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 テントを飛び出たら、既に姉ちゃんの姿は見えなかった。

 目の前には石造りの三階建て建物。屋根は鋭くと尖った三角で、屋根裏部屋がさらに二階。計五階建て。

 入り口から沢山の人達が出入りし、上の階のベランダからは妖精や白い翼の人間が出入りしてる。他にも建物はあるけど、そこが一番出入りが多い。

 左右には石造りの街道が延びてて、結構人や荷車の往来がある。

 でも、どこにも姿は見えない。


 キョロキョロと周りを見てると、テントの出入り口近くに座ってナイフを研いでいたドワーフの兵士らしき人と目が合う。

 ジロ、という感じで睨まれ、ちょっとビビッてしまう。

 すると、ナイフの先がピッと右を指した。

 僕も右を見る。その先には道が続いてる。

 ドワーフさんに目を戻すと、興味なさげにまたナイフを研ぎ始めてた。

 無愛想だけど良い人らしい。

 軽く頭を下げて、指し示した方へ走り出す。



 土が剥き出しの道が多い中、唯一石で綺麗に舗装された道を小走りで通る。

 街のずっと向こうには、飛行船が何隻も浮かんでいるのが見える。

 町並みは木や石やレンガの家が多い。何かの看板がたくさんかかってるけど、何の意味かは分からないものが大半。

 大きな樽が並び、草の山が積まれ、野菜や果物が山盛りのカゴが置かれた屋台とかもある。

 時々馬車とすれ違う。……馬が角の生えたユニコーンなのは、さすが別世界というかなんというか。

 ちゃんと尻からポロポロと馬糞もしてた。聖獣ユニコーンだろうがなんだろうが、生物なら当然か。


 道行く人々は、やっぱり人間じゃない人が多い。

 大きな農具を背負ったブタ頭達、ハンマーを肩に担いだ職人風のドワーフ、本を片手にしずしずと歩くエルフ。

 上を見れば、妖精達が手に荷物をさげて飛び回ってる。と思ったら、たまに翼がない種族の人も飛んでいた。


「やっぱり魔法で飛んでるのかな?

 魔法を習えば、僕も飛べるようになるのかなあ」


 そんなことを考えつつも、息をはずませて道を走っていく。

 街には水路が縦横に走っていて、石造りの水場では食器や野菜や服を洗ってる妖精の女性を多く見かけた。

 他にも建物の壁から水を噴き出すレリーフみたいなのもあって、自由に水が飲めるようになってる。

 どうやら水は豊富らしい。


 で、水場の妖精達とかが僕を見てる。

 やっぱり僕の存在は目立つようで、走ってるだけでも注目の的だ。

 時々クスクス笑いあったりヒソヒソ話をする人達がいる。その人達は、僕と道の先を交互に見て指さしていた……道の先に行った姉ちゃんの方を見てるんだろう。

 視線を道案内代わりにして走っていけば、案の定だ。

 この世界では白いTシャツと青いジーンズなんて目立つ。遙か彼方、畑の間を走るゆるい上り坂の先を行くねえちゃんの姿が遠目でもわかった。



 街を出て森に入るところで、ようやく姉ちゃんに追いついた。

 石畳の道を、ずんずん進んでいく姉は、振り返りもせず早足で歩き続ける。

 そのまま森へ入ろうとしてる。


「おーい! 姉ちゃーん!」


 大声で呼んだけど、振り返りもせず森に入っていった。

 聞こえてないはずがない、無視されてる。

 かなり頭に来てるらしい。

 気持ちは分かるけど、一人で森に入っていくなんて危なすぎる。

 慌てて必死で追いかける。



「おーいっ! 姉ちゃんってば!」


 少し森に入った所で、ようやく追いついた。

 でも姉ちゃんは相変わらず振り返らない。それどころか、いきなり左を向いた。

 そのまま道を外れて、茂みの中へと足を踏み入れる。


「ね、姉ちゃん、何を考えてんだよ。森は危ないって」


 駆け寄って肩を掴むと、足を止めた。

 でも振り向かない。肩がワナワナと震えてる。


「……離しなさいよ」

「いや、離せるわけないだろ。

 こんな、猛獣がいるかもしれない森に一人で入るなんて、自殺行為だ」

「うっさいわね、ほっときなさい!」

「ほっとけるわけないだろ!

