自己紹介
昨日の支配者層らしき人達、四人ともやってきた。
青い光を放ってるので、来ればすぐ分かる。
あの赤い瞳の美女さんは、今朝はズボンにセーターといった楽な格好をしてる。他の人もラフそうな格好だ。
朝食を終えていた僕は立ち上がり、四人の方にあらたまって向き直る。
そして、頭を下げた。
「ミ、キアモ、カナミハラユータ。
ボンジュールノ」
予め練習したイタリア語の自己紹介。
すると、すぐにリーダーエルフさんが答えてくれた。
しかもイタリア語で。
「Salve.
Mi chiamo Luvan=Dalriada.
Piacere di conoscerLa」
今のも分かる。ごく基本的な挨拶で、『ハロー、私の名はルヴァン=ダルリアダです。初めまして、よろしく』という意味。
ふとエルフさんの手を見れば、昨日パオラさんが手渡してきた本があった。
僕と会話するためにイタリア語を勉強してくれたんだ。
そして他の人も、ごく簡単に挨拶してくれた。
「Thun=Interlaken」
ぶっきらぼうに言うのは黒髪の男の子。トゥーン=インターラーケンと聞こえた。
次に名乗ったのは金髪で赤い目の女性。
「Foetida」
妖しい微笑みとともに、軽くウィンクしてくれた長身の女性。フェティダさんか。
やっぱり凄い美人だ、胸もボイン。
思わず見とれていたら、下の方から不機嫌そうな声が聞こえた。
「Ogre」
声の主は、例の大魔導師さんだった。オルグさんね。
ニコリともしない、というか陰湿そうな目に醜い姿。
ううむ、まさにおとぎ話やRPGに出てきそうな悪い魔法使い、だ。
でも住人達の態度を見ると、別に怖がるとかいうことはない。普通に敬意を払われる人なんだろう。
僕が食べ終えた食器を片付けてくれたパオラさんも小走りでやってきた。今度は一緒に金髪ショートヘアで青い眼の妖精も一緒、つかパオラさんの後ろに隠れながらついてきてる。
パオラさんは僕の前に進み出た。
「Posso farLe una domanda?
Da dove viene?
In quali altri posti è stato?」
荷物の山を指さしながら、非常にはっきりした、そしてゆっくりとした口調で話しかけてくれる。
何を言ってるのかは分からない、けど何を言いたいかは分かる。
僕は何者か、どこから来たのか、あの荷物の山はなんなのか、目的は……聞きたいことは山ほどあるだろう。
ともかく、説明を始めよう。
「やっぱ、なんといってもコレだな」
荷物が広げられた机を前に、椅子に座る。
荷物に触っても何も言われないのは、僕に危険も悪意も無いと理解してもらえたからか、好奇心が勝ったか。
ともかく、見てもらおう。それが手っ取り早い。
目の前にはノートPC、スリープモードになってた。
電源ボタンを押して起動させたはいいけど、パスワードが分からず使えなかったから、そのまま放置されたんだな。
うん、どこも壊れてない。
バッテリーは……半分くらい。
でも電池が無くても大丈夫、足踏み式のPC充電器とバッテリーがあるから。
バッテリー切れになったら困るから、と持ってきた充電器を組み立ててバッテリーと本体を接続する。
旅行中は、変圧器とかあるから宿のコンセントで普通に充電できた。なので単にかさばるだけの無用の長物と化してたわけだが……まさかこんな所で役に立つとは。
それはともかく、足踏みスコスコしながらもパスワードを入力し、PCを動かす。
駆動音と共に画面が変わる。
いつもの草原と空の映像を背景にアイコンがズラリと並ぶ。
後ろから「Oh...」とかいう驚きの声がわき起こる。
チラリと後ろを見たら、僕の背後は人垣が出来てた。
左右だけじゃなく、下はオグルさんに緑の小人達、上は飛び回る妖精達と、ギッシリと埋め尽くされてる。
「や、やりにくい……」
もの凄いプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、小山になるほどの数のSDカードを一枚選んでカードリーダに差し込み、PCに接続。
一気に流れ込む映像・動画データをスライドで次々と表示させる。
それは、この欧州家族旅行で撮ったデジカメ写真、最初のSDカード。
中でも最初の一枚は、試し撮りにと自分の家を背景に家族写真を撮った。
まだローンも残ってる一軒家の我が家……久々に見た、懐かしい我が家だ。
和伊辞書の「casa:家」という単語と、我が家の写真を指さす。
パオラさんの通訳と説明で、全員からどよめきの声が上がった。
