク達のパニックを無視して飛び続ける。
どうやら偵察のために先行してきたらしい皇国側飛空挺は、ひょろひょろと上がってくる豆鉄砲には目もくれず、長大な塹壕の上空をゆっくりと飛んでいる。
マスケット銃を撃っていたオーク達も無駄と悟り、大慌てで逃げ出す。
散り散りに走っていく二足歩行の豚達が目に映らないかのように、鏡の如く光を反射する銀の飛空挺の群は西へ進む。
塹壕各所から煙幕弾が打ち上げられる。
これに呼応して、近辺からも煙幕弾が発射された。
煙の色は主に赤、警戒色。光学兵器避けと同時に後方への通信も兼ねている。
この煙幕弾は実は、長大な防衛戦の各所で同時に上げられていた。幾つかの先行部隊が同時に防衛戦へ飛来したようだ。
皇国軍飛空挺飛来の報は、即座に司令部へ伝えられた。
ベウル司令官は当初の予定通り後退せよ、と全軍へ指示を飛ばす。
だが同時に『皇国軍の新兵器を明らかにすべき』という必要性も高い。会敵する位置に配された竜騎兵へは「一戦を交えよ」との指示も予め出されている。
このため各地では、リザードマン操る竜騎兵部隊が迎撃のため飛翔した。
ワイバーンは風を切り、ほどなくして飛空挺部隊を視認する。
飛空挺小隊は平べったいパンのような形状の中型機1,横にした水滴型小型機3の四機編成で共通していた。
対するワイバーン部隊は十から十五。それぞれにリザードマンが二名騎乗し、一方が竜を操り他方が弓兵や魔導師。少数だが各部隊に魔力式レーザーガンも数丁装備している。
双方とも左右に展開しつつ、高度約千ヤード(約910m)を維持して接近する。
どうやら皇国軍も敵戦力の情報収集を優先するらしく、竜騎兵達と高度を合わせたままで距離を詰めてくる。
ティータン王女の近くでも竜騎兵部隊が飛空挺と睨み合っていた。
先に動いたのは竜騎兵達。
光学兵器攻撃を避けるため、多数の煙幕弾が射出される。
広大な空の、それも風が吹く上空で煙幕が効果を維持する時間は短い。また、煙の中に隠れるため飛行範囲が限られ編隊が団子状に固まってしまう。
その不利益を承知してでも、光学兵器の長射程を封じる必要があった。
強く羽ばたくワイバーンを煙に隠しながら、速度を上げて一気に接近する。飛空挺も速度を落とさず、そのまま竜騎兵編隊へ突っ込んでくる。
同乗する弓兵はボウガンを、魔導師は炎を、銃を持つ者は熱線を、銀色に輝く飛空挺へ同時に撃つ。
外れた。
全ての攻撃は、瞬時に旋回した飛空挺に避けられた。
風船に貨物室をとりつけただけでしかない従来の飛空挺では有り得ない、ワイバーンにも匹敵する高機動。
しかも加速して、竜騎兵の編隊中央へと切り込みを駆ける。
機体表面には弾ける稲光をまとわせて。
バギュンッ!
雷が走る。
竜騎兵編隊が、突っ込んできた飛空挺小隊と高速で交差した瞬間、機体がまとわせる稲光が弾け、竜騎兵達に襲いかかる。
煙を突っ切り、まるで体当たりを仕掛けるように直進してきた銀色の物体。各ワイバーンは左右へ旋回したり翼を狭めて急降下したりして避けたが、『雷撃』の魔法は避けられなかった。
煙幕が、まるで雷をまとう雷雲のごとく光る。
電撃に焼かれた竜騎兵は、一瞬麻痺して落下した。だが鍛え上げられた兵士たる彼らは瞬時に麻痺から回復、どうにか墜落だけは免れた。
まるで嘲笑うかのように堂々と竜騎兵隊の中央を貫いた飛空挺部隊。その三機は機体を捻り、高度を上げて大きく宙返り、竜騎兵達の背後を取る。
瞬時に煙幕外、矢や魔法の射程範囲外まで飛び去られてしまった。しかも背後かつ上方を易々と取られた。
既に煙幕も風に吹かれて拡散、光学兵器避けの効果を無くしている。
そして中型機は一気に高度を上げ、悠々と戦闘空域を離れていく。まるで高みの見物をするかのように。
竜騎兵達の中で唯一攻撃が届く武器は、皮肉にも煙幕が薄まったため使用可能となった銃の光線のみ。
銃を構えたリザードマンは、彼らへ急降下を仕掛ける三機へ向けて引き金を引く。
幾つもの光が飛んだが、さすがに両者とも高速で飛行中ゆえ、なかなか当たらない。
だがその内の一筋が小型機に当たった。
キュンッ!
