プロローグ:ラコナ島
それでは起承転結の結です。
このプロローグ以降、一週間の間を空けて投稿致します。
一年かけて書きためたおかげで、またしばらく連日投稿が出来ます
ただ、改めて警告します。
この小説は「残酷展開あり」との警告がなされています。
魔界と人間界は戦争状態にあり、今後も戦火は激しさを増していきます。
戦争に人道などありません。
早春。
柔らかな陽光と優しげな風が命を芽吹かせる合図となる。
雪は溶けて清流となり、山野は新緑で薄い緑色に染まり、羽虫も元気に飛び交う。
オーク達は畑に種を播き、巨人族は産まれたばかりの家畜の世話をし、寒さで飛べなかった竜騎兵のワイバーンも力強い羽ばたきを取り戻している。
命は辛く厳しい冬を乗り越え、新たな活力を手にしていた。
だが、そんな命の芽吹く季節に無関係な場所もあった。
海に囲まれた小島、そこは岩と砂が剥き出しになった不毛の地。
名前はラコナ島。
かつては鉄が産出したため鉄鉱山として栄えたが、今は完全に掘り尽くし、捨てられた石が積み上がるだけの島。
実際、今は草一本生えていない。さんさんと輝く太陽は、虚しく岩肌を焼くばかり。
鳥も虫すらもいない、死の大地。
本当は、数十年前までは草も木も生えていたし生物も住んでいた。
島の周囲には巨大な海獣が侵入出来ない浅瀬や岩場が広がっていたため、魚人族が栄えていた。
だが今は皇国に島を奪われ、豊かな沿岸から追い払われていた。
その後、本当に草一本虫一匹いない死の大地に変えられてしまったのだ。
不毛で利用価値の乏しい小島だと判断した皇国は、ここを軍事演習場として利用していたから。
海の向こうにある小島であるため、主にワイバーンや飛空挺のような空戦力の演習が行われている。
そのため、この日も飛空挺を使った演習が行われていた。
ただし、それはもはや飛空挺という範疇に収まるしろものではなかったが。
砂埃が舞う島の片隅。
そこに大きなガラス瓶のような物が無造作に置かれていた。
横たわる瓶は人が入れるほど大きく、実際、中には人影が見える。
光の屈折によって歪む内容物の像は、どうやら裸の少女のようだ。
瓶は他にも置かれている。
一つや二つではなく、何十も広い範囲で散乱している。
全てが人が入れるほど大きく、事実それら全てはガラス越しに人の姿が見えていた。
少年や少女、幼い子供達が入れられたガラス瓶。それらは演習場の各所に脈絡もなく置かれているように見える。
ガラス瓶の側面に線が走る。
一本の線は二本になり、徐々に離れていく。
離れていくに従い、間からは多量の水が漏れ流れ、地面に水たまりを作る。
演習場各所のガラス瓶、それらが一斉に開いて内容物の液体を吐き出していた。
ぱっくりと開いた各ガラス瓶の中にいた子供達が、春の陽光にさらされる。
つぶらな唇からうめき声が漏れる。
水に濡れたまつげが上下に動く。
日光から顔を背けるように、眉をしかめて顔を左右に振り始める。
子供達が目を覚まし、体を起こすのに、それほどの時間はかからなかった。
その子供達は、形状は人間のそれに間違いない。
だが肌の色が人間とは大きく異なっていた。
体の各所、もしくは大きな範囲が青黒い模様に覆われている。それも青い光を放つ斑点や模様のようなものに。
それらは、魔界を支配する魔王一族が持つ魔力ラインと同様の特徴。
ならば子供達は、魔力炉として開発された魔王一族と同じ存在と言える。
皇国の最高機密であり、暗部の象徴ともいえる魔力炉の子供達。
その子達は、何故か演習場に打ち捨てられ、目覚めさせられた。
拷問に等しい仕打ちを受け、強制的に魔力を吸われるだけの存在であったはずの彼らは、どういうわけか魔力炉から解放されている。
その事実に一番とまどっているのは、子供達自身のように見える。
子供達は、ある者はまだ水が溜まるガラス瓶に体を半分浸したまま、キョトンとしている。
またある者はキョロキョロと周囲を見回る。
魔力を吸われていたときの苦痛を思い出したか、突然泣き出す子も。
呆然と空を見上げるだけの子、頭を押さえてもがき苦しんでいる子、突然大声を上げる子もいる。
ともあれ、動ける子供は体を起こし、ガラス瓶から出て地面に足を降ろす。
日の光が眩しい昼間とはいえ、まだ冬が過ぎたばかり。冷たい風に身を震わせ、くしゃみをしてしまう。
子供達は魔力ラインを持ち、桁外れの魔力を有しているのだが、いかんせん魔法についての知識がない。
魔力を『炎』の術式で熱に変換する術を持っていなかった。
加えて、裸のまま。しかもずぶ濡れ。