 街に戻った方が」


 バシィッ、と音を立てて僕の手を振り払う。

 見たこともないほど怒りの形相で睨み付けてくる。

 驚いて呆気に取られ言葉を無くしたところへ、やけくそな一言が投げつけられた。


「トイレよっ!」


 あんぐりと口が開いた僕をほっといて、姉ちゃんは森の奥へズンズン入っていった。



 しばらく待つ。

 姉ちゃんは茂みの向こう。

 いつまで経っても戻ってこない。だんだん不安になる。

 まさか、森の中の巨大食虫植物に眠らされてからパックリ食われてたり……。


「おーい! 姉ちゃんっ!」


――うっさいっ! 話しかけるなっ!


 ムチャクチャ機嫌悪そうな怒鳴り声が帰ってきた。

 無事なのは良かったけど、あとで絶対蹴られるだろう。

 姉の暴虐にも、もう慣れてる。

 で、ほどなくして体中に葉っぱをひっつけた姉ちゃんが戻ってきた。


「トイレ、街にあったのに」

「あんなの使えるかっ! 外でやったほうがマシよ!」


 ズビシッと鋭い打撃音と共に足を蹴られた。

 案の定、痛い。


「でも森は危ないよ。どんな怪物がいるのかも分からないんだから。

 とりあえず、街から離れない方が」

「何を言ってるのよ!?

 あんな正体不明の連中、信じられるわけないじゃない!

 そこらの猛獣とどこが違うっていうの!?」

「でも悪い人達じゃないみたいだし」


 ギロ、と歯を剥き出しにして睨み付けられた。

 鼻息が荒い。

 Tシャツの襟首をつかまれ、グイッと引き寄せられる。


「あんた、何をノンキに溶け込んでるの?」

「別に溶け込んでなんか」

「あいつらにパソコン見せびらかして遊んでたじゃない!」

「あれは僕らの事情を説明しようと」

「バカね、ホントにバカだわ……。

 あんた、バカにされてるのよ!

 何がファンタジー世界よ、次元の扉よ! そんなコトあるわけないでしょ!?」

「あ、あるわけないって……」


 この状況で、まだ『ここは元の地球』と言えるんだろうか?

 まだ疑う余地があるのか?

 そんなものがあるんだったら、本当に聞かせてもらいたい。

 僕らが父さん母さんに会えて、無事に日本に帰れるというなら、こっちが聞きたい。


「あるわけない……か。

 なら、聞かせてくれよ。

 僕らはパラレルワールドなんかに来てなくて、父さん母さんとすぐに会えて、家にも無事に帰れるっていう理由を。

 僕もさっさと帰りたいよ」


 溜め息とともに、何の期待もせず、それでも僅かな望みをかけてみる。

 でも、無駄。

 姉ちゃんは言葉に詰まり、次に歯をくいしばって真っ赤になり、ワナワナと肩を震わせ始めた。


 当然だろう。

 ここまで来ると、もう否定のしようがない。


 イタズラか?

 イタズラだというなら、広大な手つかずの山林を空まで締め切って、巨大なセットを組み上げて、最高の特撮技術を駆使して、騙しても何の得もない僕ら姉弟にドッキリを仕掛けたことになる。

 こんな下らないことのために飛行船を建造し、飛竜のロボットだか立体映像だかを開発して、異常に身長の低い奴らを集めて蝶の羽を背中に取っつけて空中を振り回した……てか?

 そんな考えを持つヤツが、それを実行したとするなら、それこそファンタジーだ。


 頭がおかしくなった?

 いっそ頭がおかしくなっただけで、全ては妄想や幻覚だ、と言って欲しい。けど、それじゃどっちにしても現実に戻れない、というだけ。

 夢なら醒めて欲しい。


 そして、姉ちゃんの頭はおかしくなってない。

 もうイタズラなんてレベルじゃないのも姉ちゃんは解ってる。

 それでも、両手で頭を掻きむしりながら、必死で僕が出した結論が間違ってる要素を考え抜いてる。


「そ……そもそも、パラ何とかだなんて、なんで分かるのよ!?

