小休止⑤
男が最終的に結局何十往復したのか、全く定かでない。回数を数えていたはずもないし、そもそも可能な限りSの存在を意識外に置かなければならないというのが、その時の私にとっての至上命題であったのであるからして、実際には直視さえしていなかったとするのが正解だろう。いずれにせよ、「神」レベルのバランス感覚の持ち主であることだけは確かだった。金属歯のスパイクで雲梯の上に直立することができるというだけでも十分すぎるほど脱帽に値する。こんなところで油売ってないで、早く雑技団にでも入れてもらった方がいいんじゃないのか……?
だがもちろん、「神」レベルと「神」そのものは同義ではなく、だから立派に健闘したSにも、それゆえほどなくして限界はやってくる。
自己防衛のために意識を現実から引き離していたために、その「瞬間」を目撃することは残念ながら叶わなかった。
だがSは確かにいつの間にか足を踏み外していたらしく、気づけば地面に落下し、転げ回ることを開始していた。大声で「ぐおおおおおおおっ!」などと唸る声も聞こえ出しており(つまり先ごろやっと肉化して現出したばかりの「意味の理解できる声」が、既に再びただの「雑音」に成り下がっていたということだ)、それはそれで非常に鬱陶しくはあったが、反面当初の期待通り雲梯が空いたのは事実であって、だから私はそこら辺の雑草をむしって耳に詰め、Sにまつわるあらゆる物音の類を極力シャットアウトすると、早速チンニング(懸垂)から、日常のルーティンとなった鍛錬のメニューを開始したのだった。
ところで私が日々厳しいトレーニングを自らに課していることは何度も述べてきた通りだが、反面その最中、ただひたすら身体を鍛えることにのみ専心しているわけではない。私は平均すればだいたい1日2時間以上は鍛錬に費やしているはずで、仮にその間中ずっとただ筋肉のことだけ考えているというのであれば、それは完全な時間の無駄であり、そう分かっていながらムキムキになった自分の将来の肉体美を連想して悦に浸ってばかりいるのは、それこそただの「変態」以外の何者でもあるまい。私は職務遂行のためにはいかなる苦痛や誹謗中傷にも耐える覚悟はできているが、「変態」の名を冠せられることはどうにも我慢ならない。それはきっと「変態」との文言の響きが、避けがたく「犯罪者」を連想させるからだと思う。
だからと言うわけではないが、私はトレーニングの最中、むしろ常に別のことを考えるようにしていた。経験者は共感してもらえるかもしれないが、身体を動かしている最中というのは、妙に頭がうまく働くものなのである。
この時考えていたのは、最近出没を続ける異常者どものことだった。
「考えていた」というよりも、いつの間にか頭に浮かんできていたというのが正確だが、それはもちろん、特に意識せずとも思い浮かんでくるぐらいそいつらのことを恋しく思っていたのだということを意味しない。このところ自らの周囲で起こる出来事があまりに複雑に込み入っていすぎ、そのことに前々から何となく嫌な感じを覚えていた私は、トレーニングをしながら改めて振り返って一連の出来事を整理することで、今本当に何が起こっているのか、それを自分なりに確認してみようと考えたのだ。




