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魔笛

 裕太の手には、通りに並ぶ屋台で買った串焼きが握られている。

 だがそれは口に入れられず、代わりに言葉が漏れている。


「うわぁ~……すっごいなあ」


 彼の横に浮かぶリィンも、手にしているリンゴの蜂蜜漬けを忘れている。


「ホントねえ。

 話には聞いてたけど、迫力だわ」


 カラは言葉を失い立ち尽くす。

 買い漁ったクイーンアマン・カヌレ・ダッコワ等の数々のお菓子を山のように抱え頬張りながらも、その目は魔界の軍事力を記憶し皇国へ持ち帰るために光り続ける。

 


 観兵式、即ち各種族合同軍事パレード。

 新年を祝う祭の日に行われる、各魔族が力を誇示し魔界への軍事的貢献をアピールするイベント。

 同時に魔界に行き渡る魔王の統治と、対皇国戦における魔王軍の戦力を示す。

 政治的軍事的安定を民に知らしめるために生まれ、いつの間にか新年を迎える祭と合体した。



 二足歩行する巨大な鳥のようなものに騎乗したリザードマンの隊列。

 一糸乱れぬ行進を続けるワーウルフ戦士団。

 数人が乗る小型飛空挺のような浮遊砲台で建物の間を飛ぶエルフ技術者。

 馬車、というより移動砲台や装甲車両を駆るドワーフ技師。

 武器を手にしてただ練り歩いてるだけなのだが、ひたすらに数が多いオークの一般兵達。一番地味だが市民数も一番なので、周囲の歓声と応援も大きい。


 新年を祝う祭という性格もあるので、普通に祭を祝う行列も混じっている。

 ゴブリン達の巨大な山車が華やかな楽曲を奏でて進んでいく。

 鳥人達が空を舞い、花吹雪のように色鮮やかな紙を舞い散らす。

 巨人族の集団が声を揃えて雄叫びを上げれば、周囲の建物のガラスが割れそうなほど振動する。

 妖精族は七色の羽から光の筋を引いて踊り歌う。歌い踊る妖精達の中には、魔王城で働いてる者の姿もあった。


「あれ?

 マル執事長がパレードに出てるよ」

「ええ、執事長はルテティアに住む妖精族の元締めなの。

 この祭も仕切ってるのよ」

「へぇ~……あれ?

