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バルトロメイ

「……ティーナに、脅されていたのですにゃ?」


 ベッド上のバルトロメイは、青ざめた顔で力なく頷く。

 尋問するのは白いタキシード姿の黒猫、フランコ大使。その後ろには裕太。

 部屋はティーナが幽閉されていた場所で、窓は小さく壁の上の方にしかない。

 布団や家具を取り払われ、ベッドと壷など必要最小限だけが置かれ、部屋の中にも外にも兵が監視任務にあたっている。

 バルトロメイへの尋問には偽証と言霊を防止するため、大使と裕太が呼ばれていた。


「……バカね、あたしって。

 当たり前のことなのに、必死で知らんぷりしてたの」


 自暴自棄な様子で、彼は己の全てを吐露する。

 それは、同情するには十分な事情ではあったろう。

 だが、だからといって赦される話でもなかった。


「カラが、全てを皇国に喋ってたのよ。

 とっくにバルトロメイ家は改易(所領・所職・役職を取り上げること)され、皇都を追放されていたわ。

 陛下暗殺に協力しないと、皇国に戻ってから妻も子も捕縛して死罪にするって……」


 語る彼には、もはや生気の欠片もない。

 腹の傷から大量出血した以上に、精神的に追いつめられているのだろう。

 だがそれでも裕太へ微かに微笑みかけた。


「ティーナが他の誰かに殺されたりしたら、また皇国で復活して、本当に家族は皆殺しにされていたでしょうね。

 だから、あのままティーナを殺させるわけにはいかなかったわ。

 せめて『陛下暗殺に協力しティーナを守った』という事実を作った上で、皇国へ帰らせたかったの。

 勇者といえど、あんな小娘の体なら陛下を殺せるはずがない、とたかをくくってたんだけど……甘かったわ。

 ユータには感謝すればいいのか、恨めばいいのか、どちらかしらねえ?」


 問いかけるバルトロメイだが、黙って話を聞いている裕太を恨む様子はない。

 精も根も尽き果て、死を待つ老人のような有り様だ。

 だがこれから彼を待つ運命を考えれば、それも当然だろう。

 大使は彼の予定された運命を説明する。


「では、バルトロメイ君。君の今後を伝えるよ。

 魔王陛下暗殺未遂、及び教皇シモンにゃにゃ世殺害の共謀共同正犯として取り調べをうけるよ。

 その後、傷の治癒を待って起訴されるけど、死罪は免れニャいと覚悟してね。上訴が通る可能性もニャいだろうし。

 名誉と死後の安寧を守りたいだろうけど、大丈夫、判決時に希望を聞かれるから。

 ルテティア刑法では死刑囚に処刑方法選択権を認めてるんだ」


 処刑方法の選択。

 公平にして冷徹なる法の裁き。

 横で聞かされる裕太は、思わず顔を背けてしまう。

 バルトロメイは、小さな溜め息と共に顔を天井へ向けた。


「裁判は不要よ、早々の銃殺を望むわ。

 こんな小心者の役立たず、早く片付けてちょうだい」

「そうもいかにゃいんだよ。

 知ってることを全部はにゃしてもらわないとね」


 それで話は終わりとなった。

 兵達に監視され監禁されるバルトロメイは、もはや死を待つだけでしかない。

 大使と共に部屋を去ろうとする裕太は足を止め、どんな言葉をかけたらいいのかと逡巡する。

 そんな彼にバルトロメイの方から声をかけた。


「……子供達を、お願いね」


 愕然とし、言葉を失う裕太。

 震える足や指先を押さえ込み、必死に彼へ直立不動で向き直る。

 そして力一杯、風を切るほどの勢いで頭を下げた。

 彼に出来る精一杯の別れの挨拶。





「ユータ卿、陛下へ助命嘆願はするつもりかにゃ?」


 部屋を出て、しばらく歩いてから大使が尋ねてきた。

 魔王城に来て、まだ二ヶ月と少し。城の人々との付き合いは長いわけではない。

 だが、彼の人生でも最も濃密な人間関係を築けた二ヶ月だと断言出来る。

 バルトロメイを単なる知人に過ぎないなど思っているわけはない。在る意味、死線を共にした仲間だとすら感じている。

 だがそれでも、彼は力なく首を横に振る。


「どうしてかにゃ?

