9月24日④
その時、テレビでは夕方の「報道番組」が映し出されていて、ちょうど所謂「地元のニュース」を伝える段に差し掛かっていた。頼んでもないのに、「続いてNの放送局からニュースと気象情報をお伝えいたします」などと宣言しながら、五十代半ばぐらいの眼鏡のオヤジが毛穴を視認できるほど大写しで出現してきた時点で、私は意識を画面から逸らしていた(「オヤジ」の容姿が醜かったからではなく、自分もいつか〝こう〟なるのだという事実に耐えられなかったためだ)が、その実、そいつが次のように語り始めたところから、私はあらゆる感覚を動員して、少し低めの美声に耳を傾けずにはいられなくなった。
《先ほどからお伝えしております通り、二十四日午前二時二〇分ごろ、A県О市K町の畑や果樹園に隣接する雑木林で、竹を切る作業をしていた男性から「ミイラ化した死体がある」と110番通報がありました。警察が駆けつけたところ、あお向けで横たわっている全身白骨化した遺体を発見しました。
遺体は衣服を身につけていますが、性別も分からない状態で、警察は身元の特定を急ぐとともに、今後、事件性があるかなど詳しく調べる方針です。》
……たわけている、あまりにたわけていすぎる……。
全く予期せぬタイミングで、かつ全く予期せぬ仕方で届けられたこの情報において、まず初めに着目しておかなければならないのが、「第一発見者」の「男性」であることは指摘するまでもあるまい。コイツはいったいなぜ、「午前二時二〇分ごろ」にわざわざ「竹を切る作業をしていた」のか? 全く以て理解に苦しむのだが、反面、昨今は多様性の重視される時代なのであるからして、「管を上る」ことと同様、そういう趣味を持つことを否定してはなるまい。
だからその点に関してはいったん措いておき、ここでは「雑木林」の中から見つかったという「腐乱した白骨死体」にこそ着目しよう。なぜならそれは「趣味」云々の理由づけで以て正常さを獲得できるほどヤワな代物などではなく、それどころか、あの例の「マンドリル」が筋金入りの「殺人狂」、もしくは「快楽殺人鬼」であることを示す何よりの証拠となるからだ。あらゆる事象が本来「名探偵」である私の監視下にあるはずのこの街において、いつまでも臆面なく「容疑者」としてのさばり続けて平気でいられるあの野郎以外のいったい誰が、わざわざこのタイミングで「白骨死体」を1つ仕上げてこれ見よがしに見せびらかしてくれるというのか。
……つまり忌まわしいことだが、「マンドリル」はこの私に挑発をかましてくれているのだろう……。こちらの気持ちを全く斟酌せず極めてショッキングな情報をただひたすら機械的に垂れ流し続ける「オヤジ」に制裁を加えてやるため、ある種の「準備運動」として、肩を回したり、手首を伸ばしたり、こぶしを握ったり開いたりしながら、私はそんなことを考えていた。……要するに、捕まえられるものなら捕まえてみろと、そういうことがほざき散らしたいわけだ、実力差や役者の違いといった点はもとより歴然であるにもかかわらず、それらの前提条件を全く勘案することなく果敢にも「名探偵」に挑みかかろうなどという気概は、それ自体大いに尊重されて然るべきだろう、だが申し訳ないが「誰かを犠牲にする」という仕方でそれを為した「マンドリル」の野郎を、俺は決して許しはしない、そう絶対に、許しなどしてやるわけにはいかない……。
そしていざ「オヤジ」に殴り掛かっていこうとしたのを見計らったかのようなタイミングで、オオタニの野郎が戻ってきた。かと思うと開口一番、待たせたことへの謝罪も何もなく、「あ、見ました? こわいですよねえ」などと言ってのけてくれた。「コワイ」と言うわりに、妙に余裕を持った感じの声音で、言葉全体が間延びして聞こえた。だがそれはただ単に私が奴を、「マンドリル」側の人間だと確信しているからなのか……。
言いたいことはいろいろあったが、安易にアプローチに乗っても余計に調子づかせるだけだとわかっていた私は、結局本心を、ただ一言だけに凝縮する形でぶつけることにした。
「……ナニガ?」
「いや、死体の話、さっき全国ニュースでも同じのやってたんすよ、ちょうどこのあたりすよね、コワイコワイ」
「……」
「それに、最近火事も増えてるみたいだし、コワイコワイ」
「火事?」
「そうすよ、知らないすか? あの、何て言ったっけな、この近くにすげえでっかい家あるすよね、えーっと何て言ったっけな」
嫌な予感がした。
「……それってもしかして、あの門のある家か?」
「モン? ……ああそうすそうす(そうです、そうです)、知らないんすか? 一昨日ぐらいにサイレンがヤバかったんすけど」
「あ、いや、……ハハッ、そうだったそうだった、やっぱり炎ってのは燃えてナンボってところがあるからなあ、ぜひどんどん燃えてくれ、燃えて燃えて燃えまくってくれ、そして何もかもを燃やして尽くして、最終的に全てを無に帰してくれ、そうすればも、何も心配しなくて済む……」
私はそう言いながら、実際にはひどく困惑していた。なぜならオオタニの話が仮に真実だとすれば、燃えたというのはまさしくあの、「マンドリル」御用達で、私が先日訪れたばかりの「豪邸」だったからだ。つまり私が去ったのち、ほどなくして誰かが火をつけたということになる。
……いや、誰かじゃない。私は事実から目を逸らさないよう、自らに強く言い聞かせた。……誰かじゃない、絶対に「マンドリル」だ、もしくは奴を派遣したHの所属の誰かだ、だとすれば、こんなところで楽しくおしゃべりをして時間を潰している場合ではない……。