甲高い音が竜騎兵達の耳に届く。
光は銀色の機体表面に当たり、弾かれ、虚空に消えた。
鏡の如く光り輝く機体表面は光を反射してしまった。
上空では効果の低い煙幕弾より確実な、対光学兵器用表面処理が施されている。
急降下する飛空挺。
水滴型をした機体の一部に、宝玉が先端に取り付けられた砲身らしきものが突き出している。
その宝玉が輝く。
幾筋もの光が、シャワーの如く降り注ぐ。
光が、ワイバーンの被膜を貫いた。
突風と共に小型機三機が竜騎兵の編隊を貫く。
急降下攻撃を仕掛けた機体は速やかに獲物から離れ、十分に間合いをとったところで悠々と機体を水平に戻す。
皮膜を光に貫かれたワイバーン二頭とリザードマン達は、虚しく血飛沫をまき散らしながら地上へ落下していった。
それは、魔力式光線銃を所持していた兵達だった。
長射程の武器を先に無力化した小型機は、再度宙返りし旋回して竜騎兵編隊へ襲いかかる。
魔導師達が風や炎の魔法を撃ち、再度の攻撃を阻もうと試みる。
だが翼を持たない銀色の機体は少々の風など気にせず飛来する。炎も金属的な機体表面を上滑りするばかりで効果がない。
弓兵達が死にものぐるいで、数本の矢をまとめて放つ。
ほとんどは射程外で届かず、仮に届いても軽々と避けられてしまったが、うち一本は機体に命中した。
だが当たっただけだ。突き刺さることなく、その表面で止まってしまう。
キュウゥウゥン……
銀色の機体表面には、鏃が接触した部分を中心に光の波が広がり、何かが高速回転するような音が生じている。
対光学兵器用表面処理とは別に、運動エネルギーを吸収する結界が張られていた。鏃は結界を貫けず停止してしまった。
皇国の飛空挺には光学兵器も通常武器も効果が低い。風や炎の魔法は無視されたに等しい。
速度も旋回能力も高く、竜騎兵と互角以上の機動が可能。
接近すれば『雷撃』、離れればレーザーで狙撃。
攻防共に隙は無い。
僅かな一瞬で十分な、かつ恐るべき情報を得た竜騎兵達は、速やかに散開。各自バラバラに逃走を図る。
だが飛空挺に搭乗している皇国兵達は、敵を逃がす気がなかった。
飛空挺は旋回しながら加速、それぞれに竜騎兵を追う。
小型機から放たれる光が、インターラーケン戦役で奪われた携帯用光学兵器である魔力式レーザーガンより遙かに長射程かつ高出力で竜騎兵を襲う。
散開して逃げようとしていた竜騎兵達はワイバーンを撃墜され宙に放り出される。
騎兵達は自力で『浮遊』を発動させたり、『浮遊』が付与された宝玉で地上に叩きつけられるのを防ぐ。
だが魔力には限界があるし、しょせんワイバーンほどの機動性や速度は無い。せいぜい飛空挺から逃げながら落下する程度。
結局は飛空挺の銃撃の的にしかならなかった。
竜騎兵を速やかに全滅させた飛空挺部隊は、何事もなかったかのように偵察任務へ戻る。
地上で悲鳴を上げて逃げ回るオーク達は一切無視して飛行を続ける。
飛空挺は、背中を向けて逃げる巨人の上空にさしかかった。
すると小型機の銃口が光を放つ。巨人へ向けて。
元々が巨体ゆえ目立つ上に鈍重な彼らは、容易く頭部を撃ち抜かれた。
地響きを上げて巨人の骸が地面に倒れる。
オーク達は無視した飛空挺は、巨人達は無視しなかった。ひたすらに長い塹壕から巨人だけを選び、光で射抜き殺していく。
無論、巨人達とてむざむざと殺されはしまいと煙幕弾を手当たり次第に発射する。
またある者は反撃する。塹壕に設置されていた小型の大砲に火薬と弾を詰めさせ、それを小脇に抱えて小型機に向けて発射したのだ。
だが残念ながら、結局当たらない。小型機が軽く高度を上げただけで避けられてしまう。
そして風が吹き、煙幕に生じた切れ目から、確実に巨人を倒していく。
塹壕の中に隠れれば助かるのだが、巨人の巨体を完全に、しかも空から隠れきれるような地下壕はなかなか無い。
結局、為す術無く巨人の死体だけが増えていく、かに思えた。
ズゴンッ!