 リィンは出なくていいの?」

「全員が出るワケじゃないの。仕事もあるんだから」

「それもそうか」

「あ……あの、ユータさん」


 おずおずと尋ねるカラ。

 お菓子の甘い香りをまとわす指を向けた先には、リザードマン達が牽く山車がある。

 その上では、当のリザードマン達が踊っていた。


「あれは、何ですか?」

「……いや、その、ボクに聞かれても……」


 助けを求めて恋人を見るが、彼女も肩をすくめて分からないのゼスチャー。

 それは確かに彼らには理解出来ないものだった。


 山車の上でリザードマンが踊るのはいいのだが、その踊りが分からない。

 妙に動きが遅く、不自然極まりなく、時折カクンカクンと謎の手振りをする。

 姿は鱗の上に全身白塗りや黒塗り。

 何をしゃべるでもなく、音楽に合わせて動くでもなく、ひたすら不思議な動きを続けていた。


「なんだ、お前達、真竜僧院の神楽僧を知らんのか?」


 と、いきなり隣から声が飛んできた。

 それはリザードマンの市民、得意げに解説してくれる。


「偉大なる真竜様へ踊りを捧げる僧達だよ。

 見ろよ、あの神々しくも柔らかな舞を。白と黒は天と地を、腕の動きは風と炎を表しているのさ。

 この神舞を拝めば天に昇れるとすら……」


 解説は続くのだが、やっぱりさっぱり理解出来ない三名。

 目の前を通り過ぎる山車の上の僧達、なんというか、暗黒舞踏にしか見えない。

 彼らは、「だからリザードマンは何を考えてるのか分からないと言われるんだ」と納得していた。


 他にも数々の少数部族が、それぞれに趣向をこらしたパレードをする。

 空には竜騎兵と飛翔隊が飛び、曲技飛行を見せている。

 祭の熱気は今日までの一年を名残惜しみ、明日からの新年を喜びを持って迎えるに十分なものだった。





「ふぅ~、タノしかったねえ」


 ようやく日暮れになったが、それでも街の熱気は冷めやらない。

 これから夜を徹して酒を酌み交わし、明日の新年の朝日を拝み、続く三日間で更に新年の到来を祝う。

 しかし彼ら三人連れは既に疲れ果てていた。


「本当ですわ。

 ユータさん、リィンさん、今日はありがとうございました」


 礼を言うガーラことカラの前にリィンがフワリと下りてくる。


「でもガーラさん、結局お連れの方とは会えませんでしたね」

「はい、あちこちで演奏したんですけど」

「ダレも来なかったね。

 どうします?」

「うーん、明日も街を回るつもりです。

 とりあえず宿をとりたいので、街へ戻ってみますね」

「あら、それ無理よ」


 宿をとるのは無理というリィン。

 当然のこととして説明し出す。


「だって、祭の日だもの。

 宿も何もかも客があふれかえってるわ。宿なんか取れないわよ。

 でも、この寒空で野宿はきついのよね」

「え、あ、そういわれれば、そうですね」

「なら、ボクの宿へ来ませんか?」

「ユータさんの?

 でも、もしかしてユータさんは、城に暮らしているのでは」

「ええ。

 ほら、サイショに会った橋の近くにシロがあったでしょ」

「はい、立派なお城が幾つもがありましたね」

「あれの一つがサイバンショなんですけど、マツリの間はお休みなんです。

 ほとんど誰もいないので、ボクとリィンはそこに宿を借りてるんです。

 部屋、余ってますよ」

「え、でも、私なんかが勝手に入ったら」

「ボクが話せば分かってくれますよ、きっと。

 まあ、ダメでもともと。行ってみましょ」

「そうね、それじゃカーラさん。

 試してみません?」


 リィンからも誘われた予想外の申し出に、カラは考え込む。

 内周部に潜入するのが当初の目的。その中に再び入れてくれるというなら渡りに船。

 断られたら、その時こそ本当にどこかへ潜入すればいい。

 少なくとも、これだけ大騒ぎの祭なら、自分一人がうろうろしたからとて怪しまれることも無いだろう。

 なのでユータの申し出に応じることにした。


「そうですね、それではお願いします。

 あ、でも宿代くらいは払わせて下さいね」

「それくらい、いいですよ」


 そんな話をしつつ、彼らはルテティア内周部でも中央部近くにあるパリシイ島の高等法院へ向かった。

 普段は警備の厳しい内周部も、とくに咎められることもなく、すんなりと足を踏み入れ奥へ向かうことが出来た。


 こうして到着したのは高等法院前。

 さすがに重要施設なので警備を兼ねたゴブリンの官吏が何人かいた。

 見慣れないカラとリィンの姿に目を向ける官吏達。だが、ユータが一礼して話をすると、呆気なく城内にも入れた。

 目の前にいる若者が、意外なほど顔が広く信用と権限を得ている人間と知り、カラは感心しきりだ。


「驚きました……まさか人間でありながら、このような城にまで自由に出入り出来る地位にあるとは」

「いやあ、それほどでも」

「ふっふーん!

