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カラ

突然ですが、かなり書き貯まりました


なので、しばらくの間ですが連日投稿致します。


どこまでやれるかは分かりませんが、頑張ってみます

 ルテティア。

 種族融和を目指す魔王の直轄都市として築かれた新都市。

 都市内部を東西南北に走る大通りと同心円を描く環状道路が示すように、設計段階から現在に至るまで、都市建設は完全に管理されている。

 これは都市機能維持と同時に、魔法的機能を持たせるためだ。

 この世界は魔法世界であるがゆえに、都市設計には経済や防衛と同様に魔導的機能を持たせることが出来る。

 あくまで出来ると言うだけで、なかなか実現はされないが。


 通常の都市はここまで管理されていない。

 自然発生的な村落はもちろん、計画的に建設された都市でも管理には限界がある。

 予算や技術の問題もあるが、一番大きいのは長い時間の経過だ。

 都市の形態は自然環境に左右されるし、政治的経済的状況の変化から多様に増殖と衰退を繰り返す。

 このため、どうやっても当初の予定通りの姿を維持することは出来ない。

 都市が住民という細胞の寄り集まりで形成された一つの生命体と考えるなら、周囲の環境の変化や成長や老化に伴って姿を変えるのは当然のこと。

 結局、設計当初の魔術的機能も低下し、失われることがほとんど。

 だから多くの街は最初から街を魔法陣としていない。


 そして変化はルテティアでも生じている。

 ブルークゼーレ銀行や高等法院、リュクサンブール宮殿が存在する内周部、各街区領主や豪商が屋敷を構える中層部は、厳重な管理下にある。変化は都市成立当初からほとんどない。

 だが一般市民が暮らす外周部になると、かなりの変化が生じる。

 店主が勝手に店舗を歩道へ張り出して建築したり、火事や老朽化で倒壊した家の跡地が通路になったり。

 たまに、勝手に鶏舎など建てて家畜を飼う者も。もちろん住宅街のど真ん中で家畜を飼われては、臭いしうるさいので大迷惑。それを咎められると飼い主は「ペットです」と言い張る。

 広場として確保された場所には露店が勝手に軒を並べてしまう。放って置くとそのまま住居化してしまうので定期的に強制退去や撤去はしているのだが、イタチごっこでしかない。


