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Bonn Anéa!

 早朝のルテティア内周部。

 真円を描く広い中央広場は、今日から始まる祭の準備で既に大騒ぎだ。そこかしこから「Bonn Anéa(良い年を)!」とか、「Malleur voauks(最高の願いをこめて)!」などの新年の挨拶が聞こえてくる。

 高等法院や警視庁がある中州のパリシイ島は、警備上の問題などあって祭の範囲に入らず閑散としていたが、こちらは夜明けから喧噪のまっただ中。

 出店やら急ごしらえの観客席やら、あちこちに構築された柵だのなんだのがそこかしこにある。

 当日朝の今になってもトンテンカンテンと金槌を振る音が響いてくる。


 とある巨大な石造りの建物前、エルフの変装をしたカラと暖かそうなカーディガンや膝上ハイソックスをまとったメイド服リィンがいる。

 裕太はブルークゼーレ銀行本店から手を振りながら出てきた。

 その懐からはチャリチャリと金属音が聞こえてくる。


「お金はジュウブン下ろしてきたよ。

 これで祭もたっぷりタノしめるね」

「お疲れ様ー」


 口座から祭巡りの軍資金を引き出してきた裕太を、笑顔のリィンが出迎える。

 そして彼の耳元へススス……と口を寄せて囁いた。


「あ、あのさ、あなたの貯金って、ちゃんと残ってるの?

 まさかキョーコに盗られてたり」

「大丈夫だよ、今もカクニンしたけど、ほとんど残ってる。

 ボクはお金、ほとんど使わないから」

「そ、そう、それならいいの」


 生臭い話には、エルフの変装をする人間族の女であるカラは興味なかった。

 彼女の興味はルテティア内周部の町並みと祭の様子に向けられている。

 今もキョロキョロと建物や中央広場、焼き肉屋の美味そうな肉をしげしげと眺めていた。

 どんな屋敷がどう配置されているか、警備は……というのも気に掛かるが、お腹の減り具合も気になる彼女。


「えっと……すいません」

「あ、はい、ユータさん、何でしょうか?」

「ガーラさん、でしたよね」

「はい、そうですよ」


 名を呼ばれた彼女は素直に答える。

 カラというのはルテティアでは珍しい名前でも無かったようだが、用心にこしたことはない。

 なのでガーラという偽名を使うことにした。


「ルテティアの街はキョウミあるんですか?」

「ええ、それはもう!

 こんなに大きくて立派な街、生まれて初めて見ました。

 凄く綺麗ですね」


 この感想は嘘ではない。

 完全に区画整理され、極太の道路が縦横に走る巨大都市。

 整備の行き届いた石畳も、城か屋敷かと思える立派な石造りの建物が並ぶ表通りも、初めて目にするものばかりだ。

 皇国でも、ここまで完全に整備され管理の行き届いた街は無いだろう。

 間諜としてルテティア内周部の情報を集めるという目的も合わせて、目は町並みに釘付けだ。

 さらに魔族の全てが集まる祭というのも聞いたことがない。何が行われるのかも興味津々。

 貧困層の住民は進入禁止とされる内周部だが、その上層階級の住民達だけでも内周部は賑わいを見せている。

 この様子だと中層や外周はどれほどか、少女のように心躍る自分を必死で抑える。


「ガーラさんのコキョウでは無かったものですか?」

「私の故郷ですか?

 うーん、あなたのことを教えてくれるなら、教えてあげますよ」

「ボクのこと、ですか?

 えっと……」


 何やら頭をひねってるユータ。

 チラリと視線が頭上の恋人へと向けられる。

 妖精の恋人は何も言わず素知らぬ顔。

 どうやら、女性と親しげに言葉を交わすのは不興を買うかも、と考えたらしい。


「えっと、ですね。

 ボクのことは、スゴく長くてフクザツな話なので、今はちょっと……」

「そうですか。

 別に構いませんよ。

 でも、それじゃ私の話もお預けです」

「あらら、ちょっと残念」


 残念、と言ったのはリィン。

 彼女はフワリとユータの背にまわり、彼の首に腕を回す。

 でも別に残念そうな表情ではない、むしろ楽しげに笑っている。

 ガーラことカラもニコリと笑う。


「女の過去を問いただすなんて、野暮ですよ。

 秘密の多い女は神秘的というではありませんか」

「ンじゃカわりに聞きたいんですけど、ヒトリでルテティアに来たんですか?