 ユータは見た目は情けないし力はからっきしだけど、すっごい偉いんだからね」

「そうなんですねえ。

 本当に、もっとお話を聞きたいです」

「その、えと、ハずかしいな。

 まあ、そういう話は部屋でしましょう」


 そんなこんなで到着したのはユータの部屋。

 ガラス窓の向こうに見える町並みは、既に夕暮れで赤く染まっている。

 裕太はベッドに腰掛け、ふぅ~、と一息。

 リィンは床暖房を入れてから、水差しからコップに水を注ぎ、くつろぐ裕太と立ったままのカラへ渡す。

 カラは頭を下げ、窓際の椅子に腰を下ろした。


「素敵な部屋ですね」

「トリシラベの間だけ使わせてもらってるんです」

「取り調べ?」

「あ……と。

 これは言っちゃマズかったな」

「もしかして噂の、皇国から逃げてきた高僧の取り調べ、ですか?」

「なんだ、知ってるじゃないの、て、あ」


 リィンも思わず同意してしまってからしまったと口を塞ぐ。

 一瞬、カラの視線は鋭さを増す。

 だがすぐに間者としての役目を思い出し、必死に柔和な笑顔を繕う。


「そのような重要なことを無理に聞こうと思うほど、分別が無くはありませんよ」


 リィンと裕太は誤魔化すように咳払い。

 その様子にクスリと笑ったカラは、スッと立ち上がる。

 そして横笛を取り出した。


「先ほど申しました、宿代です。

 はした金などより、こちらの方がよろしいのではないかと思うのですが。

 聞いて頂けますか?」


 拍手をする妖精と人間。

 リィンは裕太の横に寄り添って座る。

 カラは笛に口を当て、旋律を紡ぎ始める。


 それは、もの悲しくも懐かしい曲。

 冬の夕暮れに相応しい、遠い故郷を思い起こさせる音。

 動く気配の少ない城は静かで、ゆえにその隅々まで行き渡る、郷愁に満ちた笛の音。

 幼き日、母に背負われて聞かされたような、子守歌かのような優しい曲だった。


 聞き入る裕太とリィン。

 ほどなくして妖精の女は眠りの世界に落ちていく。

 ふわっと音もなくベッドに倒れ込んでしまう。

 裕太も顔を伏せ、まるで寝ているかのように力が抜けている。

 笛を口から離したカラは声を殺して笑った。口の端をつり上げて。

 音もなく裕太の前へと歩み寄り、腰を屈めて彼の顎に指を沿わせる。


「くふふ……高位エルフをも酔わせる言霊、楽しんでもらえたかしら?

 でもまだ夜はこれからよ、もっと深く催眠をかけてあげるわ。

 そこの妖精なんか忘れて私のことしか考えられなくなるくらい、心の奥まで酔わせてあげるわね」

「……残念ですがエンリョします」


 力の抜けた体はそのままに、毅然とした拒絶が彼の口から飛ぶ。

 カラは、愕然とすると同時に後方へ飛び退いた。

 腰をわずかに落とし、油断無く半身を引いて構える女の前で、裕太は何事も無かったかのように顔を上げる。

 そして悠々と足を組んだ。


「ボクに言霊はキかないよ」


 全く正気も正体も失っていない彼の姿に、思わず歯ぎしりの音が響く。


「……信じられないわね。

 この至近距離で、私の全魔力を込めた言霊だったのに。

 その若さで魔王一族にも匹敵する魔力を秘めてる、とでも……?」

「そんなタイしたもんじゃないです。

 生まれつきなんですよ」


 抗魔力は精神力や魔力に比例して上がる。ゆえに魔王一族には言霊が通じないことになる。

 が、裕太はそれとは無関係。

 でもそれを細々と説明はしなかった。


「しかも驚きも何もしないところを見ると、最初から私を疑っていたのね?」

「まあね。

 ハシで会ったトキから、エルフの変装をした人間だろうと思ってたよ」


 組んだ足の膝に両手をかけ、余裕で答える裕太。

 小憎らしいまでの態度は泰然自若と評するに相応しい。

 だが彼女には何故に正体を見破られたか分からない。


「一体、なぜ?

