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10話


「おい、その唐揚げオレんだぞ!勝手に食うなよ!」


「さっきテメェもオレのサラダ勝手に食ったじゃねえか!お相子だろうがよ!」


「はぁっ?!唐揚げ一個が草切れと等価だとでも思ってんのかよ!ケチくせぇ!」


「金額上はむしろこっちのが損するくらい食ってたろうが!お前の唐揚げ二個でやっとトントンだよ馬鹿野郎!」


横のテーブルから聞こえる喧騒に少しばかり苦笑い。元気が溢れているようで何よりだ、けど……。


「騒々しい……」


ガブリ、とフォークに刺した肉に噛みつきながら眉間に皺を寄せ、対面に座る彼はそう呟く。この喧騒は彼の機嫌を損ねるには十分だったらしい。


「仕方ないですよ。旅を始めたばかりなんですから」


そんな彼にくぴ、と水を少し口に含みながら私は応じた。久しぶりの冷たい水が喉を伝いながら体温を下げてくれて気持ちが良い。


「まだまだこの辺りは辺境、その中で機能している店となったらやっぱり多少は荒れていますよ」


「そんなものか?……あむ」


ぱく、と再度肉に口を付けながら不機嫌そうな顔をするエリュファニア様。一定のペースで口に放り込むといった一連の動作にそういった機械を連想する。


ここはとある街中にある宿屋、その中に設置されている食事処の一角。


アルカードとの悶着からは数日たち、彼の異常領域から最も近いヒトの町へとたどり着いていた。


「というかエリュファニア様ってご飯食べるんですね。勝手に食事とか要らないタイプの生物なのかと」


この町に到着するまで何かを食べてたり、空腹そうにしていたりなどはしていなかったはず。いつも同じような表情で前へ前へと進む様子からは食事によるエネルギー摂取などとはどうしても連想できなかった。


彼は私の言葉を聞くと眉間の皺をさらに深くする。


「貴様は度々言葉選びが無礼だな。……要らんよ、食事など。我が生存する上ではな」


「えぇ……?じゃあなんで今ステーキ食べてるんです?それ、ちょっとお高いんですけど」


「不要だが摂って身体を壊すということも無い。ならば気まぐれで暇つぶしがてらにすることもある」


「そういうモノですか?」


そういうモノらしい。彼は頷きの代わりに沈黙で答えた。おまけにさらなる咀嚼もつけて。食事が要らないという割には良くお食べになられる。


こくり、と再度水を飲む。僅かばかりの会話で乾き始めていた口内が潤った。


彼はそんな私の姿を視界に捉え、気に食わなそうに口を開く。


「我から言わせれば貴様の方がよっぽど異常だぞ。貴様は確かに不死ではある、があくまでその身体は人のモノ。生存を続ける上で捕食は必須だ」


言い返す言葉が見つからない。いつものことながら、急激な反撃に少し心がきゅっとする。この人の言葉はいつも私以上に私を知ったような精度で放たれるから私には少々強すぎるのだ。


「だが貴様といえばなんだ。旅を始めてより一週間程度、その間に何を口にした?そして今何を口にしている?水と僅かばかりの野菜を食らう程度だ。当然、栄養も活力も貴様一人を存続させるには不足しすぎている」


「それは……、はい。その通りです」


「原因はわかっている。両親の血肉を貪ったことによる心的な外傷だろう?貴様は明らかに生物の肉を摂取することを拒絶している」


「……、」


「食事は貴様ら貧弱な生物にとっては正しく生命線。それを行わないということは、要は少しずつ自分自身の首を絞めているようなものだ」


ぱくり。捲し立てる様な話をいったん中断させて再度肉切れを彼は頬張る。私はその様子をきちんと真っ直ぐ見つめることができないでいた。


そんな私の姿が滑稽に映ったのだろうか。ふん、と鼻を鳴らし椅子の背もたれに彼は体重をかけて話を続けた。


「まぁ、我の知ったことではないがな。どうせ貴様は食事が不足して死んだとしてもやり直せるのだから、餓死を繰り返しながら旅を続けられるだろうし」


「だがこれだけは肝に銘じておけ。それは人の生き方ではない。人の持つ三大欲求、その一つ。『食欲』を拒絶し、逃避し続けながら死を繰り返すというのは到底、人の持つ想定であってはならない」


「人の感情を知ろうと旅する貴様が持つべき手段かどうか。……努々精査することだな」



きゅ、と唇を強く結ぶ。彼のこれは今までの意地悪ではないと思う。だからこそより重く、ズンと骨身に響いて声が出ない。


だけど向き合わなければならない言葉でもある。


きっと彼のこの言葉は、彼なりの私への助言であるから。




そんな風に黙り込みながら深く考え込んでいると、急に横から粗野な声が聞こえてきた。


「こんな辺鄙な街に知らねぇ顔がいると思ったらどっちも上玉じゃねえか」


唐突なそれに驚き、慌てて横を向けば声に違わぬような要望をした男たちが4人ばかり。誰もこれもが背や腰につける武具を隠そうともせず、むしろ他者に自慢するように見せつけている。


ガタイの良い、筋骨隆々の身体を晒し出し、何らかの先頭による傷も古傷などとして見て取れる。言い方を選ばなければ、正しく粗野の者ども。


ねばついた様な視線が全身に降り注ぎ、かつてのことを思い出して身体を震わせた。


「しかし頭ぁ?右の方は女ですが左のノッポはどっちですかい?」


「どっちでも良いだろ、アホ。顔が良けりゃあ男でも女でも関係ないさ」


「そうそう、穴が二つか三つかの違いですよ!」


まるで品物を品評するような言葉を並べ立てる男たち。こちらへの配慮はもちろん、公の場での発言としての弁えも無い、飾り気無しの欲望からの声。


彼らが何を求めているかなど、視線の先から容易にくみ取れる。


このような店内で荒事を起こそうとするなど……、と周囲を見渡す。公序良俗の名のもとに許されて良いような振る舞いではないはずだ。


しかし周りは誰もが彼らの下品な言動を咎めようと等してはいない。怯えるような目つきで男たちを見つめている。


むしろ、一部は今からでも参加しようと目をギラギラと欲の色に輝かせこちらを見ていた。


(……認識の甘さが出ましたね)