 お連れのカタとかは?」

「はあ、連れならいましたけど、道に迷ってはぐれてしまったので。

 どうしようかと少し途方に暮れてたんです」

「タイヘンじゃないですか。

 探さないと」

「それは大丈夫です。

 祭を回っていたら出会えますよ」


 その言葉を聞いて、フワリと浮き上がったリィンはクルリと周囲を見渡す。

 街は既に、恐らくは近隣の村落や街からも押し寄せたであろう見物人でごった返し始めてる。

 警備にあたる各街区領主配下の騎士や警視庁の巡視達も相当の数だ。

 この群衆の中、ただ歩いているだけで連れの者と出会えるとは思えない。

 小柄な妖精は率直に言ってみた。


「ガーラさん、何の当てもなく歩き回っても出会えないと思うわよ」

「当てならあります」


 そういって彼女が胸元から取り出したのは、横笛。





 多くの魔族でごった返す内周部の大通り。

 腹に響く巨人の低音から耳障りなゴブリンの高音まで、その騒がしさは普段とは比較にならない。

 空すらも、翼や『浮遊』の魔法で飛ぶ者達で渋滞している有り様だ。

 子供の泣き声や動物の鳴き声も加わり、隣の者と会話することすら難しい。


 そんな中、澄んだ笛の音が響き渡る。

 あらゆる騒音をすり抜けて、街の隅々に行き渡るような心地よい音色。

 早朝の小鳥すら赤面して逃げ出すような爽やかさが、道行く者達の心に染み渡る。

 自然と魔族達は足を止め、奏者へと目を向ける。

 道ばたに置かれた木箱の上に立つ、カラの演奏へ。

 それは、単純に笛の音。

 宝玉の全く付いていない横笛から生み出された旋律だが、最大級の魔力を込めた言霊かのように多くの心を惹き付ける。


 実際、言霊を使えば感動的に感じられる音を生み出すことが出来る。

 だが魔法はいずれ切れる、催眠は効果を失う。後で「何であんな下手くそに感動したんだ?」と思い返すことになる。

 しかも高い魔力を持つ者は必然的に高い抗魔力を持つ。言霊の効果が低くなる。

 本当に多くの者を感動させるには、催眠の魔法無しに、高度な技術と感性を持って演奏しなくてはいけない。

 それが内周部の上層階級ともなれば魔力の高い者も多いのだからなおさらだ。


 そして、カラはその技量を持っていた。

 彼女の吹奏は魔族達の足を止めさせている。

 言葉を失い、喧噪は消え、ただ笛の音が広く町並みに響き渡る。


 曲を終え、深々と一礼する。

 瞬時に心からの歓声・拍手・口笛・遠吠え・雄叫びその他がわき上がった。

 同時に雨あられのごとくコインが降り注ぐ。さすがに内周部の富裕層、しかも祭ゆえ金離れが良い。

 プェニヒ銅貨にプルタ銅貨ペニー銅貨と、小銭だけとはいえ、これだけ景気よく舞えば壮観だ。

 降り注がれるコインを受け止める側はたまったものではないが。


「いたたっ! いたっ!

