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法の支配

《このクズ! 役立たず! 恩知らず!

 あんた、人情ってものを知らないの!?》


 さっきから裕太は無限の窓に映る姉に罵られ続けていた。

 彼も慣れたもので、黙って受け流すばかり。

 無反応な弟の姿に姉は興奮の度合いを増していた。


《ちょっと活躍出来たからって、いい気になってんじゃないわよ!

 あんたの実力なワケがないじゃないの、タマタマでしょうに! うっかり逃げ遅れて巻き込まれただけって話でしょうが!

 バルトロメイさんに比べたら、あんたなんかゴミよ! 虫よ! オケラよ!

 身の程をわきまえなさい!!》


 顔を紅潮させ、八重歯を剥き、髪を振り乱して怒り狂う京子。日本では端正と言ってよかった顔も今は般若。

 外見は冷静を保っていた裕太も、その剣幕に内心たじたじ。

 あまりにまくし立てたために息が切れた京子に代わり、隣にいたメイド姿のミュウが話しかけてきた。

 両手を胸の前で組み、涙を浮かべた瞳を画面に寄せてくる。

 姉の理不尽には慣れていた彼だが、女の涙には慣れていない。あからさまにたじろいでしまう。


《あの、ユータさん……バルトロメイさんを助けることは、出来ないのでしょうか?》

「えと、ボクには、どうにも」

《何よそれっ!

 なんで最初から諦めてるのよ!?

 方法が無いなんて、どうしてアンタに分かるわけ!?》

「……助けちゃいけないんだよ。

 陛下の命をネラってしまったのだから、陛下にもどうしようもないんだ。

 これを助けたりしたら陛下ジシンが、『同じ人間族だから助けたのだ、ショセン魔王陛下も人間がダイジなのだ』とホカの魔族に言われる。

 信用をウシナってしまう」

《それは……そうです、けど……》

「ごゾンじのとおり、魔界は魔族の集合でナり立ってます。それも各魔族ジシンの意思で集まってるんです。

 決して陛下の力ずくやキョウセイじゃないんですよ。

 皇国のキョウイを前にした今、魔界のケッソクを崩すわけには」

《んなことくらい分かってるわよ!

 バカにしてんじゃないわ!》


 言葉を失うミュウとは対称的に、京子の方は言葉を失わない。

 むしろ語気をさらに強めてくる。


《魔界の事情や理屈くらい知ってるわ! あんた以上にね!

 でも、でもね、そういう問題じゃないでしょ!?

 あんた、どれだけバルトロメイさんに世話になったと思ってるのよ?

 しかも話じゃ、脅されてしょうがなくじゃないの。

 助けなきゃいけないでしょーが!》


 その言いように、弟は辟易もしたが驚き感心もしていた。

 利己的で身勝手で強欲で図々しく、他人を利用し押し退け投げ捨てていく冷血女……そう思っていた姉が、他人のためにここまで必死になるなんて、と。

 そう言えば、と思い出す。ジュネヴラで飛空挺が墜落したとき、自分が鳴らした警報ブザーの音を聞いて、破片が降り注ぎジバチトカゲが暴れ回る中を駆け出したことを。

 自分の姉が意外にも人情のある人物だと思い出せたのは、彼にとって胸が温まる思いだ。

 だがそれは今以外の時であって欲しかった。今は彼の方が非情にならざるを得ない時だから。


「それは地球人、ヘイワボケな日本人のハッソウだよ。

 戦時下の魔界ではツウじない」

《何言ってんのよ!

 あんただって日本人でしょうが!

 だったら》

「チガウね。

 今のボクは魔界の民、ルテティア市民だ。

 魔界の法にシタガう」

《な……!?》


 絶句する姉。

 さも当然のように魔界の民、ルテティア市民だと言い放つ弟。

 両者の帰属意識、立場の認識の差が如実に表れる。


《あ、あんた、何を言ってるのか分かってんの?

 魔界に来てから、まだ半年足らずよ。なのに、もう魔族気取り?》

「まだまだ、これからさ」


 軽く謙遜しながら、だが自信をもって答える裕太に、姉は頭を抱えてしまう。


《これからって……あんたねえ、何を考えてるのよ!?

