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個人授業

「それでは法学の講義を始めましょうか」


 一抹の不安を抱えたままの裕太がフェティダ王女の部屋に行くと、既に準備万端の姫が居た。

 テーブルにはペンとインクと紙がピシッと揃えられ、壁際には黒板が立てかけられている。

 姫は既に黒のスーツ姿、タイトなスカートは膝上まで。生足にハイヒール。指示棒を手に持ち眼鏡をかけている。


「め、メズラしい服装ですね。魔界では初めてミました」

「キュリア・レジスの最新の流行です。

 気に入って頂けまして?」


 コクコクと頷く彼。

 その豊満なバストが生み出す谷間が見える胸元に、ツンと上がったお尻から下へと伸びる魅惑のラインに目がつられてしまうのは、彼も十代の少年である証。

 ほとんど凸凹のない少女体型のリィンと、脳内で点数表までつけて比較してしまうのは、やむを得ないことなのだろうか。

 必死に頭を振り、精神集中煩悩退散、と呪文のように唱えていた。

 と、コンコンとノックの音が室内に響く。


「お茶とお茶菓子をお持ちしました」

「ご苦労さまです。

 授業の邪魔になりますので侍る必要はありません。

 外でお待ちなさい」

「承知しました」


 お盆にティーセットを載せて持ってきたのは妖精のメイド達。

 その中には、しっかりとリィンもいたりする。

 お茶を置いて退室する彼女は、裕太とすれ違い様にニッコリと微笑んだ。

 でも目が笑ってなかった。

 恋人からの無言の威圧に、今も扉の向こうから感じる負のオーラに、彼は板挟み。


「さ、ともかく始めましょう。

 昨夜にも言いましたが、法というのは財務に匹敵する、極めて難解な学問です。

 あなたなら恐らくは理解出来ないことはないと思うのですが、なにしろ時間がありません。

 あなたの覚え立てな魔界語では初耳の専門用語も多いと思います。

 なので、ごく大まかな魔界法体系の概要と、今回の件に関係する法規判例を簡単に講義するつもりです」

「あ、はい、おネガいします」

「なるべくゆっくり分かりやすく話しますので、気楽にして下さいね。

 集中し過ぎると、すぐに疲れて眠くなることで有名な学問ですから」


 そんなわけで、魔界法の授業が始まった。

 出で立ちこそボディラインをそこはかとなく強調した扇情的服装ではあったが、授業の方は極めて真面目なものだった。

 そして難解というだけあって、まだまだ完全ではない裕太には理解出来ない点も数多くあった。

 遠くから楽しげな祭り囃子が聞こえてくる魔界の新年。木の上に積もった雪が夕日で赤く染まっても授業は続いた。





「――し、もしもし、起きて下さい」

「……むにゃ……ふへ?