PC起動させただけ、写真一枚みせただけで、このリアクションって……なんだか気持ちよくなってくる。
次々とスライド表示される映像。
欧州家族旅行ですっかりハイテンションになった僕ら家族は、そりゃあもうそこら中で撮りまくった。
行くまでに乗った特急電車。
海上を走る長い橋を渡った先にある人工島の空港。
空港島内のバカ高い食事。
大きな窓から見える飛行機。
飛行機の小さな窓から見た飛行機の翼と雲。
全員、食い入る様に映像に見入ってる。
写真が変わるたびヒソヒソと声をひそめ、それでも人数が凄いから結局うるさいけど、分析だか推理だかをしてるんだろう。
異世界の文明をどれくらい理解できるか分からないけど、とにかく映像を進める。
イタリアに入国してからは、各地の観光地を巡った映像が中心だ。
ローマのコロッセオ、ヴァチカン市国、サン=ピエトロ寺院、古代ローマの高級住宅地、etc。
電車で北上してミラノに行けば、もちろんダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見た。僕は絵に興味なかったけど、姉ちゃんは自分で必死に英語で見学予約を取り、その絵にかじり付いて離れようとしなかった。
そこからさらに電車で北上し、点在する美しい湖で有名な高級リゾート地、ストレーザの街に入った。
本当は素通りして、そのまま国境を越えてスイスに行く計画だった。
けど湖と町並みを電車の窓から見た母さんの「一生のお願いなのよー!」ということで、わざわざ電車を降りて一泊。
そこは確かに湖と山が素晴らしいリゾート地で、特に湖の上に浮かぶボッロメオ宮殿や修道院が中世の趣を残し
「Gyaaaaaaaaa!!!!」
凄い悲鳴!
鼓膜が破れるかと思った。
耳を押さえて振り返ってみれば、全員の視線が集中する先に、目も口も大きく開けたパオラさんがいた。
震える指で、湖の上に浮かぶ修道院の遠景を指さしてる。
「O,Orta!
Lago d`Orta!?
M...Mi gira la testa...
Stia attento! Sacro Monte...」
何か、もの凄い早口で何かを訴えてるんだけど、もう聞き取れない。
どうやらイタリア語以外の、何かの言葉を後ろの人達に叫び続けてる……うーん、なんだか彼女の言葉のあちこちに、聞き覚えのある単語が混じってる気がする。
Orta。
おるた……オルタ?
オルタと聞こえたぞ。
もしかしてオルタ湖と、サクロ・モンテ!?
慌ててガイドブックの地図を開き、イタリア語会話本を指さして「ダ、ドヴェ、ヴィエネ(Da dove viene:どちらから来たのですか)?」と尋ねる。
すると、即座にオルタ湖の湖上にある島、Isola di San Giulio(サン・ジュリオ島)を指さした。
あ!
なるほど、イタリアのオルタ出身だったんだ。
それでイタリア語を話せたんだ。
Orta湖、そしてIsola di San Giulio(サン・ジュリオ島)。
それは北イタリアのストレーザ近くに点在する湖の中の一つと、その湖の上に浮かぶ小島の名前。
サン・ジュリオ島の上には修道院があり、対岸の丘の上にはサクロ・モンテという教会があった。
パオラさんはサン・ジュリオ島の修道院出身だったのか。
ここはスイス、のパラレルワールド。
ガイドブックによると、スイスの公用語はドイツ語・フランス語・イタリア語、それにロマンシュ語。
で、ジュネーブは(この世界ではジュネヴラという地名だけど)フランスとの国境近く。
もしかしてこの人達はフランス語、もしくはそれに近い言葉を話していたのかも。
いや、でも他のフランスやスイスのガイドブックには彼らは反応しなかった。ということは、近くない言葉かもしれない。
それに、イタリア半島から来てるはずのパオラさんも、イタリア語が母国語なのではないらしい。
うーん、まだ分からない分からないぞ。
それは今はおいといて、とにかくパオラさんにストレーザの街周辺、特にオルタ湖の写真と動画を見せる。
さらには地球全体を網羅する地図ソフトも起動。地球儀の映像を回転拡大させ、イタリア北部の地図も合わせて示す。
画面狭しと開かれるウィンドウに、サクロ・モンテとかいう丘の上の教会や、そこから撮ったオルタ湖の修道院や、船で渡ったサン・ジュリオ島の教会が表示される。
パオラさんが特に仰天し絶句していたのは、教会の中にあった黒大理石の演説台みたいなヤツを中心とした映像。
これには隣に立つ黒髪黒目の子や、金髪の妖精の女の子も目を丸くしていた。
この人達もオルタ出身なのかな?
