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9月24日⑩

 だが結論から申し上げれば、状況は既に手遅れのところまで進行してしまっていたのだった。

 本来であれば、火事で燃えたという「豪邸」の様子を見に行きたいところだったが、ひとまず「指示」に忠実に従うことにして「事務所」まで「戻」ってきた。道中、どこの誰とも知れぬ馬の骨どもが複数名何やら奇声を上げながら道路上で四つん這いになって一斉に競走?をしていたり、若いのか年寄りなのかわからないオナゴが普通にそこらへんに積み上げてあった堆肥?らしきものに自転車で突っ込んで大泣きしていたり、高校球児らしき坊主が野球のバットで近くに停められていた車のフロントガラスを叩き割ってしまったらしく、地面に額を打ち付けて一人で謝罪会見を開きながら大泣きしていたりなど、それなりに興味深くなくもない事態に遭遇はしたものの、いずれも取り立てて問題視すべきような「事案」とは言えず、それゆえ私はある意味肩透かしを食らったような気分で、「事務所」のあるマンションの玄関をくぐった。その先には例によってエントランスがあって、恐らく「集合住宅」のご多分に漏れず、入って左側の壁には恐らく住戸と同じ数の郵便受けが整然と配列されていた。

 私は帰ってきた時にいつもそうするように、「事務所」の郵便受けを確認した。所謂「フラップ」を指で押しのけ、差込口から中を見たわけである。夜ということで周辺一帯は薄暗く、気休め程度に設置されている天井照明は、明るさよりもむしろ私の影の濃さを増させ、視界をさらに悪化させるだけだ。それでも何か封筒のようなものが届いているとわかったので、何の気なしに郵便受けの開閉のためにダイヤルを回すことに取り掛かった。予め決めておいた暗証番号の通りに数字を合わせていく……。

 わざわざ確認するまでもないことだが、この時の私の行動に、おかしなところなど全く含まれていない。仮に郵便物が何もないのに同様の行為に手を染めたとすれば話は別だが、そうではなく、確実に郵便受けの中にはそこから取り出されるべき〝何か〟があったのであるからして、ダイヤルを回すことには全く何らの異常性も見受けられない。違うか?

 だが、私はそれでいて、気づくと不意に、後頭部を小突かれていた、……だと?

 そうなのだ。私は何も悪いことなどしておらず、あくまでごく普通の、自然で常識的な行動をしていただけだ。そもそも私が前を通りかかるたびに郵便受けの確認をするのでさえ、心の底からそう望んでのことじゃない。ひとえに「依頼」や困っている者から「訴え」が届いている可能性を考慮した結果だ。ほんの一時的にせよ、個人的な好悪の情に身を任せるのではなく、「街の守護者」として必要なことを常に正確に選択し、行動に移し続けること。それは私が「名探偵」として、大切に守り続けてきた信条であり、それゆえ実際に朝から晩まで、目が覚めてから眠りに落ちるまで、私は「いいこと」しかしていない。なのになぜ、いきなり後頭部を小突かれねばならんのか? それもまあまあ刺激的な強さで……たわけている、あまりにたわけていすぎる……。

 反射的に振り向くと、妙に顔色の悪い男が立っていた。顔色が悪いというより、日焼けしていると言った方が正確なのかもしれなかったが、バイク用のヘルメットらしきものを装用していることも相まって、薄闇の中に溶け込んでおり、表情の類を読み切れないのには閉口した。つまり相手が何を考え、そう行動したのかということについて、雰囲気からつかむことが困難だったということである。

 反面、夜目にもはっきり見て取れるくらいの頬の痘痕や深い皺の感じから、どう好意的に見積もっても50歳は下らないぐらいの年齢に思われた。ちょうど私と同じくらいの身長で、それゆえ気分の悪いことに、至近距離からお互いの目の内を覗き込むようにして見つめ合う形になった。いつもであればすぐさま目を逸らすところだが、その時の私は簡単に言って「ブチ切れ」かけていたので、見つめ合えたのはむしろ幸いと言わんばかりに、論駁を試みようとした。そもそもいかなる理由があろうと、「いきなり小突く」などというのは人間の行動としてはあまりにも野蛮にすぎ、それゆえもし仮に、その類の行為に手を染めてしまおうものならば、金輪際「人間」を名乗ることをやめるべきだ。少なくとも、私はそう考える。

 私の個人的な意見はさておき、他人を殴ったのだから、本来であれば、その「保護色」(←闇に紛れているので)は「傷害罪」を告発されることは免れ得まい。悪いことをしたのだからそれ相応の罰を与えられる。それもまた当然のことだ。

 だが「保護色」の罪は実際のところ傷害罪だけでは終わらなかった。

 奴は私が何か言うよりも前に、怪物のような声でがなり立てることで以て、反論の類を一切シャットアウトしてくれたのだ。

「お前はいったい何をしている?」

「……」なかなか哲学的な質問だと思ってが、私は何も言わず黙っていた。

「お前は、そんな風にくるくるくるくる回して、いったい何がしたいんだ?」

「……」

「ダメだろ、そんなことしちゃ、勝手に人の家のもの盗ろうとして……、警察呼ぶぞ、ちょっと変わった格好してるからってなあ、舐めとったら容赦せんぞゴラッ!」

「……」……たわけている、あまりにたわけていすぎる……。


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