 えと……うわあ! す、すいません!」


 二日間ぶっ続けの授業、昼食も終えた昼下がりの授業。

 いつのまにやら睡魔に負けていた裕太は、フェティダに優しく起こされてしまった。

 机に突っ伏しそうになっていた彼の目の前に、いきなり豊かなバストが生み出す谷間があったとなれば、仰天して当たり前。

 慌てて立ち上がり顔を真っ赤にしてペコペコと平謝り。

 そんな彼の姿にフェティダは怒るどころか、楽しそうにクスクスと笑い出した。


「いえいえ、良いんですよ。

 いきなりこんな難しい話を二日連続で、しかも昼食後に聞かされたら、誰でも眠くなります」

「ほ、ホントにすいません!」

「別に構いませんから。

 それより、そろそろ休憩にしましょう。

 気分を変えないと、私も眠くてしょうがありませんわ」



 そんなわけで、フェティダ王女と裕太はコートを羽織って宮殿の外へ出ることになった。

 ちょっと散歩するだけだから、ということでお供も付けず二人だけ。

 これが地球のVIPなら有り得ない不用心さなのだが、なにしろフェティダ姫も桁外れの魔力を誇る魔王一族。近衛兵の大隊より彼女の方が強い。

 部下達は特に不安や小言を口にするわけでもなく、素直に街へ繰り出す二人を見送った。


 新年の祭も三日目の最終日。

 色取り取りの布で華やかに飾られた町並み。

 ルテティア内周部の、中心部近いリュクサンブール宮殿周囲も市民達でごったがえしている。

 おかげでフェティダ王女の姿も群衆に紛れて目立たない。誰も王女だと気付かないようだ。

 こうして群衆に紛れた方が目立たないので安全ではあるだろう。


「ふわぁ~、スゴい騒ぎですねえ」

「新年の間は、幾つかの宮殿や屋敷が市民に開放されるんですよ。

 その庭園では無礼講の宴会が開かれています。

 普段は目にすることのない王侯貴族の気分を味わおうと、皆がやってくるのです」

「へえ、リュクサンブール宮殿ではしてませんでしたね」

「さすがに全ての宮殿でそれをすると、政務が滞るし警備上の問題もありますから」


 エルフ夫婦がやってる屋台で売ってた人形型の菓子を頬張り、路上の芝居を見物し、テクテクと祭を見物するフェティダと裕太。

 陽気な音楽を聴きながら並んで歩くと、小難しい法学で疲れ果てて動きを鈍らせた脳もリフレッシュ。

 ふと彼は隣を歩く姫の顔を見る。スラリとした長身の姫であるため、見上げる形になってしまうのは男として少し残念ではあったが。

 その横顔は、魔界の一般的審美眼ではどういう評価をされるか知らないが、少なくとも裕太にとっては妖艶といっていい美しさだ。

 思わずみとれてしまう。


 ふと、見上げてくる彼の視線に気付いた姫。

 彼女も裕太の目を真っ直ぐに見下ろし、ニコリと笑う。

 その笑顔はなんの裏もなさそうな、まるで無垢な少女のように素直な笑み。

 血圧が上がって顔が赤くなるのを自覚した彼は、慌てて誤魔化す。


「あ、あのですね!

 それで、さっきまでのおハナシなんですけどね」

「さっきの?

