表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

121/195

ヴォーバン要塞陥落

 ヴォーバン要塞。

 山上に築かれた星形の巨大要塞。

 春とはいえ高い山の上に築かれているので、まだまだ冬山だ。

 あちこちに雪も残り、地面からはようやく小さな芽が顔を出し始めたばかり。

 そんな山の中を望遠鏡片手に歩き回る兵達がいた。

 彼らは魔王軍の偵察兵達。


 見晴らしの良い大岩の上に上がった彼らは遠くの山肌を見下ろす。

 大きな雲が流れる空の下、雲の影も流れていく下界はすっかりと雪が溶け、暖かな春の世界が広がっている。

 そして皇国軍の陣地も。

 要塞の遠く、いつでも進軍出来る位置に築かれた陣地内には、いつものように大軍が配されていた。

 いつもなら訓練に走り回る兵達の姿が見られたのだが、今日は様子が異なる。

 多くの人間が集まり、隊列を組み、重装備を背負い、馬や大犬に牽かせる荷車へ荷を乗せている。

 数え切れない兵士達が行軍準備に取りかかっている。

 その姿を確認した偵察兵達は、足早に要塞への帰路へついた。





 皇国と魔界の境界線に築かれ、長く皇国の侵攻を阻み続けた巨大要塞。

 これは一つの要塞を表すものではなく、幾つかの要塞をまとめての総称である。各要塞にそれぞれ名前はあるのだが、あまり知られていない。その中でも一番大きな要塞を一般にヴォーバン要塞と呼んでいる。

 インターラーケン山脈の西端辺り、稜線上に連なって位置する。一際巨大な要塞を中心とし、その横に連なる小要塞や砦が連動して魔界を防衛する。

 かつて、魔界と皇国を往復するには、要塞群の横を通るしかなかった。

 険しい山脈を安全に、しかも大軍が通過できる道は、極めて限られていたのだ。


 要塞が築かれてからは両世界間の往来は途絶えた。

 専守防衛に徹した魔界は全ての道を封鎖した。海岸線も獣道も完全に。

 皇国の一切の侵攻を跳ね返し、どんな挑発も策略も無視し、要塞群から打って出ることは無かった。

 これにより両世界間の戦乱は著しく縮小し、長き平和を謳歌する事が出来た。


 学者なら「戦争の縮小と騎士階級の没落」「軍需物資の需要低下による消費低迷と産業構造の変化」「死亡率減少に伴う食料消費量増大と飢餓拡大の懸念」等で論文の一つも書くだろう。