 卿はバルトロメイとも陛下とも親交厚いと聞いてるけど」

「……ただでさえ陛下は、マリョクロの子供達の件で各魔族のフキョウを買ってるんです。

 この上、バルトロメイさんにオンジョウをかけたりしたら、まずいことになると思いますから。

 それはバルトロメイさん自身もよく分かってるでしょう」

「そうだにゃ。

 分かってるにゃら、それでいいよ」


 大使は口を閉ざす。

 裕太も何も語ろうとはしない。

 重苦しい空気が二名の間にまとわりつく。


「……どうして、ティーナが勇者だって分かったのかニャ?」


 宮殿の廊下を歩く二人、いや一人と一猫。

 重苦しさに耐えかねたか、単なる好奇心か、恐らくは両方からくる大使の質問に、窓の外を眺めながら彼は答える。


「目、です」

「ほう、目ですか」

「ええ。

 あんな冷たい、人間とは思えないほどカンジョウの無い目、イチド見たら忘れられません。

 トゥーン領主や陛下と戦うエイゾウや、パリシイ島で見た勇者……ヤツらと目が同じだったんです。

 もっとも、気付いたのはケサになってだったんですが」

「ほうほう、たったそれだけで」

「まあ、リクツを付ければ他にもイクつか。

 教皇には皇帝からのカンシが付くはずだ、とか。

 あんな目立つおジイさんが皇国のツイセキを逃れれるなんておかしい、とか。

 机の下にこもって出てこないほど怯えてるのに、どうして無表情なままなんだ、とか。

 だとすれば、机の下に隠れたりしていたのはオビえていたのではなく、勇者と気付かれないため。

 オモな目的は情報集め。でもそれ以上に、教皇と陛下のエッケン時を狙ってるんじゃないか、と」

「泳がされてた……か。

 もしかしたらパリシイ島襲撃は、そのための陽動?

 やられたニャー」

「ケッキョク、手遅れでしたね」


 足取りも言葉も重い裕太。

 猫らしく足音のしない大使ゆえ、廊下に裕太の靴音だけが響く。

 今は宮殿内に他の者達は少ない。多くは昨日からの徹夜での警備守備と朝の騒乱に疲れ果てて休んでいるようだ。

 残っているのは宮殿勤めの侍女妖精達や、たまたま昨夜は非番だった少数の兵士達。

 今は新年の祭の最中で、宮殿の外からは華やかな楽曲や市民達の歓声が聞こえる。

 しかし裕太は魔界初の新年を祝う気には、とてもなれない。

 沈み込む裕太を元気づけるように、大使は陽気な口調でウィンクした。


「十分間に合ったニャ!