 法学ですか」

「つ、つまり、こういうことですね」


 フェティダへのときめきを自分にも彼女にも隠すべく、慌てて先ほどの講義内容の要点を述べてみた。

 朝に慌てて脳内で因数分解をする男子中学生みたいだ、なんて考えながら。





 魔王は『理性と知性による統治』を目指し魔界統一に動いた。

 これにあたり基本宣言がなされてる。各種族の『共存』『自治』『理解』『公正』を目指す、といった感じ。

 統一前の、あくまで各魔族に向けて送られた親書や使者より伝えられし宣言だ。が、現在でも魔界の政治を行うに当たっての重要な指針となっている。


 指針はあるのだが、実は、魔界全土に行き渡る統一された法は存在しない。

 魔界とは各魔族が魔王陛下を中心として自発的に寄り集まった国家連合組織、経済軍事相互扶助団体だから。決して一つの国家ではない。

 各魔族部族では各自の法律や掟が第一に適用される。つまり自治が優先される。

 魔王陛下と各王子王女が出てくるのは、問題が外部にも関係する場合。自治の範囲外に及ぶトラブルや事業。

 つまり魔王一族とは支配者ではなく、各種族部族間の折衝・交渉のための、いわば議長や代理人的存在に過ぎない。だからこそ各種族は大きな抵抗なく魔王一族を受け入れた。

 このため魔王陛下が各種族を直接に支配する、つまり魔王の法が及ぶ範囲とは、自治範囲外の分野に限定される。



「……でも、ジッサイには誰かが陛下のお言葉にサカらうのを見たことありませんね」

「それはそうですよ、お父様は無理や無茶は口にしないのですから。最初から逆らう必要が無いのです。

 お父様は理想家ですが夢想家ではありません。あくまで現実を認めています。

 他者の意見も積極的に取り入れますし、誰かが不興を買うような言葉を口にしたとしても責には問いません」

「リッパな方ですよねー。

 まあ、それはオいといて、法の事ですが……」



 魔王の法が直接に及ぶ範囲。

 具体的には、まずルテティアのような魔王直轄都市で通用するルテティア市民法。

 各直轄都市の土地は魔王が金を出して土地を買っていたり、寄付されていたり。完全に魔王の土地だから各魔族の自治の範囲外。

 各王子王女の直轄都市にもキュリア・レジス市民法やジュネヴラ市民法などがあり、直接統治と魔王法治下にある。

 他には魔界を貫く長大な河川・街道・港湾の建設と共同利用に関する条約の締結と遵守の監視、種族間の通商条約、国境確定、etc。

 これらは全て明文化された明確にして厳格な法規・協定・条約であり、強制力をもって執行される。

 その中には交戦規定も含まれている。


 全てが「話せば分かる」というほど種族間抗争は軽くも浅くもないので、最終的には武力解決も認められる。

 また、最近では皇国以外は目立たなくなったが、魔王の支配を未だ受け入れない魔族もいる。なので、魔界内部の争いは無くなったわけではない。

 小は一対一の決闘から、大は軍団規模の正面衝突まで。

 魔王一族が治める種族同士の抗争もあるが、この場合は王子王女が指揮官を務めたりはしない。あくまで審判か裁定者に徹する。

 当然ながら、この結果次第で配下の鉱山運営権・銀行業の業務内容・交易品目の制限や関税の撤廃やらが決まってしまう。

 各種族は魔王の決めた限定地域・日時その他の規則内で死力を尽くすし、王子王女も裏から助力はする。

 結果、王子王女間でも軋轢あつれきが生じてしまったりする。



「……フェティダ様も、ダレか他の方と争ったりしたのですか?」

「そりゃあ、何度もやりあいましたよ。

 特に多いのはルヴァン兄様とラーグン兄様ですね。

 エルフの理論と知識、リザードマンの教義と信仰、これらはドワーフの伝統と流儀に直接ぶつかることがとても多くて。

 そして争うたびに、『王女はなーんで我らドワーフへ助力せんかねー』『まさか異種族と通じとるかの?』『魔王一族はわしらと敵方を共倒れさせ覇を唱えるに違いないわな』なんて言われますし」

「クロウ、しますね」

「いわれなき誹謗中傷を受けるのも、上に立つ者の仕事なのですよ。

 まあ、今回は政の話は横に置きましょう」

「そうですね。

 それで、バルトロメイさんの件なんですが……」



 今回のバルトロメイの一件。

 これが一般のルテティア市民殺害未遂であれば市民法に従い、殺人未遂の共謀共同正犯となるはずだった。

 脅されての協力だが犯罪実行の重要不可欠な部分を担っており、少し手を貸しただけという幇助ほうじょとは言えない。共犯として主犯に等しい扱いを受ける。

 その上で脅されていた事実を情状酌量すべき事情として勘案し、減刑されることにもなったろう。

 被害者が単なる市民であったなら、死刑はなかったかもしれない。


 だが被害者は魔王。

 魔界の最高実力者を狙ったとなれば、単なる市民法では裁かれない。

 その範囲外として、魔王に関する特別の法で処罰される。


 では、それはどんな法かというと、実は明文化された法に触れるわけではない。

 魔王殺害行為に関した法は明文がない。それどころか魔王に関しては明文規定がほとんど無い。

 過去の、他種族の王室典範や事例などを参考にして決める。

 いわば慣習法や不文律、判例法ともいう。


 なにしろ魔王は前例のない存在であり、寿命も何もかも、どうやったら死ぬのかも分からない。

 仮とはいえ肉体を持っているから、多分肉体を破壊したら死ぬかもしれない、という程度。だが元々の肉体を失ったら仮の肉体へ乗り移って存在し続けているので、確実というわけではない。