 地球に帰るのを諦めたっての?》

「ああ。

 ボクはリィンと結婚して、陛下のブカとして魔界で生きていくよ。

 ネエちゃんは、まだ帰るつもり?」

《あ、あ、あ……当たり前でしょうが!》

「んー、でもマルチェッリーノさんからプロポーズがどうとか言ってなかったっけ?」

《彼からのプロポーズなら断ったわよ。

 私は地球に帰るから、誰とも付き合えないって》


 はぁ~……と、深い溜め息をつく裕太。

 その反応に怒気を通り越し呆れ果てる京子。

 各自がそれぞれの立場から相手の楽天的思考に幻滅していた。

 裕太は、それでもこの立ち位置や希望の違いについて予想はしていたため、先に姉へ言葉を返すことができた。


「そう、それなら頑張って帰ると良いよ。タブン今の魔界の技術力じゃ無理だけど。

 ルヴァン様も、良いモルモットが手に入ったとヨロコぶと思う。

 いつになるかは知らないけど、荷物だけオいていってくれればボクは構わない。

 フライング・ダッチマンにならないようにだけ気をつけてね」

「わ、ワケ分かんないこと言ってんじゃないわよ!

 あんたこそ、魔界で生きていけると、本気で思ってるの?

 ちょっとマジックアイテムが使えたくらいで、魔法文明世界でやっていけると思ってるわけ?

 お目出度いにもほどがあるわ!」


 魔界で生きるという弟の決意に、姉は全く理解出来ないと頭を抱える。

 京子は地球への帰還を諦めておらず、それは可能なことであると信じている。

 裕太は魔界で暮らす覚悟を決め、地球帰還は技術上極めて困難と予測している。

 完全に別たれた姉弟の希望と未来像、それが明らかになった瞬間だった。

 ともあれ、これは隣で話を聞いているミュウにはあまり関係の無い話である。なので王女は話を戻そうと努力する。


《あ、あの、ユータさんが魔界でお父様と共に生きて下さるというのは嬉しいんですけど、今はバルトロメイさんのことを》


 ここでようやく最初の話を思い出した二人。

 裕太はコホンと軽く咳払い。


「あ、はい、そうですね。

 うーん、やはりミュウ様もバルトロメイさんを助けたい……ですよね」

《はい、もちろんです。

 あんなに良い方を死なせるなんて、あってはならないことです。

 魔王城侍従長としても、彼のような優秀なコックを失うわけにはいきません。

 無論、赦されぬ罪なのは理解していますが、同時にやむにやまれぬ事情もあったのです。

 なんとか死罪だけは回避したいのです》

《そーよ!

 こっちは子供達も大人達も、みんな大騒ぎなのよ。

 中には『バルトロメイおじさんを助ける、監獄へ突撃する』なんて言い出す子までいて、なだめるの大変なんだから。

 バカ言ってないで、あんたも協力しなさい!》

「キョウリョクって、そりゃ、ボクも城に戻って子供タチを」

《そっちじゃないわよ!

 バルトロメイを助けるって話よ!》

「だから、それはムリって話なんだってば」

《この、ダメ人間!》

「んじゃ、リッパな人間のネエちゃんがどうにかしたら?

 ボクには良いホウホウは思いつかない」

《もういいわよ!

 あんたみたいな調子こいたガキに頼んだあたしがバカだったわ。

 こっちで何とかしてやるわよ!》

「ナンとかって、何を?」

《血も涙もない鬼畜には関係ないわ!》


 ひとしきり罵詈雑言を吐き捨てると、姉は肩で風を切り足音を響かせて画面外へ消えていった。

 後には京子を引き留めようとしたけど無視されたミュウが、差し伸べた手のやりどころをなくしてオロオロしている。

 結局、肩を落として画面の向こうにいる裕太へ向き合った。


《申し訳ありません、無理を言ってしまいまして》

「いえ、こちらこそ力になれなくてモウしワケありません。

 ボクも出来ればバルトロメイさんを助けたいんですけど、こればかりは、どうにも……。

 冷たいようですが、法は守らねば」

《はい……私も、分かってはいるのです。

 ですが……何か手はないかと……》


 目頭に涙を浮かべる第四子にして第二王女のミュウ姫。

 人間で言えば年齢は既に初老なのだが、外見は小柄な少女。

 輝く金髪に可愛いメイド服で、性格も素直で真面目で控えめ。

 タレ目に涙を浮かべる可憐な姫とくれば、さすがに女性経験の少ない裕太は弱い。

 今生の別れと覚悟してバルトロメイに背を向けた彼ではあったが、姉にも冷淡な台詞を投げつけはしたが、元少将の死を望んでいるわけでもない。

 何か手はないか、と彼も思考を巡らしてしまう。


「う~ん~……どうすればいいかな~……。

 まあ、ダメで元々だし、ボクも何か考えてみます」

《は、はい!

