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襲来

 彼の首を狙った刃は、皮膚を割いていた。

 赤い雫が首を伝って落ちていく。


 だが、裕太は首を掻き切られてはいなかった。

 刃は皮膚に触れたまま、ピタリと静止している。

 カラは彼の首を切り裂こうと力を込める。だが、刃は一向に動かない。

 ただ腕が、手が、豊かな胸が虚しく震えるばかり。


 刃を握る彼女の左手首は、不自然にへこんでいる。

 まるで何かに握りしめられているかのようなアザが浮かぶ。

 いや、それは確かに握りしめられていた。透明な何かの手に。

 透明な手は彼女の左手を捕らえ、裕太の命を守っていた。


 カラの左腕が捻り挙げられる。

 瞬間、半裸の女が宙を舞う。

 背中から床に叩きつけられ、カラの口から声にならない悲鳴が上がる。

 さらにうつ伏せにひっくり返され、腕を背中に回し取られ、完全に動けなくされた。


 そうしてようやく透明な何かは姿を現し始めた。

 何もないはずの、カラの背中の上に、何かが僅かに色を持ち始める。

 人間のような体の色形が主だが、両手両脚などに獣のような毛皮も持っている。

 体毛の色は青黒い光を淡く放つ。

 それは、魔力ライン。

 魔王一族の証。


「にゃーっはっはっはっは!

 あぶにゃかったねえ、ユータ君」


 姿を現したのはネフェルティ王女だった。

 しかも全裸。

 両手足は猫のような毛に覆われているが、それ以外の場所はほぼ人間の若い女性だ。 つまり、半裸のカラを全裸の猫姫が背中から馬乗りしている。

 その、あまりに有り得ないシチュエーションに、自分の首の怪我も忘れて見入ってしまう。

 カラも自分の状況を忘れて苦悶の叫びを上げてしまった。


「そ、そんな!?

 お前は、ネフェルティ!

 いつの間に……まさか最初から部屋の中に!?」

「そのとーりだにゃ!

 あたしは『穏行』が得意なの。足の裏の肉球で足音も出ないから、気付かなかったでしょ?」


 カラの背中で馬乗りになったまま、得意げに胸をそらす猫姫。

 全魔力を込めた魔笛をものともせず、同じ部屋で息を潜めていたのだ。

 姿を消していたのは『穏行』という透明化の魔法。服までは消えないので全裸にならないといけないのだが。

 鍛え抜かれたナイスバディで、胸も見事にバストアップされていて、腰のくびれも見事の一言。

 そんな姫のあられもない、恥じらいの欠片もない有り様に、裕太はかえって男としての本能が冷めてしまう。

 どんな色気も状況次第で喜劇に堕してしまうようだが、その当人は気にする様子もなかった。


「久しぶりだねー、カラちゃん。

 えっと、確かカラ=ダストルガ少尉、だったかな?」


 悔しさのあまり歯ぎしりする女は答えられない。

 代わりに裕太が尋ねた。


「姫、お知りアいですか?」

「インターラーケン戦役で捕まえた捕虜の一人だよ。あたしが直接捕まえたの。

 皇国に返してあげたんだけど、まさか軍に戻ってて、しかも間者までやってるにゃんてねー。

 君も懲りにゃいねえ」


 思いっきり意地悪な笑みを浮かべる猫姫。

 そこでドアが開き、ドカドカとワーウルフの兵士達が剣を抜きはなったまま室内へ飛び込んでくる。

 手際よくカラを縛り上げ、荷物を奪い、各種魔法で身体検査を進めていく。

 最後に入ってきたのは、眼帯がよく似合うドーベルマン顔のワーウルフ。

 黒い外套をまとったオシュ副総監だ。


「ユータ殿よ、ご協力感謝する」

「いえ、タイしたことでは」


 深々と礼をする裕太の姿を、カラは忌々しげに睨み付ける。


「ち、畜生……!

 最初から、泳がされてたってわけ!?」

「ええ、そうです。

 朝に銀行へヨったでしょ?

 あのブルークゼーレ銀行ホンテンには、第十王子がトウドリとしておられるんです。

 とても目が良くて、あなたのヘンソウも何もかも、ゼンブ遠目からでも見ヌいてくれました。

 アトは、あなたがダレと連絡をとるか見てただけなんです」

「にゃははー、君の演奏が暗号にゃのは知ってたよ。

 演奏を耳にして誰が動くか、ワーキャット達がずっと追ってたんだ。

 今頃は、君の仲間は全員捕まってるんじゃない?」

「く、くそ……!」


 悔しさに端正な顔を歪めるカラは引き起こされ、狼頭の巡視達に連行される。

 横を通り過ぎる女の憎しみに満ちた目を見たとき、つい裕太は「あの……」と問いかけてしまう。

 副総監は軽く顎を振り、連行する巡視達の足を止めさせた。


「……まだ私を笑い足りないってわけ?」

「そんなのじゃありません。

 一つキきたいことがあるんです」

「……何?」

「インターラーケンのホリョなら、魔界のホントウの姿も知ってたはずです。

 また、皇国では魔族にヤブれた兵士はヒドい扱いを受けるって」

「それが何よ」

「なら、どうして魔界と争うんですか?

