Montpellier(モンペリエ)
モンペリエ。
魔王第八子にして第五王女、リバスが収めるProvincia地方の都。
魔界ではMareNostrum(我々の海)と呼ばれる、地球で言う地中海沿いの海岸に建設されたリゾートの街。
この北側に飛翔機が離着陸出来る大型発着場がある。
ルテティアから飛翔機で一気に南下したが、それでもそれなりの時間はかかる。もう日が傾いている。
皇国軍との接触まで時間は無いだろうが、今から飛空挺に乗り換えて西部戦線司令部へ行くと、さすがに夜間飛行になってしまう。
安全のため、一旦モンペリエに宿泊し、朝に市街から飛空挺で司令部へ向かう予定になっていた。
プロウィンキアは魔界南方の海沿いに広がる農村地帯。
皇国支配地を東に臨むが、かつては国境代わりの山脈とヴォーバン要塞が守護し、戦乱に巻き込まれる不安がなかった。
昔から主にオーク小部族の寒村が散らばり、それらを支配するドワーフなど各種族の領地や小国があった。
軍主兵力として存在を認められたオーク達は、オーク国家建国を悲願としていた。
魔王は兵役の報酬として願いを聞き届け、リバス王女がこの地を拝領し、オークの農業を育てた。
海沿いに建設した都モンペリエは沿岸部の穏やかな気候を利用して、一大リゾート地とした。
「……それって、主がドワーフとかからリバス姫に変わっただけじゃないかなあ?」
そんな分析を加えつつ、モンペリエ近郊の大型飛空挺発着場に降り立ったのは裕太。
今、発着場周囲に広がっているのは、ひたすらに畑。絵に描いたような農村地帯。
ところどころに森が残っているが、なだらかな丘陵地帯も平原も、果てしなく農地が広がっている。
上空からは休耕地らしい雑草が生えた場所や、巨人族の牧童に連れられた家畜の群が放牧される牧場も見られ、モザイク状の風景が広がっていた。
家畜は牛に豚に山羊に、ダチョウと大トカゲのあいのこみたいな生物や、見たこともないよくわからないものもいて、実に様々だった。
彼の背後では、大荷物を背負うブリュノ親子も物珍しげに周りを見渡す。
「ほえ~、これがオラ達の国だかぁ~」
「すっごいなあ。
アロワ兄ちゃん、オークだってやれば出来るんだなあ」
「そうだぜ、シリル。
これから故郷にガイセンってヤツをするんだからな!
ビシッとしなきゃ、なめられるんだぞ」
そんな話を聞いて、裕太は何気なくブリュノ達へ声をかける。
「えっと、ブリュノさん達は、もしかしてプロウィンキアは初めてなの?」
「ンだな。ガキ共だけじゃなく、オラも初めてだ。
オラのとーちゃんは戦でケガして、役立たずになったからと肉屋に運ばれる所で逃げ出して、ルテティアに飛び込んだんだぞ」
「に、肉屋って……」
「とーちゃんは、ほんっとに怒ってたんだな。
まだまだ戦えるってのに、ちょっとケガしたくらいで勝手に売られるなんてって。
肉屋に行く時を自分で選べるのは、ボア族戦士の大事な権利なんだぞ」
オークは奴隷というより家畜扱い。しかも自分の意思で処分場へ行くという。
そんな魔界の現実の一端は知ってはいたが、やはりカルチャーショックは免れない。
発着場には係員だけでなく、送迎の者達もいる。
ユニコーンの馬車や騎馬隊やらが賓客を迎えるべく待機していて、飛翔機から降りてきた乗客達を次々と乗せていく。
飛翔機の利用料は高価、それを利用するのは上流社会に住む者。ゆえに多くの客は迎えの馬車や騎馬隊が来ていた。
裕太達のこともリバス姫に連絡されてるので、彼らの迎えも来ているはず。オークの歴史は今はともかく、迎えはどこだろうと彼らはキョロキョロ見まわす。
すると、毛の長い牛らしき生物二頭に牽かれた幌付きの車が寄ってきているのをシリルが見つけた。
幌には絡み合う二枚の黒い翼をあしらった紋章が描かれている。
「あ、なんかコッチに来るんだな」
「あれが迎えかな?」