 どうかお願いします。

 こちらでも何か手はないか、皆と共に考えてみますので》


 そこで通信は切れた。

 鏡に戻った『無限の窓』から視線をずらし、操作と魔力供給をしていた初老のエルフ魔導師に深々と礼をする。チップも少々。

 そして部屋をあとにし、腕組みしながら宮殿の廊下を歩く。

 頭の中では料理長かつ元少将かつ同僚である男を救う方法を考えてみる。

 しかし、なかなか良い手は思いつかない。


「陛下の暗殺に手を貸して、それを許せって、ムチャだよなあ……どう考えてもハンギャクザイってやつだよな……?

 あれ……? そういえば、魔界の法律ってどうなってるんだろう。

 やっぱり殺人罪は死刑とか、盗みは鞭打ちとかかなあ」


 法律など、日本でも全く縁のなかった裕太。

 せいぜいニュースやドラマで『○△罪で逮捕する!』という台詞を聞くくらい。

 学校では社会の授業で、国民の三大義務だの権利だの習ったような覚えはある。

 そして魔界の法律は、日本のそれ以上にさっぱりだ。ルテティアの市民法がどうとかと小耳に挟んだくらいなもの。

 この辺はどうなってるのか全く分からない。

 誰に聞けば良いものか、と宮殿内にいる人物像を脳内にスライドさせてみる。


 リィン、自分と同じくらい知らなそう。

 元皇国兵士の人達、ノーノさんは知識豊富そうだけど、そこまで込み入った話が出来る仲でもない。

 猫姫様……聞くだけ無駄っぽい気がする。

 オシュ副総監はパリシイ島の戦いでダウンした。それに多忙な高官だろう。フランコ大使も同じ。

 サトゥ元執政官は専門だろうけど、今どこにいるのか分からない。たぶん、もうルテティアにはいないだろう。


 となると、あの人しか残ってない。

 確かにあの人なら詳しそうだ、もしくは詳しい人を紹介してくれるだろう。

 けど、会いたくないなあ。

 絶対に会いたくないなあ。

 悪い人じゃないし、仲が悪いというわけじゃないし、事情も分かってる。でもそれがさらにタチが悪い。

 ろくなことにならないんだよなあ、あの人と関わると。

 しかし今は選り好みしてる場合じゃなさそうだ。





「……なるほど。

 エンツォ・セレーニ=バルトロメイを助けたい、というわけですね」


 夕食中のフェティダ姫の部屋。

 テーブルの上にはザリガニのグラタン、カエルのモモ肉炒めペルシャード風、秋野菜の煮込み、洋梨のヴィニュロン風……だったかな?

