表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

1話

「……ッ」


ただでさえ激しかった環境はさらに苛烈さを究め、もはや視界には何も映らない。先生から頂いた外套のおかげで無事でいられていることには変わりがない。が、限界が近いのか布の端がチリチリと焦げているような気配がする。


外の環境と、この外套の防御性能とが等しく釣り合っている、いや、若干押されているような力関係なのだろう。きっとこのままならこの外套は燃え尽きていくと思う。そうなれば一巻の終わりで、私はこの環境に飲み込まれ一瞬にして灰となる。


それは、想像するだけで恐ろしいものだ。一瞬にして滅びる私の身体。重力に押しつぶされ、放射線に侵され、熱で干されて残るのモノは微かだろう。どれだけの痛みが待っているのか。


もはや余計な思考を行う余裕もない。ただただ、目的地に向けて足を進めるだけだ。そういう機械であったかのように、私の両脚が交互に振り上げ、振り下ろされる。そこに感情も、苦痛もない。行脚の疲れなど、旅の序盤に置き去った。


しかし、いくらこの歩みが無感情のモノであったとしても、この仮定には辟易としてしまう。変わらぬ景色、増していく環境の苛烈さ、そして何より、終わりの見えぬ旅路に。


山登りならば山の頂が目印となり、行商ならば次の町明かりが到着を示すものとなる。


だがこの旅でそれに相当するものは見られない。確かに目的自体はあるが、それがどのように自己を主張するのかを私は知らない。私はこの旅の終わりの予見が今なおできないのだ。


終わりが見えないということは恐ろしいことだと私は考える。多かれ少なかれ、見える結末というのは安心感をくれる。自分の歩む道が間違っていないのだという安心感。少なくとも、その過程が間違っていたとしても、辿り着くもの自体の保証とはなってくれるのだから。


……、なんてきっと私の心が弱いのだろう。長旅の目的、その周辺に着いたというのに一向に終わりが見えず、ナイーブになってしまっているのだ。


そんな感情を私がまだ持っていることにも若干驚くが、しかし逆に納得がいく。どこまで行ってもそんな弱い感情から逃げられないから、私は今、ここにいるのだろうから。



「……あ」



偶然なのか必然なのか。


諦めに近い、否、自虐に近い結論に達したと同時に何か輝くモノを見た。


それは、この劣悪な視界の中では僅かな輝きであったが、しかし確かに私にそれが終着点だと思わせるに足る力強さを持っていたと思う。黒色の紙に落とされた白いインクのように、ムズり、とまるで目を直接握られたかのような錯覚さえ感じる。


「行こう……。きっと、アレだ」


これ以上強い力は出せない、と。そう思っていたが、どうやらそれは私の勘違いだったようで。単純なもので、ゴールが見えた私はさらに一層力を込めて、外套を強く握りこむ。


ここまでやって来たのだから、死ぬわけにはいかない、と。そう叫ぶように。


きっと傍から見たら今の私は夜の蛾だ。明かりに誘われ、一心不乱に手繰り寄せられる一匹の蛾。


あぁ、まるで羽を得たかのように足取りが軽い。私は黙ってその明かりに吸い寄せられていく。






思いのほか、それはあっけない終着であった。


まあ、おとぎ話でもないのだから当たり前なのだが、輝かしい光景や響き渡るファンファーレが私を迎え入れるわけではない。なんと言うか、ぬるっ、と終わりが視界中に浮上してきたのだ。


ただその様な唐突な到着であっても、込み上げてくる感激は一級品。かれこれ一か月ほどかけてようやく到着したのだ、しかも異常な環境を踏破して。そりゃあ、嬉しいだろうよ。


道中、私を妨害してきた異常環境はいまだ健在だが、どうやらピークは過ぎ去ったのか先程までよりは薄らいでいる。もはや長旅で外套は頭巾程度にまで燃え尽きており、下に着る服装がさらけ出されている状態の私にとってはありがたい事であった。


ここら辺では外套の抵抗力を外の環境は下回っているらしく、道中感じた焦げる感触はない。ギリギリセーフ、というやつだ。なんとか生身で外にほっぽり出されることは無い。



コレで心置きなく、目的のあの方にお会いできる。自身の寿命におびえながらの邂逅にはならなくて済みそうで。そしてそれはつまり、自身の目的の達成に繋がる。ミッションコンプリートと言うヤツだ。


そう安堵しながら、遠くにある白銀の山に目を向ける。正確には、山の様な別のモノ、だが。視界の悪い中、遠目に確認できた輝きの発生源。私の旅の目的にして、これからの始発点。