 あんた、パラなんとかを見たことないクセに、なんでパラパラだって断言できるのか、説明しなさいよ!」

「……じゃあ、パラなんとかじゃないなら、何だと思う?」

「そ、それは……えと……な、何かの大規模な、実験に巻き込まれた、とか」

「実験? 何の? 何で僕らが? つか問題は、ここはどこって話なんだけど」

「そ、それは……た、多分、スイスかイタリアの、山奥に……」


 どんどん声が小さくなっていく。自分でも、もうここがヨーロッパのどこでもない、地球でもないって分かってるんだ。

 否定したい、信じたくない、でも否定できないし信じるしかない状況。

 結局、シドロモドロで何も答えれない姉ちゃん。

 ぶふぅあ~、と派手な溜め息が漏れてしまう。

 呆れ果てる僕の姿に、姉ちゃんは泣きながら詰め寄ってきた。

 ガシッとTシャツの首元をつかまえられてしまう。


「じゃあ、何なのよ、どうしてくれんのよ!

 どうやったら帰れるの!?

 父さん達に会えないし、家にも帰れないし、あたしのキャンパスライフは!?」

「僕の高校生活も、だよ」

「知らないわよっ!

 返してよ……帰らせてよ!

 こんなマックもコンビニもウォシュレットも何にもないところじゃ、生きてけないじゃないの!

 あたしはシャワーが浴びたいの! つかお腹減ってるのよ!

 さっさと帰らせてっ!」

「……僕に出来るわけ、ないだろ……」

「何よそれっ!?

 バカ! 役立たず! 死ね!

