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リバス

「だ、ダメです! ボクにはミオモの妻が!」

「ちょっとくらいいーじゃないのぉ。

 もう、ルヴァン兄さんのお気に入りだけあって、お堅いわねえ」

「や、やめて! そんなとこに手を入れないでっ!

 ハナしてえー!」


 裕太の悪い予感は、いきなり的中してしまった。





 市庁舎最上階、リバス姫の執務室に案内された裕太は、のっけから唖然とし、逃げ出したい衝動にかられる。

 そこは執務室として案内されたはずなのだが、どう見てもそうは思えない。

 執務用の立派な机は部屋の隅に追いやられ、代わりに薄衣のカーテンに覆われた巨大な天蓋付きベッドが目の前にあった。

 どうみてもラブホテル。

 現物は見たことのない彼だが、絶対にラブホテルだと確信した。


 そして部屋の主は目の前にいた。正しくは、流れるようなラインを描く小麦色の足が伸びているのが見える。

 室内には鼻孔をくすぐる香がたかれ、サイドテーブル上のランプがほのかに部屋の主のおみ足を照らし出している。

 揺れるランプの炎が一瞬、主の全身を闇に浮かび上がらせた。

 まるで下着のような、というか絶対に下着にもならないようなきわどい服を言い訳程度に身につけただけの、コウモリ羽を背に生やす美女を。

 ベッドに腰掛け、足をわざとらしく組み、妖しい笑みを浮かべながら来訪者を迎えている。

 長い水色の髪を腰まで垂らすのは、モンペリエ統治者である魔王第八子にして第五王女、リバス。


『……ありえねー……』


 思わず久々に日本語がもれてしまった。

 昔の童貞高校生だった彼なら、何も考えず本能のままにジャンプ、空中で華麗に脱衣しながらベッドへダイブしたかもしれない。

 が、裕太はとうの昔に童貞を卒業し、複数の女性から求婚されるリア充へとレベルアップしている。

 もう見え見えの誘惑には簡単に掛からない。むしろ、色仕掛けやハニーとラップも、あまりに露骨だと逆効果。


 で、あまりにわざとらしすぎるシチュエーションにドン引きした裕太が呆然としていたら、「うふふぅ……よく来たわねえ」と言いながらゆっくりと立ち上がる。

 やっぱりこれは逃げようと後ずさりしたら、いつの間にか扉が閉められ外から鍵までかけられていた。

 ドアノブを破壊する勢いで必死にガチャガチャ回していたら、背後から腰へ腕がヘビのように回される。

 慌てて、すり寄る黒翼の悪女から逃れようともがく。

 しかしリバス姫も魔王一族、魔力量は桁外れ。パワーもスピードも外見から想像も出来ないほど。

 あっと言う間に部屋の隅に追い込まれ、その手を振り払うことすらままならない。

 逃げ道を無くして立ち尽くす裕太へ、リバスはゆっくりと足を絡め首筋に指先をゆっくりと這わせる。

その爪は鮮やかにマニキュアが彩られ、姫から漂う香りは花束を抱き締めたかのように濃厚。唇の紅は、薄暗い中でもそれと分かるほどに赤い。

 家庭的で穏やかな魔王のもとで育ったとはとうてい思えない、魅惑的で官能的で蠱惑的な、娼婦の姿。

 彼は、「もしかしてサキュバス族の悪評はリバス姫一人で立ててるんじゃ?」なんて勘繰ってしまう。


「あ、あの! 言っておきますが、ボクの血を吸えば魔法がツカえなくなりますよ!」

「血を吸わなきゃ良いでしょ?

 安心して。それ以外で我慢してあげるわ」


 咄嗟に適当なことを叫んでみたが、全然怯む様子無し。

 それでも愛しい妻に操を立てんと、腹の底から湧き出す本能を必死に押さえつける。


「ぼぼ、ボクは明日の朝から仕事なんです!