その名も……。


「――あぇ?」



衝撃は無かった。前触れも無かった。


ただ一瞬、全身に恐怖が走り渡った瞬間。気が付けば、私は自身の身体を逆さに眺めていた。詳しく言えば、首から上を保持していない私の身体を、だが。


ふわり、と思考がふらつく。きっと脳から急に血液が消え失せ、酩酊感の様なものを感じているのだ。


恐怖はもうなかった。きっと先ほどの一瞬の恐怖は、見られていたのだろう。そして今は、興味を失ったのか私のことなど、見られていない。だから今、恐怖は無いのだ。


気難しいヒトだと聞いてはいたが、まさかこれほどまでとは。想定していなかった。邂逅前に、作業の様に殺されるだなんて。


でも、そのことに怒りは持てなかった。突然お邪魔したのが自分だという前提も確かにあるのだが。それ以上に、あのような超常的なお方が、わざわざ首を切り落すなどと言った殺害方法を用いたことに、ある種の優しさを感じたからだろう。


一目、遠くから眺めただけで理解したが、あの方は正しく理外の存在だ。本来、私を殺そうとするのならココに、頭と胴体が残っていること自体が奇跡だとすら思える。


……なんて、長々と考えてみたが、全ては終わった話。私は首を切られ、そして今から死んでいく。


そしてこの死の先できっと私は――。


ゴツン、と大きな音が耳に届く。痛みは無かったが、どうやら切り離された頭部が地面に落ちたよう。胴体の方は頭部に外套が付随してきたからかもはやその加護は無く、無様に環境に犯され、灰へと変貌している最中であった。


アレを見るに、どうやらこの環境の耐性は数回では得られなさそうだ。覚悟をしなければいけない。


――流石に限界だ。もう、これ以上の生存は無理。


「……また来ます」


そこで私の意識は途切れた。





脳内に、否。それは脳無き今の私に不適切だ。


意識の中に、無数の映像が一瞬にして入り込む。時間にして凡そ一兆年分。人は発展し、宙へと羽ばたき、そして自身の愚かさに身を滅ぼし、そして地上を別の生き物が牛耳り、さらに発展し、羽ばたき、滅び、再度別の生き物が発展して……。その繰り返しを眺め続ける。


別の種族とかはあまり興味ない。ただ、最初の種族。自身と同じ、人類の興亡は見るに堪えないものだった。


やはり、人は愚かだという烙印を押さねばならぬ。何百回目とももはや覚えておらぬ、結論だった。


それがたとえ、もしもの結末であったとしても


ただ生物の存在など一兆年では僅かなモノ。殆どの時間帯では動きは無く、映像に飽き飽きしだしたころ、世界は収縮を行い始めた。


これが、いつもの予兆。その映像の折り返しの合図。コレの確認は一瞬だというのに、量が膨大なせいで長時間眺めていたような感覚が残る。


そしてしばらくし、世界が弾けた。


これから眺めるのは、逆の道。コレまで人類が歩んだ大罪の道。先ほどと違い、これは確かに起こった記録。今日に達するために必要な無限に等しい選択の積み重ねだ。


ある人間は右を選び、またある人間は左を選び、またまたある人間はどちらも選べなかった。


ある人間は闘争し、ある人間は逃走する。


これらはかつてあった選択であり、また同時に、これから遥か先にて繰り返される選択でもある。


その中で、ひと際みすぼらしい少女を見付けた。


アレが、この世界の……『 』。


その存在を認知した瞬間、意識がふわりと浮上した。





『良いかい、ポシェ。君の望みは分かった。君の先程の言葉を繰り返そう』



『”復讐”、君は確かにそう言った。その選択は理解できる。私も、君にはその権利があると考えている』



『しかし、君自身はまだ自身の願いの形を完ぺきにとらえられているとは言えない。私から言わせてもらえば、君のその言葉選びは、露悪的すぎる。君は、優しい女の子だ』



『世界に住むすべての人間への復讐。その手段を私は提供しよう。何、簡単だ。そう難しいものでは無い』



『ただ、それを成し遂げるために、君は旅をしなければいけない。その手段を成すうえで、君は人という存在を真に理解する必要がある。全てを知って初めて、君の復讐への道は開ける』



『世界に存在する四感情の権化。良くある定義だが、喜怒哀楽、それらを代表する存在に触れ合い、人の感情に触れてきなさい。人は感情の生き物だ。感情を知ることは、すなわち人を知ること』



『まず初めに、世界の果てに住む存在。哀しみに暮れる最強の生物。”嘆きの龍”、彼の存在に対面するのです』



『え?なんで人の感情を知るのに、人じゃない存在に会う必要があるのかって?……それも、きっと出会えばわかるさ。こらこら、そんな目をお師匠さんに向けないの。ホントホント、お師匠さんウソつかない』