 無駄な屁理屈こねるばかりで使い物にならない口先だけの中二病のクセにっ!」


 もの凄い逆ギレしながら理不尽に罵ってくる姉。

 いくら僕でも、ここまで来れば切れて良いと思う。

 普段なら、そう思う。


 でも、無理。


 マジで無理。

 姉ちゃんの理不尽な罵倒なんて、右から左に素通りしていく。

 今は、それどころじゃない。

 そんなモノを気にしていられる状況じゃ、なくなったから。


「ね……姉ちゃん……」

「何よ! 何か良いアイデアでも浮かんだっての!?」

「あ、あれ……」


 僕の震える指が、姉の肩越しに道の先を示す。

 姉ちゃんは振り返り、そのまま硬直した。

 何故なら、そこには狼がいたから。


 狼といっても、僕が知ってる狼とは違う。

 それは、デカイ。

 人間の頭なんか丸飲みできそうなサイズ、むしろライオンや虎のサイズ、いやそれよりデカイかも。むしろ馬並み。

 鋭い牙を剥きだしにして、涎をたらしながら、姿勢を低めて僕らを見ている。


「ね、姉ちゃん……あれって、な、何?」

「お……狼じゃないの、決まってるでしょ?」

「ヨーロッパに、スイスにも、狼が……まだ、いるんだね」

「まだ、東欧とか、ロシアにはいるって聞いたことが、あるわ……」

「ほ、ほほ本物の狼って、大きいんだねぇ……?」

「あああ、あんな狼、この世にいるわけないでしょ!」


 狼、というには大きすぎる猛獣が、足を進める。

 石畳に当たる獣の爪が、ギャリッ、という耳障りな音をたてる。

 風に乗って鼻につく生臭い臭いが漂ってくる。

 間違いなく、現実。

 夢でも幻でもロボットでも立体映像でもない。

 僕らは、有り得ないほど巨大な狼に、エサとして狙われてるんだ。


 ガサガサ、という音がした。

 それも一カ所だけじゃない、左右の森から同時にわき起こる。

 何の音かは分かる。

 分かりたくないけど、分かってしまう。

 狼は群れで動く、群れで狩りをする。

 つまり、僕らは巨大狼の群れに包囲された。


 体は動かない。

 目の前の巨大狼から視線をはずせない。

 逃げれば、その瞬間に狩られる。殺られる。

 だから、薄暗い森の奥に幾つもの目と牙がぎらついてるなんて、見ることが出来ない。

 視線を外そうが外すまいが、逃げようが逃げまいが、食われる。

 僕らの足で狼相手に逃げ切れるわけがない、まして素手で戦える相手じゃない。


「ね、姉ちゃん……」


 震える、かすれる声を絞り出す。


「な、なにゃ、にゃににょ……」


 恐怖のあまり上ずって舌もロクに動かない姉。


「死ぬ前に、最期に、一つだけ言わせて」

「なにを、よ」

「実は僕」


 最期の言葉を言おうとしたけど、言えなかった。

 アニメでもドラマでも映画でも、こういうクライマックス的シーンのセリフは最後まで言えるもんだ。

 その時は敵だって攻撃を待ってくれる。見せ場だから。


 でも、狼たちは空気を読んでくれなかった。

 だって、これは現実だから。

 狼にとって僕らはご飯でしかないから。

 腹が減ってるからサッサと食いたいだけ。

 何を話してたかなんて知らないし興味ない。


 周りの狼たちが、一斉に駆けだし飛びかかってきた。

 完全に硬直しきった僕の目は、閉じることすら出来ない。

 牙が並んだ大きな口が飛びかかってくる。

 僕の喉を、というか頭をかみ砕こうと――


 ドゥンッ!


 暴風。

 僕の頭をかみ砕こうとしていた狼が、吹っ飛ばされた。

 周りの全ての狼も吹き飛ばされる。

 ついでに僕らも。

 見えない何かに吹っ飛ばされ、無様にゴロゴロと道を転がり、木にぶつかってようやく止まった。


「痛ぅっ!

 な……な、何!?」

「何よ、今度は何よ何なのよ!?」


 頭を起こして腰をさすりながら周囲を見れば、巨大狼たちも同じく転がってる。

 その中心に立つのは、黒髪の男の子。

 両腕の青黒い模様から鮮やかな青い光を放つ、トゥーンと名乗った支配者層の一人。

 ヤレヤレといった風に僕らを見て肩をすくめてる。

 そして彼の周囲には風が回転してつむじ風になってる


 どう見ても自然に発生したものではないつむじ風……風を操って狼を吹き飛ばしたのか。

 間違いない、魔法だ。

 魔法に見えるほど高度な科学かも、想像の範囲を超えたそれ以外の何かかもしれないけど、どっちでもいい。

 彼は、恐らく彼ら四人は、恐るべき力を秘めた存在だったんだ。


 その頭上から、白い翼や蝶の羽を持った人達も舞い降りてきた。

 彼らの手に握られているのは弓や銃。

 それらを構えた人達が狼の群れに銃口と矢を向ける。

 少年の後ろからは白い大きな犬も駆けてくる。


「ゆ、ユータ……助かったの?」

「らしい、ね。

 どうやら、ずっと僕らを、後ろや、上から見守ってたんだ、ね」

「な、何よ、それ!?

