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愛、ゆえに

「閉じコめられた……巻きコまれた!?」


 パリシイ島は封鎖された。

 五人の勇者と魔王軍精鋭部隊との戦闘に巻き込まれてしまった。

 羽を持つリィンは飛んで逃げれるが、裕太はそうはいかない。

 まさか冬の夜に幅の広いマルヌ川を泳ぐわけにも行かない。対岸へ着くまでに溺れるか凍え死ぬ。

 騎乗する犬はと言えば、対岸にいる竜に怯えてしまって役に立ちそうにない。

 柴犬顔の巡視官も諦めて犬を飛び降りてしまった。


「くっ! お役に立てず申し訳ない!」

「ユータ達、こちらへ、我らの後へ来るのですぞ!」


 叫ぶのはクレメンタイン妃。

 裕太は慌てて犬を飛び降り妃の方へ走る。

 だが妃の近くへ駆け寄ろうとして、彼を呼んだ妃自身が慌てた。


「待って! そこで止まるのです。

 あまりに我らに近寄りすぎると、我らの魔法陣が抗魔結界で破壊されます」

「あ、ナルホド、すいません」


 裕太は術者達の邪魔にならない程度に離れて待機する。

 リィンは彼の背に張り付いたまま離れようとはしない。羽を持ち自由に飛べるにもかかわらず。


「リィン! ここは危ない、ハヤく逃げろ!」

「な、何を言ってんのよ!?

 あんたを置いて逃げれるわけが」

「そんなこと言ってるバアイかー!」


 とにもかくにも二人は妃達に近い物陰へ飛び込む。

 妃達の外側をワーウルフの騎士兵士達が取り囲み護衛する。

 ふと気付けばトゥーン領主もネフェルティ姫も姿が見えない。

  ガキィンッ!

 と、上から金属音が鳴り響いてきた。


 冬の空を背景に、幾つもの影が建物の屋根を跳ね回ってる。

 それらが交差するたびに火花が飛び散る。

 時折、何かが風を切り突き刺さる音もしている。矢やナイフも飛び交っているのだ。

 五人の勇者と、トゥーン・ネフェルティを中心とした精兵達が、屋根の上で剣劇を演じている。

 頭とリィンを腕で庇う裕太の横で妃が叫んだ。


「大反応3,ラーグン閣下へ向かいますぞ!

 この魔力反応は……来ます!!」


 その叫び通り、尖塔にいまだ起立していたラーグン目掛けて勇者達のうち三人、青・黄・緑が屋根を走り抜ける。

 トゥーンは白、とネフェルティは赤の勇者二人に足止めされ、他の兵士では勇者達に追いすがることも出来ない。

 空からの銃撃も矢も当たり前のように避けられる。

 一気に建物を駆け上り、ラーグンへ距離を詰めていく。

 だが、屋根の上に立つ王太子に焦りはなかった。

 冷めた目で接近してくる勇者達を見下ろしている。


「ふん、いつものように自爆か。

 芸がないね」


 その独り言を聞く者はいない。

 別にそれを残念とも思わず、ラーグンは尖塔の先端を蹴った。

 王太子の体は重力を無視するように空へと駆け上る。

 勇者三人も屋根を蹴って一気に跳躍し追いすがる。


 王太子の肉体は空へと飛ぶ。白銀の鎧には『浮遊』の術式が付与された青い宝玉が輝いている。

 勇者達の肉体は重力に捕らえられ、放物線を描いて失速してく。

 だが彼らは同時に懐から何かを手に取り、ラーグンへと投げつけた。

 それらは赤く輝く宝玉。


 ラーグンは空中で急停止し、腕を地上へと伸ばす。

 同時にクレメンタインと周囲の魔導師達、魔法を使える地上の全ての者が暗い空を睨み付ける。

 彼らの手は高速で同じ印を組み、呪文を唱えている。

 そして裕太とリィンのような非戦闘員や、魔法が不得手だったり魔力を使い果たしていたりする者は地面に伏せる。

 翼や羽を持つ者達は、一斉に島の上空から飛び去る。

 妃は叫んだ。勇者三人と三つの赤い宝玉が浮かぶ夜空へと。


「耐爆障壁、展開しますぞ!

