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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第011話 七歳の洗礼

 ヴァルゼイドの地に、何度目かの春が巡ってきた。

 雪解け水が川を躍らせ、柔らかな陽光が公爵領の緑を深く染め上げる。俺がこの世界にユウとして生を受けてから、早くも七年の月日が流れたことになる。


 七歳という年齢は、この国の貴族にとって、そして平民にとっても極めて重要な意味を持つ。聖堂で行われる魔力の洗礼の儀により、その者が生涯持ち続ける魔法属性が判明し、進むべき道が決定づけられるからである。

 属性こそが個人の価値を左右すると言っても過言ではないこの世界で、ヴァルゼイド公爵家の次男であり、生まれながらに左腕を欠く俺がどのような天命を授かるのか。領民たちの好奇の目、そして王都の貴族たちの冷ややかな関心は、最高潮に達している。

 だが、俺自身は自らの内に宿る銀色の粒子、パサージュの鍵が刻む、一定で力強い拍動を感じながら、冷徹なまでに静かな心地でその日を迎えていた。


「ユウ、準備はいいですか。どんな結果になろうとも、あなたは私たちの誇りですよ。たとえ天が何を定めようとも、私たちがそれを塗り替えてみせますからね」


 母様が震える手で俺の正装を整え、欠落した左袖をいつものように丁寧に、愛おしそうに畳んでくれた。彼女の瞳には、神にすがるような悲痛な祈りが宿っている。その背後では父様、が、重厚な沈黙を保ちながら、俺の後頭部に大きな掌を添えてくれていた。



 教会の祭壇に足を踏み入れると、厳格な面持ちの老司祭が、巨大な魔力結晶を掲げて待ち構えていた。周囲には証人としての貴族や教会の随員たちが並び、好奇と憐憫が入り混じった視線が俺の左袖に集中する。

 俺は右手をその冷たい結晶に添え、意識を深層へと沈めた。

 パサージュの鍵が外界の干渉に反応し、微かに共鳴する。俺は結晶の内部へ、魔力などという粗末なエネルギーではない、銀色の事象波動を送り込んだ。


 本来なら、適性に応じて火、水、風、土のいずれかの鮮やかな色が結晶を満たすはずだ。だが、結晶は内側から銀色の粒子に侵食され、既存の魔法法則を拒絶した。結果として、結晶は不気味なほどに沈黙を貫き、一切の光を放つことはなかった。


「……属性は『無』。魔力の反応が、微塵も感じられません。このようなことは……」


 老司祭の困惑した声が、静まり返った聖堂に冷たく響き渡った。

 魔法がすべての理を支配するこの世界において、属性が無い事とはすなわち、魔法の才能が皆無であることを意味している。それは貴族社会における落後者の烙印に他ならない。

 左腕という身体的欠落に加え、魔力すら持たざる者。

 教会の随員たちが『やはり不憫な子はどこまでも不憫なのだ』と言いたげな視線を投げかける中、俺の家族は、世間の常識を粉砕するような反応を示した。


「ふん、属性が無いだと。それがどうしたというのだ。魔法などという不安定な現象に頼らずとも、このヴァルゼイドの剣と盾が、ユウを世界のあらゆる悪意から守り抜くだけのことだっ!」


 父様の雷鳴のような怒号が聖堂の天井を震わせ、老司祭を仰天させた。

 彼は落胆するどころか、俺を壊れ物を扱うように、しかし力強く抱き上げた。その眼光は、同情的な視線を向けていた周囲の者たちを物理的に射殺さんばかりに鋭い。

 母様もまた、涙を瞳に溜めながら、俺の頬を両手で包み込んだ。


「そうよ、ユウ。魔法なんて使えなくていいの。あなたはただ、私たちの中で、何の不安もなく笑っていればいいのです。これからは、より一層、私たちがあなたの腕となり、目となり、力となりますからね。誰も、あなたを絶対に傷つけさせはしないわ」


 その背後では、ゼノン兄様とサリア姉様が、まるで獲物を狙う野獣のような鋭い視線で周囲を威圧しながら歩み寄ってくる。


「ユウ、心配するな。僕が二人分の剣技を覚えて、お前の周りにある不吉をすべてなぎ倒してやる。お前は指を差すだけでいい。それだけで、俺は敵が消えるようにしてやるからな」


