修羅場
突然ですが小生、イーディスと申します。
現在はル・グラン・トリアノンの浴室です。
試作型『穏行』宝玉で姿を消していた小生は、ユータ卿の生物学的調査の最中でありましたです。
しかしそこへ忍び込んだのは魔力炉の子供達の一人、シルヴァーナ女史。発情期の彼女はユータ卿と生殖行為を行うべく、卿へ熱烈なる求愛行動を敢行していましたです。
だがあと一歩というところで卿のパートナーたる妖精族女性が妨害に入りました。
ユータ卿は妖精女性の蹴りを頭部に食らい、浴槽に沈んでしまいました。
今は、浴室の洗い場で5ヤードほどの間合いを開けて睨み合う女性二人です。
これは白熱の展開ですよ!
お、先に口を開いたのは妖精族女性の方です。先制攻撃ですか。
「……言っておくけど、妖精族は一夫一婦制よ。
愛人なんて汚らわしい風習はないの」
「種族融和は魔王じーちゃんのご意向ってヤツだぜ。
愛人も多妻も、男の甲斐性だと思いな」
「ユータは、あたしのことが好きなのよ!
あんたみたいなガキ、ぜんっぜんタイプじゃないの!」
「はっ!
そのあたしよりペッタンコのクセに、良く言うぜ」
「なっ……!」
両腕でささやかな胸を寄せる女史。
女性としての性的魅力をアピールする行動ですな。
これは、人間族男性にとっての性的魅力に劣る妖精族女性としては、著しく劣等感と敗北感を誘発することでしょう。
や! やややっ!
あの妖精女性、リィンという名でしたか、お仕着せを一気に脱ぎ去りましたです!
なんのつもりでしょうか、やはり濡れて重くなった服のままで戦闘になると動きにくく不利とみたのでしょうか?
「お生憎ね。
ユータが好きなのは、あたしなの。
彼はね、この細い体が、ささやかな胸が、小さなお尻が好きって言ってくれたの。
人間族からみると少女にしか見えない妖精の体が大好きなのよ。彼はあたしの全てを愛してくれたの。
いずれ醜くぶよんぶよんに膨らんで垂れちゃうあんたなんか、ユータの好みじゃないのよ!」
ビシィッ!
裸になり、シルヴァーナ女史を威勢良く指さす妖精女。
なるほど。好みは各自にさまざま、蓼食う虫も好き好き。これは女史にとって大きな問題点ですねえ、うんうん。
およ? でも女史はフフンと余裕の笑みですよ。
「知ってるよ。
だからこそ、今のあたしにもユータ兄ちゃんを誘惑出来るわけだぜ。
同じ少女の体なら、あたしの方が魅力的だからな」
おお! そういう理屈で来ましたか。素晴らしい反論です。
妖精のリィン女史の方は……あ、あれ、なんだか火花というか、雷光が弾け始めてますですよ。
まさか『雷』の術式を組み上げ始めてます!?
な、何を考えているですか! こんな水だらけの場所じゃ、自分も相手も全員感電するですよ!
「それに、今は少女の体が好きでも、いつかは飽きちまう。
いつまでも枯れ枝みたいな妖精女の貧相な体と、どんどん味わいを増す大人の女……まともに考えれば、どっちがいいと思うよ?」
「分かってないわね」
「なにがだ?」
「あんたが、あんまり体にこだわるから、付き合ってあげたけどね……。
本当は、ユータはあたしがどんな姿でも構わないのよ。ユータはあたしの心と、魂と惹かれあってるの。
あんたみたいな淫乱ガキが入り込む隙間、彼の心には無いわ」
「それこそ分かってねえなあ」
「な、何がよ!?」
「男は、四の五の言っても所詮は体に惹かれるのさ。魂と睦みごとは出来ねえよ。
体の距離は心の距離ってワケ」
対するシルヴァーナ女史は、僅かに腰を落とし半身を引いてます。明らかに戦闘態勢です。
「第一、お前みてえな、兄ちゃんの金目当てで近寄ってきた貧乏人に、偉そうなこと言う資格はないぜ!」
「金なんかいらないわ!
あんただって、暴走で死にたくないから抗魔結界を持つユータに近寄っただけでしょうに!」
「ふざけんな!
いや、確かに、最初はそうだったかもしれねえよ。
けどな、兄ちゃんの優しさ、全てを受け止める広い心、意外なほどの男気てえヤツ、あんなモン見せつけられたら女としてたまんねえのさ。
へへ、初めて本気の恋ってのを知っちまったよ」
「なら、それを最後にしてあげるわ……」
「け……! やってみなっ!」
うわあ、シルヴァーナ女史の魔力ラインが、リィン女史の周囲の雷撃も、凄いことになってます!
