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8話


「解せんな」


「何がっすかねぇ?」


急激に空気が冷え込んだような感覚を覚える。自分にとってはまさに龍と虎との睨み合い。一人弱小な私はエリュファニア様の陰で隠れるのみであった。


二人の戦は、問答より始まった。


「力の差を理解していないわけでは無い……。だというのに貴様はこうして我の前に立つ。何故だ?」


「何故って……。何故でしょうねぇ?」


彼はおどけたような口調で返答する。そんな姿が、脳裏に刻まれた過去のそれと重なり私の心を締め付けてきた。


「いやホント、なんでオレってばこんな事になってんでしょうかね?いっくら上からの命令が絶対な軍人でも限度ってあると思いません?」


「ふん、貴様程度に武力に秀でておれば気に食わん命令など無視して問題無かろうに」


「いやいや、確かに腕には多少自信はありますがねぇ?ルールは守らないと、って子供でも知っていますんで。それに上が不真面目じゃあ、いざって時に部下もついてきてくれませんし」


「ほう、それで部下は付いて来たか?今さっき、四方に散ったように見えたが」


「今は『いざって時』じゃあないですからねぇ」


カツン、カツン、と怜悧な音があたりに響く。目の前の男、アルカードが会話をしながらつま先で地面を叩く音だ。まるで散歩の前のように、靴を鳴らして慣らす作業の一つ。


運動を始める前の準備の一環。


問答は続く。


「さて、話が逸れたな。……再度問い直そう」


エリュファニア様の仕切り直しの宣言があたりに響く。そんなはずが無いのだが、私の耳にはガベルが振り落とされた音が届いたような気がした。


「貴様は何故我の前に立つ。敵わぬと悟りながらも、なぜ無駄な命令に命を捧げるのだ」


竹を割った様な迷いなき声。エリュファニア様の問いかけは真っ直ぐであった。


「無駄、ねぇ……」


それに対しアルカードの返答は、ジトリと湿り気を帯びた声色。


「まぁ大した理由じゃないっすよ。昔、若い頃に二つの選択肢が突きつけられて、そのうちの片方を選んだ。それが今の今まで尾を引いているってだけです……、しょうもないでしょう?」


その口調は自嘲気味というか、なんというか自身を貶すようなモノ。初めて彼の口から軽くはない、重みのある声が漏れ出たように思う。


その重しとなっているモノが後悔なのか、それとも別の感情なのかまでは分からなかったが。


「自縄自縛か、間抜けめ。並大抵の鎖など、お前なら苦も無く千切れただろう」


その言葉を聞いたアルカードは、「はっ――」と鼻で一度笑うと


「今でも馬鹿な選択をしたな、って思っていますよ」


「どうせ大方分かっているんでしょう?人を大勢消費して、一人の小さな子にすべて押し付けて。そんでもって美味しい部分は他のみんなで横取り、なんて。悪党も悪党の選択でしょうよ」