 ナゼわざわざ間者まで?」


 ふん、というふてくされた返答。

 代わりに答えたのは副総監だ。


「その者はな、敵地潜入という名目で追放されたのだよ」

「ツイホウ……?」

「皇国国教会の教えは絶対だ。

 例え有益な情報の数々を手みやげに帰郷しても、『魔族に触れて穢れた』という名目を守らざるを得ない。

 愚かな女だ。世を忍び暮らしていれば、かような生き恥をさらさずすんだろうに。

 魔界に残れば城の人間達のように陛下の庇護も受けれたのにな」

「何が陛下よ……何が魔王一族よ!」


 喚く女の口を閉ざそうと兵達が力を込める。

 だが副署長は軽く手を振り、カラの罵声怒声をあえて赦した。


「たまたま実験で力を得ただけの失敗作じゃないの!

 その魔王だって、いつかは死ぬわ。その後はどうなると思う?

 今度は魔王十二子という名の残りの失敗作達が覇権を巡って争い出すのよ!」

「あたしはそんなの興味ニャいんだにゃー」


 さらりと言い放つネフェルティ王女。

 だが姫の反論にもカラは畳みかけた。


「あんたはワーキャット族だから、そんな面倒臭いことには興味ないでしょうよ。

 でも、他の連中はどうかしら? ラーグンは、ルヴァンは、ベウルはどうかしら?

 自分の支配する魔族だけで手一杯なのに、異種族なんて助けてられる?

 受け入れられると思って?

 結局、人間は人間の国で生きる他はない。異種族はいがみ争う宿命。

 どんな扱いを受けても、人は皇国にすがらないと生きていけないの」


 悲しき現実。

 それが真実の一端であることは裕太にも理解出来る。

 だが、あくまで一端に過ぎないことも彼は知っていた。


「そんなことは陛下もワかってます。

 だからルテティアが作られたんでしょう。

 スベての種族が手を取りアう未来、その種をマいているんです」

「夢物語だわ。

 そんな理想論、種族の壁という現実の前には虚しく砕け散るだけよ」


 副総監は軽く手を振り、裕太とカラの問答を終わらせ彼女を連行させる。

 ドヤドヤと出て行く兵士達。

 と、ここでようやくリィンが目を覚ました。

 ベッドの上でキョロキョロ周りを見る。


「……ふぅあぁ~、良く寝たぁ。

 て、あら? もしかして、もう全部終わっちゃったの?」


 無邪気な台詞に裕太も副総監もネフェルティも思わず微笑んでしまう。

 裕太は内心、さっきの色仕掛けを見られなくてよかった……、と安堵してた。

 副総監は自分の外套をうやうやしく猫姫へとかける。

 せっかくの紳士的配慮だったのだが、猫姫は前をおおびらきにしたまま閉めようとしないので、あまり意味がなかった。

 裕太は、「なんて漢らしい姫」と感心してしまう。


「さて、姫殿下。そして裕太達も。

 我は行きますので逃げて頂きたい」

「行くって、ドコへです?」

「潜入した人間共の動きは掴んである。先ほどのカラの笛の音で残りをおびき寄せることも出来るだろう。

 だが同時に、容易く捕らえることも討ち取ることもできないだろう。

 激しい戦いになるから安全な場所へ逃げるのだ」

「え?

 動きをツカんでるなら、すぐにオわるんじゃ」


 驚く裕太の腕をリィンが引っ張る。

 その表情は真剣そのものだ。


「冗談じゃないわ。

 追いつめられた人間の兵士は自爆がお約束なの」

「うお、それはコマる」

「そうだニャ、早く逃げるといいよ。

 でも、あたしは逃げるわけには、いかないみたい……」


 いつも陽気に笑っているネフェルティ王女の言葉は真剣味を、いや殺気を帯びる。

 その目は獲物を睨む猫のごとく、既に太陽が沈み暗さを増す中でも怪しく光る。

 音もなく窓へ寄り、その向こうに向けて牙をむきはじめた。


  ズン……!