 都市を運営する執政官達や各街区を支配する領主としては長年の頭痛の種だ。

 魔法的意味だけでなく、通行の邪魔とか、火災の際に延焼を防ぐためとか、治安維持のため暗がりや袋小路を減らしたいといった理由で管理を徹底したいのはやまやま。

 だが全住民が長年生活しているのだ。

 住民が入れ替わり増減を繰り返す以上、管理には限界がある。

 結局、衛生管理など必要最小限の点のみ管理して、後は放任という結果に至ってしまう。


 そして、それはルテティア外縁部になると端的に表れる。

 スラム形成だ。

 都市計画に従って建設された以上、計画範囲外の地域が周囲に広がることになる。

 本来なら都市住民の食料を生産する田園地帯であり、生活用水確保の面から森林地帯が広がる地域の片隅に、予定外の居住区が現れた。

 各居住区から排出されるゴミや排泄物を廃棄するゴミ捨て場の周囲に暮らす者達が現れたのだ。

 溜まった汚泥と腐った排泄物の悪臭のため家畜も近寄らない地域ゆえに、社会から老廃物や不要物と見なされた者達の吹きだまりとなった。

 城壁のないルテティアだが、代わりに張り巡らされた幅広の道路網が市民と流民を明確に区別していた。


 スラムの住人達は、実に様々だ。

 戦乱や事故で手足を失い生活の術を奪われた老ワーウルフ。

 ルテティアで一旗揚げる夢を見て故郷の工房を飛び出した若きドワーフ。

 商売に失敗し借金取りに追われて逃げ込んできたゴブリン。

 ドワーフ族への偏見と怨恨を理由に諍いを起こし市民権を剥奪されたエルフ。

 神竜僧院総本山高僧会から異端と認定された非主流宗派のリザードマン。

 働く気が全然無くてフラフラしてたら何となく辿り着いたワーキャット。

 魔王第六子ティータンを新たな支配者として受け入れたため、相対的に没落してしまった巨人族の族長一族の者。

 魔王一族が整備した新街道のせいで旧街道に構えていた旅籠が潰れてしまった元女将のサキュバス。

 一番多いのは、貧乏で市内に居を構えれないオークだ。

 他にも各自に様々な事情でスラムの住人となった。


 ルテティアは発展の一途を辿っている。

 燈火に惹かれる羽虫のごとく、その喧噪と繁栄に引きつけられた者達が集まる。

 一般市民街と貧民街として設計された外周部から弾き出される者も絶えない。

 都市の発展に従って市民数が加速度的に増加し、当初の想定を遙かに超える数となってしまった。相対的に貧しい者達が市街から追い払われたのだ。

 よってスラムも拡大の一途を辿っている。


 各ゴミ捨て場の周囲に形成されたのだから、各ゴミ捨て場を管理する領主がスラムを管理するか追い払うかするのが筋かもしれない。

 だが各街区領主は、ルテティア市街の外だ支配領地の範囲外だとして、その手間を惜しんでいた。

 実際、スラムを全て潰すとなると、その住人が死にものぐるいで反発抵抗してくるのは目に見えてる。

 支配する各街区だけでも手一杯なのだ。上下水道の維持、道路管理、治安維持、住民間のトラブル仲裁、裁判、etc。厄介事は日々舞い込んでくる。これ以上は処理しきれない。