シルヴァーナ女史は魔術は未熟ながら魔力量は桁外れ。
対するリィン女史は妖精族、彼らは飛行に特化しているため他の術は不得手ですが、魔力量は高いし一通りの魔術は使えるのです。
こ、これはヤバイかもです。速やかに待避しないと……!?
と思いきや、湯船からバッシャバッシャと水音が近づいて来ます。湯船に沈んでた幸せ者の卿が復活したようです。
大慌てで湯船からあがり、二人の間に割って入り……お?
お、おおお、おおおおーーーーーーー!!!
ここっこれは、なんたる膨張率ですかあーーーー!!!
「よ、よせ! やめてくれっ!
シルヴァーナ、リィンも、落ちツいて……?」
うう~~~~~む。
湯船に入るときとは全く形状が異なりますな。大きさも段違いです。
血液が流入しているだけで、これほど硬度を増すとも思えません。ですが解剖学上、人間族もエルフ同様に骨は入っていないはずなのです。
にもかかわらず、このような……そ、その、雄々しい姿? に、変形するとは。
「……あの……」
し、しかしこの形状、機能、これは小生らエルフ族のみならず妖精族・ドワーフ族・人間族で共通するとのこと。
その他種族でも同様の器官を有していますが、特にこの四種は類似点が多いそうですよ。
ということはもしや、混血も可能なのでしょうか?
「……あの、えと、イーディス先生」
「え?」
名を呼ばれて、返事をしてしまいました。
視線を上げると、ユータ卿と目が合っています。
目が合ってる……?
え……!?
左右を見たら、シルヴァーナ女史ともリィン女史とも目が合いました。
仰天して目を丸くしながら、小生を見下ろしています。
小生は、姿を消していたのに、何故……あ、ああああああああああ。
姿が現れていますですぅっ!
魔力が尽きているのに、気付かなかったのですよおおおーー!
「イーディス先生……何を、してる……ん、ですか?」
「え、えと、小生は……その……」
何をしているのかと聞かれて、自分の状況を改めて真面目に考察してみます。
浴室内にいる男性一名女性三名、自分含めて全員が全裸です。
小生は修羅場中な他三名に囲まれて、四つん這いです。
顔はユータ卿の股間ド真ん前です。
目は、つい先ほどまで、卿のアレをじっくりと観察中宙厨虫註注ちゅうチュウTYUU……。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!」
小生、ミスラ=イーディス・アレフガード・オブ・コヴェントリー=フェミニア・アータートン・ビーチャム=ゴダイヴァと申します。
つい先日までは、ミス・イーディスとかイーディス先生と呼ばれていました。
デンホルム氏と他の教師達に生ゴミでも見るかのような蔑んだ目を向けられ、魔王城侍従長ミュウ王女にこってりと搾られた今、別の名で呼ばれています。
覗き魔イーディス、です……。
「それで、ノゾき魔先生はナンのご用ですか!?」
城の静かな一室。
目の前に座るユータ卿は、ひきつった顔で小生を睨んでいます。
隣にいるキョーコ女史は、ニヤニヤと笑ってます。
弁解のしようはありませんです。何を言われようとも小さくなって甘んじるしかないのです……。
「し、小生は、決して出歯亀していたわけでは、その……お二方に、ルヴァン様からの大事なお話を……」
「弟の裸体を鑑賞するように、とルヴァン様が命じたとは思えませんが」
ぐうぅお、痛い、魂に突き刺さります。
「お、お二人の性格や考えを、知るために……そ、それだけ重要な事項なのです!」
必死に弁解しながら書類を差し出します。
それはDimension-couloir Experiment(次元回廊実験)の計画書。
これこそが、彼らが魔界に協力する交換条件として示された、最新鋭かつ最大規模の魔導実験計画。
次元の壁を破り、彼らを故郷へ帰すための計画書なのです。
そしてお二方とも、計画書の表題を見ただけで目を見開き硬直してしまいました。
さすがですね。並の者では内容を詳細に説明されてすら意味が分からない実験を、表題を見ただけで理解してしまうのですから。
ですが今、二人とも魔界に確かな地位を、居場所を築きつつあります。
さて、彼らは協力してくれるのでしょうか?
この手の統計って、怪しいんですよねー
ちゃんと数学的に正しい方法で調べたのかなー?
次回、第二十二章第八話
『赴任』
2012年3月22日00:00投稿予定