 まだまだルテティアの料理には詳しくないので、他の皿の料理は名前も食材も分からない。

 でも味は分かる。ザリガニもカエルも美味い。虫料理も食べれるようになり、すっかり魔界の食事も慣れた。

 半年前の僕ならゲテモノ料理とか漏らした所だろう。でも今のボクには豪華な新年のごちそう。


 テーブルを囲むのは、恐らくドワーフの重鎮達。

 姫はさすがドワーフの元締め的立場にあるため、周りに控えているのもドワーフ兵や技師っぽい人達ばかり。

 毛深いオッサン臭が室内に立ちこめてる気がする。実際には煙草の紫煙だけど。

 そんな中、肘掛け椅子に深く座ってお茶を飲む妖艶なる姫は目を閉じて思索にふける……これだけ色っぽいのに何故に男が逃げるのかと不思議になるほどに。

 ティーカップをテーブルに置いた彼女は口を拭き、横にいるドワーフの一人へ声をかけた。


「そもそも彼はいかなる法に従い、どんな刑に処されますか?」

「その辺はエルフやゴブリンの法務官が詳しいけどなあ。魔王陛下が絡むならルテティア法じゃないやな、たぶん。

 ま、古より王に刃を向けたら九族まで皆殺し、というのが基本だでよ。

 立派な反逆反乱だかんな。

 それはどこの種族でも一緒だわ」

「まあ、そうでしょうね」


 冷たくも当然の返答。

 予想はしていたとはいえ、裕太も小さな溜め息をつく。

 と、そこで一つのことに気が付いた。


「あれ、待ってクダさい。

 ルテティア法じゃないんですか?」

「あ、えと、市民法ですか。

 確かにそれが基本なんですけど……」


 なにやら言い淀む姫。

 ホカの部下達も渋い顔で目を逸らす。

 部下達から目を逸らされたフェティダ姫は、少し「うーん」と考え込んで答えた。


「確かにルテティア市民はルテティア市民法により律せられています。

 それはバルトロメイも同じです。彼はルテティア市内の魔王城に住居を構えたとして市民登録されていますから。

 ですが同時に、王室典範とも言うべき不文法や慣習法がありまして……え~と、なんと言いますか……」

「要はよお、難しすぎて姫様もようわからんのだよ、ボウズ」


 敬意に欠けたセリフを放った部下をジロリと睨む姫。

 言った方は「ほっほ」と意地悪な笑みを浮かべるだけ。


「おほん、失礼しました。

 私は別に分からないということはないんです。ちゃんと法学も勉強してます。

 ですが、これは極めて難しい話で、とても今夜のうちに説明仕切るというのは、無理でしょうね」

「あ、タシかに」


 窓の外は、いつのまにやらとっぷりと夜が更けている。

 バルトロメイの反逆罪について講義を受けていたら夜明けになるのでは、という雰囲気もしていた。


「それに法学というのは極めて高度な学問でして……。

 いくらユータが高い教育を受けた知的な方だとしても、ほんの数ヶ月ルテティアに居ただけの人に、どれだけ理解できるのか、という不安があるのです」

「かまいません。

 ボクは魔界の民として、ルテティア市民としてイきていくことにしましたから。」

「え!?

 チキュウへ帰国するのは諦めるというのですか?

 ルテティアに居を構えると」

「はい。

 だからルテティア市民法もしっかりとマナぼうと思います。

 どうでしょう、陛下アンサツ阻止のホウビとして、法を教えてくれませんか?」

「なんと!

 褒美に勉学を、法を学びたいと……なんて殊勝な心がけでしょうか。

 そんな褒美を求められたのは初めてですわ!」


 赤い目を見開いて驚くフェティダ姫。 

 他のドワーフ達からも、欲のねえ若造だな、立派すぎて恐えくらいだ、などの賞賛と驚嘆が聞こえてくる。

 彼は澄まし顔だが内心、「ふふふん、知識は巨億の富に勝ると知ってますから。当然の選択ですよ」と得意になっていた。

 優雅にカールする長い金髪が、フェティダの頷きと共に上下した。


「承知致しました!

 ルテティア市民法について、出来る限り講義させて頂きますわ!」


 パンッ、と力強く自分の胸を叩いた姫。

 その自信満々な姿に、裕太はお願いしますと頭を下げそうになったが、ふと気が付いた。

 もしかして姫自身が講義する気なのか、と。


「あの、もしかしていまのオコトバは、姫ご自身がコウギして下さる、という意味なのでしょうか?」

「もちろんですわ!」


 満面の笑みで答えるフェティダ。

 その厚意に満ちた言葉とは裏腹に、彼の胸には不安と恐怖が沸き起こり始める。

 目の前にいる姫と関わったら、多くはろくな目に遭わなかったという事実が脳裏にフラッシュバックしたから。


「え、いえ、ベツに姫様御自らでなくても、詳しい人をショウカイしてくれれば」

「安心して下さい、新年の祭の間は私も本来は休息期間ですから。時間はあります。

 それに私自身が授けると確約した以上、約定は守ります。

 さて、それでは早速明日の朝から講義を始めましょう。

 今夜は急いで予習をしておきますので、楽しみにして下さいね!」


 そういって姫は席を立ち、長く引き締まった脚線美を見せつけながら足早に奥の部屋へと去っていった。

 裕太は、いえ要りません止めて下さい他の人に頼んで下さいマジお願いします、と言いたかった。だが部下のドワーフ達に「ほんじゃまた明日の朝来てくれや」と部屋を追い出されてしまった。

 結局、断りそびれた裕太。


 極めて難解な法学の授業を、極めて苦手なフェティダ姫から、個人授業で受けることになってしまった。

 今さら「やっぱり止めときます」とも言えない空気だ。

 これがリィンの耳に入ったら、どんな反応が返ってくるか……そう考えたときの気分は、姉からの通信を告げられた時の比ではなかった。


次回、第二十章第三話


『個人授業』


2012年2月23日00:00投稿予定

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