 上下から彼奴らを挟み込むのです!」


 空に二枚の壁、あえて言うなら宙に浮かぶ天井と床が出現した。

 天井は上空に滞空するラーグン王太子が一人で展開した障壁。

 床は地上にいるクレメンタイン妃達が張った障壁。

 その二枚の障壁に宝玉と、いまだ放物線を描いている勇者三人が挟まれた。


 爆。


 島の上空に太陽が出現したかのような光源が生まれた。

 二枚の障壁に上下を挟まれて、爆風が横へと伸びる。

 ラーグンの足下を、パリシイ島の上空を、赤竜のブレスを上回る衝撃波と熱が炸裂する。

 宝玉を投げつけた勇者三人は、当初の予定通り彼ら自身が生み出した爆炎に飲み込まれた。


 二枚の障壁の下、トゥーンとネフェルティはそれぞれ残りの勇者と剣を交えていた。

 頭上の爆炎など気にする余裕は、彼らには無い。

 完全武装の王子王女は、潜入を最優先としたがゆえに大した武器も持ち合わさないはずの勇者相手に、苦戦を強いられている。

 王子王女を周囲の兵が援護しているというのに、決して押しているとは言えない。


 トゥーンは小柄な体を生かして素早く小回りの効いた連撃を繰り返す。

 ネフェルティは猫らしい柔らかな身のこなしとバランス感覚で、足場の悪い屋根の上でも安定した剣術を見せる。

 裕太達には微かな影、飛び散る火花、発光する宝玉の軌跡くらいしか目に映らない。

 それは地球人の常識を超えた、魔界に置いても比肩する者は乏しいであろう、超絶的体術と剣技、闘技。

 桁外れの魔力に裏打ちされた肉体強化での、剣舞。


 だが、それでも彼らの刃は勇者を貫けない。

 いくら皇国が高性能の宝玉を生み出すとはいえ、あまりに人間離れした機動を続ければ肉体がついて行けずに崩壊してしまうはず。

 魔力の消費効率が高くても、決して無限ではないはず。

 武器にしても短刀を二本両手に持っているだけ。投げナイフの類は尽きたらしく、飛び道具を一切放ってこない。

 なのに、王子王女は勇者達を仕留められなかった。

 周囲からも機を見て矢や銃撃が撃たれるが、全く当たらないままだ。


 勇者達は信じがたい反応速度で斬撃を、打撃を、射撃をかわす。

 いかなる攻撃も逸らし、かわし、見切り、流す。

 確実に隙を突いて反撃を返してくる。


 無論、全くの無傷というわけではない。細かな切り傷や擦り傷は生まれていく。 

 だがそれはトゥーン達も同じこと。

 そして死の恐怖を持たぬ勇者は自らの傷など全く頓着せず、冷徹に相手の命を狙い続ける。

 このためトゥーンもネフェルティも、上空に展開する島を覆うほどの障壁や爆炎へ気を払う余裕などなかった。


 だが、勇者達の方には余裕があったようだ。

 上空に広がる爆炎が威力を減じ力を失う頃合いに合わせたかのように、二人は懐から何かを取り出した。

 それらも宝玉。ただし黄色で、何かの付属物が付いている。

 二人の勇者は、それらを真上へ放り投げた。


 黄色い輝きが警視庁の上に上がる。

 上空に展開する広域耐爆障壁のすぐ下で速度を失う。

 同時に付属物は、ぽん、と軽い破裂音と共に白いものを膨らませた。

 それは落下傘。

 パラシュートに取り付けられた黄色い宝玉は、ふわふわとゆっくり下りてくる。

 すぐ下にいるトゥーンとネフェルティは、それらに目を向ける余裕は無く、目にも止まらぬ速さで剣を交え続ける。

 だが障壁を展開するため上空を見ていたクレメンタイン妃と魔導師達は、それらの宝玉に気付いてしまった。

 現状では最悪の効果を持つ爆弾に。


「あれは……しまったっ!」「怨響弾かっ!?」「まずいっ! これは耐爆障壁だぞ!」「し、障壁組み替えっ!」「ダメです! 間に合いません!」「撃て! 破壊しろ!」


 即座に上空へ向けて銃撃の光が伸びる。

 闇夜の中、上空に浮かぶ小さな宝玉へ命中させるのは並大抵の事ではない。

 それでもかろうじてワーキャット兵の持つ銃が一つのパラシュートを切り裂き、宝玉が地上へ、警視庁の敷地奥へ落ちてくる。

 落ちた宝玉を破壊しようと周囲に居た兵が殺到する。

 まだ宙に浮いたままの残り一つを始末しようと、『浮遊』の魔法を使っている幾人かが急上昇する。

 遙か上空に浮いていたラーグンも宝玉を破壊しようと急降下するが、障壁の解除が間に合わず、障壁に邪魔されて近寄れない。

 全ては間に合わず、二つの宝玉は破壊される前に発動してしまった。


  イイィィィイイン……!