彼らは幸いまだ魔王城の子供達のような暴走は起こしていないが、このままなら風邪をひく。
だが、風邪をひく暇は、子供達にはなかった。
残念なことに、風邪をひくほどの余命すら与えられなかったのだ。
子供達はまず、自分達の体を通過する違和感を感じた。それは魔力、『魔法探知』の魔法が通過したものだ。
次に、上空から降りてきた一筋の青い光が、子供達の一人に当たった。
瞬間、その子の姿は消えた。
青黒い竜巻か、爆炎のようなものが飲み込んでしまったから。
青い光が当たった子を中心に広がったそれは、周囲の岩肌をも削って拡散していく。
耳をつんざく爆音が後に続く。
最後に衝撃波が島をえぐった。
その光景は、立ち上る爆炎と体を吹き飛ばすような衝撃波として、島の各所にいる子供達にも見えていた。
全ての子が目をむけた。巨大なキノコ雲と、その上空にある物体に。
島の上空には、巨大な飛空挺が浮いていた。
それは、皇国内を飛び回る通常の飛空挺とは、全く異なるものだった。
遙かに巨大で、材質は木や鉄とは異なる、何か白い陶器のように見える。形も楕円ではなく、どちらかというと、翼を広げた鳥に近い。
巨大飛空挺は、地上の大爆発になんら影響を受けず、悠然と島の上空に浮き続けていた。
その姿は、天空を優雅に舞う白鳥のようでもある。
飛空挺の船首、鳥のクチバシにあたるような場所から、再び青い光の筋が地上へ伸びる。
それは船を見上げていた年端もいかぬ少女を照らし出した。
同時に少女の肌に広がる魔力ラインが激しく輝き始める。
再び爆発が生じた。
少女は黒煙に飲み込まれ、いや、少女自身が黒煙の発生源へと変換されてしまった。
熱と光と衝撃波へと変換され、巻き上がった粉塵が風に飛ばされたとき、そこには何も残っていなかった。
ただ大穴だけが残されていた。
呆然としていた子供達だが、それでも『船の放った光が大爆発を起こした』ということは理解出来た。
光を当てられたら、爆発に巻き込まれれば、死ぬということも。
一斉に逃げる。
裸で、裸足で、濡れた体から雫と汗をまき散らしながら。
小さな手足を必死に動かし、少しでも船から離れようと走り出した。
逃げる子供達の姿は、船から見えていた。
飛空挺の艦橋。
巨大飛空挺の船首近くに備えられた部屋は、船の前方が巨大な窓越しに見える。
また、地上の様子を捕らえた映像も、部屋の天井近くに浮かぶようにして映し出されている。
その映像を見つめるのは、豪勢な椅子に座る小太りな中年男と、その横に立つ軍服姿の女。
短い金髪で、眼鏡の下に鋭い眼光を隠す女は、椅子に座る黒い瞳の男へ声をかけた。
金銀で飾り立てられた赤いマントを身にまとい、実用性が最優先のはずの軍服でありながら一際豪奢に飾り立てられた服に身を包む男へ。
「リナルド殿下、実験は成功ですぞ」
「そうだな」
殿下と呼ばれた小太りの男は、満足げに頷いた。白髪交じりの黒髪が揺れる。
同じ人間の、しかも子供を塵に変えたことなど気にもとめないかのように。
いや、事実、気にとめていなかった。
彼が気にとめたのは、実験結果だったから。
椅子の肘掛け、手が置かれる部位には幾つもの宝玉やボタンが配されている。それらを軽く操作して、手元に幾つかの映像を表示させた。
「ふん、やはり一回の使用ごとに船内の魔力の過半を費やす、か」
「はい。
しかも、全魔力炉と全アンクを最大出力で稼働しますので、伝導部や冷却装置への負荷も著しいですぞ」
「おまけにレーダー波照射から発射までのタイムラグが長い。
速射か連射が必要だが」
「現状では、避けられてしまうしょう。」
やはり『嘆きの矢』は運用が難しいですな」
「出力を落とせば連射できるだろうが」
「その場合、威力と射程が落ちますぞ。
無論、それでも十分な戦果は期待出来ますが。
実験を続ければ命中精度も放射速度も上がりましょう」
「だが、この魔力使用量でこの程度の威力では、割りに合わん。
爆撃した方がマシだ」
「まだレーダーとの連動に問題があり、魔力波の同調や照準が不十分なようです。
ですが、試運転の段階でこの威力であれば上々、とも言えましょう。
また、現実には魔王を僭称する逃亡実験体を相手に使いますから、その威力も違うものとなります」
「そうだな。
それでは参謀長、実験を続けろ」
「はっ」
当たり前のように実験継続を命じるリナルド殿下と呼ばれた男。
粛々と命令に従い『嘆きの矢』発射を命じる参謀長の女。
周囲には多くの椅子とコンソールと、様々な機器を操る軍人達。部下の軍人達も淡々と命令を実行する。