 だがそんなことは、親兄弟を戦争に連れて行かれずに済み、近隣を通過する傭兵団や騎士団の略奪暴虐が無くなって安堵した者達には興味のないことだった。

 ついでに金を景気よく使ってくれるお客様達もいなくなったが。



 だが、それも昔の話。

 ヴォーバン要塞を長きにわたり守り続けた魔王軍は、もうほとんど残っていない。

 現在は少数の偵察兵が残るばかり。あとは要塞各所に仕掛けられた大量の爆薬を定期的に維持しに来る工兵など。

 インターラーケン奇襲作戦に使用された技術や武器から、要塞に籠もっての防衛は不能と判断され、放棄された。



 皇国は、インターラーケン山脈を貫通するセドルントンネルを掘り抜いた。

 なら要塞の下も掘り抜いて山の反対側までトンネルを通せる。要塞は無視されるだけの飾り。

 反対側まで通さなくても、要塞の真下まで来てから真上へ掘り上がっていくだけでいい。要塞自身の重みで坑道に落ちてしまうか、山を吹き飛ばすほどの爆弾を仕掛けられるか。

 もはや要塞に籠もっての専守防衛は不可能。


 こんな土木工事はさせまいとするなら、魔王軍も穴を掘り返したり皇国領内へ侵攻し皇国軍と正面衝突するしかない。

 だが皇国軍は強い。あまりにも強い。何の策もなく力押しでは危険すぎる。



 魔王軍の戦力はかつて、圧倒的に皇国軍を上回った。

 人間一種族だけで構成されアベニン半島のみを支配する皇国軍と、魔界全土を支配し数多の種族を束ねた魔王軍では、資源と兵数に雲泥の差がある。

 さらには神にも等しい力を持つとされる魔王と、魔王ほどではなくても絶対的魔力を誇る王子王女達がいる。

 有象無象の雑多な種族が寄り集まっただけの烏合の衆は、魔王一族に率いられることで、一個の巨大な軍組織として機能することが出来た。

 よって単純な数の論理なら、人間の国である皇国など「片田舎の引きこもり種族」と無視出来る。

 事実これまではほぼ無視してきた。


 現在の皇国軍の装備は、凶悪を極める。

 長射程の野戦砲、対空兵器たる巨大マジックアロー、広範囲を一瞬で荒野に変える子弾散布型大型砲弾、そして一般兵の多くが所持する魔力式レーザー銃。

 まるで数百年先の兵器を現在に大量に持ち込んだかのような兵装を装備している。

 対する魔王軍は、昔ながらの大砲、剣と弓、魔法。

 射程からして差が大きすぎる。間違いなく一般兵は相手にならない。矢や魔法が届く距離まで近づこうとしただけで全滅する。

 こんな兵器群が相手では、要塞も弾の的にしかならない。


 なら魔王と十二子が打って出るしかないのだが、それも危険が大きすぎる。

 ここまでの技術革新を成し遂げた皇国軍が、対魔王兵器を備えていないはずがない。

 事実インターラーケン戦役では、新装備で固めた四人の勇者がパーティを組んで魔王と直接対峙し、あわや討ち取る寸前まで魔王を追いつめた。

 かつては一体しか確認出来なかった勇者。それが四人も一度に投入されたのだ。

 勇者がどんなに強くても一体だけなら魔王一族の一人だけで倒せる。だが、これ以上増えたら、しかも皇国の最新装備に包まれていたら、もはや手が付けられない。


 かくして要塞は早々に放棄された。

 現在は要塞を中心として扇状に十万ヤード(約91km)後退。扇状に薄く広く兵を展開している。

 この防衛線までの土地は、あらゆる物資を引き上げた。道も橋も破壊し尽くし、畑に塩を撒き、井戸に毒を投げ入れ、不毛の地へ変えた。

 数と地の利を生かし、皇国軍を自陣奥深くまで引き込み、糧食も武器弾薬も使い果たさせ補給線も断ち、包囲殲滅する作戦だ。

 もちろんこの程度のことは皇国も理解しているようで、春になった今でも皇国の侵攻は無い。

 要塞すら放置されたままだった。



 だが、ついに皇国軍は動いた。

 この事実を伝えるべく、偵察部隊は速やかに要塞へと帰還。

 報告を受けた要塞内では、ごく少数の兵達しか残っていないが、一気に緊張に包まれる。

 鳥人の伝令が城を飛び立ち、麓の本体へ飛ぶ。

 技師達は飛空挺に乗り込み要塞を去る。

 ごく少数の、速やかに要塞を脱出できる竜騎兵やサキュバスの女性兵士等を残し、魔界側へと山肌を駆け下りる。

 要塞の見張り台からリザードマンの兵士が望遠鏡を覗きこみ、皇国軍の接近に警戒を続ける。無論、空からの飛空挺や竜騎兵の接近にも警戒している。

 その中の一兵士、空へ警戒を向けていたリザードマンが声をあげた。


「お、おい……あれ、あの雲」


 兵が指さした先には、大きな雲があった。

 雲自体は何の変哲もない、ただの雲。

 何事かと訝しむ周囲の兵達に、最初のリザードマンが言葉を続ける。


「何か、雲間に見えた。

 鳥みたいな、でも、やたらとでかい……あれだ!」

「あれは、まさか例の、新型飛空挺!?」


 雲の上、陰に隠れるように要塞へ接近してきたのは、巨大な人工物。

 形状は白い鳥のよう。だが地上へ向けられた船腹の各所には、巨大な宝玉のようなものが光っている。

 それは、エコナ島で運用実験を繰り返していた新型飛空戦艦『インペロ』。

 基本的に風船や気球と同じ構造だったこれまでの飛空挺とは全く異なる外観だ。

 それが機首を要塞へ向け、着実に接近してくる。

 