 黄色の宝玉が、強く瞬いた。

 耳障りな高周波音が鳴り響く。

 術者達が展開する耐爆障壁をすり抜けて、鼓膜に音が届く。

 同時に術者達が、術を使わなかった者達も、ほぼ全ての者が脳をかき回されるかのような不快感に襲われた。

 地上に落ちた宝玉へ殺到していた者達が、耳を押さえて苦しみ倒れのたうち回る。

 宙へ舞い上がろうとしていた者達も地上へ落下した。


 それは王子王女達も例外ではなかった。

 急降下していたため宝玉の至近距離にいたラーグンが、二枚の障壁をすり抜けてきた怨響に襲われる。

 王太子は耳を押さえて落下。何度か建物の屋根に当たって、そのまま水柱を上げて川に落ちてしまう。

 屋根の上にいたトゥーンとネフェルティも立っていることすら出来ず落下。屋根やひさしに何度もぶつかりながら地上へ落ちる。

 地上の兵士導師達も頭を押さえてのたうち回って苦しんでいる。

 爆炎を避けるため島から離れていた鳥人や妖精などは、怨響に阻まれて島に近寄ることが出来ない。


 勇者すら例外ではなかった。

 自分が放った怨響弾に自分で苦しみ、王子王女と同じく地上へ落下してしまった。

 誰かが死ぬわけではない、単なる足止めのための爆弾。

 死を恐れぬ勇者達にとっては、何ら恐るるに足らぬ戦術。


 クレメンタイン妃も、リィンも、周囲の魔導師や兵士達すらことごとく地面に倒れ込む地獄絵図。

 そんな阿鼻叫喚の中、ただ一人、何事も無かったかのように立っている者がいた。

 一体何が起こったのかすら分からない彼は周囲を、黄色い光を放つ空の宝玉を見つめる。

 それは、裕太。

 唖然とする彼は呟く。


「オンキョウダン……怨響弾、まさか、これも言霊!?」


 二種類の爆弾による時間差攻撃。

 最初の爆弾で仕留められなくとも耐爆障壁を誘い、それでは防御出来ない怨響弾の言霊攻撃を続ける。

 結果、言霊の影響を受けない裕太だけがパリシイ島に無事に立っていられる状況となってしまった。


 いや、他にも立っている者が居た。

 確かに無事に立っていられるのは裕太だけだが、無事でなくても立つことが出来る存在がいた。

 勇者達だ。

 自らの苦痛を意に介さぬ白と赤の戦闘生物は、それでも覚束ない足取りながら短刀を手に、一歩ずつ進んでいく。

 さすがに手が震えて二刀を持つことは出来なかったか、一本の短刀を両手で握りしめている。


「そ、そんな……まずい、まずいまずいマズイ!」


 彼は周囲を見る。

 立っている味方はいない。軒並み頭や耳を押さえてうずくまったり倒れ込んでる。

 地面にはリィンが、クレメンタインが苦悶の表情を浮かべて苦しんで倒れている。

 赤い装束の勇者がよろめきながらも近づいていくのはネフェルティ王女。屋根から落ちた彼女は気を失っているらしく、芝生の上で動かない。

 もう一人、白装束の勇者はトゥーンへとにじり寄る。

 トゥーンの方は意識を失っておらず、また強大な魔力がゆえの高い抗魔力で怨響に抵抗して立ち上がろうとしていた。だがまだ地面に膝を付いてる。

 一歩、また一歩と、短刀の刃を煌めかせた勇者達がふらつく足取りで歩く。


「誰か、誰か……ヤツを止めれる人は……?」


 いない。

 戦える者はパリシイ島に誰もいない。

 怨響に阻まれて島へ駆けつけれる援軍もいない。

 その中、かろうじて動けるのは命知らずの戦闘機械、勇者。

 完全に動けるのは、戦いの知識も技術も経験もない素人の、裕太。


