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生態調査

 小生、イーディスと申します。

 ダルリアダ出身のエルフです。

 つい最近、グランドツアーの一環として魔王城にて教師の任に就きましたです。

 真名はミスラ=イーディス・アレフガード・オブ・コヴェントリー=フェミニア・アータートン・ビーチャム=ゴダイヴァ。

 エルフは洗礼名・個人名・家族名・出身地等々が長く続くのです。さすがに名乗るだけで時間と手間がかかるので、普段は個人名だけを名乗ります。


 それはさておき、小生は魔王城への出立前に、ルヴァン様から直々に重要な任務を与えられました。

 小生の所属するラボで研究を始めたチキュウの科学。その中でも最新の実験、『次元回廊実験』について、かのチキュウ人達へ説明し協力を求める、という任務です。

 小生のような新米に、教師だけでなく、かような大任が与えられるとは……驚愕の余り眼鏡がずり落ちてしまいましたです。


 着任してすぐに二人へ説明しても良かったのですが、まずは彼らの心根や能力について予備知識があった方がよいかと思いますです。

 二人の個人情報は予め書面で受け取ってます。穴が開くほど読み返しました。全部頭に入ってます。

 ですが小生の研究主題はチキュウと決めましたです。どんな情報も裏付けは必要ですし。ならチキュウ人を直接に観察することは最優先事項です!

 デンホルム殿が「右も左も分からないだろうから、魔王城をあちこち案内してあげよう」と申し出てくれましたが、ルヴァン様からの命令と小生の研究が優先でありますから。丁重にお断りしたです。

 なんだか随分と気落ちされてましたが、気にとめている暇もありませんです。

 早速、彼らの人となりを確かめに参りましょう。


 もちろん観察していることを察知されてはいけませんです。

 観測という行為は、それだけで対象に影響を与えてしまうからです。これはチキュウでも同じと思います。

 なので、そのための秘策も準備してきたです。研究室の試作品をお借りしてきたのですよ。

 手の中にあるのは、透明な宝玉。姿を消す最高等魔法『穏行』の魔法が付与されているのです。

 しかも最新魔術で形成されているのです。小生程度の魔力でも、かなり長時間姿を消していられるのです。

 もちろん服などは消えないので眼鏡も外して全裸にならねばなりません。おまけに宝玉自体は消えないという欠点は克服出来てませんです。

 しかし! まるで透き通るように透明な最高品質の宝玉ですので、かなり大丈夫。知恵の限りを尽くし、隠密行動をとり続けます!

 というわけで、参ります!





 ル・グラン・トリアノンの大浴場です。

 今、小生の目の前ではカナミハラ=ユータが服を脱いでいるです。

 どこに行かれたかと尋ねて回ると、一人で沐浴に行かれたとのことでした。なので急いで先回りし忍び込んだのです。

 城内の他の方々は、なんでもバルトロメイという前コック長への差し入れを集めて飛空挺へ積み込むために、発着場へ行っているそうです。今、小生の研究に邪魔は入りません。

 彼は非常に緊張した面持ちで、一枚また一枚と脱いでいきます。


 し、小生は、劣情で覗きをしているわけではありませんです!

 生態調査は、やはりまず肉体的な観察から入るのが常道なのですよ!

 そ、それに、小生は勉学一筋ゆえ殿方と、し、寝所を、共にした経験が無く、女ばかりの姉妹の末っ子で、父は小生が幼子の折に急逝し、あの……。

 や、はり、書籍の文字や図画などより、生で見るのが一番知識として価値があるのですよ!

 むぅ……眼鏡がないので、かなり接近せねばよく見えませんです。宝玉を彼の死角に隠し、息を潜めて近寄ります。

 むむむぅ!? こ、これが、男性の、おお、男の、アレでありますか!? 実際に目にするのは初めてです!

 意外と小さいでありますな。これは個体差の範囲でしょうか?


 ざっぱんざっぱんと景気よく浴びてから、どっぽんとお湯につかります。一人だからってマナーがなってませんですね。

 首まで湯に入ってから、大きく息を吐き出して、ぼそりと呟いたですな。


「……西部戦線……か。ボクが軍事コモン、軍師、ねえ……ツトまるかなあ……」


 どうやら新しい任務の重圧に悩んでいるようです。

 確か彼は現在、魔王軍所属で魔王陛下直属の軍師、軍事顧問みたいな立場にあるとのことです。

 数ヶ月で基本的な軍師としての知識を習得したそうです。とてもそうは見えませんが、かなり知性の高い方なのでしょう。

 ついさっきベウル司令の下への赴任が言い渡されたようですね……ん?

 今、背後で戸が開く音がしたような?