突如、大音響と共に小型機の一つから棒が生えた。
否、棒のように見えたのは、スコップの柄。
空高く軽やかに舞っていたはずの飛空挺には、何故か地上から投げられたスコップが命中していた。
銃や大砲の弾が届かぬ上空のはずなのに、スコップが届いた。しかも運動エネルギーを吸収する機体表面の結界を貫いた。
撃墜にまでは至らなくとも確実にダメージを受け態勢を崩した飛空挺。それを地上から見上げる一人の巨人。
ツルハシを片手に構えた、ティータン姫。
彼女は、雄叫びと共に全身に剛力を満たす。
隆々とした筋肉が更に膨れあがる、着ていたオーバーオールを破るほどに。
周囲に残っていたオーク達や巨人の男達が、手持ちの煙幕弾を次々と射出する。
「ふんぬ゛う゛あ゛あぁあああっっ!!」
大地を揺るがす絶叫と、魔力で倍加された筋力によってぶん投げられたツルハシが、衝撃波を放ちながら天空へ撃ち出された。
子猫柄が可愛い巨大シャツは、一投の勢いで紙切れの如く引き裂かれてしまう。
煙幕を切り裂いて高速回転し飛来するツルハシが、小型機の機首をかすめる。
かすっただけで機体表面が切り裂かれた。
もちろん結界は正常に作動していた。何かが高速回転するような音と光の波紋も広がっている。
単純にツルハシに与えられたエネルギーが結界の限界を超えていたのだ。
さらにスコップが、鉄柱が、岩が、丸太が、塹壕掘りに使用されていた全ての物体が地対空弾となって飛空挺小隊へ襲いかかる。
銃撃を加えようにも、煙幕が邪魔でレーザー光の射程が短くなっているため、かなり接近しなくてはならない。
危険なのは巨人の王女のみ、と判断した三機は速度を上げて散開し、三方向から女王を包囲にかかる。
二機が前方で気を引き、背後を取った機体が姫を撃ち殺そう……そう企んだ機体が煙に紛れて接近を図る。
ズダダダダダンッ!
煙に紛れて飛んでいたのは、皇国軍の機体だけではなかった。
銀色の機体表面に大量の金属片がめり込んでいる。
それは釘。
塹壕構築に使っていた長い釘を、木箱ごと適当に次々とぶん投げていたのだ。木箱のフタは開いていたので、釘の高速弾が飛来していた。
狙いは適当でも広範囲に広がった釘の弾幕。しかも煙に隠れて背後を狙うのは分かりやすすぎた。
無論、結界でエネルギーを吸収されたため、威力は大幅に減じている。だがそれでも釘は機体に刺さっている。
巨人とはいえ地上に立つ女に、皇国軍の新型飛空挺三機が次々と穴だらけにされてしまった。
結局、墜落こそしなかったが三機は逃走。ティータンの攻撃が届かないほどの高度で上空待機していた中型機と合流した。そしてそのまま西へ後退していく。
敵機の逃走を確認した王女は、周囲のオークと巨人へ大声で命じる。
「ここは、あたしがまもる!