 陛下といえど肉体は生身らしいからね、一瞬の油断を突かれれば危にゃかったかもしれにゃいよ。

 君の声のおかげで、陛下は助かったんだ」


 活躍を褒められた裕太ではあったが、素直に喜ぶことは出来なかった。

 魔王暗殺は防いだものの、失ったものは大きい。

 教皇を口封じされたことはもちろんだが、バルトロメイを救えなかったことが心に突き刺さる。

 なぜ昨夜のうちに気付けなかったのか、城の子供達にどう説明すればいいのか。

 考えるだけで足に枷を繋げられた気分になってしまう。


「それで、陛下からは君は祭の間は休みにゃさいって」

「マツリの間はお休み……そういえば、新年のマツリって、いつまでです?」

「三日間だニャ。

 年末と合わせて計四日間の祭だよ。

 もう取り調べは無いし、勇者が新たに現れにゃい限り、君のお仕事は一旦終了だね。

 君は元々体が丈夫じゃにゃいそうだし、初めての戦で疲れたろうから、少し骨を休めにゃさいってこと」

「あ、いえ、でも……それなら魔王城へカエります」


 正直、彼の体は泥沼につかっているかのように重い。やはり無理がたたってるかもしれない。

 別に体が弱いわけではなく、魔界の多くの感染症や病原菌に免疫が乏しいせいなのだが、その辺の事情は大使には分からない。

 庭園の向こうからは祭り囃子、とでも言えばいいのか、群衆のざわめきと華やかな歌舞音曲が聞こえてくる。

 魔王歴四一年という新しい年と、昨夜の戦勝も重なり、祭の熱気が宮殿内まで届いてくるかのよう。

 だがその熱気も今の裕太には届かない。虚しく心を通り過ぎるばかり。


 そんな虚ろな裕太の目に、多くの家臣配下を引き連れた魔王が映った。

 廊下の向こうを進む魔王は、左右から報告を聞き続けている。

 大使は相変わらず音もなく廊下の端により、右腕を胸に当ててお辞儀する。

 裕太は特に何も考えず、大使をならって同じ礼をした。


 大使と裕太の前まで来た魔王は、大使と同じ礼をする。

 多数の魔族を束ねる魔王とその直属配下は、支配下の各魔族の習慣を可能な限り尊重する。そのため挨拶も相手の習慣に合わせる。

 これは、上から法や正義やしきたりを別種族へ一方的に押しつけることは反発を招くし、実際上も不可能で無意味、という魔界の事実を認めたもの。

 でも合わせるべき礼法を示さないとか持っていない相手には、魔王は自分のやり方で挨拶や敬意や感謝を示す。

 つまり、大使への礼を終えた魔王は、次に裕太へ抱きついた。


「いやあ、ありがとう!

 本当に君にはどれほどのお礼を言えばいいのか分からないよ!

 ラーグン君もネフェル君もトゥーン君も、君のおかげで助かったって口を揃えていたよ!

 子供達の分も、戦ったみんなの分も合わせて礼を言わせてくれ!

 本当に、本当にありがとう!!」


 いきなり抱き締められた裕太は目を白黒。

 さっきまでの陰鬱な気分も吹き飛んで、体調の悪さと関係なく顔を真っ赤にしてしまう。

 魔界に来てから様々な経験をしてきた彼だが、さすがに公衆の面前でこれほど情熱的なハグをされたことは無い。

 狼狽して、「あ、いや、その」と呟きながら、目で周囲に助けを求める。

 でも魔族の中には抱き合う挨拶を持つ種族もいるので、魔族達にとっては別に不思議でも不自然でもない光景。

 なので澄まし顔で見てるだけ。助けてくれなかった。

 結局、彼が熱烈ハグから解放されたのは、頬にキスまでされた後だった。

 裕太は、唇まで奪われなくてよかった、とホッとしていた。


「げふごふ……い、いえ、礼をタマワるほどのことでは……ごほ。

 ところで勇者の、ティーナの死体なんですが、どうなりました?」

「それなら既に調査に回してあるよ。

 勇者の謎が解けるかもしれないからね。

 徹底的に、時間をかけてやってもらう予定さ」

「そうですか、何か分かるといいですね」


 魔王が背後の部下にチラリと目をやると、各種族の何名かが頷く。

 ついに皇国の謎を解き明かす手掛かりを得たのだ。総力を挙げて調査研究することだろう。

 これについては裕太の手の及ぶことではない。なので自分の及ぶ範囲のことを考えることにした。


「それで陛下、マツリの間はおヒマを頂ける、とのことですが」

「うん、君も初めての戦いで疲れたろう? もともと体調も良くなかったそうだね。

 いやあ、剣も握ったことのない君に無理を押しつけて悪かった。

 褒美とかは後々考えておくけど、とりあえず今は休んでくれ。

 回復したら何も考えず、祭を楽しんでくるといいよ」

「それなんですが、でしたら魔王城へモドろうと思います」

「城へ?

