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小休止⑦

 雲梯を利用して行うべきトレーニングをひとまず全て終えた私は、間髪を入れず今度はブランコの方へと向かった。言うまでもないことだが、「ブランコ」というのは公園の設備のうちで屈指の人気を誇る遊具である。私見によれば、滑り台と双璧を成しているはずであり、その評価は確かに妥当なものだと、私も諸手を挙げて同意したい。実際、あの不安定な板の上に立ち、身体全体を大きく揺さぶって漕ぐことをしていると、すぐに謎の爽快感と全能感に全身を包まれて全くたまらんくなるのである。外側から見れば、ただ単に前後に行ったり来たりするのを馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返しているようでしかないのに、なぜあれほど、心地よい気分になれるのだろうか……? 

 そしてだからこそ、どっかの身の程知らずの不届き者によってその場所が占拠されていないかどうか、私は一抹の不安を抱いていた。足早にそこへ向かったのもひとえにそのような心情に突き動かされたためである。……Sが雲梯の上を疾走する光景が、事あるごとに脳裏に閃いていつまでも消えてくれない……。

 もちろんその時の私の目的はトレーニングであり、だから念頭にあったのは、ただ「漕いで大喜びすること」ではなく、「ブランコの上に逆立ちになること」だった。あの、ただ鎖で上から吊り下げられているというだけでも、フラフラフラフラと落ち着きなく揺れ動いてやまない不安定な板の上で倒立し、場合によってはハンドスタンドプッシュアップ(つまり逆立ちした状態での腕立て伏せ)を行うようにすると、体幹や上腕、肩回りや肘関節といったあたりの部位が即座に悲鳴を上げ始めてくる。もちろんその「悲鳴」は、私にとってはある種の「讃美歌」と同義である。

 しかしここで私の不安は、ほとんど最悪に近い形で実現することとなる。

「……どういうことだ?」

 その紋切型の疑問の言葉を、無意味だと分かっていながら、私はしかし口にせざるを得なかった。なぜなら向かった先のブランコに居を定めていたのは、今度はあの配達員Wだったのだから。

 Wはその日もやはり配達員のコスプレをしていた。色褪せた緑色の帽子と、やはりくすんだ同系色の制服を身に着け、項垂れたようにブランコの板の上に腰かけていた。かなり近寄ってからそのことに気づいた私は、本能的に面倒事の回避を最優先事項としたたのであろう、気づけば音をたてないように慎重に後ずさることを開始していた。WがSに勝るとも劣らないほどロクでもない奴だというのは先の対面時に既に知れていたので、とにかくどれだけ時間がかかってもよいから存在を気取られずにその場から離脱しようと、私は考えていた。

 だが、「捕らぬ狸の皮算用」とはよく言ったもので、ここでの私の「離脱」もまた、所詮「皮算用」の域を越え出るものではなかった。ようやく3歩ほど離れることができたところで、Wが顔を上げた。目深にかぶった帽子のせいで、相手の視線がどこを向いているのかは確かに定かではなかった。それでも周囲に他に誰もいなかったところから、Wが私を見ている可能性は、そうでない可能性よりも格段に高かったと言えよう。というか、私をみていなかったのだとすれば、他にいったい、何を見る必要があったのか?

 いずれにせよ虚を突かれた私は、仕方なく第二の矢として予め用意しておいたセリフを言い放った。

「あれ? オマエ、失踪したんじゃなかったっけ?」

 そう、遡ること数日前、ハギワラヨウコ宅を訪れた後、公衆電話からWに電話を掛けた時、受話器から突如として流れ出てきた「むらさきむらさきむらさき……」との異様な文句を、私は決して忘れていなかった。忘れたくても忘れられるものか。そして以来、音信が全くなくなったことから、私は完全にWが消息を絶ったのだと、そう考えていた。しかし実際に蓋を開けてみれば、ここでこうして目の前に、奴の姿は確かにはっきりと見えている。……これはいったいどういうことなのか?

 もちろんいつも通り、「異常者(=Hの一味)」は、こちらのアプローチに対してまともに応答を行うということがない。

 この場合で言えば、私の至極真っ当な問いかけを機にWが始めたのは、「ブランコを受け止める」ことだった。……いったいどういうことなのだろうか? 本当に、どういうことだというのか?


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