オルタ湖の小島と教会の写真と動画を指さして、パオラさん達が皆に何かを訴える。
その言葉に全員が目を丸くし、大声での激論が始まった。
内容は予想がつく。
パオラさん達が知ってるオルタ湖とサン・ジュリオ島と教会の姿、それと画面上の映像が一致するようで一致しないからだ。
このパラレルワールド世界のオルタがどんな風かは知らないけど、島の形とか大まかな所は共通するはず。
でも細かなところは全然違うだろう。
島にいる人の服装、船着き場に停泊するモーターボート、観光客向けの看板、etc。
これで彼らにも、僕ら姉弟が有り得ない場所から来たことが分かったはず。
パラレルワールドについて知ってるかどうかは分からない。けど、この世界のイタリアとは全然違うのに良く似てる世界なのは理解できる、と思う。
リーダーエルフのルヴァンを中心に激論が続いてる。
興奮するドワーフさん達が荷物の山を指さして大声を上げる。
あくまで落ち着いてるエルフさん達が、僕の方を見ながら長いセリフをしゃべり続けてる。
イヌさん達は僕の荷物の臭いを改めてフンフンと嗅ぎ始めた。僕の下着の臭いなんか嗅がないで欲しい。
ネコさん達は……なんだか話しに取り残されたんだか興味ないんだか、あくびしたり隅っこで丸まったり。
他にも妖精さん達とか白い翼の人達とか緑の小人とか、沢山の人達が集まって、テントの中はスッゴイ騒がしい。
「……うっさあーいぃっ!!」
一際凄い大声が、つか怒鳴り声が響いた。
見れば、姉ちゃんが顔を真っ赤にして八重歯をむいてる。
あまりのうるささに目が覚めた、つか切れたな。
「何よ何よ何なのよっ!
あんた達、一体どういうつもりよぉ!
人がせっかく寝てたのに、目が覚めたら全部元通りとか期待してたのに、なんでこんなふざけた状況のままなのよっ!
あたしに何か恨みでもあるってのおっ!?」
もの凄い形相で怒鳴る姉ちゃん。
日本語が通じないとか、そんなことは無視して一気に喚き散らす。
そして、ドスドスという音をたてるかのように絨毯を踏みつけながらテントを出て行く。
「あ、ちょっと姉ちゃん、どこへ……」
なんて言う間にテントの外へ出てしまった。
その剣幕に圧倒されたか、さすがに気の毒に思ったのか、みんな黙り込んでしまう。
あれほど騒がしかった人達が、しん……、と静まりかえる。
部下達の視線はリーダーのエルフさん、ルヴァンさん達四人に集中。
少し考え込んだルヴァンさんは、ガイド本『旅のイタリア語』の中から例文を指し示しながら話しかけてきた。
手早くページをめくり、迷いなく単語を選んでくる。もしかしてこの人、たった一日で本の内容全てを覚えたのか?
凄い頭だ。
「Io sono spiacente.
È preoccupazione(心配です).
Accompagnato(同行)」
そして姉ちゃんが出て行ったテント入り口を指さした。
追いかけて、一緒にいてあげて欲しい、ということだな。
他の人を見ても、小さく頷いたり手を振ったり。
僕も心配なので、姉ちゃんの後を追って走り出した。
次回、第二章第三話
『森』
2011年3月8日01:00投稿予定