「そんな、ボクが、でもボクは、戦いなんか、剣なんて」


 ふと思い出し懐から取り出したのは、短剣。

 オシュ副総監から借りっぱなしだった投げナイフ。

 もちろん投げ方なんか知らない。彼が投げたことがあるのはボールくらいなもの。

 地面に倒れている兵士達が落とした剣や槍は転がっている。その正しい握り方構え方からして分からない。


 戦えない。

 武器の使い方が全く分からない。

 だが止められるのは、皆を救えるのは唯一ただ一人。


 なんとか、なんとかしないと。

 裕太の脳がパニックを起こしそうになるが、それでも必死で打開策を考える。

 助けを、ヒントを求めて視線が右往左往する。

 だが、足はすくんで動かない。


 彼は、冷静で冷酷な暗殺者達の前に立ち塞がるなど想像したこともない。

 勇者は何の躊躇ためらいもなく刃を滑らせる、肉に突き立てる。

 同じ人間だろうと容赦しない、するはずがない。


 死ぬ。

 殺される。


 ガクガクと無様に膝が笑う。

 腰が砕けそうだ。

 顔を上げれない、視線が下を向いてしまう。

 足下を見たとき、目に入った。



 リィン。



 怨響に脳を、精神を揺さぶられて苦しむ恋人。

 共に歩む未来を描いた女。

 魔界を守ると誓った。少女のような妖精の女のために。

 地球への帰還を、故郷を捨てた。

 彼女のためだけに。



 視線を上げる。

 周囲を見る。

 視界に映ったのは、王子王女へ残り数歩という距離まで迫った勇者達。

 そして――。


 足を踏み出す。

 全力で駆けだした。

 ただし方向はトゥーンの方でもネフェルティの方でも、ましてや勇者達の方ですらもない。

 警視庁の敷地奥。



 トゥーンは這いずり、息も絶え絶えになりながら勇者から離れようとする。

 追いすがる白い勇者は、立って歩いてはいるものの、時折膝をついてしまうため間合いを詰め切れない。

 対してネフェルティ王女は気を失ったまま。よろめきつつも石畳を踏みしめる赤装束の勇者は着実に接近する。

 ついには短刀の間合いに猫姫を収めてしまった。

 黒ずくめの暗殺者は迷い無く振りかぶり、姫の心臓へ狙いを定める。

 そして、一気に振り下ろす!


  ギイイイインッッ!!


 一際盛大な怨響が、振りかぶった勇者の耳元で鳴り響く。

 瞬間、勇者の目が有り得ないほど見開かれる。

 振り下ろした刃は逸れ、地面を穿つ。

 眼球が上転し、白目をむいて膝から崩れ落ちる。

 そして、そのまま前のめりに倒れてしまった。

 離れていてすら島全体を阿鼻叫喚に陥らせる怨響弾、その直撃を至近距離から受ければ勇者とて無事では済まない。

 自らの恐怖も苦痛も負傷も無視する勇者だったが、耳と頭蓋から直撃する魔力の波は脳を容赦なく振動させた。

 意識の消失までは止められなかった。


 勇者の耳が先ほどまであった空間には、今は何もない。

 爆弾の破片が火の粉となり舞い落ちるのみ。

 だがその横には、裕太がいた。

 手には未だに耳障りな騒音を響かせる怨響弾。


 彼は、地面に落ちた怨響弾を拾い上げ、ネフェルティの元へと駆けだし、赤勇者の耳元に突き付けたのだ。


次回、第十九章第三話


『ナイフと光』


2012年2月17日00:00投稿予定


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