 ありがとう、いたたた、ございますー!」


 コインをかき集める役を請け負った裕太だが、同時にそれはコインを投げつけられる役。

 いくら小さなコインでも金属、当たれば痛い。

 チャリチャリチャリと小気味の良い音の中で礼をし続けるカラの方は、澄まし顔で背中や頭に当たる硬貨を受けている。

 手当たり次第に硬貨をかき集めれば、さすがに小銭ばかりなので総額としては大したものではないが、重量は相当なもの。

 ついでに、「うー、誰だお菓子を投げつけたヤツは。頭にマドレーヌみたいの」なんてのはご愛敬。

 ともかく、そそくさとその場を離れて裏通りで裕太の銀貨と交換する。


「はい、両替はこれくらいで。

 ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」


 銀行で受け取った銀貨の袋が、銅貨でパンパンになってしまった。おかげで非常に重そうだ。

 銀貨を受け取ったカラは会心の笑み。

 リィンは裕太の荷を少しでも軽くしようと、銀貨だけ受け取る。

 銀貨の枚数を数えながらも感心の声を隠せない。


「スッゴイわねえ~。

 旅芸人の一座か何か?」

「そんなものですわ。

 こうやって、そこかしこで演奏していれば、曲を聞きつけた仲間が来てくれますよ」

「もしくは、ナカマの人がどこかで座をヒラいてるかもしれませんね」


 お金を懐に入れて裏通りを出てみれば、同じような芸人や一座がそこら中で公演をしている。

 楽団が陽気な音楽を奏でる。

 紙芝居や人形劇に子供達が集まる。

 魔法と手品を組み合わせた不思議の舞台に大人も歓声を上げる。

 土産物売り、パン売り、焼き肉売りなどの売り子が声を張り上げる。

 あらゆる種族が混じり合い、手を取り合って一つの祭を行い、皆が心一つに楽しんでいる。


「……これが、魔王陛下のキズかれた街です」


 ポツリと呟く裕太。

 憧憬と、何か遠く故郷を想うような視線。

 その目にカラは好奇心を呼び起こされる。


「魔王、陛下……からは、直接に御言葉を賜られることが、おありなのですか?」

「ええ。子供タチの世話をイッショにしていますから」

「子供達?」

「インターラーケン戦役でキュウジョされた、人間の子供タチです」


 彼女は言葉に詰まる。

 返答に窮する。

 ルテティアに潜入しているので、その話も耳にしたことはある。

 人間の一人として、魔王が人間の子供を育てている事実には複雑な感情を生じる。

 だが同時にエルフに偽装する身として、魔王が人間の子供を育てているという事実にエルフはどのような反応をすべきか想像がつかず迷う。

 加えて裕太が、魔王と同じ職務に当たるほど重要な地位にある人物と知り、さらに根掘り葉掘り聞きたくなる。

 が、あくまで自然に喋らせないと不審に思われたり逃げられたりしかねない。

 結局、黙して目を伏せ表情を隠すくらいしか思いつかなかった。

 そして裕太は彼女の反応には何も追求しなかった。

 ただ彼女の腕を取って群衆の中へと引っ張る。


「まあ、そんな話はおいといて、イマは祭を楽しもう」

「そうそう、今くらいは仕事のことは忘れましょう!

 向こうの大通りでは、すっごいものが見れるそうなのよ」


 リィンもカラの反対の腕を取り、中層部へ向かう大通りへ促す。

 彼女は自身の困惑を隠すためにも、素直に二人の促す方へと足を進めた。



 さすがに祭の日は内周部の立ち入りを見張る警備も緩い。これだけの群衆が街に繰り出すのだから当然だ。

 やんごとなき階層の者達も、たまには下々のように気楽に過ごしたいので中層部へ流れ出す。

 一々出入りを見張るなんて無粋な真似をする日でもない。

 カラは、『これだけ警備が緩くなるなら、冷たい川を潜るなんて苦労はしなくてよかった』という事実に気付き、自分の苦労はなんだったのかと少し落ち込んでしまう。

 だがそんな落胆はすぐに吹き飛んでしまった。

 目の前の大群衆と大行列を目にすれば、そんな少々の苦労もする価値はあったと納得出来る。


 地響きのような音と振動が全身を貫く。

 目の前を、まるで赤い鱗鎧を全身にまとうかのような、巨大な生物が歩いていく。

 その顎は巨人族すらも一飲みにしそうな大きさで、剥き出しの牙は熊も易々と貫く事は想像に難くない。

 巨木のような足が一歩を踏みしめるごとに、石畳がひび割れ商店の屋根からパラパラと何かが落ちてくる。


 赤竜。

 しかも一頭ではない。巨大な赤竜の群が練り歩いている。

 それは内周部と中層部を区分けする環状の大通り。街角の巨大石版には「Boulevards des Maréchaux(マレショー通り)」という道路名が記されている。

 道の反対側までの距離自体が一つの街区を形成出来そうな大通りを、見るからに凶暴そうな竜が行進している。

 市民は城屋敷かと見まごう大商店が軒を連ねる歩道に並び、勇壮にして剣呑な竜達の行進に目を見張っていた。

 竜達は、爬虫類の一種のはずなのに、冬の寒さも街の喧噪も気にせず一列に進み続けている。

 市民達も、暴れ出せば街ごと破壊されそうな竜を前に逃げ出そうとはせず、むしろ熱い視線を送っていた。


 先頭を行く赤竜、その巨大な頭の上に立つ者がいる。

 ゆったりとした服を優雅にまとい、馬にまたがるより楽そうに竜の頭上に立つ姿は、当然ながら衆目を集める。

 それは、まるで人間のような外見だった。

 人間族で言うなら、恐らくは三十代半ばの男だろう。

 長い赤髪を肩から背中まで垂らし、切れ長な細い目、顔と手には鱗のように見える青黒い斑点が散在している。

 機械的な作り笑いを浮かべ、竜の大軍を率い、マレショー大通りを行進するのは魔王第一子ラーグン=パンノニアだ。


「あれは……?」


 目の前の光景に唖然呆然とするカラ。

 解説するのは得意げなリィン。


「リザードマンのパレードよ!

 あれはラーグン閣下が駆る赤竜隊ね。

 さすが閣下だわ、リザードマンの高僧でも操れない赤竜を、一度にあれだけ従えるんだから」


 その言葉通り、ラーグンに率いられた凶暴そうな竜達は、犬より従順に行軍を続けていた。

 力の象徴たる竜に続いて、リザードマンの騎兵達が続く。その数、数千。

 その遙か後ろには、他の種族の行列も続く。

 ルテティアの新年を祝う祭、その一環たる観兵式、各種族合同軍事パレードだ。


次回、第十八章第四話


『魔笛』


2012年2月13日00:00投稿予定

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