 だったら、さっさと助けなさいよ!」

「ね、姉ちゃん……助けて、もらって、そのセリフは……ひどい」


 白い犬が、鼓膜が破れるほどの遠吠えを森に響かせた。

 それに弾かれる様に狼たちは森へ飛び込み逃げていく。

 トゥーンさん達も追わない。銃を持ってるのに、無闇に殺したりしないのか。


 僕は、姉ちゃんも立ち上がろうとした。

 でもダメだった。

 足腰に力が入らない、完全に腰が抜けてる。

 しょーがねーなー、とでも言いたげにトゥーンさんは姉ちゃんと僕へ手を伸ばす。

 僕は素直に、姉ちゃんは苦々しそうな顔で少し迷ってから、その手を握る。

 その小柄な体からは信じられないパワーで引っ張られて、ようやく立ち上がることが出来た。

 何かを話しかけてくる。もちろん意味は分からないけど、多分『大丈夫か?』とでも聞かれたんだろう。

 まだカタカタと震える体の姉ちゃんは、それでも少し横を向き、イヤそうに一言を口にした。


「あ、ありがと……とと。

 ら……ラ、リングラツィオ……」


 日本語から言い直したのはラ、リングラツィオ。

 イタリア語でLa ringrazio、ありがとうという意味。

 パオラさんと、名前は忘れたけどリーダーエルフさんしかイタリア語は分からないようだけど、僕らが使える感謝の言葉は、今はそれしかない。

 だから、僕も頭を下げながら同じ言葉を口にする。


「らら、ラ、リン、グラつつツィオ」


 舌が上手く動かない。

 まだ腕も足も小刻みに震えてる。

 無様な姿だけど、感謝の意思だけは伝わったらしい。

 彼は僕の背中をポンと叩き、口笛を吹いて白い大きなイヌを呼び寄せた。

 犬は僕らの前で伏せた。


「え……乗れってことかな?」


 トゥーンさんはクイッとアゴを振る。

 他の羽の人達や妖精達もスイッと手を伸ばしたり僕らの肩を押したり。

 僕はおっかなびっくり白いフカフカの背にまたがる。

 長い毛で覆われた下には、犬の呼吸に合わせて動く骨と筋肉の塊が感じられる。

 姉ちゃんも、本当に怖々と僕の後ろに乗った。


 トゥーンさんが手をビシッと街へ向ける。

 すると全員が一気に飛び立ち、僕らの上空で旋回したりホバリングしたり。

 そして、トゥーンさんは黒い短髪をなびかせて走り出した。

 白い犬も起きあがり、僕らを背に乗せたまま彼の後ろを走り出す。



 犬の背はかなり揺れる。

 おまけに速い、バイク並だ。

 曲がりくねった森の一本道を、力強く駆け抜け左右に飛び回る。

 白い毛をしっかりつかんでないと、すぐに振り落とされそう。

 後ろにいる姉ちゃんは、僕に必死でしがみついてる。


「……人間じゃない……」


 後ろから驚いた、そして諦めたような声が聞こえる。

 姉の視線の先には、街道を走るトゥーンさんの後ろ姿がある。

 そう、この姿を見れば、絶対に人間じゃないって分かる。


 速い。

 あまりにも、あまりにも足が速過ぎる。

 この白い犬は、本気で走ってるわけじゃないらしいけど、少なくとも時速30kmは出てると思う。

 トップスプリンターが専用トラックで100m、それが限界距離の速度のはず。

 これほどのサイズの犬なら、楽に出せる速度なんだろう。


 でもトゥーンさんも走ってる。一緒に走り続ける。

 街まで延々と走り続けてる。

 平気な顔で、石畳を時々外れて畑のあぜ道や岩場も、森の枝から枝へと飛び回る。

 それでも犬とほぼ同じ速度。

 人間じゃない。

 おまけに頭の上では妖精と鳥人が何人も飛んでる。


「なんて、ことよ……やっぱりここは、地球じゃない、のね」


 ようやく後の姉ちゃんも、異世界に迷い込んだ事実を受け入れたらしい。

 で……それは良いんだけど、これからどうしよう?

 食べ物、寝場所、帰る方法、etc。

 結局、姉ちゃんの言う通り。ここがどこかなんてことより、今はそっちの方が切実な問題なんだ。

 僕らは魔法も武器も職人技も何にもない。

 マジ、どうしよう……。

 なんて悩んでたら、後ろからクイクイと服を引っ張られた。


「ん……なんだよ」

「ユータ、あんた、さっき何を言おうとしてたの?」

「え? ……ああ、あれって……えと」


 そういえば、狼に食われそうになる前、最期の言葉を言おうとしてたんだ。

 何を言おうとしてたか思い出し、ゲホゲホと咳払い。


「ま、まあ、いいじゃん。助かったし」

「良くないわよ、気になるじゃないの。

 ちゃんと最後まで言いなさいよ!」

「だー!

 そんなのどうでもいいだろっ!

 今はそんなことより、食べ物とか帰る方法とか、他に考えることが沢山あるだろ?」

「あんた、それはあたしがさっきまで言ってたコトでしょうが。

 つか、誤魔化すな!

 何を言おうとしてたのか言えっ!」

「ぎゃーっ!

 く、首を絞めるなー!」


 いつの間にやら、もう夕方近い。

 山の向こうへ沈みつつある太陽が、森も山も赤く染めようとしてる。

 別世界から来た僕らも、夕日は区別せずに赤く染めていた。


とにもかくにも、彼らの異世界漂流は始まってしまった。


特技も何もない、単なる女子大生と男子高校生の漂流生活。


彼らの災難は、まだ始まったばかり。



次回、第三章『会議』、第一話


『水晶玉』


2011年3月10日01:00投稿予定


普段なら一週間か十日空けるところですが、第二章は短かったので、このまま続けます

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