辺境と言っても社会のルールは存在するものだと考えていた。しかし、どうやらそれは甘すぎたみたいだ。国家の名のもとに平定された法文よりも、ここらでは強さの方がよっぽど重要なのだろう。


きっと見た目通り男たちはこの街中でも上位の腕利きだ。こういった、いわゆるオイタに口を挟まれない程度には。


さて、どうしようか。アルカードの時は何もできなかった私だけど、それなりには戦えるつもりではいる。人類最強と言った外れ値相手でなければ、人並み程度に。


腰に付けた獲物に手を伸ばそうか、そう思案していると。


「ちょっと、エリュファニア様っ!」


「わかっている。殺さなければいいのだろう?」


ざっ、と目の前の美丈夫が私より先に立ち上がった。まさか殺すのでは、と心配した私が声をかけるも、彼はこちらに流し目を一つくれると「わかっている」と了承の意を伝えてきた。


「おい、何立ち上がって……、っ!」


そんな私たちのやり取りが気に障ったのか、頭と呼ばれた男が一歩前に出る。が、すぐさま地面に倒れ伏し、遅れて後ろの三人も同様に崩れ落ちた。


「あの、エリュファニア様……。これは?」


「多少睨んでやっただけだ。殺してない」


一体何が……。そう思い問いかけると彼は簡潔にそう答えると、


「部屋に戻るぞ」


と言って先を歩いていった。





「……なんだそれは?」


「えっ?……あぁ、お構いなく」


「お構いなく、じゃない。何故貴様はベッドでなく床に寝転んでいる。丁寧に耳まで地につけて」


宿屋の寝室に入りいざ就寝、と寝床につくと待ったが掛かった。


彼の言う通り私は今、寝室の入り口扉付近に耳を設置する形で寝ていた。


「……こうしないと寝れないんです」


「また心的な傷か。『食欲』に次いで『睡眠欲』まで疎かに……。そろそろ人を名乗るのも無理があるだろう」


「あはは……。まぁ、人がいる場所ではこうしないと寝れないってだけで、野宿とかで周囲に人がいない状態なら寝れるんですけどねぇ」


かつての生活では夜中いつ起こされて、そして何をされるかが分からなかった。唐突に起こされ実験、などはザラであったことを覚えている。


「こうしていれば足音が分かるんで……。足音さえわかれば何かされる前に予め覚悟できるじゃないですか」


「知るか……。我に弱者の思考の同意を求めるな」


「えへへ、手厳しいですねぇ」


少しばかり彼が羨ましい。ああやって、唯我独尊を貫けるだけの強さがあれば、と。


「どうせ貴様、『性欲』に対しても傷を持っているのだろう?先が思いやられる……」


「……」


返答は、要らなかった。きっと彼も悟っているだろう。


「まぁ、良い。そら、さっさと来い」


「?来いって、どこにです?」


暫く静寂が続いた後、彼は唐突にそう言い放った。一体全体何を、と理解できないでいると、彼は自身の居座るベッドを叩き、


「阿呆、我のもとに決まっている」


「へっ?!」


と、臆面もなく言ってきた。急に何を言い出したのか、と思わず剽悍な声を上げてしまい若干恥ずかしい。


「要は貴様は眠っている最中の外敵の襲来を恐れているわけだ。だからその様な異様な寝方をしている。違うか?」


「まぁ、はい……。そうですね」


それはそうだ。頷くしかない、私はいつ来るか分からない幻影の敵に怯えている。


「ならば我の隣で眠ればいい」


でもそれは話が飛びすぎでは!?


「なんでそうなるんですか!」


「我の横ならば襲敵など心配する必要もないだろう」


「それは、……そうです、けど」


「いかんせん貴様は大口を叩く割に足元が不安定すぎるのだ」


「えっと……、でも」


「さっさとしろ。言っておくが初めから拒否権なんかないぞ」


そう言ったきり、彼は口を閉じる。すぐさま襲いかかってくる重圧感は、有無を言わさぬ、と彼の意思を突きつけてきた。


そのままでは埒が開かない。そう思った私は仕方がない、と立ち上がり


「それじゃあ、……お隣、失礼します」


「……」


と、彼の横に並ぶ形でベッドに入る。


(なんでこんなことに!?)


頭の中はこんがらがって纏まらない。隣に誰かがいる、というのはそれだけで意識してしまうものだ。実際に触れていないのに、側面の輪郭を感じ取ってしまったり、熱が伝わって来たり、呼吸音が重なり合ったり。


エリュファニア様、体温は感じさせないし、呼吸はしないけど。


でも、なんだか……。


(……あぁ、でも。暖かい、気が……、する。こんなの、何年振り……)


唐突に訪れた睡魔に私は敵わず、まるで瞼に錘を乗せられたかのように瞳が閉じていく。


本当にこんな感覚は、すごく久しぶりであった。


安心して、眠れそうな夜、なんて……。





「眠ったか」


「健やかに眠れよポシェ。これは褒美だ。先日、我の設けた試練を乗り越えた貴様に対するな」


「しかしこれ以上の手助けはしない。……もし次があるとするのならば、その時はポシェ」



「貴様がさらなる飛躍を遂げ、褒美を与えるに足ると我が認めし時だ」


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