「私の結界魔法を、今日から死ぬ気で磨くわ。ユウを指一本、不潔な奴らにも、残酷な運命にも触れさせないために。ユウ、お姉ちゃんが一生、あなたの守護神になってあげる」


 彼らの過保護は、属性無しという事実を受けて、もはや愛情を超えた執着と狂気にも似た加速を見せ始めている。

 俺を『完璧に無力で、守られるべき愛おしい存在』として定義している家族たちは、より強固で美しい愛の檻を、俺の周囲に築き上げていくようだった。



 だが、彼らは知らない。

 俺の属性が『無』であったのは、パサージュの鍵が、この世界の矮小な魔法体系の枠組みを完全に超越しているからだということを。色がつくことさえ許さない、純粋なる『(ことわり)』そのものだからである。


「父様、母様。ありがとう。僕、魔法がなくても、みんながいれば幸せだよ」


 俺がわざと幼い口調でそう告げると、母様は耐えきれないといった様子で俺を強く抱きしめた。

 洗礼を終えて馬車へ戻る道中も、家族は代わる代わる俺の頭を撫で、何一つ不自由はさせないと、神への誓いよりも重い言葉を重ね続けてくれた。



 公爵邸に戻ると、そこにはすでに最高級の食事が並び、贅を尽くした山のような贈り物が用意されていた。

 多分俺を慰めると言う名目だろうと思う。

 属性の判定結果など、この家族にとっては俺を甘やかし、囲い込むための新たな免罪符でしかないのだ。夕食の席では、父様がさらに極端な方針を打ち出した。


「明日からは護衛の数を倍に増やす。ユウが自らを守る魔法を使えないのであれば、周囲の壁をより厚く、より高くすればよいだけの話だ。ゼノン、サリア、お前たちも肝に銘じておけ。ユウに近づく者は、例え王家に連なるであってもまずは疑え」


「わかっています、父様。ユウの周囲は、僕の許可なく誰も立ち入らせません」

「ええ、ユウの寝所も、私が魔法で常に監視しますわ。ユウのことは、私たちが一生、この手の中に守り抜きますわ」


 二人の兄姉の眼差しには、使命感というよりも、もはや神を独占しようとする信徒のような熱情が宿っている。


「ユウ、今日は疲れたでしょう。早くお休み。私たちがずっと、あなたの枕元で見守ってあげますからね」


 母様が寝室まで俺を運び、欠落した左肩の辺りを優しくさすりながら、俺が深い眠りに落ちるまで歌を歌ってくれた。

 彼女の慈愛に満ちた歌声を聞きながら、俺は静かにパサージュの鍵の出力を調整する。

 表向きは無力な、魔法も使えない不憫な子供として。

 内側では、家族を脅かすあらゆる因果を、指先一つで動かすことのできる世界の主として。

 七歳の洗礼は、俺にとって本当の意味での、自由への門出となった。



 俺を不憫に思い、守ろうとする家族の熱量は、パサージュの鍵を駆動させるための、最も純粋で強力なエネルギーへと蓄積されていく。


 母様の掌の温もりを感じながら、俺は深い眠りの縁で、見えない左腕に思いを巡らす。


(魔法など必要ない。俺が掴み取るのは、その先にある事象そのものなのだから)


 声に出さない、傲慢なまでの独白は、窓から差し込む青い月光に溶けて消えたようだった。



 ヴァルゼイド家の次男、ユウ。

 左腕がなく、魔力を持たぬ、不憫の象徴。

 その肩書きこそが、俺を世間の監視や嫉妬から遠ざけ、真なる力を育むための完璧な揺り籠となるのだ。

 俺は母様の温かな愛に身を任せながら、静かに、そして確実に、この世界そのものをヴァルゼイドの庭とするための準備を整えてやろう。


 明日の朝もまた、俺は無力な息子として目覚め、家族の過保護な愛を一身に浴びる。

 その幸福な嘘を維持するためなら、俺はこのパサージュの鍵で、神の書いたシナリオさえも書き換えてみせてやろうじゃないか!

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