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水晶玉

 チュンチュンだかピピピ……だか、小鳥がさえずる声が聞こえる。

 ついでに牛や馬が鳴いたり、犬が吠えたり、荷車が石畳を通るガタゴトという音。

 女の人の笑い声や、男の怒鳴り声も。

 さらには猛獣が遠吠えする様な咆哮もあちこちから聞こえてる。


 重いまぶたを開けてみれば、やっぱりテントの布がだらんと斜めに垂れてた。

 隣を見ると、カラの布団。

 どうやら姉ちゃんは既に起き出したらしい。


「……昨日は僕の方がヘロヘロだったしなぁ」


 呟きながら昨日のことを思い出す。

 午前中は、PCのデータを使って僕らが何者でどこから来たのかを説明してた。

 午後は森へ行った姉ちゃんを追いかけて、狼の群れに襲われかけたっけ。

 日暮れと共に街へ戻った僕らは、確かフェティダって名前の女性に気を遣われて、夕食を食べてからすぐ休むよう促されたんだった。

 もう疲労と空腹の限界だった僕らは、味も何も気にせず夕食を腹に詰め込み、そのまま倒れるように寝てしまった。


 ここは昨日と同じ、テントの一角。

 いくら姉弟でも別の部屋にして欲しい、今日はそのことをお願いしよう。

 あの人達が何者かは分からないままだけど、とにかく僕らと荷物の山に興味津々なのは間違いない。

 そのくらいのお願いは聞いてもらえると期待する。

 んじゃ、起きるか!


 勢いよくガバッと布団を跳ね上げて飛び起きる。

 すると、昨日のネコさんが驚いて、毛を逆立てて飛び上がった。

 牙を剥いて威嚇してくる。


「Fuuu....!」

「ご、ごめんなさい」


 慌てて謝ると、すぐに牙をしまってペロペロと尻尾を毛繕いを始める。

 本当にネコなんだ。

 ネコに番犬のマネがつとまるんだろうか……いや、つとまってるからここにいるんだよな。





「あ、お、おはよう、ございます。

 あっと、えと……ぶ、ブォン、ジョルノ……」


 まだ日が昇ったばかりだというのに、既に沢山の人が集まってた。

 特にカメラとPCの周りには人垣が出来てる。

 あ、昨日PCを使ったまま、シャットダウンせずにテントを飛び出したんだ。

 ということは、その後もしかして、ここの人達が勝手に使ってたのか?

 まさか、メチャクチャに使ってデータが消されたり壊れたりしたんじゃ!?