オークの御者に操られた馬車、じゃなくて牛車は彼らの前で止まり、後ろの幕をめくって幾名かが降りてきた。
それは、まだ肌寒い春の殺風景な発着場には不釣り合いな、やたら露出度の高い黒のドレスをまとった金髪銀髪の美女二名。二人とも少し褐色がかった肌だ。
大きく開けられた背中からは、黒いコウモリ羽が伸びている。
サキュバス族だ。
畳んでいた黒翼を大きく伸ばした女達は、やたらと短いスカートの両端を軽くつまみ上げて頭を下げる。
「お待ちしておりました、ユダ卿。
魔王陛下より卿の送迎を申しつかり、参上致しました。
私はカルメン、こちらはツィンカと申します。
以後、お見知りおきを」
ユダ卿、と呼ばれて挨拶された裕太。
スゴイ美女が丁寧で上品に頭を下げられたので、ともかく頭を下げる。
一瞬、どこの裏切り者キャラだ、と思ったが。
「あ、うん、ありがと。
ボクはカナミハラ=ユータです。
よろしくお願いします」
「ユータ?
あ、失礼致しました。
非礼をお詫びします」
「気にしないで下さい。
魔界ではメズラしくて発音しにくい名前でしょうから」
名前を間違えられたことは横に置き、その美貌に見とれて呆けそうになった彼は、上の空で返事する。
人間族風の女性には全然興味ないボア族の親子は、やーあんがとあんがと、と礼を言いサッサと荷物を牛車に詰め込んだ。
女達のとろけそうな笑顔に脳がとろけてた裕太は、両腕をサキュバス族の美女に抱かれながら牛車に誘われた。
それでも必死に心頭滅却し我に返ろうとする。
「あ、あの、すいません。
街まで時間、カかりますか?」
「日暮れまでにはリバス様のおられる市庁舎に着きますわ」
「どこか寄りたい場所がおありですか?」
「いえ、そうじゃなくて、ギョシャの席に座りたいんです。
街を見たくて」
「なるほど、そういうことでしたら」
牛を操っていたオークの御者は幌の中に押し込まれ、変わって女達が牛の手綱を握った。
そして彼女らの間に裕太は挟まれてしまう。
荷台の中はオーク族だけで、すぐに意気投合して笑い声が外へ漏れてくる。
御者席は裕太がサキュバス族の美女二人に挟まれて、しかも不自然なほど肌をピッタリと寄せてくる。
彼女らのドレスは扇情的、というより明らかに誘惑目的。異様に短いスカートからは健康的な小麦色の足がスラリと伸びている。
背中だけでなく胸元も大きく開けられ、露骨に魅惑の谷間を見せつけてくる。
身重の妻が待つ身ではあったが、なにしろ妻は少女体型の妖精族。久々に見る大人の女性の魅力は、さすがに目に毒。
やぶ蛇だったと少し後悔したものの、今さらやっぱり止めますとも言いにくい。なので必死に道中の風景へ目を向ける。
モンペリエの街までは、大方は本当にのどかな農村風景。
オークの農夫が木陰で昼寝してたり、洗濯物を取り込んでいたり、巨人の男女が川縁で語らっていたり。
家畜たちも子羊や子ヤギや巨大スライムや子トカゲや子ダチョウ、とでも言えばいいのか、とにかく様々な動物がノンビリと草を頬張っている。
風と共にささやかな波が広がる湖沼には、ピンク色の大きな鳥の群れ。一本足で立っている姿は、まさしくフラミンゴ。
が、そんな風景に不釣り合いな光景もある。
剣を下げて大荷物を抱えたオーク達がゾロゾロと街道を東へ向かう。
武装大型飛空挺も空を東へ向かって飛んでいる。
牛車が進む石畳の街道を、二本足で羽毛に覆われたトカゲもどきの大型生物に跨るリザードマンの兵士達が、立派な旗を掲げる騎兵を先頭に、やはり東へ進む。
兵達が通り過ぎる間、牛車は道を外れて通過を待っている。裕太はカルメンと名乗った右の金髪美女へ尋ねてみた。
「あの騎士達は?」
「ユータ卿と同じく西部戦線へ向かうのですわ。
あの旗印は神竜僧院モンペリエ支部、マグローヌ寺院の僧兵です」
他にも多くの兵団とすれ違う。
中にはかなり粗野そうなワーウルフの一団などもいたが、幌の紋章をチラリと見るだけで、構わず通り過ぎていった。