 高音の警笛が吹き鳴らされる。

 信号弾が赤い煙を吹き出しながら上空へ発射される。

 要塞内各所に仕掛けられた罠である爆薬は安全装置が外される。

 まだ残っていた兵達が、大慌てで脱出準備に入る。


 だが要塞内に残っていた全員の体を違和感が通過した。

 それが『魔法探知』の魔法であることは当然に知っている。

 波動の方角から、新型飛空挺から要塞内へ放たれた、極めて広範囲を走査するものであることも。

 要塞内に残った全員が、自分達の存在が皇国軍に捕捉されたという事実に戦慄する。


 鳥のような形をした飛空戦艦の翼から、何かが撃ち出された。

 かなり上空ゆえ、小さな棒状のようなものに見えたそれは、気味の悪い風切り音を響かせながら、真っ直ぐ要塞直上へと落下してくる。

 しかも一つではなく、幾つも無造作に放り投げるように降ってきていた。

 それらは着々と速度を増し、姿を大きくし、要塞各所へと飛んでくる。

 真下にいた何人かの兵士が慌てて逃げ惑う。

 もはやはっきりと見えるほど近くまで落下してきたとき、その姿ははっきりと見ることが出来た。

 巨大な矢のような外観だが、恐ろしく硬質そうな先端を持ち、まるで導かれるように星形をした要塞の五カ所へ同時に落下した。


 大要塞が、揺れた。


 大砲弾が直撃したような轟音が響く。

 砕けた岩が四方に飛ぶ。

 もうもうと煙が舞い上がる。

 落下した五つの物体は、見事に五角形を描いて要塞に突き刺さった。

 硬質の岩を穿ち、要塞内部までめり込み、階層を幾つも突き破っていく。

 ほぼ脱出済みのため、真っ暗な内部には誰もおらず兵への被害は出なかった。

 要塞に五つの大穴が空いたが。


 何事かと穴をのぞきこもうとした兵もいたが、先にワイバーンに騎乗した仲間に「構うな! 早く逃げろ!」と怒鳴られる。

 爆風に飛ばされた兵も立ち上がり、仲間の肩を借り、共に脱出しようと歩き出す。

 だが、出来なかった。

 五つの大穴からやはり同時に、赤い光が天へ昇る。

 それは『炎』の魔法の光。五つの大型爆弾が抱えていた魔力式爆弾が起動したことを表す光だ。


 噴火という表現が相応しい。


 岩の塊が吹き飛ぶ。

 要塞内部の閉鎖空間で圧縮された空気が、出口を求めて全てを破壊し暴れ回る。

 解放された熱量が一瞬で水を蒸発させ、木材を炭化させ、石材を灼熱の溶岩へ溶かしていく。

 爆弾落下時とは比較にならない爆発が、要塞五カ所で同時に発生し、山を揺るがす程の衝撃が広がる。

 なおかつ、要塞各所に仕掛けられた、罠の爆薬にも引火した。


 それは、山から遠く離れた場所を巡回している警邏部隊にも確認された。

 噴火と言うべき大爆発が山頂で突然発生したのだ。

 巻き上がる爆炎、空を切り裂いて降り注ぐ要塞の残骸、煙に包まれる山頂。

 要塞に残っていた者で、脱出に成功した者はほとんどいない。

 僅かに伝令のため飛び立った鳥人達の何人かが生き残った。山から吹き下ろす衝撃波と、空から降り注ぐ岩の雨から逃げ切ることに成功していた。

 彼らは命からがら本隊へ舞い戻り、事の次第を報告した。もっとも、本隊からでも要塞の消滅は見えていたのだが。



 ヴォーバン要塞群中最大の要塞は瞬時に消滅した。

 だが同時に他の幾つかの小要塞でも同様の事態が発生していた。要塞を爆撃したのは『インペロ』だけではなかった。

 大きさは『インペロ』ほどではないが、やはり異様に大きく、流線型や円盤形など様々な形状の飛空挺が、同時に各要塞を爆撃していた。

 遙か上空から見下ろせば、横一列に並んだ火山のような噴煙を見ることができただろう。


 これらの光景は、皇国側からも見えている。

 噴火した火山のような要塞を遠く見上げる場所には、幾人かの人間が居た。

 一人の若い女性が噴煙を吐く山を背に立っている。ゆったりとした、流れる波のように白さが輝く法衣をまとった、清楚可憐な外見の女性だ。

 彼女の前には、先端に大きめの宝玉が付いた丸太のようなものを肩に担いだ軍服姿の男が立っている。その宝玉は真っ直ぐに女性へ向けられている。

 彼らの周囲には、他にも多くの兵士達がいた。塵にされた要塞を見上げ、両手を挙げ歓声を上げ飛び上がりながら喜んでいる。

 おほん、と女性が一つ咳払いする。すると歓喜の渦に包まれていた兵達は喜びを抑え込んで黙りこむ。

 女は厳かに口を開く。


「神の住まう神聖フォルノーヴォ皇国を支えし、健やかなる臣民の方々へ、ついに目出度きご報告が出来る日がやって参りました。

 私の背後をご覧下さい!