「ちょ、ちょっとどいて!」


 慌てて人垣の中に飛び込み、PCの状態を確認する。

 PCに向かって椅子に座ってたエルフの女性は、すぐに場所をあけてくれた。

 ヒヤヒヤしながらキーボードを確かめ、バッテリーもデータも確認する。

 どうやら、キーが外れたりアイコンがゴミ箱行ってたりはしてない。

 ちゃんと充電器の足踏みコシュコシュもしてくれてたようで、バッテリーも十分だ。

 ハードディスクも無事、データも消えてない。

 ただ、大量のウィンドウが開きすぎて、動作が遅くなってるくらいだ。

 何のデータかと見てみれば、姉ちゃんが受験勉強のためにネットからかき集めたデータだの、父さんの仕事の書類だの、どうでもいいものばかり。

 なんか、ワープロソフトに表計算ソフト、ゲームもあれこれと起動してる。

 手当たり次第に開いたんだな。


 チラリ、と後ろを見れば、さっきまで椅子に座ってたエルフの女性……肩にかかるくらいの銀髪で釣り目の眼鏡をかけた、薄茶色のローブをまとった人。かなり美人。

 僕と視線が合うと、気まずそうに目を逸らした。

 勝手に使いまくったのを怒ってる、とでも思われたか。

 でも別に壊れてないようだし、こちらとしては怒る気はないんだけど。


 さて、PCが使えるなら、昨日の続きだ。

 無駄なウィンドウをドンドン消して、昨日のデータを再び表示させる。

 ここからは登山鉄道から見たマッターホルンとか、山頂近くの断崖絶壁を掘り抜いた駅から見下ろした氷河とか、スイスの自然が多くなる。

 首都ベルンやルツェルンなどの観光地、古都の雰囲気を残す町並みも。

 このパラレルワールドなスイスに暮らす人達の興味をひくだろう。


 なんて思ってたら、周りの人達が突然一方向を向いて礼をした。

 立ち上がって人垣の向こうを見てみたら、テントの入り口からリーダーエルフさんが入ってきてた。

 慌てて僕も立ち上がり礼をする。

 軽く頭を下げ返したリーダーさんは、まっすぐに僕の方へ歩いてきた。


「Ciao,Come sta?」

「す、スト、ベーネ。グラツィエ。

 えー、エ、レイ?」

「Non c'è mare」


 勉強してて良かった基本会話。

 まず『やあ、ご機嫌いかが?』に『ありがとう、元気です。あなたは?』で返して、最後のは『まあまあです』。

 挨拶が出来るだけでも、グッと雰囲気が良くなってくる。

 何がどこで役に立つか、分からないもんだなぁ。


 早速リーダーさん……名前はなんだっけ、覚えにくい名前だったけど、ううむ……まあそれはおいといてPCの画面を指し示す。

 黒メガネをクイッと直したリーダーさんは、スッと手の平を見せてくる。『待って』という意味のジェスチャーと思う。

 周りの人達に手早く指示をすると、すぐに全員が驚いたような顔をした。

 そしてほとんどの人が、すぐにテントの外へ出て行く。

 何だろうと思ってると、姉ちゃんがイヌ頭の兵士に連れられて、目をこすりながら外からやってきた。

 朝のトイレとかしに出てたんだろう。


「おっはよぉ~、ユータぁ……。

 なになに、どうかしたの?」

「あ、いや、このリーダーさんが」

「このエルフさんが、どうしたの?

 えっと、この人の名前……なんだっけ」

「あ、そういえば姉ちゃんはリーダーさんの名前聞いてないんじゃ」


 チラリとリーダーさんを見ると、日本語は分からなくても雰囲気から意味が分かったらしく、改めて自己紹介してくれた。


「Salve.

 Mi chiamo Luvan=Dalriada.

 Piacere di conoscerLa」

「あ、お、おはよう……ござい、ます……。

 ミ、キアモ、カナミハラ……キョウコ。

 る、るばん、だるりあだ……ルヴァン=ダルリアダさんか。

 ぼ、ボンジュールノ」


 丁寧な挨拶に、姉ちゃんもぎこちなく名乗って頭を下げる。

 ルヴァン=ダルリアダさん。よし、覚えたぞ。

 あれ?

