表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/167

9月24日⑪

 察するに、「保護色」はどうやらこの私を「事務所」の関係者とは捉えず、「物盗り」か何かだと勘違いしてくれたようである。つまり完全に「言いがかり」だ。史上最高の「名探偵」に対し、わざわざ凄むようにして「警察呼ぶぞ」などと脅しをかけてきたことにかけては、シュールだがあまりに寒すぎる新手のギャグとしか思えない。

 ……そもそも俺の格好に難癖付けるのであれば、貴様のその背面に「P」という文字がでかでかと一つ印字されているだけの白Tシャツはよいのか? そちらの方がむしろ狂気じみているのではないか?

 私は至近距離から謂れのない叱責を浴びせかけられながら、止めどなく溢れてくるツッコミの言葉を抑えるのにひどく苦労していた。一声一声に「粒」というにはあまりにデカすぎる「唾液」がセットされていたのであればなおさらだ。だが管見の限りでは傍迷惑にしか感じられない「保護色」の言動は、その実ある1つの面から改めて捉え返されることで、結果的に私に対して非常に重要な示唆を与えるものとなった。

 目を凝らしてみると、「保護色」は小脇に紙の束らしきものを挟んでいた。ヘルメットと、あとエントランスの外に止めてあったように記憶する原付バイクの存在を踏まえて考慮し直せば、どうやら郵便受けにチラシを入れにやってきた業者の類を装っているのだと想像がついた。「チラシを入れにやってきた」のではなく「~風を装っているのだ」と敢えて名状したのは、この場面最大の「問題行動」に該当する奴の「小突き」が、明確に私に対する「攻撃」を意図したものだったからだ。つまりこれまでは主に精神面にプレッシャーをかけるという仕方で間接的に私の神経を削ろうとしてきたHが、いよいよ、本腰を入れて物理的な責め苦を与えるべく、方針転換を図ったということである。

 しかしここでより着目しなければならないのは、その見え見えの「問題行動」の方ではない。そもそも「異常者」という性質がHの一員であるか否かの判定基準となるというのは、既にとっくの昔に把握済みの情報であり、「保護色」がその基準をばっちり満たしているというのもまた自明なことだ。だからそんなことにはいちいち「推理」を仕掛ける必要がない。

 それゆえここで試みるべきなのは「保護色」の言動をより大局的な視点から捉え返すことである。改めて、そこに備わった最大の「問題(≠問題行動)」とは何なのか。それはやはり、「保護色」が私を、あたかも「事務所」関係者ではないという風に取り扱ってくれたことだろう。なぜならそのアプローチの仕方は、先行する「キノコ」による警告を合わせて捉えられることで、今現在進行しつつある非常にヤバい事態の全貌を見事白日の下にさらしてくれるからだ。

 もはやお分かりのことだろうと思うが、ここで言う「全貌」とは、私の「事務所」が乗っ取られたというものである。私の不在の隙を突き、Hの連中によって「事務所」を占領すること。それが完了した今、私は既に「事務所」から放逐されてしまっているのも同然である。そしてだからこそ、ついこの間までであれば完全に「的外れ」であり、それどころか「訴訟の対象」になってもおかしくなかったはずの「保護色」の叱責は、今現在むしろ極めて「正当なもの」へと反転を遂げているのだ。

 オオタニが「スパイ」としてやってきた時から、いつかこのような時が来るのではと予感していた。今思えば、雑木林での遺体発見の報を、わざわざ「事務所」内で流してくれていたのもその目的のためだったのだろう。忌まわしいことに、事件の発生を予感するとひとっとびに現場に急行せずにはいられない私の性質が、逆手に取られたという寸法なわけだった。このところZが頻繁に「事務所」に出没していたことや、Hにあったはずの「封印領域」が事務所内に再現されていたことに関してもこれで理由づけが可能となる。つまり「乗っ取り」は今に始まったことではなく、以前より着々と準備されていたものだったというわけである。

 そうとわかれば一刻も早く「事務所」に殴り込みをかけ、そこにわが物顔で居座っているオオタニを(もちろん見つかるのであればZも)叩き出してやらねばなるまい。だが反面、すぐ近くにはまだ「保護色」がいて、何事かわけのわからないことをまくし立て続けている。奴の前で行動を次のフェイズに移すのは、恐らく決して得策ではない。

 逡巡の末、そう判断した私は、「保護色」の喚きを全て無視し、重い身体を引きずるようにして黙ってエントランスの外に出た。周囲に壁も何もない開放空間で一人物思いにふけり、冴えかえるまで頭を冷やすことを意図していた。

 激しく地面を打ち付けるような足音が聞こえてきたのはその次のタイミングだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