 祭は見ないのかい?」

「いえ、その……やはり、さすがにツカれたので、もう城に戻ろうかと思います」

「うーん、そうか……どうするかな?」


 なにやら気まずそうな魔王は、なにやら天井を見上げる。

 次に腕組みして考え込む。

 最後に言いにくそうに、確かに言いにくいであろう事実を語った。


「今、城に戻ると……バルトロメイ君のことを聞かれると思うんだけど」

「あ」


 確かにそうだ、と納得してしまう。

 恐らく城ではバルトロメイの件が既に知れ渡っているだろう。噂好きのメイド妖精達が黙っているはずがない。

 そうなれば、今度は城ごとどん底な空気になる。バルトロメイはノエミと並んで皆の母親的存在。父親的存在でないのは、彼のお姉的言動ゆえ。

 休むどころじゃない。

 裕太自身も、そんな大役の重荷からは出来れば逃れたかった。

 魔王以上に腕組みして考え込んでしまう。


「う~ん……それじゃ魔王城はヤめます」

「それがいいね。

 皆にはマル君から説明してもらってるから、君は少し間を開けてから帰ると良い。

 後のことは色々と心配も厄介事もあるだろう。君への招待状や面会希望、質問状、その他もろもろ山のようだそうだよ。

 ルヴァンの方からも、君が魔法を使えた件や勇者のことで、すぐに連絡を取りたいと言ってきてる。

 けど、とにかく今は全部遮断しておくから、休んでくれ」

「ショウチしました」


 魔王は再び多くの部下をぞろぞろと引き連れて忙しげに去っていく。

 大使も「そろそろお昼寝の時間だからー」と告げて宮殿奥へ行く。

 魔王の後に続く家臣団や各種族の大使達は、様々に政治談義や戦略構想を語り合いながらも、チラチラと好奇心で裕太の方を見やる。

 なかには「ほー、こんな貧相なガキがのお」「人間風情が」「よく頑張ったのは認めてやるぞ」「ふん、覚えておこう」と、賛否様々なれど声をかけていく者も多い。

 彼は高官達の行列に頭を下げながら、自分も部屋に戻るか、と考えた。が、「あれ、部屋って今はどこなんだろう?」ということに気が付いた。

 そんな彼の目の前に飛んできたのは、陛下が引き連れていた行列の最後尾で控えていたリィン。

 一番下っ端のメイドである彼女は列の前方に出るのが憚られ、一番後ろで列が進むのを待っていたのだった。


「ふぅ、ようやく会えたわ。

 偉い人を恋人に持つと大変ね」

「まだまだエラくなんかないよ。

 これからさ」

「なーに言ってんのよ!

 もう街も各宮殿も大騒ぎなんだから!

 対勇者戦の切り札だとか、陛下の懐刀だとか、噂が凄いってば」

「いやー、あはは、テれるなー」

「照れてないで、シャンとしなさい!

 これからユータは大臣でも将軍でも、何にでもなれるのよ。

 魔界屈指の有望株として、自覚を持ちなさいね」

「そ、そう?

 そんなにスゴい?」

「凄いわよ!

 実感が無いなら、実感させてあげるわ。

 ついてきなさい」


 そういって裕太を引っ張るリィンがやってきたのは、つい今朝まで教皇が使っていた貴賓室。

 中を見れば、既に綺麗に片づいてた。


「ついさっきまで、ここの掃除をしてたんだけどね。

 フェティダ様から、城に戻るまでここを使って良いって!」

「え……えー!

 そ、そんな、ボクなんかが、いいの!?」

「褒美の手始めだそうよ。

 なので、遠慮無く使いましょ!」


 そうは言っても、豪奢で広い部屋を遠慮無く使うのは、彼には難しかった。

 最上階で眺めは最高、風呂もトイレも完備、天蓋付きのベッドはふかふか。崩れかけだった魔王城の部屋や、高等法院の客間も遙かに上回る。

 この部屋を使えるのは、恐らくは各魔族の王や族長クラス。それを使ってよいということは、相応の功績と地位を認めるという意味でもある。

 各部屋を飛び回って一通り確認したリィンは、満足げにウンウンと頷いた。


「いやー、立派な部屋だわねえ。

 こんな部屋を陛下やフェティダ王女様から直々に賜るユータって、ほんと凄いわ。

 あたしも鼻が高いわよ」

「うわぁ~、ホントにスゴイや」

「さて、それじゃ本当にユータも疲れたでしょうし、休むとしなさい」


 そんな訳で裕太はようやく熱い風呂を久々に、恋人と一緒に浴びてから午睡した。

 リィンも疲れ果てた裕太の休息を邪魔したりせず、夕食の準備に厨房へ行く。

 ベッドに身を沈めた彼は瞬時に眠りの世界へと沈んでいった。



 まだボンヤリした頭で、それでもうっすらと目を開けた夕方。

 上品な、でも少し慌てたようなノックの音で完全に目が覚めた。

 体の熱っぽさは既に無い。十分回復したようだ。

 リィンかな、もう夕食か、とドアを開ければ、そこには困った顔の妖精執事の一人。

 妖精は、ちょっと気の毒そうな顔で来訪理由を告げた。

 それは確かに裕太にとって困った、とてもとても困った理由だった。


「ミュウ様とカナミハラ=キョーコが、あなたと話をしたいと、無限の窓にて申しております」


 話の内容は言われるまでもなく予想がつく。バルトロメイの件だ。

 彼は、逃げたいけど逃げても無駄だと分かっていたので、まるで自分の方が処刑台に向かう死刑囚の気分になった。

次回、第二十章第二話


『法の支配』


2012年2月22日00:00投稿予定


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