地上を必死に逃げ回る子供達は、一人、また一人と炸裂しクレーターを残して消えていく。
幾人かの子供は恐怖のあまり暴走を起こし、自ら生み出した魔力の霧に飲まれ消えてしまう。
その光景に殿下と呼ばれた男は目を背けるどころか、優雅に右手を横へ伸ばした。
伸ばした手には、当たり前のようにワイングラスが手渡された。
真っ赤なワインが注がれたグラスを、何の躊躇いもなく一口で飲み干す。
まるで血を飲み干すかのように。
穏やかな午後の一時を満喫する中年男の眼前では、年端も行かぬ人間の子供達が軍事演習の的とされているというのに。
爆炎に包まれる島を眺めているのは、上空にいる飛空挺の人間達だけではなかった。
島からかなり離れた海面上に、いくつかの目がある。
それは魚人族。そして彼らを束ねる魔王一族の一人、リトン。
彼らは遙か遠くから新型飛空挺と、それに搭載された兵器『嘆きの矢』を偵察すべく皇国近海まで潜入していたのだ。
リトンが顔を出す海域からでは、島で何が起きているかを正確に見るには遠すぎた。
だが、たった一隻の飛空挺が、小島とはいえ演習場として十分な面積を持つ島の全域を爆炎で埋め尽くしているさまは、はっきりと見えていた。
イルカに似た皮膚を持つリトンは、周囲の魚人達へ向けて小さく頷く。
人間の女性に似た上半身を持つ魚人達は、静かに海面下へ沈み海底へ潜航する。
他の魚人達が潜ったのを確認して、リトンも魔界へ帰還しようと島に背を向けた。
その時、何かがリトンの体を通過した。
それは新型飛空挺の方向から放たれた、魔力。
リトンは知っていた。それが『魔法探知』の魔法だということを。
「ばかなっ!? 気付かれただと!
こんな距離まで!?」
即座に海底へ逃げようとしたリトンだが、青い光がその後を追う。
強大な魔力を誇る魔王一族ではあっても、光より速く動くことは出来ない。
体の一部に『嘆きの矢』が生み出す魔力が当たってしまった。
海水が沸騰した。
巨大な水柱が起き、海面が大きくえぐれる。
巻き上げられた海水が水蒸気と雨と霧になって大気に漂う。
えぐれた空間には即座に周囲から水が殺到し、荒れ狂う巨大な波を周囲へと広げていく。
波は海岸に達し、海岸近くにあった小屋や木々をなぎ倒した。
ほどなくして、海面に静寂が戻ってきた。
水中を走った衝撃波で死んだり目を回した魚や海竜が、リトンが率いていた魚人族までも、次々と水面に浮かんでくる。
この光景も、やはり飛空挺の艦橋に映し出されていた。
水柱となって巻き上げられた海水が雨のように水面へ降り注ぐ映像に、リナルドはたるんだ体を震わせて立ち上がった。
「やった、やったぞ!
命中だ!」
隣に立つ参謀長も目を見開き、予想外にして望外の結果に興奮を隠せない。
「やりましたぞ!
あの魔力量、水中に居た点からも、リトンと名乗る旧型魔力炉の内の一体に間違いありませんぞ!」
「ふ、ふははははっ!
少々離れたくらいで、この新型飛空戦艦『インペロ』の索敵から逃れられるとでも思ったか!」
「しかも、発見から照準設定に発射まで、僅かな時間しか必要としませんでしたぞ。
これで実戦での運用に問題なきことも証明されました!」
「ふははははっ!
さすが最新型アンク、この短時間で実戦の域にまで達するとは!
よし、即座に父上へ報告だ!
魔界侵攻、是非に余が直々に艦隊を率いねばなるまい」
「全くですな。
魔王を仕留めたとなれば、殿下を次期皇帝として誰もが認めることでしょう!」
リナルドは自らが皇帝になる日を夢想し、いや、既に遠くない未来の決定事項として脳裏に浮かべ、意気揚々と本土への帰還を命じた。
隣に立つ参謀長の女も、早々と魔界侵攻作戦成功後の計画を立て始めている。
艦橋にいる軍人達も歓声を上げ、帽子を放り上げ、手や肩を叩き合い狂喜乱舞する。
再び、戦乱が幕を開けようとしている。
魔界側の地球文明、皇国側の古代文明。両世界とも高度な技術力を手にし、世界と戦争の形は大きく変わろうとしている。
だが、状況は魔界側に大きく不利と言えるだろう。
皇国側は数十年にわたり古代文明を研究し、新型兵器の量産化と実戦配備を完了してしまっている。
対する魔界は去年、たった二人の言葉も通じない日本人二人から、僅かな物品と技術の片鱗を得たに過ぎない。
裕太と京子が魔界へ転移したのが、あと十年も早ければ、状況は全く違ったものだったろうに。
あまりにも、絶望的なほどにあまりにも魔界に与えられた時間は短かった。
次回、第二十二章第二話
『立身出世』
2012年3月16日00:00投稿予定