ワーウルフ達が通り過ぎた後、ツィンカと紹介された左の銀髪女性が説明する。
「この幌の紋章はリバスお姉様を表します。
ゆえに誰も絡んでは来ませんので、安心して下さい」
「あ、はあ、どうも」
どうやら彼は、無骨な兵士の一団に睨まれて怯えている、と思われたようだ。
確かに少し怖がっていたのだが、今はそれより気になることがあった。
リバス姫が「お姉様」と呼ばれていたこと、ではなく、彼女たちが話すたびに口元からのぞく牙。
彼はサキュバス族については、あまり良い噂は聞いていない。
種族の全員が女性で、他種族の男をたぶらかし、血と精を吸い上げて殺したり奴隷にする、とかいう類だ。
その主たるリバス姫に至っては、夜な夜な男を虜にして生き血を吸い上げミイラにする、と。
とすれば自分も狙われているのか、と不安を感じていた。しかもこんな澄んだ青い瞳で迫られたら、とても拒みきる自信がない、と。
が、まさか面と向かって「ボクの体が目当てなの?」なんて聞けるはずもない。
なので彼は努めて街の方へ興味を向けているフリをした。
出入りする商人や農夫や兵士でごったがえす城壁の大門をくぐれば、そこはモンペリエの街。
リゾート地、というだけあってズラリと並ぶ飲み屋と宿屋と劇場、そして賭場の店。並ぶ看板もド派手。
ルテティアと同じように案内板兼街頭放送の巨大石版も、数こそ少ないが要所要所の辻に置かれている。
また、同様にルテティア各所に建っていた尖塔もあちこちにある。
もう夕暮れだというのに店じまいの雰囲気はない。むしろこれからという熱気だ。
大通りはルテティアほどではないにしても道幅は広い。だがそれ以上に往来が多すぎて渋滞している。
上品な馬車や牛車だけでなく、無骨な兵団の姿も多い。種族は多種多様だが、西部戦線に向かうことは変わらないだろう。
で、そんな兵士達を目当てにした酒場や露店も多い。客引きをする各種族の女性の姿も。
どうやら、戦争が近いから街の住民が逃げ出す、ということはないようだ。
よく見ると各種族の女性は、ゴブリンやドワーフやワーキャットと様々な姿をしているのだが、総じて黒い羽を背中に生やしている。
魔王城やルテティアではあまり見かけなかったサキュバス族だが、ここではかなりの数がいるようだ。そして各種族の姿をしているのは、彼にとってかなり奇妙だった。
「あの、黒い羽のヒト達、みんなサキュバス族ですか?」
「そうですよ……っと!」
右のカルメンが金髪を揺らしながら、群衆の中を牛車でかきわけようと奮闘しながら答える。
二頭の牛を各自が操るが、互いの息は合っている。それでもさすがに混雑が酷くてなかなか進めない。
「私達サキュバス族については、どの程度知っていますか?」
「え? えっと……」
どの程度知っているかと聞かれ、例の噂話をそのまま語って良いのか迷ってしまう。
結局、当たり障りのない返答をすることにした。
「よくは知りません。
ジュネヴラやルテティアでは、あまりミかけなかったので」
「そうですか。
サキュバス族というのは、黒い羽を持った者達の総称なのです。
実際にはあのように、ワーウルフ・ワーキャット・ゴブリンと、様々な外見をしているのですよ。
ちなみに私はエルフ、彼女は人間族の外見です。卿は人間やエルフに近い種ということで、私達が迎えによこされたのですよ」
両横の女性が同時に髪に手を差し入れる。
長い金髪の間から覗くのは、確かにエルフのような長い耳。銀髪の間からは人間のような短い耳だった。
「へえ。
どうして黒い羽だけがキョウツウなんです?」
「サキュバス族の魔力の源なのです。
あの翼のおかげで、われらは産まれながらにして高位魔導師に並ぶ魔力を身につけています。
ですが、その代償なのか、私達の種族には男がいないのですよ。
各種族の男性と愛し合って、黒翼を持つ女児を産むのです。なので各種族ごとの姿をしているわけですよ……とっ!