 安価な労働力として市内で利用しているのも事実。

 少額とはいえ税金や賄賂が取れるし商売も出来る。なので下っ端の役人や小店主達にとっても追い払うまではしたくない。


 このように、ルテティア外縁部に多数存在するスラムは、ほぼ市政の管理外にある。

 執政官達も各街区領主も内部の実体を掴めていない。

 一応はルテティア市民法の適用を受けるが、どれほど実効性を持つかは疑わしい。

 貧民達の出自も何もかも、闇に包まれている。


 こんなルテティアの暗部とも言うべき場所は京子と裕太が目にすることはない。

 まだまだ魔界の常識にうとく最低限の護身も出来ない彼らが立ち入ることは出来ないし、必要が無いので案内もされないから。

 せいぜい、初めてルテティアを訪れたときのように、上空から見下ろすのみだ。



 スラムには鬱屈した空気も漂っている、かといえばそれほどでもない。

 確かに貧民街の住人達には市民達を妬み、僻み、魔王と王侯貴族豪商を憎んでいる者すらもいるだろう。

 だが明確に殺したい反乱したいとまで思う者は少ない。実行者は皆無だ。

 殺したところで彼らの富を我が物と出来るわけではない。特にワーウルフの巡視官達は、地の果てまで臭いをたどり群れをなして罪人を狩る、と名高い。

 ルテティア市民は上層になればなるほど大きな魔力や高性能の宝玉、何より兵を持つので、打ち倒すこと自体も難しい。

 彼らの支配者たる魔王の絶対的魔力に刃向かうなど、想像の範囲外だ。


 それに、魔王の統治に逆らう実益もない。

 発展を続けるルテティアでは仕事は増える一方。生活するには十分な仕事と収入は得られる。

 魔王は定期的に貧民街も含めて大掃除をしたり、道路工事をしたり、井戸を掘ったりしてくれていた。魔王本人が、自ら。

 各領主に働きかけて無料で基本的な読み書き計算を教えてくれる学校も開設してくれていた。

 他にも様々に公共事業を施していた。

 だからこそ危険な感染症が爆発的に蔓延したり、飢饉で大量の餓死者を出すなどは無かった。

 犯罪の温床ではあったが、治安はそこまで悪くなかった。ワーウルフの警視巡視も優秀で、犯人を逃すことは少ない。

 なので、スラムの住人だからといって魔王に明確な敵意や殺意を抱いていたりはしなかった。

 様々な不満は抱きつつも、日々をそれなりに暮らしていた。いつかは街の内側に入れる、豊かになれると夢見て。

 事実、才と機に恵まれて、のし上がった者は少なくない。



 だが、住人でない者もいた。

 貧民街の住人でなかった彼らは、魔王に明確な殺意を秘めていた。

 そしてそのための活動に日々を費やしていた。



 冬の夜。

 エルフ街区外縁部、廃棄処分場近辺。

 各種族ごとに区切られた外周部の居住区は、その外側のスラム街も種族ごとで分かれている。

 知能が高く知識豊富なエルフは官僚や学者として裕福な生活を……という印象が強いが、それはあくまで平均的にみれば、の話。

 元々が頭の悪い者は、やはりエルフでもいる。

 家庭の経済的事情から教育を受けられなかった者もいる。

 病気や怪我で働けない者も、怠惰で向上心のないものもいる。

 のっぴきならない事情で社会から弾かれた者も少なくない。

 よって、他より小規模ではあるが、やはりエルフもスラム街を抱えていた。

 その一番端、もはやスラム街の人々すら近寄らぬであろう汚泥と悪臭にまみれた湿地帯の中に、その者達はいた。

 星明かりの下、崩れかけた小屋に、汚いローブを頭から被った者が足を踏み入れる。


「上手く行った?」


 女の声。

 小屋の中に居た数名、その中の一人が答える。


「ああ、『ゴリアテ』は帰還した。

 ルテティア周辺の地図も、得られた情報は詳細に暗記して帰ったぜ」


 小屋の中の数人は、壊れかけの小さな椅子に腰掛け、傾いたテーブルを囲んでいる。

 その上には大きな紙があり、ルテティアの街路図が描かれていた。同心円と小道を組み合わせたそれは、あたかも魔法陣のように見える。

 ただし、中心たる内周部はぽっかりと抜け落ちている。

 フードを下ろさない女の目が地図の上を走る。


「現在まで調べた街路から想像出来るのは、基本的な魔力集積陣ね。

 得られた魔力は各所で水・大気の循環・浄化に使用されてるようだわ。

 道理であれだけ魔族が集まってるのに水も空気も綺麗なわけよ」

「そうだな。

 いがみ合い殺し合う魔物共が寄り集まって、よくもまあこれだけ整った街を作れるもんだぜ。

 それで、街中はどうだった?」

「奴らの新年の祭とやらで準備が続いてるのは相変わらず」

「失敗作共は?」

「新年の祭には必ず、かなりの数が集まるそうよ。

 でも詳細は分からなかったわ」

「そうか、まあ予定に変更はないな」

「でも、気になる動きがあったの」


 女の指が一点を指す。

 それはリュクサンブール宮殿のある地点。


「この数日、ここに多くの飛空挺や飛翔機が離着陸していたわ。

 そして警備も厳重になってる。

 他にも大きな動きのあった場所はあったけど、ここが一番大きいわ」

「何があった?」

「遠目ではよく分からないわね。

 奴らの噂だと、皇国から高僧が逃げてきた……だそうよ」

「高僧?