 確か、昨日の男の子の名前は……トゥーン=インターラーケンだ。

 名前に共通点が無いのは、家族じゃないからかな。

 そういえば、全然似てない。種族も違う。

 というか、インターラーケンって名前、どっかで聞いたぞ。

 うーん、どこだったっけ。


「……ちょっと、何をボサッとしてるのよ。

 呼んでるわよ!」

「え?」


 言われて我に返ってみれば、テントの入り口へ歩いていこうとしてたルヴァンさんがこちらを振り返ってる。

 ついてこい、と言いたいらしい。

 僕も姉ちゃんも慌ててルヴァンさんの後をついていく。


 テントを出ると、そこは相変わらずの大きなテントが並んだ一角。

 中心に立つ見張り台みたいな建物の上には、やっぱり丸くて大きな石、というより宝石みたいに綺麗なものが置かれてる。

 まだ朝早いので、山から顔を出したばかりの太陽が眩しい。

 でも沢山の兵士が剣を振ったり整列したり、奥さんみたいな雰囲気をだした妖精達が野菜をカゴに詰めて飛んでいったり。

 ブタ頭、いわゆるオークみたいな連中がクワやノコギリ、斧を肩にかついで山や畑へ歩いていく。

 あちこちから白い煙もあがってる。煙突から出る暖炉の煙か。


 ルヴァンさんは朝露に濡れた草を踏みしめて、スタスタと奥のテントへと歩いてく。

 僕らもとにかく後をついていく。

 向かう先にあるのは、一番大きなテントだ。

 警備の兵士の数も一番多い。それもイヌ頭の、見るからに上等そうな甲冑に身を包んだ兵士が多い。

 ルヴァンさんがやってくるとイヌ頭達、多分ワーウルフ達全員が整列し、敬礼する。

 軽く礼を返した彼は、整列する兵士達の横を当たり前の様に歩いてく。

 僕らはかなりビビリながらついていく。

 そして分厚い垂れ幕で仕切られたテントの入り口をくぐった。





「……何これ?」

「何かの機械、みたいにみえるね」

「その上には、丸くて大きな水晶みたいのが、三つ並んで置かれてるわよね……」


 姉ちゃんのいうとおり、テントの中央には丸い水晶みたいなものが三つ並んでる。

 直径1mくらいの半透明で硬質の巨大な、ガラス玉三つを三角形に並べた様なモノだ。

 それぞれの玉は、僅かに触れるか触れないかくらいの所でひっついている。

 なんというか、ビルのロビーとか美術館に置かれていそうな、クリスタル製の現代美術品っつー感じ。


 それは台座の様なものの上に置かれてる。

 台座には何かの大きなガラスパネルのようなものがついていて、何本ものコードが水晶玉へつながってる。

 ガラスパネルの前には椅子が幾つか置かれてる……もしかしてモニターか、でかいタッチパネルかも。

 他にも沢山の宝石の様なモノとか、レバーとか、幾つも取り付けられてる。

 どう見ても、何かの機械。

 ただ、動いている様には見えない。何の光も音も放っていない。


「姉ちゃん、どうやらこのテントって一番重要らしいけど、もしかしてこの水晶玉が」

「でしょうね。でも、何の機械かしら?」

「さあ……?

 周りには大きな鏡とか、机に椅子とか……」


 中央の機械以外にも、テントの中には幾つかの品がある。

 目につくのが、大きな鏡。昨日、チラリと見た大きな鏡だ。

 このテントには見たところ三枚が立てられてる。額の部分には幾つもの宝石が並ぶ。

 あとは机と椅子と書類と照明と。床には絨毯が敷かれてる。

 つーか、最初のテントもそうだけど、支配者層の人が出入りする一番重要な施設のはずなのに、なーんか素っ気ない。

 事務的というか、飾りっ気がないというか。


「なあ、姉ちゃん。ここの人達って、絵を飾ったりとか置物置いたりとか、全然無いんだね」

「そうよねえ。服装もラフで、ピアスとか首飾りとか髪飾りとか、全然してないわ。

 せいぜい、あの宝石が沢山ついた大きな鏡くらいね」

「文字通り、飾りっ気が無い人達なのかな?」

「意外とお金が無かったり……? まさかねえ。

 多分、ド田舎に作られた急ごしらえの施設だから、余計なモノを持って来れなかったんじゃない?」

「うーん、それかも」


 僕らがキョロキョロしてる間にも、他の支配者層の人三人が部下を引き連れて入ってきた。

 えっと、オグルさんと、フェティダさんと、トゥーン=インターラーケンさんだったはず。

 小声で姉ちゃんに彼らの名前を教える。


「……ふーん、あの子、トゥーン=インターラーケンって言うんだ……インターラーケン……インターラーケンですって!?」

「知ってるの?」

「そりゃ知ってるわよ。

 あんた、一緒に登山鉄道乗ったじゃないの、二カ所。

 その時に通った街が」

「登山鉄道って……あっ! ユングフラウ鉄道!」

「それよ、その登山鉄道が出てた街の名前よ」


 ユングフラウ鉄道、そしてインターラーケン。

 それはスイスの登山鉄道で、19世紀末から20世紀初頭にかけて建設されたってガイドブックに書いてあった。

 インターラーケンっていう街から出ていて、終着駅のユングフラウヨッホはヨーロッパで最も高い場所に位置する駅。

 電車で一気に富士山並の場所へ上がるもんだから、酸欠になる。高山病になる人もいるらしい。実際、寒い上に苦しかった。

 途中のアイスメーア駅は岩山を掘り抜いて断崖絶壁に作られた駅で、展望台からはガラス越しに氷河が見れた。

 で、そんな街の名前を名乗るってことは、この男の子は……?