キャアッ! 気をつけなさいよ!」
街の中心へ向かう大通りは、とにかく混雑し過ぎている。
説明していた金髪女性のサキュバスが、いきなり飛び出してきたゴブリンの子供に怒鳴りつける。
母親らしいゴブリンがペコペコ謝っている間に、銀髪女性の方が説明を続けた。
「でも、サキュバス族は子をなすために、大変なエネルギーと魔力を必要としまして。
それを男性の血から得るわけです」
「げ……!」
思わず声を上げてしまう裕太。
その反応を銀髪女性の方は怒りはせず、むしろコロコロと楽しげに笑っていた。
ようやく大混雑な大門前の繁華街を抜けた牛車は、石畳の上をゴトゴトと進む。
「うふふ、安心して下さいな。
血を吸って殺すとか、呪いで操り奴隷にするとか、そんなのは迷信ですよ。
定期的に、ちょっともらうだけなんです。
蚊みたいなものです」
「あ、そ、そうなんですか」
「そうなんですよ。
それに、血を吸われるのって、凄く快感なのですよ!
でも、なにしろ産まれる子が全部サキュバス族の女性になってしまうものですから。血筋が絶える男手が奪われる、と嫌われてまして。
おまけに、確実に各種族の男性を誘惑するため、正直かなり見目麗しいのですよ、我らは。
各種族の女性から妬まれるのも当然です」
堂々と、当たり前のように見目麗しいと自画自賛する。
だがその姿は美女と言うに相応しい。
確かに、サキュバス族は様々な意味で嫌われること間違い無し。でも若い男ならホイホイついていくのも頷ける。
しかも魔術に長けているともなると、危険視されるのも当然だろう。
「それで我らは追い立てられて、娼婦や娼館まがいの旅籠くらいしか仕事がないわけです」
「なるほどー」
「でも、そんな我らを救い守って下さったのが魔王陛下であり、あの市庁舎にてモンペリエを統治するリバスお姉様なのですよ」
そういって銀髪女性が指さしたのは、夕暮れに赤く染まる広場の向こうにある立派な石造りの建物。
ジュネヴラの市庁舎より数倍大きい。そして飾りのレリーフや彫刻が全面に彫り込まれ組み込まれている。
そしてサキュバス族が多い街なせいか、それともリバス姫の趣味なのか、やたらめったら艶めかしい姿の彫刻ばかり。
最上階、おそらくはリバス姫がいるであろう部屋の窓を飾るカーテンは、妙に薄く赤っぽいというか。照明もほのかにピンク色。
牛車を降りた裕太は市庁舎の前で、非常に嫌な予感に襲われた。
次回、第二十二章第二話
『リバス』
2012年3月24日00:00投稿予定