 明文を持って法を記そうにも、どう記せばよいのか全くの不明。

 例えば魔王殺害を定めるには、予め魔王がどうやったら死ぬか試す必要がある。それは無理。

 なので、過去の事例判例を参考にしながらケースバイケースで対応するのが一般的対応。

 魔王本人も、『細かく決めるのも面倒臭いなあ。どうせ僕にしか使わないのに、一々定めるなんて手間だよ』とのことだった。


 過去の判例から導かれる結論、バルトロメイは死刑。

 その根拠となる法は文章に記されたものではなく、過去の王侯貴族族長のならいに従ったもの。

 魔王暗殺未遂への荷担という重罪。具体的には魔王殺害計画への共謀共同正犯の罪。

 この場合、脅されて無理やり荷担させられたのだが、過去の判例だと無罪とはならない。

 実行内容の重要性や殺意の有無に関わらず、正否にも関わらず、王に弓をひいた者は九族まで皆殺しなのだから。

 魔王はさすがに九族抹殺とか、罪無き者まで処刑することを許しはしない。だが実行犯や関与者は処刑せざるをえない。

 ゆえに、過去の例と等しく死罪だろう。


 ちなみに、この裁判は各街区から派遣される各領主配下の判事達が審理する。

 各街区領主は、幹線道路で区切られた街区を領地として、その領内たる街区に行政・司法・立法・徴税権を持つ。

 街区内の事件なら、配下の判事が領主の代理人として裁判をする。

 今回の件は魔王の居宅たるリュクサンブール宮殿で生じたので、各街区の判事が集まって合議にて裁判を進めることになった。





 祭の最後を惜しむような夕暮れ。

 宮殿の正門前に戻ってきた二人は、巨大な鉄の門扉を開け放ち堂々と部下達を平伏させ、というようなことはなく横の勝手口を普通にくぐって帰ってきた。

 多くの侍従や騎士が整列して出迎え、ということもない。門番の兵達がビシッと敬礼するくらい。

 それを不敬と思うような気配もなく、姫は裕太の話を聞き続ける。


「……つまり、バルトロメイさんを助けるのは、ムリです」

「残念ですが、そうなりますね」


 ブリオッシュの欠片を口の端に付けた姫は、小さな溜め息を付く。

 彼女が買った山のようなスィーツは、裕太が全部カゴに入れて両脇に抱えている。

 甘いお菓子を舌の上でとろけさせているのだが、出る言葉は辛口だ。


「私も、他の者達も、バルトロメイの利用価値は理解しています。

 皇国の有力貴族出身、軍将校、魔王城での料理人としての働き。

 失うのは大変な損失です」

「ですよね……」

「ですがお父様は『理性と知性による統治』を目指し、皆もこの指針に従って行動しています。

 この理性と知性を明確にしたものが法です。

 ゆえに、お父様自身が法を守らねばならないのです。

 感情や私益を排した公正無私な法に従うがゆえに、バルトロメイを救うことが出来ません。

 魔界の法による安定は、バルトロメイ個人の価値を上回ります」


 裕太も肩を落とす。

 予想はしていたが、それでも徒労感は拭えなかった。


「魔界の平安をタモつため、やむをエないことです……ん?」


 冷徹にして公平な結論に落ち着いた裕太の方へ、妖精執事の一人が落ち着かない様子で飛んできた。

 彼はフェティダに何事かを耳打ちし、とたんに姫の表情が険しくなる。

 怪訝な顔で見上げる裕太へ、眉間にしわを寄せたフェティダ王女が小声で告げた。


「魔王城から、魔力炉の子供達が数人いなくなったとのことです」


 瞬間、裕太の表情も曇った。


次回、第二十章第三話


『反抗』


2012年2月24日00:00投稿予定


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