と。さらに自嘲を込めて言葉を吐く。


「でも後悔はしていないつもりなんすよ。あの時、確かに自分の意志で少数を切り捨てる決定を下したんですから」


「欲に眼がくらんだな」


「ですかねぇ。やっぱ人間、地道が一番って訳ですかい。なんともまぁ、夢の無い話で」


たはぁ、と恥ずかしそうにしながら気まずそうに微笑む彼に、私はどう思えばいいのだろうか。


彼らの会話の内容は、すごく抽象的で、具体的なものはあまり出ていない。でも、私にはわかる。彼らが迂遠に確かめ立ったそれこそ、自身を構成する過去の物語だから。


まるで論文の注釈のように、自身の記憶がそれらに奥行きを与えてくれる。彼のいう選択が何なのかも、自分自身はわかったつもりだ。


なんて身勝手な言い分だろう……、そう第一印象に思う。


彼が言ったのはつまるところ、かつて私たちにした所業。それらに巻かれて今、決死の戦いに身を投じなければいかなくなったと、そう言っている。


勝手に攻撃してきて、勝手に切り捨ててきて、勝手に、勝手に……。


それでもって今度は勝手に背負ったつもりなのか。


私たちを切り捨てる選択をしたからには、残りは掬い上げて見せると。そう意気込んでいるというのか。


それはなんて。あぁ、本当になんて身勝手だろう。


しかし当然、私なんて会話に混ざっていない存在など関係はなく、二人の会話は続いていく。


「……なるほど。貴様がこの場に立つ理由は分かった」


「……」


「成した業も、生み出した鎖も、選択する道も。全て等しく愚かだ……。貴様、膂力以外はからっきしだな」


「うん、まぁ返せる言葉がないね、こればかりは。本当に、本当にバカな選択をしたよ」


そう思うのならば、しなければよかったのに。心の中で、どうしてもそう呟いてしまう私に向かって彼は初めて視線を向け、言葉を投げかけてきた。


「お嬢ちゃん」


「……なんでしょうか」


口から出た声は、自分のモノとは自分自身でも思えないほどに硬く、冷たいモノとなった。身の内側にあるものは熱そのものだというのに、なぜか湧き出る言葉は氷の様。


そんなぶっきらぼうな私の返答を彼は気にせず、



「許してくれなんて、口が裂けても言わねぇよ。ただ……」



「本当に申し訳ない事をした。オレ達は、あってはならない。下してはならない選択をしてしまった」



「心の底から謝罪する」



彼は一人身勝手に、謝罪の言葉を述べた。そしてすぐさま、全ては終わったとばかりに手に握る槍を構える。


私はその言葉にどう返したらいいのか分からなくて。さっきまでの想いを込めて『謝罪なんていらない!』と叫ぶべきなのか。それとも『謝ったところでみんなは帰ってこない!』と糾すべきなのか。


正しい選択肢が分からなくて、戸惑うしかなかった。


そんな私を置いて、龍と人との間に緊張が満ちていく。


方や槍を構え、先ほどまでの笑みを消しながら対峙する相手を見つめ、方やそんな相手を悠然と迎え、ごく自然体に在り続ける。各々が培ってきた戦闘の経験、それらが生み出した最適の行動。


「潔いな、男。死ぬのが怖くないのか?」


「そりゃあ後は死ぬだけですし、遅すぎた分をちょっとでも巻いていかんと、ってね」


「そうか。ならば初めから不死の業になぞ関わらなければよかったものを」


そう呟くと龍は対面する男に向かって最後の問いを投げかける。


「最後に何かあるか?」


「最後に、ねぇ……。まるで劇みてぇな台詞だな」


突然の投げかけだったからか彼は暫し思案する。が、すぐに思い付いたのか、顔を上げて口を開いた。


「んじゃお言葉に甘えて、質問を一つばかり」


ぴっ、と左手の人差し指を槍を握りながら器用に立てる。


「一応ゴールだけははっきりさせてくださいよ。万が一の奇跡ってのもあるかもしれないしね」


「パッと見たところ、心臓も脳みそも無い正真正銘の化け物みたいだけど、この槍でどうしてやったら死んでくれるんで?まさか粉々になるまで突き続けろと?」


男は尋ねた。自身はきっと死ぬだろうが、それでも勝ち筋だけは知っておきたいと。どうすれば目の前の規格外を殺せるのか、『人類最強』の称号持ちですら皆目見当がつかなかったから。


「傲慢だな。貴様は確かに人の中では秀でているであろう。だが、我の命に届きうるほどでは到底ない。万一の奇跡も無かろうよ」


はっ、と彼の言を龍は鼻で笑い飛ばす。そんなもしは存在しないと彼は断言する。


彼自身聞いておいてなんだが、そんな気がしていたのか素直にその言葉を飲み込み、そして諦めた。


「なるほど、つまりはオレの得物じゃ百パー無理ってワケね。いやはや、ほんっと。どんな身体してんのよ、おたくは」


ちぇっ、と残念そうに彼はわざとらしく舌打ちを一度すると、再度顔を引き締めた。


「ちょっと、待っ……!!」


待ってくれ、と。先ほどの身勝手な謝罪から頭と心とが追い付いていない私はいったん止まってくれと。頭の整理をさせてほしい、そう叫ぼうとする。


が、しかし。それよりも先に彼は動き始めてしまった。



「……ッ!!」


聞えたのは、吸気の音のみであった。


踏み込みの音も、風を切る音も、移動の残像も、何もかも。彼、アルカードという存在が動いたということを、戦士ならざる私には近くができなかった。


ほんの一瞬、瞬きすらしていないのに。気が付いたら目の前から彼は姿を搔き消し、行方も覚らせてはくれない。


(いったい何処に?)