 ベウル司令官のところへ、軍事顧問として! だからコンヤはこのへんで!」

「なーによお、軍師なら間に合ってるわよぉ。

 どーせ行っても円卓会議のエルフ連中にいびられて、無視されて、居場所なくて辛いだけだわぁ。

 だったら急がなくてもぉ、ちょっと遊んでいきなさいなあ」


 甘ったるい声できつい未来予想。

 素人の若造がいきなり軍師になってもバカにされるだけ、意見は無視される、なんて彼も予想はしている。

 けどそれとこれとは関係ない、修羅場よりマシ、と思えてくる。

 そこでようやく、というか何でいきなり誘惑してくるんだこの姫は、という点に気が付いた。


「ああああのっ! ちょっと待ってっ!」

「なぁに? 先に湯浴みしたいなら、あたしが隅々まで洗ってあげるわ」

「チガいます! ぜんっぜんチガいますっ!!

 なんで名乗りも何も無しで、いきなりセマってくるんですか!?」

「貴方のことはお父様達から詳しく聞いてあるわ。

 そちらも私のことは知っているでしょう?」

「そ、そりゃ知ってますが……」

「なら、自己紹介なんて時間の無駄よ。

 でもお望みなら、あたしの全てを教えてあげるわ」

「それでも領主ですか!?」

「ええ、領主よ。

 このモンペリエは『ひとときの愛と夢を見る街』なの。その領主。

 ここは現実に疲れ、苦難に打ち拉がれた者達が癒しを求め辿り着く仮初めの楽園。

 寄る辺なき放浪者が、虐げられし弱者が、蔑まれる異端が、助けを求めて最後に叩く門……というわけなの」

「ボクはホウロウもサスラいもしてません!

 家も仕事も家族もありますってば!」

「ええ、聞いてるわ。

 人間の身でありながら、妖精と契りを交わしたって」

「そうです!

 リィンのお腹にはボクの子もいるそうです」

「だからこそ、よ」

「な、何が、だからこそですか!?