 国からは何か連絡は?」


 問われたのは隣に座っていた男。

 舌打ちの音と共に答える。


「聞いてねえな。

 まだ報告がここまで届いてねえのか、俺達には伝える必要がないと思ってんのか」


 溜め息に似た声が小屋に響く。

 皇国からルテティアまでは遙か遠い。

 ヴォーバン要塞を放棄し国境ラインが曖昧になったとはいえ、前線に展開する魔族の監視をかいくぐって行かねばならない。

 間諜や暗兵を送ることは困難が大きい。

 無論、連絡役が途中で捕らえられればルテティアへの潜入員たる彼らへも追っ手がかかる。

 ゆえに連絡は暗号化された必要最小限のみ、と彼らも承知している。

 だがそれでも、国に見捨てられたかのような感覚は拭いきれない。

 そんな陰鬱な空気を振り払うかのように、女は毅然と立ち上がった。


「ともかく、決行に変わりは無し。

 各自、持ち場へ行きましょう。

 充填の方はどう?」


 尋ねられた男達の何人かが懐から輝く宝玉を取り出す。

 それは魔力が限界まで充填された宝玉だ。


「完了した。

 あとは装着するだけだぜ。

 やれやれ、全て充填するのにこんだけの日数をかけなきゃならないとはな。

 大食らいの宝玉だぜ」

「それだけに戦果は期待出来るわね。

 あたしは予定通り内周部へ潜入するわ」

「内周部か……。

 警備が厳しくてまともに入ることが出来なかったから、地図すらない。

 やはり危険だな。

 俺が代わったほうが」

「気にしないで。

 あたしの実力は知ってるでしょ」

「それでも難しすぎる。内周部も広くて一人では手に余るぞ。

 せめて誰かと組んだ方が良い」

「一人の方が目立たないわ。

 今の段階では、失敗の危険を最小限にすべきよ。

 皆も予定通りに備えてちょうだい」

「変装は?」

「大丈夫、ずっと着けっぱなし」


 女はフードを少しめくる。

 そこにはエルフかのような長い耳があった。


「……カラ、死ぬなよ」

「大丈夫、必ずやり遂げてみせるわ」


 仲間からの励ましに、カラと呼ばれた女は覚悟で答えた。





 そして朝。

 まだ夜も明けぬ街。

 身も凍えるような水が流れる川、それにかかる長い橋の下の水面から、黒く丸い物体が浮かび上がる。

 それは人間の頭部だった。

 頭も含めた全身を黒い布で覆われている。


 素早く周囲の様子を窺った人間は、誰もいないことを確認してから近くの橋の下へ泳ぐ。

 重い足取りで川から上がる女は真っ黒で肌に密着する服をまとっていた。服の各所に小さな赤い宝玉が光っている。

 凍結しそうな水温から身を守って泳ぐための衣服らしい。

 背には小さなリュックを背負っている。


「ふぅ……潜水服とはいえ、やはり冷たいわね」


 長い橋の下に立ち、もう一度周囲の安全を確認。

 凍え震える指でリュックを下ろし、体に密着する潜水服を脱いで小さく畳む。

 あらわになったのは、濡れる青い髪を背に垂らした、無駄なく引き締まった女の体。

 眩しいほど白い肌は薄暗い早朝ですら輝くようだ。

 切れ長の目の中には緑色の瞳、寒さに凍えながらも生気は失っていない。

 エルフの耳を模した変装をしているおかげで、一見するとエルフの女性に見える。

 そんな彼女だが、リュックの中に手を入れた時には端正な顔をしかめてしまった。


「ぐ……濡れてる」


 どうやら密封が不完全だったようで、中の品が冷たく湿っていた。

 それでも取り出したのは、伝統的なエルフの衣服。

 代わりに潜水服を手早く突っ込み、服を広げて状態を確かめる。


「しょうがないわね。

 乾かすとしましょ」


 呟いた女は素早く印を組み呪文を唱える。

 組み上げたのは『炎』の術式。ただし服を乾かすだけなので、ごく弱いもの。

 熱量を与えられた服は、パンパンと軽く振っていれば見る見るうちに水分が蒸発して乾いていく。

 ついでに周囲も暖まって、女の冷え切った体も温まる。


「こんなものかしら?」


 ササッと布地をさすってみる。

 まだ少し湿ってるが、今すぐに着るのには問題無さそうだと判断。

 むしろ暖まってて心地よさげだ。

 彼女は服を着ることにした。


「あの、どうしたんですか?」


 女の背後から声がした。

 それは奇妙な訛りではあるが、人間族の少年の声のように聞こえた。

 彼女の鋭い眼光が背後へ振り向く、同時に身構える。

 そこには、確かに少年がいた。

 彼女と同じエルフ伝統の服を着て、頭に被ったフードの隙間からは黒髪がのぞき、同じく黒い瞳の少年。


 金三原裕太。


次回、第十八章第二話


『書記官と女間者』


2012年2月11日00:00投稿予定

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