 振り向きますが、何もいません、でも閉まってたはずの戸は開いてます。

 て……あれ?

 なんだか透明な丸い宝玉が、ふよふよ浮いて来ますよ。あれは小生が持つ『穏行』の宝玉と同じ物ではありませんか。

 わずかに素足で歩くペタペタという音もしてます。誰かが姿を消して入ってきたようです、てことは……?

 侵入者!? 狼藉者!!

 一大事です……て、ここで騒いだら小生の侵入もばれてしまいます。

 侵入者も裸だから素手、しかも滑りやすい浴室。危険性は低いはず。ここは一つ、いつでも飛び出せる心構えをしつつ様子を見ましょう。


 侵入してきた宝玉は、ユータ卿の背後で止まりました。

 彼は気付いてる様子はありません。

 と、漂う湯気の中に、うっすらと姿が見えてきましたです。ここで姿を現すとは、大胆不敵です。

 だんだんと輪郭がはっきりしてきて……あれ?

 その姿は小柄な人間、ほっそりとした女の子。綺麗な卵形の頭、上品に通った鼻筋、長く艶やかな黒髪。そして緑色の瞳。

 確か魔力炉の子供達の中で一番年長と思われる、シルヴァーナ女史です。『穏行』で姿を隠して来ましたから、もちろん裸です。

 子供達は孤児院出身で正確な年齢は分からないと言うことですが、みたところ、女性らしい丸みが出始めているようです。

 恐らくは十二歳から十四歳、というところです。魔力炉の子供としては少し年上で、背も高いようにみられます。

 魔力炉容器に入るギリギリの体格と年齢だったとか。

 や、背中には何やら青く輝く模様が……魔王一族が持つ魔力ラインですね。やはり同じ魔力炉だけあります。

 ゆっくりと、慎重にかがんで、腕を広げて……。


「ユータにーちゃんっ!」

「ぬぅおわあっっ!!」


 おおうぅっ! いきなり後ろから頭をハグですよ!

 こ、これは男として嬉し恥ずかしではないでしょうか!?

 いくらささやかな胸でも、これなら性的示威効果抜群間違い無しです!! 私も参考にしましょう。

 そしてそのまま女史も一緒に湯船へ飛び込みます、景気よくどっぼーんっ!

 しぶきを上げながらぐんずほぐれつですよー!


「だ、ダレだ、て、シルヴァーナ!?」

「へへーん、当たり~」

「な、なんで、いつの間に、しかも裸で!? 発着場に行ったんじゃ!?」

「だってさー、兄ちゃんはもうすぐ出陣なんだろ?

 こんないい女をほっぽってさー、冷たいよなー。

 んなワケで、戦場へ向かう男が為すべきことは、一つ!

 さ、子種を播いてけよ」

「そ、それシボウフラグ!

 縁起でもないよ!」

「嬉しいくせにぃー!」


 シボウフラグとは何のことでしょうか? どうやら彼の故国では縁起の悪い行為のようですが。

 それにしても、湯気が漂うし眼鏡もないので、よく見えません。

 もっと近寄ってじっくりと男女の機微を観察致しましょう。……おおふ、縋り付き細い体を押しつける少女と、おほほ、湯の中で見えませんが、胸の奥底からわき上がる情欲にいきり立つ身を必死に封じ恋人への操を立てんとする若者、ぐふぐふ。

 勉強になるですなあ。


「そ、そんなの、こんな、ダレに習ったの!?」

「あたしの店でさ、うりうり」

「ど、どんなお店だよ!?」

「娼館だよ。

 かーちゃんは売れっ子娼婦だったのさ」


 なかなかに衝撃的な告白ですな。

 あ、女史の攻めが勢いを弱めました。

 いきなりしんみりした口調で語り始めます。

 昔を懐かしむ、というよりほろ苦そうな表情ですね。


「詳しくは知らないけど、ミルコって貴族の三男坊の愛人になってさ。あたしはその貴族の私生児、落胤ってわけ。

 ほーら、ここなんかどーだい?」

「あ、あふん……!

 こ、孤児院出身じゃ、なかったの? ……あん!」

「いやー、本妻に睨まれたらしくてねー。

 かーちゃんは店ごと襲われ殺されて、あたしは孤児院に放り込まれて、最後は魔力炉送りにされたんだ」

「そ、そんなことが。ヒドイなあ」

「そう、酷いんだぜ……あの女、あたしが引きずられて連れて行くのを、笑いながら見物してやがった……」


 お、女史の手が止まりました。

 なんだかうつむいて、くるりと背を向けて、急にしおらしくなりましたよ。

 卿は急に気弱になった女史へ、心配そうに手を伸ばそうかどういようか迷ってます。

 でも騙されてはいけませんです、それは演技です。卿に背を向けるその顔は、ぺろりと舌を出して笑ってますですよ。


「やっぱ……魔力炉に改造されたあたしが、恐い……の?」


 肩をすくめて小さくなる、ように見えますね後ろからなら。

 彼はすっかり騙されてるようです。なかなかの演技力。

 慌てて慰めはじめてます。


「い、いや、別にボクは恐くないよ。ボクに暴走は関係ないから。

 それに最近はほとんど暴走もオきてないしね」

「それじゃ……娼婦の、妾の娘なんか……嫌か?