 腹に響く重低音と振動。

 同時に街の彼方から赤い光と煙があがる。


「来た……釣れたよ。

 間違いにゃい、奴らが来たんだニャ!」

「ヤツら?」

「奴らって、まさか……!?」


 猫姫は答えない。答える余裕を無くしていた。

 副総監の口からもうなり声が上がり、その目は野獣の殺気に満ちている。


「来やがったぞ、不死身の化け物共が……こっちへ向かっている。

 勇者だっ!」


 祭の喧噪で騒がしかった街。

 今は爆発音と悲鳴と怒号で再び喧噪に満ちることになった。





――どこか暗い空間。

 各所に薄明かりはあるが、その全体は見通せない。

 その中に一つの肘掛け椅子がった。

 木製の簡素な椅子に座っているのは、魔王。

 強大な魔力が実体化した黒のスーツとマントをまとい、目を閉じて座っている。

 周囲の闇に何者かの気配が幾つもあるのだが、姿を現そうとはしない。


 闇の中に四角い光が生まれる。

 その光の中に、一つの姿が浮かんだ。

 オシュ副総監だ。

 力強く敬礼し、素早く報告する。


《報告致します!

 勇者襲来!

 現在、中層部第六第七街区を逃走中!》


 魔王は目を開かない。

 ゆっくりと副総監から告げられた言葉を反芻する。

 そしてポツリと問いを発した。


「数は?」


 端的な問いに副総監は踵を打ち鳴らし答える。


《五体が視認されました!

 現在、第二防衛陣を展開中ながら、第六第七街区領主配下のワーキャット兵・エルフ兵は苦戦しております!》


 その間にも新たな四角い光が浮かび、別の人物の姿が現れた。

 黒メガネをクイクイと直すルヴァンだ。


《勇者は強攻偵察兵。

 例えルテティアで倒そうとも、その不死性を利用し皇国で復活、街の情報を伝えることが目的でしょう。

 特に防衛体制、戦力が主眼ですね。

 ゆえに、第四・第五陣の使用は控えて頂きたい。新型兵器装備の使用も同意しかねます》


 目を開けないままの魔王は、代わりに口を開いた。


「第三までと旧式兵器だけで迎撃しろというのかい?

 副総監、どうだろうか」

《はっ!

 陛下の命とあらば、謹んで一命を賭し出陣致します!》

「やめときな。

 お前ら一般兵じゃ、無駄死にがせいぜいだぜ」


 カツ、という足音と共に小柄な人物が淡い光の下に歩み出る。

 四角い光の中に浮かび上がるのではなく、自らの足で姿を現した。

 それは漆黒の鎧をまとった少年の姿。

 背には長弓、腰には剣を差す。鎧の各所には様々な宝玉が装着されている。


「勇者は魔王一族でなきゃ倒せねえ。

 このトゥーン様に任せな」


 恐れなど欠片も見せず、魔王の返答も聞かず出陣に向かうのは、第十二子であるトゥーン=インターラーケン。

 だがルヴァンは眉をしかめる。


《軽挙妄動は慎みなさいと何度言えば分かりますか?

 我ら十二子は将、指揮者なのです。

 軽々しく前線に出たり一騎打ちに応じるなど、愚策愚行も甚だしい》

「いや、そうでもないと思うんだ」


 さらにもう一人が魔王の前に歩み出る。

 それは柔和な笑顔を浮かべているかのようだが、目は笑ってない男。

 ラーグン王太子。

 昼間のパレードのようなゆったりとした服ではなく、白銀の鎧をまとっている。

 既に出陣の準備を終えている長兄は、次兄へ反論を述べた。


「ここは魔王直轄都市。

 市民の保護は魔王とその一族の第一の責務だよ。

 それを果たさない限り、我らの統治に正当性を証明出来ないさ」

「そうだぜ。

 それに普通の兵がどれだけいても、勇者の相手にならねえ。

 被害が増えるだけだ」

《にゃっはっは!

 というわけで、あたし達が相手をするよ。

 オシュ君達も手伝ってくれるし、安心して。

 サクッと片付けてくるね!》


 軽い言葉と共に副総監の隣へピョコッと現れたのは、ネフェルティ。

 ルヴァンは軽く溜め息をつく。


《まったく、嘆かわしい。

 ですが現状では、より良き策は無いと言わざるを得ません。

 では父上、よろしいですか?》


 魔王は目を開き、マントを翻して立ち上がる。

 そしてニッコリと微笑んだ。


「分かった、ここは君達に任せるよ。

 現場の指揮権はラーグンに委ねるね。

 みんな、最善を尽くして頑張ってきて欲しい」


 四角い光の中に浮かぶ人物達は敬礼し、その姿は消えた。

 次に魔王は右手を振り、闇の中で居並ぶ者達へも命を下す。


「それじゃ、各自頑張ってくれ。

 一名でも多くの市民を守るんだよ」


 闇の中、多くの者が敬礼したり頭を下げたりと、各自の礼をする。

 踵を返した足音が走り去っていく。


 かくてルテティア防衛戦、パリシイ島の戦いは始まった。


かくて皇国は襲来する。


裕太が経験する初の実戦、だが彼は未だ戦いの術を持たない。


そんなことは敵が構うはずもない。むしろ戦えぬ者こそ餌食となる。



次回、第十九章『勇者達』、第一話


『封鎖』


2012年2月15日00:00投稿予定

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