『行ってらっしゃい、ポシェ。君が感情を完璧に取り戻した時、再度復讐を望むのなら。この私も悦んで手助けしよう』



『約束だよ』





…………。



一月ほど前でしかないが、酷く懐かしい会話を思い出した。







意識の覚醒を自覚した。瞬間感じる、異常な環境の影響。身体が押しつぶされる、燃え尽きそうなほどに熱い、止めどなく喉の奥から血が溢れる。


生身、特に裸でこの場所に存在するなど正しく自殺行為。それは、長旅で私は知っている。


このままなら、あと数分の内に今の私は死に絶える。


そうなれば、さらに距離が伸びてしまう。それはダメだ。


「ふっ……ぐぅ!!」


ガジリ、と生えている唯一の自身の指を口に急いで咥えこむ。前歯と前歯との間。イメージはギロチン。鋭い刃先で、断ち切るイメージ。


「ぎ……、ぎぃっ!!!」


何回やっても慣れたはずの激痛に、しかしどうしても苦悶の声を漏らしてしまうのは人間としての反射機能だろうか。


皮を刃先で突き破り、筋繊維を断ち切っていき、骨を砕く。通常なら出せない力だが、まあ、火事場のバカ力というやつで必死に行う。


しばらくして、バツン、と大きな音が鳴った。


私は急ぎ、それを地面に埋め込み、その上に覆いかぶさるようにして倒れ込む。この下のモノを守り抜くように。


しかし、それまでの流れで力尽きてしまったのか、もう体は動かない。


口の端から血を吹き出しながら、ぐしゃり、と四肢の骨が重力に潰される音を聞き、私という存在は息絶えた。







再度、映像を見る。


先程と内容はたいして変わらない。そりゃあそうだ、数分死亡時刻が変わって世界は変わらん。しかも、死地が世界の果てという辺境だ。大差など生まれるはずもない。



そして一瞬にして同じ映像を鑑賞し、私は再度唯一残る手の指を噛み千切り、地面に埋めて倒れ込む。



またしても、映像を見る。当然というべきか、やはりさっきと同じもの。


そして一瞬にして同じ映像を鑑賞し、私は再度唯一残る手の指を噛み千切り、地面に埋めて倒れ込む。


映像を見る。噛み千切る。倒れ込む。



映像を見る。噛み千切る。倒れ込む。





…………………………。



どれだけ経過したか。いや、時間にしては一瞬だ。死ぬのも、生きるのも一瞬しかかけていないのだから、何回繰り返しても大した時間にはならないというもの。


身体全身に感じた異常を、今は感じない。


数にして、二十七の蘇生。


ようやく、耐性が得られたらしい。この環境に。


熱さを感じない、血が臓腑から漏れ出ない、骨が自重で壊れない。これで、歩いて行ける。


最後の中継地点としたココが、最初の死地から凡そ10キロほどの距離。


徒歩にして、2時間もあれば十分だ。


道はすでに知っている。最初の行脚のように、邪魔するものももはやない。邪魔を邪魔とはもう思えない。


私はそのまま、歩み始めた。








やはり予想通り、二時間もしない内に目的地に到着した。地面には、身に着けていた先生の外套だけが落ちている。


とりあえず拾っては見たが、着るのは躊躇う。


その効能がもはや不要、というのもあるが、全裸の状態に頭巾ほどにまで燃えてしまった外套だけを付ける、というのも変な話だと思ったのだ。


視線を、白銀の山、の様なものに向ける。


体の震えが止まらない。先ほどは相手に微かに関心を持たれただけで最上級の恐怖を身に受け、気が付けば首と胴体は分かたれていた。そのせいでこの震えに気が付く暇さえなかった。大きすぎる存在に認知されるということは当たり前だが恐怖を生む。羽虫が人間に眼を向けられれば、恐ろしいというモノだろう。


だが、今は違う。未だ首と胴体とのつながりは健在だ。


震えが止まらない。今はこの恐怖を感じ取るだけの時間が与えられてしまったから。


生物的な欲求、機能は大体が麻痺した体ではあるが根本は変わらないらしい。強大過ぎる存在に端的に言えばビビっているのだ。


だが、これは好機でもあった。先ほどのように何回も殺され、何時かは彼の強大な存在による攻撃を耐え凌ぐ耐性を得られること狙う手法も考慮していたが、それを使わなくてもよいかもしれない。




恐怖を感じる時間と同時に、接触する機会を私は得られたのだ。




その理由は簡単に見て取れた。戸惑っている。なんで、私がココに居るのか、といったような。当たり前の疑問で。


それは、私にとって千載一遇のタイミング。今なら、彼の存在に話しかけることさえ叶う。


私は、思い切り空気を吸い込み、銀の山に叫んでみる。




「どーも、こんにちは、嘆きの龍さん!」



「新人作家のポシェと申します!!インタビューいいですかっ!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