 あたし、汚い? やっぱり汚らわしいのか?」

「え!? あ、いや、そんな、そんなこと……ないよ」


 まるで自分を抱き締めるような仕草。

 うまい、これは上手すぎますです!

 いきなり背後からの、しかも全裸という最大戦力での不意打ち、これは大打撃です。

 押しに押すかと思いきや、今度は引いて同情を誘う。

 見事なまでの攻防一体。こんな見事な戦術は見たことがありません。

 これが人間族の女ですか、これが神聖フォルノーヴォ皇国の力なのですか、こんな少女ですら歴戦の強者がごとき力と技を持つとは。

 恐るべし。


 そして、もはや卿は女史の手中に落ちる寸前です。

 彼から見ると、健気で儚げで清楚可憐な少女の、華奢な背中があることでしょう。

 理性を情欲と憐憫と友愛が圧倒し、僅かに震える右手が女史の肩へ伸ばされて行きます。

 その手が白い肌に触れた瞬間、女史は突然振り返りました。

 おおっ! 抱きつきました!

 動きにくいお湯の中なのに、まるで羽のように軽やかに小さな体を卿の胸の中へ滑り込ませましたぞおっ!

 おおお、硬直してるですよユータ卿っ!

 長い黒髪が二人を結びつけているかのようです!!


「だ、ダメだ、ダメだよシルヴァーナ……!

 ぼ、ボクにはリィンが」

「大丈夫だぜ、妖精達もリィン含めて、みんな発着場さ。

 今は城内にはあたし達しかいねーんだよ」

「で、でも、だからって……!」

「だから……さ」


 女史の細い腕が、卿の首に回されます。

 うっほほほ、卿ももはや我慢の限界っぽいですぞ。

 ふ、二人の唇が、だんだんと近づいてぇ~、さあさあ小生は邪魔しませんぞ一気に行くのですふふふふ!


「 ユ  ウ  タ 」


 突然、頭の上から、冷たい声が降ってきました。

 見上げてみれば、メイド服の妖精。

 話に聞いた、ユータ卿の恋人という妖精、だと思います。

 でも、凄く可愛いという印象だったんですが、今、頭上で七色の羽を輝かせる妖精はというと、えと……恐いです。

 無表情に下の二人を見下ろす顔は、無表情がかえって恐いです。まるで悪魔のごときです。

 そして見下ろされる卿の顔は、熱い湯船につかってるのに、瞬時に赤から青へ変色しました。

 いやどちからというと紫色。


  ずごぉっ!


 空中から垂直落下しての両脚キック炸裂!

 卿の顔面に見事にヒット、そのまま湯船に沈んで行きました。

 女史の方は華麗に避けて、一瞬にして素晴らしい跳躍で水滴を空中に残し宙を舞います。

 そして洗い場にシュタッと降り立ちました。見事な体術です。


「なんだよお、野暮な奴だなあ」

「黙りなさい、ガキ」


 す、凄まじい殺気が上っています。二人とも眼力だけで敵を殺せそうです。

 女史の背中の魔力ライン、青い輝きが増してますよ。


「あんた、発着場じゃなかったっけ?」

「ふん!

 ガキンチョ達が、妙に城を空にさせようとしてたのよ。特にあたしを引き留めようと下手な演技してたから。

 発令受けてたユータしか城に残ってなくて、あたしを城から離したいなら、やることは一つでしょうよ!」

「あーあ、失敗かあ。あいつら芝居下手だもんなー」

「というわけで、あんたの子供だましな作戦は失敗よ。

 さっさと消えなさい」

「……いやだ、と言ったら、どうする?」


 おお、挑発的言動!

 妖精の方は喰い殺さんばかりの形相です。

 ずぶ濡れになったメイド服から水を滴らせながら洗い場の方へ、女史の前へ飛んでいきますぞ。

 そして睨み合うお二方、これは凄まじい修羅場です!


日本人男性は膨張率に優れているそうです。


……ホントかなあ?



次回、第二十二章第七話


『修羅場』


2012年3月21日00:00投稿予定

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