 自慢じゃないけど、今まで人間と見破られたことはなかったのに」

「カンタンだよ。

 君が、ハシの下にいた理由をセツメイしたからさ」

「橋の下で、裸になってた説明……。

 あれの何が不自然だったのかしら?

 もしかして、流れ者のエルフが警備をすり抜けて城の側に一人で居るなんてありえない、ということ?」

「いや、それとは全然カンケイない。

 一言で答えた、それが理由」

「一言で答えたって、どういうこと?」

「エルフはね、話がナガいんだ。

 とにかくやたらと回りくどく、細かいんだよ。

 カンタンに一言で答える、なんてメッタに出来ない。

 でも君は聞かれたことに全てカンタンに一言で答え続けた。

 エルフじゃない。

 なら、エルフの振りをした人間だろう、と思ってね」


 言われてカラは気が付いた。

 エルフの姿は変装出来ても、中身までは演じれなかった。

 自分はこれまでエルフはおろか、他種族と言葉を交わしたことはほとんどない。

 いつも市民の噂話を聞き耳立てていただけ。

 異種族を毛嫌いし、間者でありながら住民達との接触を可能な限り避けてきたため、エルフの話の長さまでは考えが至らなかった。

 自分が今日一日、どれほど間抜けな姿を晒していたかと思い返し、顔面が紅潮してしまう。

 敗北感と羞恥心に襲われる彼女だが、それでも気丈に裕太を睨み返す。

 不敵に微笑みすらした。


「そう……それじゃ、もう下手な演技は止めるわ。

 この耳もいらないわね」


 そういって彼女は長い耳の作り物を外して床に投げ捨てる。その下に現れたのは、人間の短い耳。

 と同時にローブにも手をかけて脱ぎ去る。

 さらには腰ひもにまで手をかけ、シュルリとズボンも脱ぎ去ってしまう。

 突然の行動に裕太が止める間もなく、上着にまで手をかけた。

 裕太に見せつけるようにゆっくりと、なまめかしく体を揺らしながら、上着をも脱ぎ捨てる。

 後には、言い訳程度の薄い布地しかない下着が腰に残るのみ。

 豊満ではないが、十分に張りのある形の良い胸。刺激的にくびれた腰。

 呆気に取られて言葉を失った裕太は、さっきまでの余裕が消え失せ、真っ赤になってしまう。

 視線は在らぬ方向へ泳ぎつつも、定期的にカラの方へ引っ張られるのは悲しい男のさが


「あ、あの、ちょっと、いきなり何を……?」

「昼間に約束、したでしょ?」


 妖しく笑うカラ。

 その表情は、裕太のウブな反応を見て楽しんでいるようだ。


「や、ヤクソクって、何を……?」

「私のことを教えたら、貴方のことも教えてくれるって。

 だから、私のことを教えてあげるわ……何もかも、ね」


 胸を隠すように、かつ胸を寄せて谷間を見せつけるようにしながら、ゆっくりと彼女は裕太へと再び歩み寄る。

 彼は今度はあたふたと慌てて横を見る。

 妖精の恋人は、まだ寝息を立てたままだ。言霊の威力に偽りはなかったらしい。


「ちっぽけで汚らわしい魔物のことなんか、忘れさせてあげるわ。

 同じ人間族の男と女として、お互いのことを知りましょう。

 そうすれば、あなたも人として……天国へ行けるわ」


 瞬間、彼女の左手が滑らかな背中へと回された。

 形の良いお尻を覆う下着の中へと手が差し込まれる。

 音もなく引き抜かれた手には、下着の布地に差し込まれた暗器があった。

 針のように小さく鋭い、だがカミソリのように切れ味鋭い折りたたみの刃物がパチンと音を立てて展開する。

 そして、あくまで自然な動きで左手が裕太の首へ伸びる。

 沈みつつある夕日に赤く光る刃が、彼の喉を掻き切らんと弧を描く。


次回、第十八章第五話


『襲来』


2012年2月14日00:00投稿予定


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