 かの呪われた邪神たる魔王が築きし醜悪なる悪鬼の巣が、我ら皇国軍の聖なる一撃により粉砕されたのです!」


 白魚のようにほっそりとした白い右手が指し示す遙か先には、灰燼に帰した要塞がある。

 もうもうと巻き上がる粉塵は山肌をゆっくりと下り、森を灰色に染めていく。春の陽光に誘われて顔を出した新芽の上にも容赦なく灰が降り積もる。


「かの汚れた砦は、我らが敬愛せし皇国の希望の化身、リナルド皇太子が駆る白銀の飛空戦艦『インペロ』の、僅か一撃によって完膚無きまでに破壊されました。

 おお、これぞ神の奇跡を具現化せし皇国の力!

 おお、これぞ皇国を守り育てし国父アダルベルト皇帝陛下の愛!

 そして奇跡の鑑『インペロ』を旗艦とした飛空戦艦隊『RegiaMarinaレジーア・マリーナ』を率いしリナルド皇太子の勇気!

 見て下さい! 破壊された地獄の門を越え、魔界に蠢くおぞましき魔物共を屠らんとする皇国軍兵士達が……」


 生中継。

 ヴォーバン要塞が皇国の艦隊によって爆撃され、消え去った光景は、皇国全土の教会に置かれた映像投影装置、『マルアハの鏡』によって放送されていたのだ。

 無論、軍事行動に不測の事態はつきもの。ゆえに実際に生中継が開始されたのは要塞群の破壊を確認してからだ。

 皇国各地にある教会では人々が半ば強制的に集められ、何事かと驚き困惑していた所へ、突然この映像が流された。

 爆発が落ち着き、瓦礫の山へと変貌した要塞。そこへ向かって、完全武装の兵士達が雄々しく出発していく姿。

 臣民達は驚愕し、次に熱狂の渦へと転じた。

 画面に映される兵士達も、等しく雄叫びを上げ、かつてない大戦果に狂喜し、勇ましく進軍していく。


 そして、要塞を一瞬で破壊した艦隊は、悠然と山を越えて飛行し続けていた。





 要塞が粉砕される映像も、地上での中継も、その他の映像も等しく旗艦インペロの艦橋に投影されていた。

 それらの映像を豪勢な椅子に座って眺めるのは、希望の化身として紹介された小太りのリナルド皇太子。そして女参謀長。

 皇太子は丸々とした指で掴むワイングラスを高く掲げ、悦に入った笑い声を上げている。


「くっくっくっ……素晴らしいではないか!

 あの難攻不落だった要塞が、見ろ! 今じゃゴミの山だ!」

「全くですな。

 大戦果ですぞ!」


 手を叩いて感激する参謀長。縁なし眼鏡から覗く釣り目は、感涙で潤んでいる。

 その腕を皇太子は力任せにグイッと引っ張る。

 そして荒々しく唇を奪った。

 参謀長も抵抗することなく、むしろ積極的に皇太子の唇を求める。

 しばし互いの唇の感触を楽しんだ後、女は濃厚な口付けの感触を楽しむように人差し指で自分の唇を撫でた。


「うふふ……このような人前で、奥方様にばれてしまいますぞ?」

「見事な作戦を実現させてくれたアレッシアへの褒美だ。

 あんな狂乱豚など放っておけ」

「あらあら、人前で名前を呼ばないで下さいな。

 ベッド以外では参謀長とだけ呼んで下さらないと、『公私の別がつかぬ』と陛下に叱られてしまいますわ」

「ふん、構うものか。

 ようやく父上の手から飛び出して、自由になれたのだからな。

 好きにさせろ」


 そういうと、皇太子は参謀長の引き締まった腰を抱き寄せ椅子の肘掛けに座らせる。

 参謀長も抵抗や小言などなく、うっとりとした目を皇太子へ向ける。

 皇太子は野心と欲望に満ちた笑みを浮かべ、悠然と起立した。


「さあ、進軍だ!

 薄汚い虫共を蹂躙し、世界を浄化し、我らの新しい自由な世界を築くのだ!」


 勇ましい呼応が艦橋に満ちる。

 かくして、皇国は進軍を開始した。


次回、第二十二章第五話


『西部戦線』


2012年3月19日00:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