「……何かの偶然、ていうことは無いよね?」

「でしょうね。

 その街に関係する何かがあるんでしょう。

 さすがパラパラってヤツ?」

「パラレルワールド。

 でも、あの人達、何を話してるのかな?」

「分かんないけど、何かを押しつけあってるみたいよ」


 姉ちゃんの言う通り、彼らは何かを押しつけあっていた。

 何か討論だか口論だかしながら、しきりに真ん中の機械の側にある椅子を指さしてる。

 その椅子は、機械につながるコードやらベルトのようなモノやらが沢山あって、ヘルメットみたいなのもついてる。

 どう見ても良い雰囲気はしない。というか、実験台か何かにされそうな気配が漂ってる。

 しかもそれに座るのは、僕らではなく、支配者層の誰か一人らしい。


 あ、ついにトゥーンさんが押しつけられたらしい。なにかブツクサと文句を言いつつ、どさっとふてくされたように椅子に座った。

 サササ~と彼に寄ってきたのは、パオラさんと金髪ショートで青い眼の妖精さん。

 しきりに彼をなだめながらも、座った彼の腕や足にベルトを巻いていく。

 なんというか……電気椅子に座らされてるかのようだ。


 他の三人は、大きな水晶玉の横に置かれた椅子に座った。

 三枚の大きな鏡が運ばれてきて、彼らの周囲に立て置かれる。

 ルヴァンさんが、僕らを手招きする。彼らの側に来なさい、ということらしい。

 で、姉ちゃんは僕の背中に隠れて、僕を押す。

 盾にする気ですか……。

 なんだかトゥーンさんと心が通じた気がしつつ、前へ進み出る。


 鏡を持ってきた部下の人達の中から、エルフらしき人々が鏡の横に並ぶ宝石のようなものを触った。

 瞬間、鏡が光を放った。


「えっ!?

 鏡が、光った?」

「あら、違うわよ、ユータ。

 何かの映像が映ってるわ」

「え? あ、ホントだ。

 あれ、魔法の鏡だったんだ」

「薄型TVね。

 プラズマか液晶かしらないけど、中々の技術力を持ってるのねー」

「……なんて夢のない言い方……」


 姉ちゃんの言う通り、三枚の鏡には映像が映ってた。

 何人もの女性が映ってるものとか、青い髪に青ヒゲのおじさんとか、老エルフとか、画面は幾つにも分割されて沢山の人の姿を映し出してる。

 鏡の方から音声が、人の話し声とか足音とかの雑音も聞こえる。

 どうやら、TV会議をするためのモノだったらしい。


 後ろから妖精達が声をかけてきた。

 振り返ると、僕らの椅子を持ってきてくれてた。

 小さく頭を下げつつ、僕らも座る。

 机も沢山運び込まれてきて、その上には僕らの荷物がズラリと並べられる。

 ガヤガヤと騒がしくなりつつあるテントを眺めつつ、僕はついつい腕組みして頭をひねってしまう。


「うぅ~む……」

「何よ、ユータ」

「うーんと、あのさ……。

 普通、異世界へ飛ばされるって、剣と魔法のファンタジー世界で伝説の勇者になったりとか、大きな戦乱に巻き込まれて立身出世とか、ドラマっぽい展開があるじゃん?」

「定番の筋書きね」

「でも、今の状況って、どう見ても私有地に迷い込んだ不審者扱い……」

「だって不審者だもの。

 もし彼らにもあたし達がここに迷い込んだ理由が分からないなら、ぶっちゃけ、正体不明の不法入国者よ」


 うーむ、身も蓋もない。

 とにかく、なんか知らないけど僕らについて大きな会議をするつもりらしい。

 言葉は分からないから内容はわかんないけど、少しでも待遇が良くなるよう、出来れば帰るための手がかりが手にはいるようにしないと。

 なんて考えてたら、中央の水晶玉が光り始めた。


「うお!? 何か光ったよ!」

「わ、なんかファンタジーっぽいわ。

 魔法の水晶玉か何か?」


 水晶玉だけでなく、台座の大きなガラスパネルも光を放つ。

 いつの間にやらガラスパネル前に着席してたエルフの人達がパネルに触れると、それに合わせて色や光の強さも変化していく。


 何が起こるのか、とドギマギしながら緊張していると、ルヴァンさんが立ち上がって鏡に向かって何かを話し始めた。

 どうやら、会議が始まるらしい。


次回、第三章第一話


『入力』


2011年3月12日01:00投稿予定

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