みんな、はやくにげて!」
たどたどしくも必死で逃げろと叫ぶ姫。
だが命じられた方は姫に背中を守らせて逃げるなど、とても誇りが許さない。
「姫さま! 姫さまこそ、逃げてくれ!」「ティータン姫は、俺たちの女神。ほおっていけない」「ここは俺たちが!」
巨人の男達は、姫を置いて誰も逃げようとしなかった。
その様子に、鬼のように恐い顔な姫の目に涙が浮かぶ。
「わかった、それじゃ、みんなでにげよ」
「おうさ!」「さあ、全員てったいだ!」「オーク達も、鳥たちも、早く行け。このことを伝えるんだ!」
姫と一緒に必死で逃げ出す工兵役のオークと巨人達。
伝令役として居たサキュバスや鳥人族も、鳥呼ばわりされたのを不快に思う余裕もなく、塹壕や地下壕から這い出て街へ報告に飛んでいく。
巨人とオークは必死に走るが、なにぶん二本足では速さに限界がある。とても西部戦線本隊へ日暮れまでに着きそうにない。
そうと分かってはいるが、もはや前線に留まるのは自殺行為。前線にいた全ての魔族が等しく西を目指した。
もちろん、大空を舞う皇国軍の方が遙かに速かった。
東へ後退した先行部隊と入れ替わるように、今度は巨大飛空挺が雲間から姿を現したのだ。
それは鳥のような外観をした、白銀に輝く巨大な飛空挺――皇国軍飛空戦艦隊レジーア・マリーナ旗艦『インペロ』。
リナルド皇太子が駆るであろう『インペロ』は、さらに中型機や小型機を多数引き連れて降下を続けている。
ティータン姫へ向けて、真っ直ぐに。
「だめっ! おいつかれる、はやくにげてっ!」
息も絶え絶えになりながら、それでも周囲へ逃げるよう叫ぶ姫。
だがその姫を、いや周囲を走る者達も含めて、全員が違和感に襲われた。
レーダーから放たれた魔力の波が、『魔法探知』が一帯を走査したのだ。それも空の上から、信じられないほど広範囲を。
それは高い魔力を持つ者、即ち魔王一族であるティータンが捕捉されたということ。
「はなれて……」
姫の言葉は途切れた。
旗艦『インペロ』からレーダーに続いて放たれた光が、ティータンに当たったから。
それは劇的な効果を生じせしめた。魚人族を支配していたリトンと同様の効果を。
突如、嵐が生じた。
青黒い雲が一瞬にして広がる。
雷光をすらまとった爆炎が塹壕を消し飛ばす。
爆風が地下壕ごと地面を抉る。
逃げ惑っていたオークも、巨体故の重量を誇る巨人も、等しく宙を舞う。
青く光る雷雲に飲み込まれたそれらは、等しく塵へ還っていった。
翼を持つ者達は爆風に吹っ飛ばされた。
嵐の直撃をこそ避けたものの、無傷ではいられなかった。
翼が折れ、地面に叩きつけられた彼らは、爆心地を見る。
そこには天空へ昇る巨大な煙と、それよりも遙か高みで悠然と下界を見下ろす巨大飛空挺の艦隊があった。
結果、南北に広がる長大な西部防衛線、その中心に大きな穴が空いた。直径千ヤードの防衛上の穴が。
塹壕も、罠も、何もかもが消し飛んだ更地が出現してしまった――
――以上の報告を、モンペリエ領主の執務室に置かれた無限の窓から魔界全土へ報告していた。
「これら、どうにか逃げ切った者達からの報告を受け、後退を決定した!
やつらの武器兵器は想像を絶している! 正体が全く知れない、桁外れの兵器だ!
円卓会議の長話なんぞ呑気に待っている暇はない!
今すぐにでもネフェルティ姉上の援軍を……!」
ティータン姫が敵旗艦からなんらかの攻撃を受け絶命したことは、遙か遠くから見ていた鳥人の一人によって確認されている……その鳥人は爆風に飛ばされ大怪我を負い、報告と同時に絶命したが。
カルメン達から受け取った新しい服にようやく着替えた裕太も、ベウルの大声を聞いているので事の次第は理解した。
同時に彼は自分の予想が甘かったことも理解した。
もしかしたら世界を破滅させた兵器までも復活しているかも知れない……そう進言したのは自分自身だが、それによって魔王一族が次々と倒される事実を前に、戦慄を禁じ得ない。
同じく報告をベウルの横で聞いているリバスも、他のサキュバス族の女性達も、褐色だった顔色が青ざめていた。
次回、第二十二章第四話
『着任と左遷』
2012年3月26日00:00投稿予定