そう思い、周囲を見渡す。


前には一人、悠然と佇むエリュファニア様の姿だけ。周囲の物陰に隠れているのか……。


そう考えていると、前の方からカラン、と硬い音が聞こえた。一体何の、と。そう疑問に思い目を向ければ。


「えっ?」


音が鳴った方向、エリュファニア様の方向をよく見る。つまりは目の前、すぐそこを。そしてすぐさま音の発生源は見つかった。龍の足元には見覚えのある金属製の槍が転がっていたのだ。


先端は鋭く尖り、触れたものすべてを穿つであろう様相、全身が黒く、特異な材料で作られたことが一目でわかる成り立ち、無数の傷を持ち、歴戦の勇を示すいで立ち。


あれは、間違いなく消えた男。人類最強と名高い勇士、アルカードの槍のはず。


しかし何故、あんな場所に……。


不思議に思い、その付近を重点的に良く見つめる。目の前には変わらずのエリュファニア様。その後ろに立つ形で私は隠れ、その周囲に人影は……。


「あっ」


思わず声が漏れ出てしまう。しかしそれも仕方がない事だと私は思った。私は正しく彼の槍の持ち主の所在を特定したのだから。思いがけない場所に。


「っく……、うぐっ。ははっ、まさかこうも簡単に捕まる……っく、とは」


「ふん、光に迫る速度程度で粋がるからだ小僧」


「ははっ、言ってくれる。ほんと……、バケモンめ。っふ、光程度、か……。それなりに頑張ったんだけどなぁ」


アルカードの苦悶の声が耳に届く。余裕綽々なエリュファニア様の声に対し、彼の声は息も絶え絶えで呼吸を多く孕んでいる。



(全く見えなかった……)



私は勘違いしていた。彼が姿を消してから、きっとどこかに潜んでいるのだろうと。彼の言に従うのなら、勝ち目のないエリュファニア様を相手に、なんとか隙を付けるその瞬間を狙って。


しかしそれこそが勘違い。


既に戦闘はすべて終了していたのだ、彼が姿を消したその瞬間に。耳に彼の吸気の声が聞こえた頃には全てが決していた。


彼は身を隠したのではない。私が単に見つけられなかっただけなのだ。私の視覚において、彼が死角に隠れてしまっていたから。


「っく……、にしてもこれほど差があるとは。あんた、本当にナニモンなんだよ」


「なんだ、この地に来た以上どこかしらで我の存在を聞いたとばかりに思っていたが」


「んだよ、有名人だったのかよ?っぐぇ、は、っはは!ちゃんとしてくれよ、情報部!いっつも口煩い癖に重要なことは言いやがらねぇ!」


少しずつ言葉が雑になっていき、感情が乗せられていく。余裕を失いつつある証左であろう。


「しっかしまぁ、これ以上なく気持ち良く負けたもんだ。生涯最高の突きだったが、こうも簡単に受け止められてしまっては負けを認めるしかない」



そう言って見つけたばかりの彼はだらんと全身から力を抜く。瞬間、ぶらりと重力に従い地面を向く四肢。地に引っ張られるままに、指先、つま先が地の中心を向く。



――彼が隠れていた死角は簡単な話であった。だって、アルカードが隠れられる物陰なんて初めから一つしかなかったのだから。私の前にある物陰なんてたった一つ。



「エリュファニア様……」



最強と名高いアルカード。地にその両の脚を突き立て、天でさえ穿ち落とすと言われた槍時の名手。


そんな彼が今、その両脚を地から離し宙へと浮いている。


「かはっ……!」


再度苦しそうな咳き込み上から聞こえる。酸欠気味特有の、渇きのある声だ。もはや戦闘前の余裕をどこにも感じさせない、生物が生を渇望し、死を忌避するための声。


風が吹き込み、寒気を感じる。


「…………」



『人類最強』アルカード・ジェミン。



その首をガシリと掴み持ち上げ、龍は悠然と佇んでいた。

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