 姫様はボクの話を聞いてますか?」

「聞いたわ、ミュウ姉様からも全てを聞いたの。

 だから思ったわ。

 あなたなら、あたしをはらますことが出来るかもって」


 超ストレートにぶつけられた単語、孕ます。

 初対面の自分を妊娠させろと、ほとんど裸で最大級の誘惑を仕掛ける、小麦色の肌のリバス姫。

 思考が停止してしまう裕太の胸の上にのの字を書きながら、それでも事情を語り始めた。


「あたしは背中の黒翼から分かる通り、元はサキュバス族なのよ。エルフや人間族から精を得るの。

 でもね、ダメなのよ。

 どうしても子供が出来ないの」


 先ほどまでの勢いはしおれ、うつむいて肩を落とすリバス。

 黒水晶を磨き上げたかのように透き通る瞳には、うっすらと涙が浮かぶ。

 子供が欲しいのに出来ないと、自らの苦悩を言葉に連ねる。

 でもしっかりと、豊満とは言わないが張りも形も極上の胸を押しつける。


「あたしの外見から、エルフならと思ってね。沢山のエルフと夜を共にしたわ。

 インターラーケン戦役後は、亡命した人間達とも肌を重ねたの。

 いいえ、それだけじゃないわ。あたしを抱いてくれるなら、誰とだって……。

 でも、ダメだった。

 やっぱり魔力炉として改造されたのがまずかったのね。女としての体に異常は無いのに、誰の子も宿せなかった」

「そ、そうなんですか……」

「だから、種族の壁を越えて子を為したユータ卿なら、と思ったのよ……」


 力なく彼の肩に頭を寄せる姫。

 悔しげにローブの裾を握りしめる細腕は、まさに己の運命に打ち拉がれ苦難に苛まされる、弱々しい女そのもの。

 男の本能に身を任せて気が付いたら子供が出来てた裕太にとっては、なかなか子を求める女や母の心情は理解しにくい。

 しかしさすがに、こんなしおらしい姿とやむにやまれぬ事情を聞かされては、彼には無碍むげに拒むことも難しい。

 でも浮気する気はなかったので、どうやって諦めてもらおうかと頭を捻る。


「え、えと……り、リバス様も、おツラかったのですね」

「ええ……辛かったわ」

「おキモち、分かります。

 ですがボクは心に決め」

「分かってくれるのねっ!」


 彼の言葉を無視し遮り、バッと顔を上げた姫。

 その笑顔は、どちらかというと鬼気迫るものがある。

 彼がまとうローブを握りしめる拳の力の方は、間違いなく鬼神のそれ。

 裕太は自分が甘かったことを思い知らされた。


 姫のしおらしい腕に怪力が宿る。

 信じがたい力で彼を抱き締めると同時に、黒翼を広げて宙に舞う。

 そのまま広い執務室を一気に飛び、天蓋付きベッドの中へ飛び込んでしまった。

 布団の上に仰向けで放り出された裕太の腰には、既に臨戦態勢の姫がまたがり舌なめずりをしている。

 唾液が滴る牙に、劣情を隠そうともしない瞳に、彼は凶暴な肉食獣の餌食にされるウサギの気持ちを理解してしまった。


「や、やめて! タスけてっ!

 ボクには心に決めた女が!!」

「大丈夫よぉ、ちょっとだけだからぁ。

 天井のシミを数えてる間に終わるわよ~」

「イヤです! ヒドい! ケダモノっ!」

「いーじゃないの減るもんじゃなし。

 よいではないかよいではないか~、ほぉら体は正直じゃないのぉ~、ここは欲しいって言ってるわよぉ~」

「きゃーっ! 見ないでえー!」


 膨大な魔力で『肉体強化』術を使う姫の力に、裕太の細腕で抗し切れるわけもない。

 力ずくで服を一枚また一枚と脱がされ、剥がされ、破られていく。

 だが、その時。

  ドンドンドンドンッ!

 憐れ、最後の砦まで陥落という直前、ドアが激しくノックされた。


「リバスお姉様! 大変です!」

「後にしなさい! 今いいとこなのよ!」

「そ、それが! ベウル様が!」


 ドアの向こうの女性が叫ぶや、激しい軍靴の音が廊下を駆けてくるのが聞こえる。

 何か押し問答をしているらしい男女の声がしたかと思うと、「キャッ!」という悲鳴が上がる。

 次の瞬間、ドアの方で何かが光った。


  ドスッ。


 鈍い音と共に、ドアの上半分が床へずり落ちた。

 廊下のランプの光を背に、巨体のシルエットが浮かび上がる。

 どうやらそれは甲冑に身を包んだワーウルフ族の大男らしかった。

 一刀のもとにドアを切り捨てた大男は、鈍く光る大剣を手にしたまま、ずかずかと執務室へ踏み込んできた。


「リバスよっ!

 取り込み中に失礼するぞ!」


 野太い、腹に響く声が艶っぽい部屋の空気を揺るがす。

 思いっきり舌打ちしたリバスは、やれやれという風で裕太の腹から顔を上げた。


「ベウル兄さん……一体何なのよっ! 司令部はどうしたの!?

 というか、いくら兄さんでもやって良いことと悪いことが」

「そんなことを言っている暇はない!

 臣下を叩き起こせ! 兵を集めろ! 民を逃がすのだ!」

「だから、何だってのよ!」

「戦線が崩壊した!

 彼奴らが、皇国の艦隊がじきに街まで押し寄せてくるぞ!」

「な……え、ええー!?

 そんな、なんでいきなり!?」

「それだけではない……いいか、落ち着いて聞け。

 ティータン姉上までも、討ち死にされたのだ!」

「てぃ、ティータン姉さんが討ち死にって、そんな、まさか!?」


 突然の事態。

 いきなりのことに頭がついていかない裕太は、涙目で乱入者かつ姫の魔手からの救い主を見上げる。

 それは巨躯を白い毛で覆われ、鼻から耳にかけて広がる青黒い毛がほのかに光っている甲冑姿のワーウルフ。

 狼頭の第七子第三王子、ベウル。


次回、第二十二章第三話


『戦線崩壊』


2012年3月25日00:00投稿予定

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